「よろしいのですか!?」
一筋の絶叫が校長室から漏れる。その声を聴いたものは、明らかに動揺の色が混じっているのが分かるだろう。
声の主は、対魔忍 八津 紫。
最強の対魔忍とされる井河アサギの右腕の妹である対魔忍である。
先日、くだんの一件にて殴り倒されて気絶していた対魔忍の1人だ。アサギへ偏執症とも取れる恋愛感情を抱く彼女にしては非常に珍しく、アサギの下した決断に対して、それ以上は口にはしないもののわなわなと震えて異議を唱えていた。
室内にはアサギと紫の他にも例の彼女もおり、子供のようにキラキラと目を輝かせアサギから直接受け渡されたプレゼントを両手で掲げ上げている。
「対魔忍組織が対魔忍実働部隊のために非公式雇うだけでも異例中の異例なのに、ましてや対魔忍スーツまで支給するなど……!」
例の彼女を蔑むような疑わしいものを見るような目で睨む紫。
彼女はそんな紫の反応に反発するわけでも無視をするわけでもなく、その巨大を僅かに縮こませ居心地が悪そうな表情を作ってから、掲げていた対魔忍スーツをアサギの腕の届く位置にまで降ろす。
「アサギ様。今一度よくお考えになってください。確かに私達は彼女に正式な礼をすべきかもしれませんが、それは特例として対魔忍組織に加えただけでも十分ではないでしょうか?」
「…………八津さんの御意見に同意いたします。年甲斐もなく喜んでしまいましたが、私は私などに財源を割かず、他の対魔忍への福利厚生を整えて頂きたいと考えております。私は使い捨ての駒、このような高価なお召し物を頂いたとて馬子にも衣装。身の丈に合わぬ、たいそれた代物です」
「わ、私は別にそこまでは言っていないが……」
「…………井河校長先生。折角の贈呈品ですが、先生のご厚意を無下にする形になり申し訳ございません。返却は受け付けておられますでしょうか?」
自虐に対し、紫はたじろぎを見せる。
流石の彼女も彼女が謙遜し卑下するところまでは予想内だったのかもしれない。
しかし、まさか自分の意見に賛同するとは思っていなかったようだ。その証拠に紫の動揺は、彼女が同意すると言った時にピクリと身体が反応していた。
「八津さんをご覧ください。タイトミニに生足を曝け出して、これから冬に入るというのに前衛的な服装ではありませんか。まるで冬場の小学生のよう」
「……喧嘩を売っているのか?」
「そういう訳では…………失礼致しました。……ですから井河校長先生には八津さんを筆頭とした五車学園の対魔忍さん達へ、もっとお金をかけて頂きたいと思いまして……」
「ふむ?そういうことなら……。少しはまともなことを言えるようだな。ま、まぁ? 私としては? アサギ様が? 私にもプレゼントを下さると言うならば? 喜んでお受取りさせていただきますが」
アサギは2人の申し出とやり取りに対し、顔色1つ変えることもなく更に返却されようとしている対魔忍スーツを受け取ることもなかった。
「非公式の採用とはいえ加入させた以上、任務に出るあなたを支給品も渡さずに現地に向かわせるつもりはないわ。それに、その戦闘着はあなたの身体に合わせたオーダーメイド品だから返品は受け付けていないの」
アサギの最終判断には納得していないものの、紫は異議を唱えても結末はわかっていたかのような顔をする。
返却を拒否された側は差し出した対魔忍スーツを再び大切そうに抱え始める。
「それにあなたを雇うと最終的な判断を下したのは私です。だからそのスーツは私からの配属祝いだと思って気兼ねなく受け取ってほしいわ」
「…………一生、対魔忍組織にこの身を捧げさせていただきます」
「……大袈裟な奴め」
「紫も。そんなに彼女に目くじらを立てないで頂戴。私のポケットマネーから支払ったものなら異論はないでしょう?」
「なっ……!?」
通常の防弾ベストなどとは比較にならない価格で作成される対魔忍スーツが、アサギのポケットマネーから支払われていたことが発覚し紫の顔色が驚愕へと変貌する。
その表情は明らかに彼女が特別に用意したもの。そして対魔忍スーツが1着製造されるのにいくらの資金が動くか認知していることで浮き上がる表情だ。
「…………そんな……井河校長先生の資産を切り崩して私へお召し物を……?」
「些細な額よ」
「…………ぐっ……ううっ」
右前腕を両目に押し当て、仁王立ちのまま男泣きのように声を押し殺す逸般人。
目尻からこぼれ、顎先にまで伝う熱い雫が彼女の豊満な胸に滴る。
「……泣きたいのは私の方なんだがな」
「井河アサギ校長、バンザーイ! バンザーイ! バンザァーイ!」
前触れなど微塵にも感じられなかった室内へ、ビリビリと震撼させるほどの爆音万歳三唱で紫はたまらず耳を塞ぐ。
まるで天皇陛下へと捧げられる万歳三唱のように校長室内に爆音が響き渡る。彼女の両目から涙が生成されて零れ落ちる。プレゼントの対魔忍スーツが高く掲げられる。
彼女の容姿はアサギよりも明らかに年上だったが、そのプレゼントを掲げながら万歳三唱を唱える顔には威厳や威圧感は一切感じられず。両目に砂ぼこりが入ったかのように固く目を瞑りながら、目尻、目頭の両方から大粒の体液を滴らせ真っ赤に顔を染め上げたくしゃくしゃの顔を作っていた。泣いては居たが、声は枯れることなく腹からの力強い一声であった。
「…………私はいつごろから任務へ出陣させて頂けるのでしょうか!?」
「……その前にまずはあなたが、どれだけこの世界について知識を有しているのか知りたいから彼に貴女の知っていることを話してもらえるかしら?」
万歳三唱が終わり、涙を肩で拭い去ると再び力強い声で問いかけ始める。
今にも飛び出して単独で情報収集し、敵地に歓喜の舞の勢いで突っ込んで行ってしまいそうな逸般人を引き止めるようにアサギは意識を、一歩遅れて入室してきた男性に意識を向けさせる。
「えっと、またお会いしましたね」
アサギを讃える爆音万歳三唱によって、顔を引き攣らせた青年が出入り口に1人立っている。
「ふうま君! おっと…………お久しぶりです。前回の事変以来ですね」
彼はふうま小太郎。
約10年前に五車町に避難してきたふうま家の生き残りであり、ふうま一門における現当主。
また独立遊撃部隊の指揮官でもあり、相州蛇子、上原鹿之助と共に対魔忍として任務についている。忍法は開花していないが、それでも分析力と知識に長けた将来が有望で現時点でさえ優秀な対魔忍の卵だ。
特に独立遊撃部隊の上原 鹿之助を上手く扱い、トラブルメーカーを制御・監視するという任務にもついている。
ゆえに万歳三唱を唱えた逸般人との面識もあり、彼女が有している知識を探るには彼が適任とアサギは判断していた。実際に、彼は目の前の逸般人と同郷かつ肉体は同級生の素性を探るという任務にも就かせていたこともあった。
“トラブルメーカー”とは違って“逸般人”は協力的であるため、情報も楽に引き出せるだろうというアサギの見込みもある。
「…………」
逸般人が右手を口元に当てて、ふうま小太郎を見下ろす。その表情は少し困っているような表情が作り出されている。
「……どうかしました?」
それにしても他の対魔忍達と比較すればするほど、彼女は長身である。
ふうま小太郎の身長は178㎝と平均男性よりは高くはあるが、逸般人はそれを追い抜いている。ふうまと逸般人の差は頭2つ分もの差がある。
アサギ、紫と比較した場合には頭2つ分の差だ。
「…………非公式とはいえ対魔忍組織の一員として働くならば、私どもは友達ではなく同僚となるのですし、ふうまさんは私の先輩にあたります。新人の私がふうまさんを“君”付け呼びは失礼だなと思いまして」
「俺はどっちでもいいですよ。言葉遣いとか気にしないですし、確かに仕事仲間として同僚になりますが友達としても色々親しい関係になりたいとも思ってますので」
流石は数々の女をコミュニケーション能力と
掴みもさることながら懐柔には長けた会話力で、別次元の逸般人もほだしにかかる。
恐らくこの場に彼女の同郷である例のトラブルメーカーが同席していれば、自身の外堀すらも懐柔しにかかるふうまの顔を凄まじく歪んだ顔で見つめていたことだろう。
「…………ではこれからよろしくお願いいたします。ふうまさん」
「こちらこそ」