月が雲に隠れ夜闇が染み渡る刻。
ランディングポイントから降り立ち、対魔忍スーツ姿のふうまと普段着の雷は森林地帯に身を屈め、潜みながら対魔忍が囚われているという豪邸に視線を向ける。
双眼鏡を用いて、敷地内を確認する。
ふうまが確認していた資料の通り、魔族といっても警備兵を務めているオークが日本国では違法となる銃火器を携えて巡回ルートを辿っている様子が見られた。
「あの邸宅の中に先月、オークション会場で買われた対魔忍が囚われている情報ですが……」
「…………はい」
「敵の数は資料通りで変化がないので、この後どのように侵入しますか?」
「…………ふうま隊長。その資料、私にも見せて頂くことは可能でしょうか?」
雷の申し出にふうまはデバイスに登録された資料を雷にも見せる。
デバイスは緑色に輝き、薄くほのかな光で照らしながら今回の任務の事前調査内容を提示し始める。
「消せ」
「!」
殺気が滲み出る地獄のような唸るような命令口調に、ふうまはデバイスを反射的に閉じる。
「あ。…………先輩にとんだご無礼を……失礼致しました」
「い、いえ……」
「…………別に怒っているわけではないんです。反射的に……ふうまさん、このデバイスは赤く表示できますか?」
「で、できますが……?」
「…………その色は敵に見つかるリスクが高い。です。ので、赤い光に変えてください」
雷の指示通り赤く変えてから、資料を確認し始める。
それからすぐに双眼鏡を持ち直し、豪邸内を伺い始める。
双眼鏡から目を離し、資料を見る。また双眼鏡を見る。それを繰り返す。
「…………情報更新の余地あり。です。庭には気味の悪い緑肌のハゲ頭が2体。追加で少なくとも屋内に同族2体、番犬を1匹追加。……ですね」
ややとって付けたような敬語な雷の言葉でふうまも双眼鏡を覗く。
しかしふうまの双眼鏡には庭に居座るオーク2体の姿しか確認できない。
「本当ですか?」
「…………推測です。ですが、確証に近くもあります。屋外プール近く、赤目緑ハゲが座っている場所のテーブルを見てください」
「……」
「…………テーブルの上。札が数枚とトランプカード。4つに分けられている。ます。はした金で非国民が不法滞在者共とババ抜きをするとは思えません。次は、庭の茂みを見てください。薔薇庭園の近く。土を掘り返した後と盛り土があります。〈博物学〉の視野から考えるにモグラの仕業ではなく、犬。それも前脚が発達しているかと」
雷の指定した場所には言う通りの痕跡があるのをふうまも確認する。
「……驚いたな」
「…………素人程度の〈目星〉ですが。……もっといるかもしれません。ここら辺の推測や情報収集は他の仲間の方が得意とする分野なのですが」
「他の仲間?」
「…………
「?」
「…………現場に慣れている対魔忍の指示通り動きます。囮役でも、正面突破でも」
雷の言葉にふうまは考え込む仕草をする。
ふうまも雷について2度目の来訪時の出来事を知っていた。井河アサギ校長と面会するために9名の対魔忍を手こずらせたこと。彼女に対して唯一、井河さくらが善戦することができたのは影遁の忍法による攻撃に対して彼女は何も対抗策を得られることなく足止めされていたからであること。
上記の情報から、下級獣魔程度の護衛ならば問題ないだろうが雷と言えども無敵ではないこと。
追加はあったが情報通りならば警備兵の人数が数人増えた程度で、彼女をあのオーク達如きが止められるとは考えられない。
彼にとって想定外の出来事も同時に起きていた。
それは雷自身が従順に対魔忍であるふうまの指示を尋ねたことだ。例の
だが雷は冷静で落ち着いた様子を見せている。じっと闇の中で白目だけを不気味に輝かせながら静かに彼の指示を待っていた。
「ここは逆に雷さんの作戦を聞かせてくれないか?」
「…………よろしいのですか? 私は——」
「構わない。俺は雷さんならどのように作戦を立てるのかが知りたいんだ」
「…………承知いたしました。ならば私なら、対魔忍のように忍ぶのは得意ではないので正面突破します。ですが、今回は追加人員が配置されてますし、私が囮をしますので、ふうまさんが潜入するという手段を取りたいです。…………この作戦に異議があれば、得意ではないですが別の策を考えます。要救助者を助けられそうならベテランのふうまさんにお願いしたいです。無理そうなら呼んで下さい。救助が終わった場合も警笛を。緑ハゲを殲滅してすぐに駆け付けます」
彼女はポケットからビスマス人工結晶のように淡く七色に煌めく純銀の警笛を取り出してふうまに差し出す。
ふうまも彼女から警笛を受け取り、展開された作戦に頷く。
対魔忍がなんの忍法を持っていない一般人に助けられること。一般人が立てたその作戦に対魔忍が従うなど、ほとんどの対魔忍は恥ずべき事として考え反発しそうなものだが……この点ふうまの思考は柔軟であった。
だからこそ雷の初任務に対し、アサギがふうまと雷とくっつけたことも理由の一つでもあった。
「…………では、ご武運を」
「そっちもな」