今日もまた、異世界の空は青い。   作:青い灰

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4話 オメルタ

 

 

 

 

 

オメルタ。

 

王都の郊外東に位置するスラム、そして城下の裏路地までを支配する非公的組織。前世、日本的に云えばヤクザ、またはギャングのような組織という感じだ。日常で俺たちが彼らと関りを持つことはないが………

 

 

オメルタを敵に回して、生き永らえる者はいない。

 

 

そう、まことしやかに囁かれるほどに彼等は強大な組織だ。噂では、王家と取引をして王国に拠点を持っている、とまで言われているほどであり、事実、彼等の敷く裏路地の規則は王都全体で見られ、そしてそれを王国が咎めることはなく、互いに不自然なほどの不干渉を貫いている。

 

そして彼等が支配する裏路地、スラムの者に手を出すことは彼等を敵に回すも同義で、騎士団がそういった者たちをこの王都から追い出すことが出来ない理由の一つだという。

 

 

 

 

 

 

夜。

 

天輪の淡い光は、前世の月明かりよりはずっと明るい。

とはいえ視界は悪く、王都の夜は騎士団の巡回が少ないため危険な時間帯だ。だが、貴族であれば最低限の安全はある。

 

『荒事』に備え、俺は危険な依頼を受けるときの動きやすい薄い服装に上からコートを羽織り、そして肩掛けのベルトで背中に槍を、そして腰のベルトに備えられた革鞘に短剣と、件のゴブリン退治の時と同様の姿に。

 

そして迎えに来たバートリ家の獣車に乗り込み、アンドルとカトレアに合流、郊外の西に向かう。

 

 

 

そうして獣車が止まったのは………

王都の外壁、そこに合わせて作られた荘厳な屋敷の前。

 

基本的に田園が広がる王都郊外には似つかわしくない屋敷。どこか懐かしい、和風な雰囲気の建築様式は王都の石造りの建築とも合わないものだ。周囲に広がる田園ばかりは、その屋敷の雰囲気と合っているが。

 

 

「……ていうか、王都の西にこんな場所があったんだな」

 

「まあ来る理由がないし、王都には西門がないから。

 戦乱期まではあったらしいけど、それからは

 防衛の関係で西門は完全に埋められたらしいね」

 

「王都の西は……かつてアウロアがあった場所ですね。

 大戦乱期、最後にこの国と戦い、滅びた国」

 

 

アンドルの座る車椅子を押すカトレアがいう。

亡国アウロア。滅びた国ながら、いや、滅びた故に、未だに謎の多い国でもある。跡地には大量の魔物が住み着き、もう人の住む場所ではなくなっている。なんでも異界化が急速に進んでいる、と組合で話を聞いたことがあるが……

 

 

「まずはオメルタだね。

 ここが彼等の本拠地のハズだが……さて、

 手紙を出したんだけど、ちゃんと届いたかな?」

 

「え、初耳なんですが」

 

「そりゃあ言ってないからね。

 そもそも彼等は外部との繋がりを公に出来ないし、

 僕としてもあらぬ疑いをかけられたくはないから」

 

「………それは、まあ、そうかもしれませんが」

 

 

カトレアが呆れたように額を押さえる。

彼女としては自分にもっと頼って欲しいのだろうが、貴族のいざこざに巻き込みたくない、というアンドルの思いもまたあるのだろう。アンドルは笑いながらも、息をつく。

 

 

「バートリ家は昔からオメルタと関わりがあってね。

 僕からは初めて手紙を出したんだけど……

 その返事もないのは、流石におかしいと思うんだ。

 それに、情報通の彼等なら人攫い事件について

 何か知っている可能性は高いかもしれない、とね」

 

「だから危険を犯してまで来たのか」

 

「あぁ、顔を合わせてこそ、だ。

 彼等も僕を値踏みしてるのかもしれないから」

 

「何はともあれ、です。行きましょう」

 

 

俺たちはその建物を見上げる。

壁と接した三階建ての屋敷は、静かに夜の闇と共に俺たちを迎え入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

────────

 

 

 

「……アンドル・バートリ様ですね。

 少々お待ちください、上の者に確認して参ります」

 

 

屋敷の中は、どうやら宿屋のようだった。

人気はあるのだが、誰もが似たガッチリとした黒いスーツを纏っている。俺が彼等に目を取られていると、受付の女性に用件を伝えたアンドルは、俺のコートを引き、その唇に指を当てて『じろじろ見ちゃいけない』と無言で伝えてくる。

 

それに頷き、カトレアに目を向けると。

彼女は腕を組んで、片目を閉じてアンドルに同意するように俺に頷いてくる。分かったって。

 

 

 

 

 

そうして暫くすると。

 

 

「待たせたな」

 

 

屋敷の中で話をしている者たちと同じように、黒いスーツの男がやって来る。その腰には、反りのある長い鞘に納まった得物、俺のよく知る刀が下げられている。この世界では刀は珍しい得物であり、外来から伝わった武器であまり浸透していないものだ。組合にもたまに見かける。

 

………まぁ、武装しているのだ。嫌な予感がする。

男は受付のカウンターから出てくると、俺たちの横を周り、出口に立ち塞がるように動いた。

 

 

「その手紙とやらだが……届いていない。

 何かの間違いなんじゃないか?」

 

「それはないよ。

 僕の一家は君たちの頭領の名も知っている。

 済まないけれど、頭領に会わせて貰えないかな」

 

 

その言葉に、刀を下げた男は溜め息をつく。

そして。

 

 

 

「その必要はねぇ。

 全員、縛り上げろとの御達しだ。お前ら!!」

 

 

 

男が刀を抜く。そして俺が槍を握り、動くより先に。

 

 

 

 

 

 

 

「しッ!!」

 

 

 

 

 

 

「ご、ッ!?」

 

 

カトレアの放った蹴り上げが、男の顎を撃ち抜く。

 

身体が浮き上がるほどの一撃は男を出口の扉に叩きつけて、そして意識を刈り取った。思わず拍手したくなるほど見事な一撃に、ついつい笑ってしまう。

 

そうして、屋敷にいた黒スーツの男たちが集まってくる。

 

 

「なっ!!?」

 

「くそ、おいお前ら、集まれ!!」

 

 

バタバタと屋敷中から足音が聞こえ始め、そうして凄まじい数のオメルタ構成員が、俺たちを瞬く間に包囲する。すぐに俺はカトレアと視線を交わし、アンドルを挟んで立つ。

 

カトレアは慣れた手つきでトーションを腕に巻き付ける。

俺は穂先に鞘を嵌めたまま、大槍を右手に握り締める。

 

 

 

「………ふう。すまないね、二人とも。

 殺しは出来るだけ避けてくれ、よろしく頼むよ」

 

 

「痛い目を見せてやれ!!」

 

 

 

そのアンドルの溜め息と同時に、組織員たちが走り出した。俺は槍を手に、その中に突っ込む。

 

 

「カトレア、アンドルを守れ!!」

 

「任せろ!! 暴れてやれ、ナイン!!」

 

 

振り下ろされた刀をトーションで受け流し、その横顔に拳を叩き込んだカトレアが、久しく狂暴な笑みを見せて叫んだ。二人の鼓舞を受けながら、オメルタ組織員たちの中へと槍を振り回して飛び込む。

 

 

「吹っ、飛べ!!」

 

「ぐっ!? おわぁあっ!!?」

 

 

構えた槍を大きく振り払い、前方の組織員たちが防御せんと前に出した刀ごと吹き飛ばしていく。爽快だ。

 

 

「はははっ!」

 

 

ゴブリンのように小柄でもなく、大した速さはない。

相手はこちらを捕縛するのが目的だが、こちらとしてはその手加減に合わせてやる必要はない。刃だけは流石に覆ったがそれでも長柄でブン殴るだけでも人間相手なら十分に火力は出していける。

 

 

「クソガキが……!!」

 

「っ、とぉ!」

 

 

組織員の一人が、刀ではなく拳を振り下ろしてくる。

その拳は灰色の淡光、感じたことのない魔力を纏っており、咄嗟に槍を振り抜いて拳を弾きながら後ろへ下がる。

だが。

 

がぎぃん、という衝撃音は、まるで金属だ。

弾き返したその感覚、重さも、まるで戦鎚を打ち返したかのような強力さがある。身体強化にしては余りに異様だ。

 

 

「チィッ……おらァッ!!」

 

「ははっ、なんだよそりゃあ!!」

 

 

今度はその灰色の魔力を足に乗せたハイキックが襲い来る。背後に回られる気配を察知、横に飛び退いて回避する。

と。

 

 

「凍てつけ……!!」

 

 

瞬間、俺の周囲に強烈な冷気が渦を巻き、それに驚いた組織構成員たちの足元が、床と同時に氷に閉ざされる。そして、その魔法を放った術者であるアンドルが杖を手に叫ぶ。

 

 

「カトレア、ナイン! 言うのが遅くなった、

 オメルタの身体強化魔術には気をつけろ!!

 始めて見る術式だ、何があるかわからない!」

 

「分かった、援護頼む!!

 カトレアも護衛を任せたぞ!!」

 

「あぁ! そっちも引き続き頼むよ!」

 

「前衛は任せたぞ!!」

 

 

やはりバートリの血というべきか、得意分野の魔法で援護を始めたアンドルに心の中で礼を言う。魔法使い、魔術師では魔法魔術に集中がいるが、カトレアがいるなら問題ない。

俺は先鋒として派手に暴れてヘイトを稼げばいい。

 

凍りついた足に苦戦する拳を振ってきた男を槍で殴りつけ、その氷から抜け出した、もしくは新たに現れた増援に向かい突っ込んでいく。

 

 

「ちぃ、っ、クソカスどもが!!

 お前ら、あの槍のガキを狙え!!

 車椅子と執事は動けねぇ、後でいい!!」

 

「ははははっ!!

 そら来い、相手してやるよ!!」

 

「ご、がぁっ!?」

 

 

再び現れた強化魔術使いの拳を槍の柄に受け流し、その顔に片手で掴みかかり、そのまま壁に叩きつける。勢いのままに木壁を突き破り、倉庫だろう部屋の床に転がして、背後から来る構成員たちへ、再度飛びかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

────────

 

 

 

 

「ちっ、ガキが!!」

 

「はははっ!

 そのガキに薙ぎ倒されてんのは誰だよ!?」

 

「ご、っ!?」

 

 

振り下ろされる刀を弾き上げ、そのままの勢いで槍を回して柄尻で顎を撃ち抜く。脳を揺らす一撃で気絶させて、後ろに倒れようとするところで胸倉を掴み、後ろに迫ってきている組員に突きつける。

 

 

「て、てめぇ……!」

 

「ははははははっ!!」

 

「イカれ野郎が……!」

 

 

誉め言葉だ。動きを止めた組員を気絶した奴を盾にしながら通路を突き進み、扉をその盾で抉じ開ける。中は、どうやら応接室のようになっており、向かい合わせのソファに一人、細身の男が座っている。

 

赤や銀色ほどではないが、珍しい紺色の髪。

細身ではあるが座ったままでも分かるほどの長身に、加えて黒スーツの上から黒い外套を羽織っている。明らかに道中の雑魚どもとは違う雰囲気だ。

 

 

「………はぁー……随分と乱暴な客人だな」

 

「どうも。頭領はお前か?」

 

「残念だが違う」

 

 

後ろから迫ってくる連中に肉盾を突きつけて、通路を塞ぐ。溜め息をついた男が立ち上がり、その腰から長刀を抜いた。

 

………やはり、雑魚連中とは腕も違うようだ。

 

 

「ハヅキさん!!

 そいつ、俺たちじゃ……!」

 

「手に余るみてぇだな。

 お前ら、傷負わせた奴等を休憩室に運べ。俺がやる」

 

「お、お願いします……!!」

 

「忘れもんだぞ、連れてけよ」

 

 

走り去ろうとする連中に、肉盾を投げ捨ててやる。

ハヅキ、そう呼ばれた男はそれに一層その眼光を鋭くして、俺を睨み付ける。

 

 

「………ウチはな、血を分けた家族をコケにされんのが

 一番嫌いな組織なんだ。分かってるだろ、てめぇも」

 

「はっ。血を分けた家族?

 そんな信用とか信頼とか……在るようで無いに

 等しいもんに左右される。単純な組織なんだな?」

 

「イカれ野郎には分からんらしい。

 だから俺がいる。だからオヤジがいる。

 ………てめぇ、ただで済むと思うなよ」

 

 

嗤い、槍の切先を怒る男に向ける。

それに男もまた腰を落とし、握り締めた刀を構えた。

 

 

 

「欠けた月影が片割れ、ハヅキ─────参る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入口の前で、付近にいたオメルタの全員が倒れ伏していた。そしてそれを成したカトレアは手に巻き付けたトーションを素早く裏側の白々とした生地を上に巻き直す。そしてそれを見届けたアンドルは、一つ息をつく。

 

 

「カトレア、まだやれそうかい?」

 

「問題ありません。

 ナインを追いましょう、敵を薙ぎ倒しながら

 行っているはず、今ならまだ──────」

 

 

 

「追いつける………果たして、そう?」

 

 

響いてきた声が、カトレアの言葉を遮った。

 

 

パタン、そう静かに扉が閉まった。

入口の扉とは真逆、そしてナインの進んでいった上階へ続く扉でもなく宿屋としての部屋。廊下の先、一階最奥の扉から現れたのは、長刀を抱えた、和装に身を包んだ女だった。

 

カトレアが構える。

 

 

「ふふ、恐ろしいわね。

 皆さんを動けなくしてしまうなんて、ええ。

 わたくしでは敵わないかも」

 

「ほざけ。敵の力量すら見抜けん節穴ではない」

 

「あら、そう? 油断したところを一息に、

 揃って首を刎ねてあげようと思っていたのに」

 

「恐ろしいのは此方の台詞だね……」

 

 

ゆっくりと刀を抜いた女に、アンドルは溜め息をつく。

廊下は狭く、また女はそこから一歩も動かない。アンドルの魔法では、ここでの戦いではカトレアも巻き込んでしまう。手助けは出来ない。カトレアは一歩、廊下へ踏み出す。

 

 

「カトレア、この廊下では僕は手助け出来そうにない。

 任せてもいいかい?」

 

「問題ありません。

 眠っている者たちにはご注意を」

 

 

そう言い、カトレアは腕に巻き付けたトーションを外した。見目を気にしながら戦える相手ではないという、何よりもの証明であり、そして主に気を使うことすら許されないという意味でもあった。

 

女は笑う。

 

 

「ふふ……私の名はミヅキ。

 女執事さん、名前を聞いてもいいかしら?」

 

 

それに、カトレアは右手を胸に、左手を後ろに回し、恭しく一礼する。それは見惚れるほどに完璧な動作で、先程までの荒々しい言葉使いとは一転した雰囲気には、さしもの和装の女も意外というように、その黒眼を見開いた。

 

 

「現当主アンドルにお仕えします、バートリ家給仕総括。

 カトレア・フィレンツェと申します。

 手荒い来訪となり誠に申し訳なく思いますが………」

 

 

執事は、腰の鞘からナイフを抜く。

研ぎ澄まされた白銀の刃は、この薄暗い廊下でも僅かな光を反射して、和装の女はその刀身に自らが映し出されたことに気が付いただろう。そしてそれが、獲物の証ということに。

 

 

「貴女様を我が主の敵と見なし、排除させて頂きます」

 

 

その鋭い眼光が、ナイフの反射と共に和装の女を補足する。それは武勲のある貴族に仕える家系に相応しい、紛れもない強者の雰囲気と威圧感。

 

そしてそれに応えるように、和装の女もそれまでの雰囲気を消し去り、ゆったりと流れるような自然さで、刀を構えた。それもまた、その執事と同等の震えるような威風で。

 

 

 

 

「……血の黎明、オメルタ。

 欠けた月影が片割れ、ミヅキ───────参る」

 

 

 

 

二人は、疾風の如く廊下を駆け出した。

 

 

 

 

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