水本大国
→します
しません
します
→しません
夢があった。
今はもう叶えることなんてできない、子供らしい夢。
悪人の悪事を根こそぎ明かし、暴れる犯人をその場で退治して、心の底から改心させる。
そんな正義を体現したかのような、最強のヒーロー。
まるで時代劇に出てくるような、国民全員に慕われる存在。
そんな人間になりたかった。
だが、なれなかった。
どれだけ訓練しても、稽古しても、学習しても、ヒーローにはなれなかった。
毎朝日が昇る前に起き、武器を振るい、書を読み、学校でも学び、家に帰っても訓練に明け暮れ、泥のように眠る。
そんなことを何年も繰り返した、そして高校二年になったころ悟った。
僕は、ヒーローにはなれない。
「…朝、か…」
水本大国の朝は、とてつもなく遅い。
目覚めた時、既に時計は午前の11時を回っている。
眠りすぎたために体が鉛のように重く、動きたくもないのが彼の心情である。
彼は己の無力を悟ったその時から、もう努力を止めていた。
何をしようとも結果は現れず、同級生からも教師からも嫌な眼でしか見られない現実に耐え切れなかった。
武偵高校。
武装探偵と呼ばれる「武装が法的に許された探偵」を養成する学校、そこに水本は通っていた。
そこで彼は強襲科と呼ばれる学科に入っていた。
理由は簡単、彼自身の夢を叶えるためであった。
どんな悪者にも負けない、完全無欠の正義の味方。
ソレを目指し、ただひたすら努力してきた。
だが、叶わなかったのだ。
入学試験時、彼はなぜ入学できたのか分からないほど凄惨なものであった。
サバイバル形式の勝ち抜け型の試験にて、彼は誰一人倒すことが出来なかった。
物心ついた時から研磨してきた武術はまるで意味を為さず、開始早々に名も知らぬ誰かに銃口を向けられたのだ。
「悪く思うなよ、弱い自分を恨みな」
そんな簡素な言葉が彼の心臓を深々と刺した。
認めずにただひたすら毎日続けてきた努力を、その一言で終わらせられた気がした。
だが、彼は結果として勝つことが出来た。
銃声が響いたその瞬間、何故か相手が倒れてしまったのだ。
そして唖然とする、なぜ自分は倒れていないのか。
そして目の前には、なぜ金髪の美少女が立っているのか。
「ふん、やっぱりコイツもタダの雑魚だったか…理子つまんないなぁー…ん?」
響く声、人形のように端正な顔立ちからは、カナリアの鳴き声ように綺麗な声が流れた。
しかし目が合った瞬間、背筋が凍った。
その眼は綺麗だ、だがその奥に少女らしさが全く感じられなかったのだ。
「もう一人いたんだ…あれ? データには無かった顔だけど…誰だろ?」
ブツブツと独り言を話し続ける彼女を見ながら、彼は少しずつ後ずさる。
一目で彼女が危険だと理解できた、故に早々にこの場から消えたかったのだ。
しかし、彼女がそんなことを許す筈もなかった。
「まぁいいや、ここで殺っちゃえば変わらないし…」
刹那、目を見開き狂気の表情を浮かべて水本に銃口を向けたのだ。
「…いや、止めよっかな。 見るからにグズそうだし…ほっといていいかな、ふふ」
しかしその手をすぐに引っ込めると、彼女はその場を後にした。
そして彼は数分その場に立ちつくし、時間切れと共にやってきた教師に、目の前に倒れている男は自分が倒したものと思われた故にギリギリ合格となったのだ。
つまり、彼は目の前に現れた金髪の少女によって武偵高校に入学できた、ということになる。
だが入学当時に彼が与えられた称号はEランクであった。
それもそうだろう、一人倒したという実績があったとしても彼の立ち回りは最悪だった。
動きは遅く、ただ草木に身を寄せて隠れていたのみ。
武偵としては全く使い物にならないだろう。
それから秋頃に担任の情けでDに昇格したが、これといった大差は無かった。
クラスの者からは煙たがれ、居場所などない。
それでも一年通い続けたのは、試験の時にあったあの少女が何者なのか知るためであった。
足りないながらも一年をかけてなんとか調べ上げ、穴だらけであったが彼女がどういう家系であるかを知り、ソレを彼女に投げかけた返事は…。
「…にゅふ、きーめた。 アンタ、理子のペットにしてあげる」
慈悲などかけらも感じられない一言であった。
俺には夢がった。
憧れている兄のようにかっこいい武偵になって、あらゆる事件を解決したかった。
でも、その憧れている兄は俺の目の前から消えてしまった。
兄さんが乗っていた船が沈没してしまい、その責任が全て兄に向けられたのだ。
今まで英雄のようにもてはやしていたくせに、世界は一気に手の平を変えたんだ。
兄さんの葬式の時も、現れた記者たちが言ってきたのは兄さんの責任に関することばかり。
「兄である遠山金一さんの責任についてどうお考えでしょうか!?」
「貴方のお兄さんのせいで何千人もの命が無くなったんですよ!?」
そんなことばかり毎日聞かれ、俺の精神はおかしくなってしまう寸前にまで擦り減ってしまっていた。
ただでさえ味方がいない時、もう耐え切れなかった。
もう全て捨ててしまおうと思った。
夢も、未来も、何もかも捨てて、消えてしまいたかった。
そんな事さえ思ってしまった時だ。
声が、聞こえたんだ。
「フォッフォッフォッ、すまないが瓦版屋たち。 そこを通りたいのでな、道を開けてくれんか?」
老人口調の少年の声。
多分、俺と同じ年齢位だ。
「そういうわけなのでな、申し訳ないが道を開けてくれ」
「少し急ぎでな」
次いで聞こえる大人の声。
気付くと目の前に迫っていた記者たちは掻き分けられ、道が出来ていた。
大人二人が放つ威圧感に、皆何もできないようだった。
「…さて、少年。 事情は聞かぬよ、お前さんにも事情があるじゃろう? さぁ、早く去りなさい」
ようやくその声で我に返り、俺はその場を後にすることが出来たんだ。
さっきも説明したと思うが、俺は当時精神が限界寸前だった。
記者たちの執拗なまでの追及に余裕なんてなく、いつ気絶してもおかしくなかった。
そのせいで、彼の顔を覚えてはいない。
でも彼は俺に、武偵として生きる活力をくれた気がした。
なぜか兄さんと彼が重なった気がした。
まぁ、強襲科にはさすがに戻れないが…もう少し武偵高校で頑張ろうと思えた。
そして出来れば、もう一度俺を助けてくれた彼らに会いたいと今も思っている。
探す手立ては、全くないがな。
いつか会って、しっかりと礼を言いたい。
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