嵐ガ丘へいらっしゃい   作:ひねもす@HAMELN

1 / 10
#01「父帰宅」

パパが、出張から帰ってきた。

 

妹たちが玄関へ駆けていった。続いて、シャーロットが静かに降りていく。

何ごとですか、とロックウッドはブランウェルに尋ねた。

少年は微笑む。

 

ブ「車の音が聞こえるでしょう」

 

ロ「風音しか聞こえませんよ?

どうして、わかるんです」

 

ロックウッドはカーテンを開いて、窓の外を眺めた。

まっくらだ。雨粒が横殴りに叩きつけてくる。

邸の防嵐対策は完璧なので、厳密には風音だって、注意していなければ気にならないほどだけれど。

 

ロ「僕も、降りていった方がいいかな。お父様に御挨拶しないと」

 

ブ「ああ……そうですよね」

 

ほどなく、家長のアーンショー氏が三層の風除室を経由して、顔を覗かせた。

出迎える家族の顔を、にこやかに眺める。

長女シャーロット、次女エミリー、三女アン。長男ブランウェル……と、その隣に見知らぬ青年がひとり。

パパ・アーンショーは、首を傾げた。

 

アン「パパ、その子、誰?」

 

アーンショー氏も、見知らぬ少年を連れてきていた。色黒く、縮れ髪で、あまり育ちのよくなさそうな、10歳くらいの男の子だ。

家長の背後にじっと隠れているが、その目付きは、幼いながらも凶暴そうな野性をたたえていた。

 

パパ「紹介は、明日にしよう。この子も長旅で疲れている。

客人よ、すまないがベッドをひとつ、この子に使わせてやってはもらえないか」

 

ロックウッドは恐縮した。ずいぶん低姿勢な家長だ。

もちろん承諾する。ブランウェルに勉強を教えているところだったが、今夜は終了にしよう。

男の子を連れて、客間へと引き上げる。

メイドがすぐに着替えを用意した。男の子はパジャマ姿になり、ベッドへと潜りこむ。

 

手短に聞き出したところによると、彼の名前はヒースクリフ。

リヴァプールから連れてこられたという。

孤児かと思っていたが、実のお父さんはちゃんといて、でもオトナの事情というやつでアーンショー家へもらわれてきたようだ。

年端もいかない、こんな子供本人から、これ以上根掘り葉掘り聞くべきではないな、と思いロックウッドはおやすみを告げた。

ヒースクリフは、すぐに寝息を立て始めた。

 

寝つけなかったロックウッドは、こっそりと寝室を出る。

まだ宵のうちだ。耳をすませると、嵐の響きがずっとビブラートを奏でている。

応接間に、人の気配がした。

ノックをして入ってみる。アーンショー氏がひとりで晩酌をしていた。

手招きされ、御相伴にあずかる。

 

やっと自己紹介ができた。

ロックウッド青年はフリージャーナリスト。パリやロンドンの出版社・報道機関に原稿が採用された実績を持つ。

このたび放浪記を書こうと思ってハイランドやヘブリディーズなどの秘境へと一人旅を敢行。

荒野の真ん中でガソリンが尽き、車を乗り捨てて丸一日歩き回っていたら、この邸へ辿りついた。

しばらく厄介になることにして、ブランウェルくんの家庭教師をしています。

 

ア「なるほど。さっき妻から簡単に説明されましたが、大変でしたね。

この付近では、特別仕様車でないと、エンジンの空気取入口がすぐに詰まってしまうのですよ。

メーターがぐんぐん減っていって、生きた心地もしなかったでしょう」

 

ロ「自然を舐めすぎてました。

その他にも驚くことばかりで、立ち去りがたく思っているところです」

 

ア「私も、次に出かけるのは数ヶ月先になるから、急がないのであればゆっくりしていってください。

よければヒースクリフの勉強も一緒に見てもらえると、トレードとしては悪くないのではありませんか」

 

ロ「ありがたいお言葉です。

ところで御主人はいったい、何のお仕事をされているのですか?」

 

ア「このような土地に住む以上は、利益率の高い商売を営まなくてはなりません。電気も通信も届かない、農作業や観光にもまったく向いていない、当地周辺でできることは限られます。だから、まあ、外では、なんでもやって来ますよ。

おかげで家族の生活と、この邸……ウォアザリング・ハイツを維持できている。それが私の誇りですね。

ブランウェルにも、二代目として、この精神を継承させていきたいと思っております。先生、よろしくお願いします」

 

ロ「はあ。せめて一宿一飯の恩義には報います、けど……

あの。お父様にとって、跡継ぎはブランウェルくんなんですか?

男の子だから?

ブランウェルくんは、がんばってくれてます。けれど、お嬢さんたちの方が学力も知識量も、とんでもなく上ですよ?

実際、僕が彼女たちに教えられることは皆無です。

この辺り、お父様としては、どのように考えておられるのでしょうか」

 

ア「ロックウッド先生。なかなか鋭い指摘をされますね。

実は、私にとっても、娘たちとの向き合い方は難しい課題なのです。

その話は、よければ明日にでも、じっくり相談させていただけませんか」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。