食卓を囲む、アーンショー家の人びと。
全員が揃ったところで、家長のアーンショー氏より、ヒースクリフの紹介が行われた。
新しい弟が増えました。
誰からも異論は出ず、なごやかな食事が始まる。
ヒースクリフが既に家族の正式な一員となっているならば、部外者はロックウッドひとりだ。
しかしそれは、なんだかおかしい。
この家ではよくあることなんだろうか。
実は全員が、もともと血のつながりなんて持ってなかったりして。
そのうちロックウッドだって、家族のひとりになってたりして。
もし長女シャーロットとの交際が始まって、ずっとこの邸で暮らす展開になれば、あながちありえなくもない話だけれど。
いやいや、それもなんだかおかしい。
3人の娘たちは、創作中の人物になりきって本日の予定を話し合う。
夫が、馴染みの宝石商に160万リーヴルの首飾りを発注していた。妻は素知らぬフリをして自分の誕生日を待ちわびていたが、どうやら愛人へのプレゼントだと発覚する。ゆるせない。そこで友人ふたり抱きこんでこの首飾りを強奪し、夫と愛人の仲を引き裂いてやろうという周到な計画を巡らせているところだ。
団欒の中でする話題としては不適切なのでは?
とロックウッドはハラハラするのだが、時折ご両親から「その作戦には穴がある」と冷静に指摘され娘たちが真剣に軌道修正していくところをみると、慣れた日常なのであろう。
ヒースクリフは食べるのに夢中で、シャーロットの弟である長男ブランウェルは理解が追いつけていないようだ。
ロックウッドだけが冷や汗を掻く。
食事の準備と後片付けは、メイドたちが担当する。
この光景もロックウッドには新鮮だったものだが、もう慣れた。
使用人たちの居住環境は、家族や客人たちの空間と隔絶されており、対話も接触も発生しないため、情を感じる余地がない。
総勢何人いるかも不明だが、昨夜アーンショー氏の口から出た台詞がひっかかる。
使用人を雇う費用だって、ばかにならないだろうに。
好き勝手にやらせておいて、いいのか?
いつもだと、ロックウッドは食後、ブランウェルに勉強を教える。
今日はヒースクリフとの懇親を目的として、邸の中を案内しながら、ハウスルールを共有化するための時間が設けられた。
奥様は病弱のため、ほどなく自室へ戻られた。娘たちは、すぐ飽きて図書室へ消えていった。パパ・アーンショーは辛抱強く付き合ってくれたが、仕事をしなければと途中で抜けた。
新参者を教育・指導する役は、いつもブランウェルだ。
ヒースクリフは意外と素直にいうことをきき、1週間ほど先輩であるロックウッドも復習する気分で一緒に邸内を見学した。
そうか初日はブランウェルの方が先生だったんだよな、とロックウッドは回想する。
自分はいったい、いつまでここに滞在することになるのだろう。
パパが帰ってくるまでは、そんなことだって考えなくなっていたものだけど。
邸の名前はウォアザリング・ハイツ。
隣家は、方角さえ誤らなければ3マイルほど先にスラッシュクロス・グレインジという建物があって、リントン一家が住んでいるはずだ、という。
こんな調子だから、そもそも近所づきあいは無い。
ブランウェルによれば、年に30日程度は太陽を拝めることもあるというが、24時間常に強風が吹きつけるこの地域では、あらゆる動植物が戸外での生活なんてしなくなるのが自然の摂理だ。
付近一帯では樹木も育たない。
飼料にもならない下草が懸命に地を覆ってはいるけれども、この土がまた曲者で、油分を大量に含んだピートと呼ばれる泥岩なのだ。
実質的に無尽蔵の燃料としてウォアザリング・ハイツでは重宝されているのだけれど、ミミズもモグラも生きていけないこんな大地に、どうして人間だけが住みたがるのだろう。
そんな疑問を、ロックウッドは気遣いながらブランウェルに尋ねたことがある。
翌朝、次女のエミリーが教えてくれた。
今から5000年以上昔、物好きな異星人が地球を訪れた。
特にこの地方へ逗留し、巨石を積み上げてアスレチックフィールドを何箇所もつくり、障害物競走をして遊んだ。
やがて人類が大陸から渡ってくる。巨大遺跡群を発見し、神様の芸術作品だと畏れおののいた。
ユリウス暦7世紀になるとキリスト教徒が攻めこんで来て、石を細断化して自分たちの教会をつくった。しかし定住するほどの熱意は無かったため石造り教会もまた放棄され、廃墟と化す。
パパとママはここにやって来て、人類を寄せつけぬ荒野にすっかり魅了され、リフォームを施して暮らし始めた。
そして、次々と子供をつくったのでした。
エ「ね、ロマンに満ち溢れているでしょう?ロックウッドさん」
ロ「あ、ああ。そうだねエミリー。君はとても物知りで、賢いんだね」