ヒースクリフは、聡明な少年だった。
ブランウェルに較べて、などと余計なことは言わない。ロックウッドは決してそんな当てこすりを愉しむ人物ではない。
だがしかし。
もともと自信に乏しく遠慮しがちで覇気も野心も所有せず、ひたすらいい子で過ごしてきたブランウェルが、これまでよりも口数を減らすようになったことは事実だ。
ひょんなことから住み込み家庭教師を務めることになってしまったロックウッド青年にも、決して他人事ではない。
この邸を立ち去ったら二度と訪問することはないであろうが、「あの家庭教師のせいでねえ」なんて噂が末代まで語り継がれるなんて想像は生涯、夢見を悪くさせるであろう。
そこで率直に、パパ・アーンショーへ相談することにした。
パパ「ロックウッドさん。
あなたは若いから、親の立場を想像できないかもしれないが、娘たちも、ブランウェルだって、いま一番多感な時期を迎えています。古い言い方では思春期だ。親が頭ごなしに躾けようとしてよい相手ではありません。意識して友人や部下のように接するべきなんです。
妻ならまだ母子としての付き合いが許されるかもしれませんが、どうしても男の子の味方にはなってあげられないことは、やむを得ないところです。
ここまでは、よろしいですか」
ロ「父親として、慎重に悩んでおられるのですね。それは察します。
しかし今のままでは、お母様と3人の姉妹に挟まれたブランウェルくんが、どんどん孤立していくばかりですよ。
僕では彼がお手本にしたい先輩にはなれないですし、ヒースクリフは小癪な邪魔者ですから、ライヴァルというよりエネミーです。
こじらせる前に、申し上げておきたいと思いまして」
パパ「ブランウェルを外で一人暮らしさせてみれば、もっと積極的な性格に変わるのではないか。という検討はしています。あなたに監督をお願いできれば最高だ。
しかし、家を出るのは本人の意思によってでなければなりません。
他者のために出てきた者は、その場所に粘り強く踏みとどまることができないのです。それでは何ひとつ学んでこられない」
ロ「ブランウェルくんを見ていると、むしろ外の世界へ出ることを恐れていますね。
無理もないです。
シャーロットさん以外は、この邸を離れたことがないんですよね?生まれてから、ずっと」
パパ「エミリーも、短い期間でしたが外で暮らしたことがあります。
よほど辛かったようで、その話はしたがりません。
本人はそれですっかり決心がついたみたいなのでいいんですが、ブランウェルとアンには、過剰な臆病を植えつける結果になってしまったかもですね」
ロ「一番影響を及ぼしているのはシャーロットさんですよ。
彼女にとって外の世界は邪悪の吹き溜まりだ。ブランウェルくんも、ずっとその教えを聞かされながら成長してきたんです。
それに……あの、お父様は、お嬢さんたちが一つのペンネームで詩や小説を書かれていることは御存知ですよね?」
パパ「はい。それは知っています。近頃はずいぶん難解な大長編を制作しているみたいだが……
なかなか読んであげる暇がとれなくて、申し訳なく思っているんですがねえ」
ロ「あっ。以前は読まれていたんですか。いつ頃まで?」
パパ「ヴィクター博士の仕事を引き受けるようになってから構ってあげられなくなったので……5年くらいになりますか。
え、ロックウッドさん。あなたは最近作も読まれているのですか。
どんな感じなのですか?」
ロ「作品の内容については、手短には説明できないので、別の機会にしましょう。ただ、とんでもない作家が誕生してしまっていることは私が保証します。
シャーロット・エミリー・アン。この3人が強烈な核融合で結びついて、おそろしいまでの熱量を発生させ、知恵の泉をグラグラ煮立たせているわけですね。
今日も彼女たちは図書室に籠もって、書いては演じ、調べては書き直してと忙しく過ごしているでしょう。休憩する暇も惜しんでひたすら物語を紡いでいるはずだ。
図書室は彼女たちの聖域です。
お子さんたちの中で、男の子であるブランウェルくんただ一人が、この輪に入っていけません。
狂おしいまでの疎外感だと思います。
ずっといい子でいた。長男だから、いずれはこの家を支え、父の跡も継がねばならない。その責任感だけはあるのに、身についているものは何ひとつ無い。
実際、対話していても言葉数が少ないし、間違ったことを口に出すくらいなら喋るまいという意識が強いんだろうなと感じています。
姉妹と口喧嘩して、どれだけ打ちのめされてきたんだろうなあと、察するところ余りありますよ。
さて、そこに、ヒースクリフが登場します。
すみません、ようやくここからが僕のお訊きしたかった本題です。
ヒースクリフは、すでに生命力を枯れされつつあるブランウェルくんに、とどめをさしてしまうかもしれません。
トリプル・ブロンテが核爆弾なら、彼は信管だ。
あの子は、いったい何者なんです?」