どっどど、どっどど、どう。
氷つぶての混じる狂風が、方角だけを目まぐるしく変える。
分厚い雲と霧に覆われ、サーチライトの灯も隣の陣地までしか届かない。
全周囲を裸眼で俯瞰できるのは、ずっとこの地で暮らしてきたアーンショー家の子供たちくらいだよ。
怪物は、とつぜん襲いかかってきた。
ヴィクター・プロメテウス博士のいる中央指揮所は、チェスボードでいえばキングの初期位置だ。周囲の陣地には、クイーン・ビショップ・ナイト・ルークなどの軍団が待機している。
それらの外郭に、ポーンの群れがいる。
ジャーナリストのための特等席だ。
いちばん迫力のある画を撮りたいんだろう?だったら最前列だよなあ。かぶりつきだぜ。
迫真の血飛沫と絶叫を記録できる最高の現場といえるのだが、残念かな、生中継している局はいない。
嵐が電波通信を乱しまくるので、戻ってから速攻で編集してニュースに載せるしかないのだ。
反響がよければ、画質を鮮明にしたり音をクリアにしたり等の加工をする予算をもらえる。
長く使える映像素材にしてから、局のアーカイヴにインデックスしておく。語り草になりさえすれば、あのとき現場にいたスタッフだとレジェンドに神格化させ、後輩たちの取材にも定期的に応じ崇められつづけることも夢ではない。
そんな冒険者たち一人ひとりがポーンである。
弱っちいから、一撃で何人も屠られていくんだけどね。
ヒースクリフは、子供たちほどの視力と聴力は持っていなかったので、外へ出てきて、博士のいる指揮所へと向かった。
大統領のダーチャかよ、と皮肉りたくなるほど豪勢なスイートルームで、愛人とベタベタしながらモニターチェックに余念のないヴィクターがそこにいた。
お仕事、ごくろうさまです。
博士「暇なのか、ヒースクリフ。
もう少ししたらクラーヴァルを出撃させるから、あいつの目の前へ怪物をおびきよせる役をやれ。
そのくらいはできるだろう」
モニタは16分割されており、各ポーンの陣地から有線ケーブルで送られてくるリアルタイム映像を一覧表示している。
いくつかはノー・シグナル。
全滅したようだ。
ヒースクリフ「博士を追い回してる殺人鬼っての初耳なんだけどさ。
こんなバカでかい、目立つ怪物がヨーロッパ各地で女・子供を殺しまくってたっての?
無理ありすぎじゃね」
博「第3形態へ変身したとか、ピートを食ってるうちに巨大化したとか、設定はいくらでも捏ねられる。
連続殺人鬼は被害者の首に特徴的な絞痕を遺しており、今回斃される怪物の手形はこれと完全一致する。
あとはメディアが殉死した仲間の追悼特集を通年コンテンツにして盛り上げるよう仕向けていく。そのストーリーには必ずクラーヴァルのアイコンが重ねられる。
完璧だろう」
ヒ「なる。さすがは博士。
ところでクラーヴァルてのは最新型かよ。
おれより強い?」
博「女受けするマスクとボディを与えてやったからな。しなやかで持久力は高いが、戦闘力なら、おまえの方が上だろう。
どうした。妬いているのか?
おまえは言葉遣いが汚いから、あいつの代わりはつとまらんぞ。アイドルになりたいなら、もっと奉仕精神を学んでこい。
そうすれば6フィートのボディくらい造ってやる」
ヒ「ちぇ。そいつは難儀だなあ。
……ヒョオ、またひとつ潰された。
怪物を、ちょっと強くさせすぎたんじゃありませんか?」
博「邪魔くさい蝿どもをせいぜい減らしておくことも、このイヴェントの目的だ。
メディアなど1社か2社のこしておけば足りる。それまで存分にスペクタクルを演じさせる。
現場のカメラやストレージを破壊されても、映像のバックアップはここで完全にとっているから、何ひとつ問題は無い。
それよりもだ。
恐怖にかられてカメラを止めるな!
声をつまらせるな!
それでもプロか、きさまら!
遺書を提出してから来てるんだろうが!
こんな腑抜けどもに心底、肚が立ってたまらんわい」
ヒ「それも博士らしい御意見ですねえ。
ところで怪物には名前つけてないんですか?
公式の固有名詞あった方が、たすかるんだけどな」
博「つける気はない。殺人鬼とか、バケモノでじゅうぶんだ。
ヘンリー・クラーヴァルを売り出すための興行だから、怪物名のほうが広まってしまうと効果が薄れる。
いいか、主役はヘンリー・クラーヴァルだ。視聴者の記憶にはそれだけが刻まれればいいんだ。余計な印象は与えるな。
メディアを支配したければ、こんなセオリーは基本中の基本だぞ」
ヒ「ああ、なるほど。
そうか。やっと、おれのすべき仕事が見えてきましたよ。
ヘンリー・クラーヴァル。
英雄、ヘンリー・クラーヴァル。
そういうことですね。
よし。じゃあ支度でも始めるかな。
合図してください。怪物をおびき寄せて、ヘンリー・クラーヴァルにかっこよく勝たせればいいんですよね?
アシスト、しっかりやってみせます」