それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。 作:茶漬四郎
ここ数日における学園内での出来事は、あなたにとっていい刺激でありながらも寿命の縮まる期間でした。
まず第一に所属している「リア充撲滅委員会」が文化祭で出し物をやる予定であること。
あなたは「父兄に恥をさらすな。」とシオンに言うと彼女は反抗的な目線を返します。そしてそれは出来の悪い子供を見るようなまなざしに変わり、憐みに富んでいたことが印象に残って負けた気がしたのでした。
第二に試験。これは割愛します。補講の補講なんてものは知りません。
そして第三に炎上も辞さない嵐を巻き起こし、あなたはその中心にいました。それは「リア充撲滅委員会」に唯一、そこに名前を置いているあなたが、そのポリシーに反したという話がクラス全体に広がったというものです。
紫咲シオンは不遇な境遇にあっているあなたの隣に立ち、クラス中から発せられるスマホのシャッター音を一身に受けては、らしくもなく頭を下げる。
「この度はぁ!ウチの塩っ子がご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでしたぁ!」
シャッター音に交じって録画開始ボタンが押され、その一様は夏場のセミよりやかましく響く。
その中で一人、学年が違う女生徒が紛れ込んでいた。堂々としている彼女は、星を模した手裏剣のような髪飾りをつけている。クラスの何人かは顔見知りのようで、他クラスの生徒を何の疑いもなく受け入れていた。
彼女がピンと手を上げる。
「質問です!」
「はいっ。なんでしょう」とシオン。
「今回塩っ子先輩は学園に存在しないアイドルに鼻の下を伸ばし、ありもしない妄想にうつつを抜かしていたということでしたが。そんな月よりも遠い存在の人物との妄想も「リア充撲滅委員会」のポリシーに反していたということでしょうか。」
リポーターの様にハキハキは話す彼女はまるで声優のようだ。その小さな体からは声帯が、そして体幹が見た目よりもしっかりしていることをうかがわせる。
「はい!そうですっ。今回は特に適用されます。」
シオン曰く、規律を正すべく妄想と言えども今回は罰するというのだ。
「特に相手のアイドルは巨乳でした。」
「それは万死ですね。」
二人のペッタンコンティは意気投合した。納得のいかなかったあなたはせめてもの反抗として口を開く。
「すみません!紫を基調とした子がタイプなんです!」
そのカミングアウトに反応したのはシオンだけではなかった。教室の後ろにこっそりと中を覗く花びらの様にふわふわした少女もまた、予期せぬ矛先に狼狽える。
「なぁんでここで僕まで巻き込むのぉ」
彼女の悲痛な叫びを聞いたあなたは周囲にバレないように悪魔のような笑みをシオンと彼女に向けたのだった。
事の発端はあなたが学校裏で複数人からカツアゲをされている時まで遡る。アイドルのカードがオマケでついてくるウエハースチョコを開けていたら、どこからともなく囲まれたのだった。
県内有数の進学校だけあって、このような状況に巻き込まれると思っていなかったため、アドリブに答えられない芸人の様に固まってしまったのが悪かった。
何かの集団か、紅いバンダナを目が隠れるほどまで結んでいる男女混合の彼らは、その異様な闘志を武器にジリジリとあなたを壁まで押し寄せた。
万事休す!目茶目茶にされちゃう!
一人ひとり体格の差が千差万別あるこの集団はよく見ると高校生には見えない者も確認できる。しかしそんなことなど今は何の救済にもならない。扇形に陣形を広げた彼らの間を突破することなど、ウサイン・ボルトですら不可能であろう。
あ、これ普通のカツアゲじゃない。オイハギだ。
奴らの目的は私のウエハースではない。何故ならあげようとしたら怒られたからだ。もしかしたら私、塩っ子の命そのものなのかもしれない。
野生の直感が危険を知らせる。
そんな時、一人の男が集団の間を悠々と歩いてきた。おそらく長であろう。モーゼの十戒のように人が綺麗に分かれていく。
その男はサングラスをつけており、「こんにちは」と紳士的にあなたに声をかけるが、その無言の圧には今にも爆発しそうな感情を押し殺しているように思えた。
「君は『リア充撲滅委員会』の人間かな?」
「へ、へえ」まるでやられ役の様に情けない声を出す。
「不名誉ながらそうであります。」
その回答を聞いた途端、サングラスの奥から鋭い眼光がキラリを見え、即座に自身の運命を悟った。彼は今まで耐えていたのだ。自分に「待て」の暗示をかけ、疑惑が確証に変わってから動き出す、よく訓練されたドーペルマンのそのものだった。
「生け捕りだっ!殺せ!!」
「ワァ…!一行で矛盾しないで!!」
肉食動物の集団のような彼らが一斉に襲い掛かる。成す術もなくあなたは胴上げのような状態で空中に捕らえられ、身動き一つできなくなった。
そしてそのままエッホエッホと校舎へと運ばれる。
「ああ!ごめんなさい!お金持ってないんです!お財布のダイエットはいつもうまく行くのにお腹のダイエットはうまくいかないんです!ウエハースならあるよ、食べる?」
パラパラとカスが宙を舞い、近くのバンダナに無理やりグイグイ押し付けるが「いらん!」と一括されてしまった。
今の声はおっさんだった。
言い返して咳き込んだバンダナは決してウエハースに癇癪を起こしている様子ではなかった。
「じゃあ、自分で食べるから下して…あ!ヤベ!おまけのカード落とした!」
「我々が欲しいのはお前からの誠意だ!」
「誠意?謝るのなら得意です!」
「本気だったら半殺しで済ませてやる。」
「待って、今コイツ謝るの前提じゃなかった?」と女性のバンダナが冷静に耳打ちする。
「なら!おホモダチとデートしてもらった後でどざえもんにしてやる!」
そんなのダブルキルではないか。
あなたに与えられたのは三つのオプションである。
ホイホイついて行くか、迫真に攻めるか、体に落書きされるか。
祭りの神輿の様に担ぎ上げられたあなたは現状を整理しようにも、目の前の激しく揺れる天井のせいで集中できない。ウレタン樹脂製の廊下にパタパタと足音を響かせていた集団だったが、一人の女子生徒の鶴のような声で全体が停止した。
「お前らぁー!何してんだ!ケーサツ呼ぶぞ!」
見るとそこにはスポーツ万能でダンスも得意、学園内では風紀委員に等しい活動をして居る大空スバルがボーイッシュな髪形を逆立だせて声の限りに叫んでいた。
腰を引いて上半身を前のめりにしているあたり、シルエットだけは女子力が高い。そして彼女の側には長身で肩幅のあるヤンキー君が感情を出さずに立っていた。
「助けて!」と思ったより上ずった声を上げるあなた。
スバルはそんなあなたに間髪入れずに事の重大性を伝えようとしていた。
「オイ!転入生!なんでスバルがケーサツ呼ぶって啖呵切っているかわかるか!」
「わかりません!胴上げが危ないからですか!!」
「違う!このバンダナたち在校生じゃないんだよ!不法侵入だ!」
「えっ!!」
つまり不審者集団である。
体力に自信のあるヤンキー君がいなければ多数に無勢でやられていたかもしれない。彼の実力は以前に体験済みであるのでその力量は折り紙付きだ。
そんな彼はヌッと会話に交ざりだしてあなたを「ウチの親」と指さした。
「こいつが不登校にでもなったらウチが困るんだ。お宅ら一味の気持ちはわからんが。」
一同圧にいったんは勢いを失うも、サングラスの男は一歩前に出て声を据わらせる。
「なに、素直に吐けば苦しみはすぐに終わるさ。おい塩っ子。」
「は、はい」
「貴様、宝鐘マリンと言う生徒を知っているか。」
知っていると言いかけて否定する。
その様子は彼らにはお見通しのようだ。
「窓から放り出せ!」
「ごめんなさい!知っています!この前BLの話で盛り上がりました!」
ここは二階である。落とされたらギリギリ死なない高さに怖気づいた。満足そうなグラサンとは対照的にスバルは顔の手をやって呆れた様子だった。
それから彼は大きく胸を張りだすと、その場にいる全員に宣言する。
「彼を下ろしましょう。そしてここで始めます。即決裁判です。」
「あらら、運がないね」と楽しそうにもざまあみろとも言わんばかりの声がする。
「大変申し訳ございません。自己紹介が遅れました。我々『宝鐘の一味』と申します。」