それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。   作:茶漬四郎

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時にはコーヒーと共に

 天は人に二物を与えないと言いますが、それは本当の事のようで、例えば一人に対してそう簡単に二面性を与えることは無いようです。ですから自分の方向性に迷ったとして、正反対にシフトチェンジしようとすると機会や素質が邪魔をして進めなくなります。

「僕は真面目もイイと思うけどなー。」と目の前の少女は気の抜けるような声で、銀色のコーヒーカップを片手につぶやきました。

その様子は前に会った時と同じで、あなたを見下ろすように佇んでいるのでした。

 

 少し前に神社の境内で酔いつぶれ、見知らぬ少女二人に介抱されてから数か月の時が経った。あなたはリクルートスーツに身を包み、初夏を迎える日本の四季を恨みつつ就職活動をしていた。

戦績は多くの学生が経験するように、まったくうまく行っていなかった。話には聞いていたが、自分が当事者になると第三者から柔らかく拒否される事に精神的な負担がのしかかる。その苦痛は日を増すごとに心を蝕んで行った。

現実というブローが、みぞおちを酷く抉るように体にも負担をかけてきた。

そもそも業界研究や自己分析を怠った自分が悪いのだが。コーヒーを一口啜ると、カフェインの作用であなたの脳内が急遽ひらめいた。

通常であれば大学3年次の夏、または2年次からインターンや大学主催の業界セミナーに参加するということは、その頃からトライアンドエラーを繰り返せ、という先輩たちからの教えだったのだ。

「ツマンネ、負けジャン。」

あなたのやるせない声は晴天へと吸い込まれていった。

大学入学以来着てこなかったY-シャツに身を包み、汗を吸ったインナーは既に重くなっている。

灰色の心とは対照的に紫色の一匹の猫が視界に入った。

野良猫の違いなど見わけもつかないあなただったが、その猫だけは認識できた。

確か名前は「おかゆ」と言ったか。

柔らかい四肢をしなやかに動かし、肉球をステステと音を鳴らせて目の前を通り過ぎた。そして路地の端にある段差を上がっていくと姿を見せなくさせる。こちらを振り向きもせず、そのまま左へと進んでいく後姿をあなたは黙って見送ることしかできなかった。

意味もなく愛玩動物の歩みを見ていると一秒とかからずに、すれ違うように左側から一人の少女が姿を現した。紫色の短髪に、ボカボカなズボンを履いている。トテトテとスニーカーを鳴らす彼女は右側へと歩いて行く。

一度は通り過ぎた彼女だったが、姿が見えなくなった途端にひょっこり角から顔を出してあなたをジトリと見つめ出した。

「よっす」とあなたは手を上げて声をかけると、少女はまるでステップを踏むように近づいてくる。

「久しぶりー学生さん。」

どうやら覚えていたことが嬉しいらしい。

「今日はスーツなんだ。」

「そっ」とあなたは淡泊に返す。

「就活中でございます。」

「へー、どんな感じ?」

両腕を後ろに組む少女に、あなたの心は揺れ動いていた。

 

 今あなたがズッシリと腰を置いている喫茶店は、以前少女たちの世話になった神社と同じ商店街に位置している。しかしそこからさらに路地を二つ跨がなければ見つけることのできない隠れ家なのだ。

何かを聞きたそうな少女に対してあなたは「ここはね。」と少し思い出話を始めだす。

「ぼーっと歩いてたら匂いに誘われてここに来たってわけ。」

「もう猫ジャン。」

くすくすと笑う。

周囲に漂うコーヒー豆の甘い香りは、アロマそのものだった。

あなたは少女を連れて店内へと踏み込み、彼女の都合を聞かずに2人分のコーヒーを注文する。その行為に少女も特に不思議に思っていないようだ。

店内はまるで海賊船のような内装で、南国を意識したようなインテリアはここが日本だということを忘れてしまう。

狭い店内には業務に必要な焙煎器、グラインダー、エスプレッソマシーンと珍しいハンドドリップマシーンが置かれており、店主のこだわりを感じる。

カウンターでエプロンを身にまとい、バリスタとして職務についているのは彫が深く目の青い一人の西洋人男性だった。

「外国の人!」と驚いた少女は小さくあなたに耳打ちした。店員には伝わらないと思ったのだろうが、当の本人はチラリと二人を見て静かに手元に目線を戻した。

それから痩せこけた頬を上げて「カナダ人デス。」と片言の日本語で彼女に返答する。そのやり取りはまるで幾度となく練習してきた彼の鉄板ネタのようである。

少女は少したじろいだが、それを察せられては相手に失礼だと思いすぐに表情を立て直した。

「すみません…日本語上手ですね。」

「エート、20年住んでマス。」

そうなのだ。この男性、クロードさんは在日歴が20年以上あり、日本人の嫁と二人の子供がいるのである。奥さんはバリバリ働いており、そのおかげで彼は悠々とアルバイトを行うことが出来るのだった。

「あ、バイトなんですね。てっきりここのオーナーかと。」

少女の感想はもっともであるとあなたは考える。インテリアのセンスがあまり日本人の感性に沿ったものではなかったからだ。

クロードはチャーミングにはにかんだ。

「日本で働けるほど、日本語上手クナイネ。」所々欧米人らしいため息が間に挟まれる。

細い体からにじみ出る父性は年の功だろうか。彼は少女を見つめて今度はこちらから話しかける。

「英語、勉強シテマスカ?」

「ちょっとだけ、ア、リトルビットなんですけーど」

彼女は指で少しを表現する。

それを見たクロードは小さく微笑み、二人分のコーヒーを淹れる間、彼女に外のテラスで待っているように促した。

“Hey”と店員が優しくあなたに声をかける。

“She is cute.”そうつぶやくクロードはまるでウィンクでもしそうな勢いだった。

それからグラインダーを操作し、けたたましいブレイドの発する音が鳴りやむのを待った。

“You should ask her for a date.”

父親ほど年の離れている男性から若者へのアドバイスだったが、あなたはあまり乗り気ではないようだ。クロードはそれをやり切れないように見つめ、近年の草食系を目の前に憂いている様子だった。

“I’m afraid to say this sir, but time past so fast like lightning.”

今を生きる若者にはあまり実感のわかない言葉だった。クロードはあなたの苦悩を少しは理解しているつもりである。それ故に、あまり干渉しないよう言葉を選んだ。

“I mean,,, look at yourself”

ドリッパーに注がれたお湯は瞬時に膨らみ、そしてゆっくりと萎んでいく。

“You need somebody to stay with you”

ここであなたは初めて言葉を返した。

“How do you know that?”

外の少女が英語を理解していないのをいいことに、クロードは続ける。

“Get one luck, then you may gain another”

運をつかむためには小さな運を掴めという意味だった。

これにあなたは困惑する。あの子の名前すら知らないのだ。

それに加えて確かに今、将来へ進むために自分の売り込み方を変えようか悩んでいる。しかしそんな自己中心的な考えをして他人を巻き込んでもいいのだろうか。

結論は、ノーであった。

しかしそうやっていつも通りの自分に戻ってしまうのが間違えなのかもしれない。そもそも今までのやり方で誰にも求められていないのであれば、自分の中に新しい要素を加えて現実と見つめ合うのが最適ではないか。

いっそのこと方向転換をし、いわゆるイメチェンなるものに賭けるのも手ではないか。

 

少し大きめのサイズの服に身を包んだ少女は外であなたの帰りを待っていた。コーヒーが注がれた小さな銀色のコップを受け取ると、じっとあなたの目を食い入るように見つめる。

瞳孔が開かれた猫の様な瞳は、一体何を考えているのかわからず、まるで深淵を覗いているような気持になった。

「今、変な事考えてたでしょー?」

図星を突かれたあなたは思わず「えっ」と反応してしまう。

「何を考えていたのか」という猫を撫でるような追撃を上手く交わすように、あなたは頭に浮かんだ単語を用いて即答するしかなかった。

「イメチェン。」

すると少女は顔を曇らせて、手をあなたの肩に置き、そこの椅子に座らせるように力強く押し込んだ。気に障ったのか彼女の口元はムッと結ばれていたのが不思議だった。

「真面目のままでいいんだよ。」

その目はにらみを利かせている。

「でもねぇ…」とあなたは負けじと口をモゴモゴと動かした。

面接とは違った威圧感を味わう。

「書類選考もだし、面接でも落ち続けてるんだよ。書類はアプローチを変えやすいけど、面接なんてボロが出ちゃうからさ。」

自分からボロが出ると言っておきながら、今更イメチェンしようと考える自分に嫌気がさしてくる。

「さっき英語話してたじゃん。きっと引く手数多だよ。」

現実は甘くないのだ。新卒のスタートラインは皆同じであり、「何ができるか」では求められていないのだ。実力や実績はあってもある程度の規模がある組織に属したいと思うなら、目に見えない評価が必須となる。

「それって何なの?」と少女が首をかしげる。

「人事が気に入るとか、かなぁ。」

やっつけで参加したインターンを思い出して口を苦味でいっぱいにする。

中々楽しめて好印象と思っていたが、後の書類選考で落選しまったのだ。

「燃え尽き症候群ってやつ?だからこうやってボーっとしてるの。」

これが今日一日講義をサボった理由だ。

「…どこに行くの?」

少女が聞きたかったのは行きたい就職先ではなく、勤務地であった。

「んーどこでも。全国転勤ありにしてるよ。」

彼女の小さな表情の変化に気づかないあなたは小さく笑って「やっぱ最初は都心かな?」などと続けた。

「ここから離れるってコト?」

「うん、そうなるね。」

二人は同時に真っ黒いコーヒーを口に含んだ。どちらの動きに合わせたのかわからないほど同じタイミングであった。

「近所で働けばいいのにぃ。」

「ヤダよ。」

「どうして?」

「ここらって接客業しかないじゃないか。よせやい。」

あるいは大き目の子会社しかない。子会社に就職が決まれば、そこから上へ行くのは至難の業になってしまう。つまり、地元を離れるという選択肢が遠くなるのだ。かといって地方に就職してもずっとその土地にいる気はない。縛られることなく転々としたいのである。

本心を言えば、この地元が好きなのだ。しかし同時にこのままここで残ってもいいのかという不安と疑問がわいてくる。ならば一度くらいは都心、欲を言えば丸の内で働いてみたいのだ。

「何故丸の内…」

「よくぞ聞いてくれた!」

「おおう」と少女は仰け反る。

「世界の中心の一つだからさ。」

「ほう」

「行政の中心や国家の中心があるだろ?それにそれらを支える企業が拠点を置いてるんだ。世界を知る一つの術なんだよ。」

「世界を見たいの?」

「…そー。」

「なんで?」

「ハハッ」

笑うしかできない。

行政職員の道はとうに諦めていた。ならばせめて企業人になれないかと模索しているのである。

幸いなことに勉強をすればそこの扉をたたけるのだが、勉強は苦手だった。

少女はニカっとはにかみ「僕もー」とつぶやいた。

そして彼女は何かをひらめいたように表情を明るくさせるのだった。

「ウチで働けばいいじゃん!」

「ウチって?」

「神社神社!この前会ったところだよ」

「この前っつったって何カ月も前じゃないか。え?神社?マ?」

「そうだよ!いいジャン!ダメかな…?」

「ダメです。」

あなたは即答する。その反応を見て少女は頬を膨らませ、先ほどより一層機嫌を悪くしたようだ。

「就活うまくいかない様に祈っとくゥ。」

「こら」

そう言ってあなたは優しく一括すると、さらにその心情を吐露し始めた。

「ウチの高校の奴らはさ、みんな優秀なわけ。バンバン外に行ってたりしてるの。だからさ…負けてられないわけよ。それにみんな3か国語は普通に話せるのよ。」

フワリと風が舞う。

何かが出来て当たり前の世界は住ずらい。

「この前もそんなことは話してたね。」

「よく覚えてるなあ。結構支離滅裂だったのに。」

「えへへ、褒められた。」

どうやらこの子は甘え上手なようだ。

本音を言えば、働き口を熟考するのも他者に追いつこうとする一心だったのである。それはひとえに、他者との比較が容易になったSNSの影響が非常に大きい。

キラキラ輝くあの子はいつも活躍している。結果を残したアイツは皆に囲まれている。

自分だって大学の広報誌に乗った実績がある。それでもまだ、同級生には勝てないのだ。

SNSは、はっきり言って向上心を煽るよりも毒に変換することの方が大きい。しかしそれを辞めたら人との繋がりが無くなってしまうようで、辞める決心がつかないのだ。

少女はおっとりと口を開く。

「君は君でしょ?」

「…」

心がフッと軽くなる。今、あなたは何で満たされたような気がした。

同時に少し反抗したくなった。

「でもこの世は競争社会よ。」

「マイペースでイイんだよ。」

それから「ほら」と視線を店の外へと促した。コンクリートの道路とアパートの壁しかない。景色は最悪だったが、日常が映し出されるのが見てわかる。これが日々を生きる人々の視線なのだ。

彼女が指したのはこの町全体であることを理解する。普通の事を特別なものに変換するのは、人なのだ。

「僕がいればよくなーい?」

もしかしたら好機と言うのは常に目の前に転がっているのかもしれない。少しばかり行動すれば、ひょっこり顔を出して自分の元へとやって来る。

その時に忙しいという理由で捌いてしまってはもったいないのだ。

あなたは顔を上げて少女を見上げる。彼女の名前をあなたは知らない。今なら聞けるのではないか。

尋ねようとした時、ヒュンっと何かが二人の間を切り裂き、ボスッと音を立てて麻袋に突き刺さった。それは木の枝であった。投げられた方向に顔を向けると神社で騒いでいた少女、戌神ころねが鬼の形相で拳を握りしめて立っていた。

彼女の叫ぶ声が「おがゆ!」と誰かの名前を呼んだ。

「またお前かっ!」

「あっ!ころさん!」とあなた。

焼き立てのバターロールのように結んだ髪をパタパタと感情があるかのように動かす。

「馴れ馴れしいぞお前。」

ふわり、と黄色いスカートがクラゲのように広がらせスタスタとあなたたち二人に駆け寄ってきた。そして、ころねは相変わらずあなたに対してドスの利いた声色でズイズイと詰め寄る。

「おかゆに手出してんじゃねえよ。」

「出してねえよ。」

「嘘だね、じゃなきゃこんなメスの顔しないもん。」

慌てた少女が思わず間に入った。

「ころさん!?」

「おかゆはね!本当はもう少し声低いんだよ!」

まっすぐなころねの目は、これ以上ない事実を伝えようとしているように思えた。

「ころね”え!」

本当だった。今まで聞いたことのない恨みを利かせた声になった。そしてそのまま、ころねへと密着し、まるで蛇のように彼女を締め付け始めた。もはやじゃれ合っているようにしか見えない二人だが、何故か小動物を見ているかのような錯覚を覚える。

騒ぎを聞きつけて店内から顔を出したクロードは目の前の状況に困惑していたが、すぐにあなたに対して親指を立てた。何を考えているのか、確実に彼の想像している事ではないのは確かである。

「君、おかゆっていうのか。」

あなたは顔を真っ赤にさせ、可愛い般若のような表情をした少女へ言葉を投げかけたのだった。

名前を呼ばれたおかゆは、咄嗟に意識をあなたへ向ける。その表情は何とか驚きを隠しているようだった。

「そうだよぉ。おかゆ、猫叉おかゆっていうの。」

腕で首を絞められたころねの顔色が徐々に赤くなってくる。苦しいのだろうが、その顔はどこか嬉しそうだ。

あなたは一歩前に進めたことを実感し、礼を言うようにクロードへ会釈する。

彼は嬉しそうにほほ笑み、邪魔をしないように店内へと戻って行った。

コーヒー豆を砕く、グラインダーの発動音がけたたましく鳴り響いた。

あなたはこっそりと財布の中身を確認して、軽くなった眉間を緩ませた。

「ころさんもコーヒー一緒に飲む?ここのカヌレ、美味しいんだよ。」

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