それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。   作:茶漬四郎

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ゴットミョーンシャの占い

 

 あなたと大神ミオの二人は、ここら辺では老舗のもんじゃ焼き屋で鉄板を挟んで席についていました。

フフッと小さく笑ったミオは「こんなとこ、女の子じゃ来ないわなあ。」と全てを察したようにつぶやきます。腐っても駅前で占いをやっていただけあって人の心を見る目はあるようです。

車で来たあなたは、アルコールの代わりに頼んだジュースを一口飲み込み、改めてミオに向き直ります。

「次、公園に行くよ。まだ帰らせないからね。」

ミオとのドライブは数時間前に突如決まった話なのでした。

 

 高校を卒業してしばらくぶりに地元に帰ってきたあなたは、懐かしい夜の最寄り駅へと降り立った。高校までの青春時代を共にしたこの駅舎には様々な思い出があり、手が届きそうで届かない歯がゆい思いがこみ上げてくる。

この感情は嫌だと頭では思いつつも、そこを何とか洗い流そうと心は焦るばかりだ。

あなたの地元は県内有数の観光地であるが、そこに住む若者にとっては非常に住みにくい地域である。何故なら、ここはどうあがいても田舎であり、その証拠に終バスは夜の8時という有様だったのだ。これでは飲み会も一次会で終わらせなければ徒歩でしか実家に帰れない。

今は終バスを見送った時刻となる。逆説的に考えて、あなたは実家に戻るつもりはないのであった。

「もし」と隣から声をかけられる。

その方を見ると、視線の下からフードを被った女性がチョコンと座ってあなたを見上げていた。

「久しぶりだね。占ってあげようか。」

女性こと、大神ミオとは今までに何度も言葉を交わした仲である。高校時代はバスを待つ間相談に乗ってくれていたが、卒業以来会っていなかった。

彼女はこの駅の敷地内で「占い館、ゴットミョーンシャ」を営んでいる。館といっても折り畳み式の椅子2つとテーブルしかないのだが、それは指摘してはならない。

「なんか文句あるのか。」と睨まれておしまいだからである。

「お久しぶり、みおしゃ。」とあなたが返すとミオは、黄金色の瞳をキラリとさせてにっこりと笑った。

「久しぶり~。帰って来たんだ。今大学生だよね?」

コクンと頷き、ミオの前に素直に腰を下ろす。

「ウチ、今暇だから占ってあげる。」

「無料で?」

「…しょーがないなー」と母親よろしく甘やかすように声を撫でらせる。

それから彼女は大きめのタロットカードを取り出して、こつんと軽く拳を当てた。そのタロットはミオのオリジナルらしく、彼女自身が多種多様なデザインで描かれているものだった。

非売品らしい。

手際よくシャッフルすると一枚のカードを導き出す。

「ほーう」とミオ。

マジマジと見つめる表情は、カードから何かと読み取ろうとする占い師そのものだ。

「タワーの逆位置か…」

「どゆこと?」

これは総合運を見ているようで、無料ということもあり一枚引きの特別コースだ。

「過去にヒントがあるってことかな。どうだろう、心当たりある?」

人知れず心にナイフが突き刺さる。

「実家に帰ってきたわけじゃなさそうだしねえ…キミ。」

彼女はあなたの行動パターンをある程度把握している。バスなき後、地元の最寄り駅に残る理由など、本来はないのだ。

「ねえ、このカードって他にどういう意味があるの?」

何かに縋る思いであなたは尋ねた。

「そうだねえ、過去にヒントがあるってことは、もしかしたら過去の自分を受け入れるとか、そういう意味があるのかもしれないね。」

不思議と自分の心境にピタリとあてはまる。それから深く相談しようとした矢先、その占いは第三者によって中断させられてしまった。

「こんばんはー」と優しく声をかけてきたのは、白い制服に紺色のベストを装備した二人の警察官だった。丸い地蔵のような体形が安心感とも無言の威圧感との受け取れる。

「ひゃいっ!」と畜ミオとあだ名されている彼女とは思えない程のか弱い驚きの声を上げる。

「お姉さん、いつもいるね?」

「あ、はい。どうもです。」

「ここの許可取ってる?」

大神ミオの占い館は無許可だったのである。しかも日によっては駅の敷地であったり、隣接する市の敷地だったりとその居場所は一定しない。今まで不思議に思っていたが、その謎が解けた瞬間であった。

許可を取っていないので、商いをする場所は気分で変えられたのだ。しかしとうとう年貢の納め時のようであり、今までよく捕まらなかったと疑問に思う限りである。

後にその理由は「贔屓にしている人たちの優しさがあったから」と彼女から伝えられる。

注意を受けたミオはしおれた花のように元気をなくしせっせと片づけを始めた。

その様子を見たあなたは「好機はここにある。」と直感し行動に出ることにする。

「みおしゃ、もう帰るの?」

「うん、フブキ達に連絡しなきゃ。」

「…過去にヒントがあるって言ってくれたよね?」

あなたの声にミオは手の動きを止めた。

「今からレンタカーでドライブ行かない?全部こっちで出すから。」

二人の仲はこう見えても数年単位で続いていた。だからこそかもしれないが、突然の誘いにもミオは不審に思っていない様子だった。むしろ、何かを察したようである。

すぐさま彼女はスマホを手に取り、どこかへ連絡を取る。

マイク越しからけたたましい少女の声が複数聞えるも、ミオはそれらをなだめていた。

「じゃあね」といって通話を終えるとしっかりとあなたの輪郭をとらえる。

「いいね、どこに行こうか。」

 

 レンタカーを入手するのに少し手間取ってしまったが、あなたはミオを助手席に乗せることに成功し、夜の国道を爆走する危険なドライブへと乗り出した。どうやらハンドルを握ると性格が豹変する性分らしく、道幅が広いのをいいことにアクセルを思いっきり踏み込んだ。クルルと景気良く回るモーター音は、まるで獰猛な動物のような咆哮を車内に響き渡らせる。

直感でミオは危険を察知したが、既に静止は聞かない状況だった。

左右の歩道には住宅や商店が連なっており、まるで大きな商店街のようであったが、その車窓を楽しむ余裕などないのだ。

グインと重心が一度後ろに倒れれば、再度姿勢を戻すことが難しいほど加速している。ふと速度計を見るとその数値は3桁を指していた。

「あっはっは」と笑うあなたにミオは少し真面目に答える。

「いや、笑い事じゃねーよ。」

思わず乾いた声が漏れると先ほどの通話について話し始めた。

「ルームメイトが誘拐だっ!誘拐だって騒いでたよ。」

「ひどいなあ」

「今ケーサツに捕まったら、ウチは誘拐されたって言ってやる。」

「ホントにひどい!いつもツートップでやって来たじゃない!」

「どこでだよ。」

「ってかルームシェアしてるんだ。」

「半分?」と彼女は疑問形で答えて首をかしげる。

「みんな入り浸っちゃうんだよね。」

それはミオの放つ母性が原因なのかもしれない。

これは風のうわさで聞いたことなのだが、彼女の持参している弁当は非常に家庭的なのだという。これは人目を気にしてこっそり食べていたものが、実は隠れ切れていなかったので通行人から丸見えだったというオチだ。

「恥ずかしいんだけド…」と顔を赤くしてミオは下を向いてしまった。

それからチラリと横目であなたの方を見ると仕返しでもするかのように言い放った。

「色々と変わったねえ、一体誰の影響受けたのかな?」

その言葉はあなたにとって誇らしくもあり、同時に心が一瞬で冷えるように聞こえた。

目的地は静寂な住宅地の密集する山の上である。チマチマと車を走らせては登り切れない坂を登り切ると、そこには開けた土地に白い校舎が建っていた。あなたの母校である。

豆腐のような白い建築物は新しい塗装がなければまるで廃墟の様に、ミオの目には映った。

間近で見る校舎にミオは「おお」と歓声の声を上げる。

「やっぱり進学校だったか」

制服時代を知っている彼女は、あなたの素性を知らなくとも何となく育ちの良さを勘づいていた。その答えがここにあったのだ。

「みおしゃ、降りようか。」

外は虫の音以外何も聞こえない。時折遠方から踏切の鳴る音が聞こえるくらいで、まだ残る背の高い木々のおかげで月明りすら地面を照らさない。何も見えない完全なる闇を表現している有様だ。

不審者に出会ったら逃げるしか術はないし、肝試しをやるなら最適な場所だった。

「ここなら何してもバレナイよねえ。」と悪戯に笑うあなただったが、それを聞いていたミオはあまりの環境に緊張しているのか塩対応で反応するしかなかった。

校舎の外周をぐるりと周り正門へと顔を向けるあなたは、そこが今の自分と過去との境界線のように感じられた。それからポツリポツリと話し始める。

その内容は以前にミオへ話したことのある甘酸っぱい青春の一ページだった。

「ここってね、初めて好きな人が出来たり、悪友が出来たり、大人に反抗した場所なの。」

ミオは黙って聞いている。

損得なく人間関係を広げられる最高の場所がここにはあった。

持久走で地獄を見たこのアスファルトには、悪友と宅配ピザを頼んだ思い出がある。無論、教員から直々に注意を受けた。

「自分なりに全力でやってきたつもりなんだけどなー。」

同時に、人間は寂しさを感じ、脆い存在だということも知れた場所なのだ。

あなたにはミオの考えていることが分からない。しかし察しの良い彼女は、今までの会話を思い出して先回りをするように考えを述べる。

「忘れられないのなら、忘れられるまで全力で行くっていうのもアリだと思うんだよね。」

場を明るくしようとしたのか、小動物を連想させる話し方になった。

「それはタワーの逆位置を読み込んでの話?」

「まっ、そーなるかなー。」

フフッと二人は顔を合わせて笑い合った。やがてあなたは表情に少し影を落として、誰もいないはずなのにミオにだけ聞えるように口を開いた。

「みおしゃぁ…」

「おお、どうしたの。」

空気が変わったことを、彼女も感じた。

普段はめったに月が照らしてこないのに、この時は珍しく二人を照らし出した。

「大学でね、浮気しちゃった。」

「まあ」とミオ。

「それも青春かな?辛かったよね。」

「ううん、した方。」

「えっ」

その先を話すにしても、まだあなたには勇気が出なかった。男女の話には必ず後日談のようなものがある。そこまで晒すには、ここはあまりにも残酷だった。

そして冒頭のもんじゃ焼き屋へと場面は移る。何かを口にしなければ先へは進められないのが、人間の性なのだ。

 

 ドーナッツ型に配置された具材の中央に生地を流し、それを崩しながらミオから話し始める。

「つまりここは君が狂いだした場所の一つだったってわーけね。」

「狂いだすって…」

「座敷のある鉄板焼き屋って知ってても来ないでしょ」

「…まあ」

「浮気はされた側の話をよく聞くけど、した側なんて珍しいもんね。」

「みおしゃだから言うのっ。誰にも言わないでしょ?」

そう言ってヘラを鉄板へ押し当てて、ジュウっと音を立てる。スライム状になったそれを口に運ぶと口をやけどした。

「自分がされて嫌だったことを、まさか自分がするなんて思ってもみなかった。」

これが本心なのだろう。自分を嫌になりかけている。

「…詳しく聞くよ。」

「茶化さない?」

「今は畜みお引っ込めるかーら。」

茶化しはしないが、茶目っ気はあるらしい。

「大学に入ったサークルで、同期の人と付き合ったの。でも昔の事が忘れられなくて先輩に相談したら、浮気未遂になっちゃった。」

追い打ちをかけるように、サークルのメンバーはあなたには非がなかったように接してくれたのだ。

「いっその事縁を切ってくれた方がよかった。」

未熟ゆえの苦い選択であり、流れに任せた結果だった。巻き込まれた同期もサークルのメンバーもたまったものではない。気を遣い過ぎてサークルを去った後輩には、申し訳なさでいっぱいだった。

「聞いてもイイ?」

ミオがヘラを遊んでは、綺麗にこびりついたもんじゃを小さな口に運ぶ。

「どうして過去にしがみつくの?」

その回答はすぐに口から出てきた。

「初めて味方になってくれた人だからかな。大人に歯向かう自分の。」

「大人っていうのは両親…」

「両親だったり。」ここで二人の声が被った。

あなたは少しおかしくなって笑みを見せる。

「教師とかさ、全部だよ。」

「なら、新しい味方を作ればいいんじゃないかな。」

「え?」

「今と昔では反抗する相手も変わってきているでしょ?」

「そーだね、みおしゃよくわかったね。」

「だって占い師だもーん。」

「もう場所ないけどね。」とあなたが茶化すと「うるせえ」と石のような言葉が投げ返される。

「タロットの言ってた過去を振り返るってこの事だったのかーモネ。打ち明けられる人っていうのかな?」

「もう畜みおの話し方じゃん。怖いよ」

「いい人に囲まれたら、いいように事が運ぶってものよ。でもそれまでは一生懸命やらなきゃダメってわーけ。」

ミオはあなたの言葉を遮って話した。

これは孤独に耐えろという意味だとあなたは受け取った。人間は生き続ける限り常に課題と向き合わなければならない。それを克服したとき、ようやく新しい環境が待っているのだ。

「じゃ、今のみおしゃが新しい環境かもしれないってコト?」

「浮気するような人とは遊ばないよ。」

「…反省してるって。」

しょんぼり肩をすくめるあなたを見ているかはわからないが、ミオは前向きの様子だ。

「さて、次はどこに行く?」

意外な言葉に驚いてあなたはヘラを床に落としてしまう。

「まさか、もう終わりってわけじゃないよね?」

ぱあっと表情に暖かさが広がっていくのを感じた。

「もちろんっ!あのさ!今から深夜の高速のって大黒まで行こうよ!」

もはや朝日を迎える気でいる。

「公園には行かなくていいのか。」と問うと、蔓延の笑みで「過去は過去!」と返される。

「試しに振り返らないでおく」

そう答えると、みおもそれで覚悟したのか「じゃあさ」と新たに提案を差し出した。

「あのレンタカー、後3人乗れるっけ?」

「うん、乗れるよ。誰か呼ぶの?」

「ルームメイトを道ずれにするわ。」

キシシとチラッとみおの口元から八重歯が顔を出した。

スマホを取り出し通話を開始するとワチャワチャと多種多様な声が混ざり合う。

役者は揃ったようだ。

 

しばらくして、一層重厚感を増したエンジン音が港へ向け爆走していくのを床に就く住民たちが耳にした。

日常的によくあることで、それは彼らにとっては悩める人間が活動を開始する合図だった。

 

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