それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。   作:茶漬四郎

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番外編です。


さらば!沙花叉クロヱ

 こんにちは、みなさん、こんにちは。

私はゴム手袋を両手に、モップとスポンジで汚れと戦う清掃員です。

近頃の就職状況を見て、若者なのになぜこの職種についているのか疑問に思うかの知れませんが、これには両親の教えが大変影響しています。

曰く、「組織でえらくなった人たちには共通点はないが、運転手や清掃員に好かれる人材は出世する。」のだそうです。

ですから本格的に社会へ出る前にまず、評価する視点から自分の目を養おうというわけです。

しかし運転手という職業は辞退しました。仮免の実技試験でポールを押し倒してしまい、怒られたことが大きなトラウマとなっていたからです。

それを同じ清掃員としてインターンで入っている女性に話すと、彼女はくぐもった笑い声を出して「難しいですもんね」と笑ってくれました。

掃除現場のトイレでの会話である。

目元が白に塗られたアイマスクをバンダナの様に額にかけた彼女は「マニュアルですか?」と素朴に質問をする。

「オートマです。」と答えると彼女は「あー」と口を開けて天井を見上げた。

「よかったじゃないすか。運転しなくて。」

「どういう意味?」

「沙花叉も同じような経験ありますよ。原付ですケド。」

意外な体験に思わず声を上げる。

「免許持ってたなんて、初耳だよー!」

すると沙花叉は半ば笑いながら「いや」と否定する。

「ウィリーかまして諭されました。」

世の中原付で前輪を上げながら走行するのは坂田銀時くらいである。

「どんなヤンキーでもそんなイキリ方はせんだろ。」

片や海の清掃屋、そして片やアルバイトの清掃員。与えられた職務内容は違えど言葉を交わすようになるには時間がかからなかった。

「最後まで敬語抜けなかったなあ。」とぼやく沙花叉にあなたは「今から取ればいいじゃん。」と返す。

喚起のために開けた窓からは凍えそうなほどの寒気が流れ込んでくる。クロヱは小さな声で「とっちゃお」とつぶやいた。

「なんかエモいね。」とあなたの言葉にクロヱは「何が?」と返す。

「最後の最後で敬語が取れるのってなんか最終回みたいじゃん。」

今日で彼女の長かったインターンが終わる。「おせわになりました。」と律儀に頭を下げる彼女に対してすかさず敬語を指摘する。

「今だから言えるけど、最初名前間違えて覚えてたんだよね。」

「そうだよね?なんだっけ。」

「スロ又カスヱ」

沙花叉は思い出しながら「ヒドッ」と言って笑った。

それから彼女はこの3年間を思い出しながらポツリポツリと話し始める。

風呂に入らなかったことやビショビショ水族館の事、心霊現象などいろいろあった。

「ねえ、知ってる?まぐちって沙花叉がつけたんだよ。」

ピンク色の一頭身の生き物がちょくちょくここを訪れていたのは名付け親に会いに行っていたのか。

「字が汚いのをIQのせいにするのはやめなー」

「うっせえ!」

そう言って沙花叉は一歩前に踏み出す。

「もう少しで終業時間じゃん?そしたら最後に送別会やるの、ここで。来てもいいよ。同じ掃除屋さんだもん。」

クロヱは、ふふんと鼻で笑った。

「シオン先輩もくるんだ。帽子もらえないかな?」

 

 作業着で外に出たせいか人の目が痛かった。建物のエントランスにはタクシーに乗ろうとするクロヱと彼女を見送る一団がいた。

時刻は12時。本当に日付が変わるまでいたのである。

花束を抱えたクロヱはあなたに気付き手を振る。

「帰っちゃったのかと思ったよ。」

あなたは何も言えなかった。

「本当に今日一日まではホロックスの一員だったんだね。」

「まあね」と返す彼女をまっすぐ見つめる。

手には帽子が無いのでさすがにもらえなかったようだ。

ホロックスの総帥と幹部が歩み寄ってきて「来てくれればよかったのに。」と惜しみながら口にする。

少し下を向いて紙袋を前に差し出した。

「これ買おうとしたらさ、並んじゃっててね。テヘ。おかげで大学の課題もギリギリ提出だったよ。」

それは綺麗に包装されたお菓子だった。

「ありがとう。嬉しい。」

「思い出はさ。胃袋に納めようよ。」

クロヱはふふっと笑うと何か言いたげに、唇を動かした。

幹部が間に入る。

「せっかく間に合ったから、もう一度みんなで写真撮りましょうよ。」

自撮りで写真を何枚かパシャリと撮る。スクリーンには退職ではなく、家族と別れを惜しむような笑顔で映っているクロヱが隣にいた。後で共有してもらうことを約束し、彼女はタクシーへと乗り込んだ。

ドアが閉まる直前、彼女はあなたに向かって声をかける。

「沙花叉、まだまだ頑張るからね。見てるんだよ。」

それは彼女の精一杯の挨拶のように思えた。

「いつか一緒に仕事しようよ。就活頑張るわ。」あなたはそう返す。

眠るように目を閉じた彼女を最後にタクシーはすぐに走り去り、他の車列と交じって見えなくなった。もう声を交わすことも叶わない。しかし残された彼女たちはいつまでも波のように流れる夜の街を見つめていた。

 




沙花叉クロヱさん、お疲れ様でした。
これからも応援してるからね


光あれ!シャチあれ!
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