それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。   作:茶漬四郎

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何故先に寝てはいけないのですか?

 あなたは大学の語学サークルの集いに顔を出し、その日は遅くまで飲み会に参加した帰りです。終電には余裕をもって帰路についたはずなのに、最寄り駅から自宅へ向かう道中には街灯の灯り以外なく、やっているお店はほとんどありません。それもそのはず、電車の停まる駅々で降りてはリバースを繰り返し通常2時間かかる道のりも3時間かけてきたのです。

今は深夜の2時を過ぎています。

 

 ここまで飲んだのは人生でも指5本に入るほどで、その理由をあなたはなんとなくわかっていた。満たされない感情が心を蝕んでいるのを感じる。

時が進むだけで問題が解決されていないのに、過去の負債は大きくなり、前に進もうとする足を引っ張っている。そして新しい課題が自身の体を雁字搦めの様に巻き付いてくる。

就活、卒論、恋愛、人間関係と泥酔した頭でもこの位心当たりがあるのだ。

「チィクショー!」

負け犬の遠吠えのような声が夜の商店街に静かに広がる。千鳥足を制し、まっすぐ歩くように気合を入れるが、気を緩めると壁にメンチを切っている始末だ。

「猫の野郎にも嫌われるしよぉ。」

この商店街には野良猫ブラザースやらシスターズやら性別の分からない愛玩動物の集団が縦横無尽に四足歩行で存在している。

「ちょっと前まで寄って来てくれたのによぉ!」

生まれたばかりの子猫たちは怖さを知らないのか、目が合えばヨチヨチ甘えた声を発して寄ってきた。しかしそれも昔の話だ。

そのうちの一匹、そう、毛並みが珍しい紫色の猫がいた。綺麗な逆三角形の鼻をしており、どこかしら育ちの良さを感じるその猫は、子猫たちがあなたと距離を置く中で一度だけ近寄ってきたことがある。

頭を撫でるとふわふわとしており、テニスボールほどの大きさで驚いた。こねるように手を動かすと顎に指を滑らせコシコシと優しく擦る。眠るように目を細めた猫はゴロンと腹部を見せ始めた。

おお、と感動したあなたはそんな気まぐれな生物の期待に応えようと紳士的に腹に手をやる。呼吸に合わせて上下するその部位は発行したパン生地のようである。体毛は細く、体温を感じ、ポヨポヨとしたそこはとても野良猫とは思えないほど肥えていた。

それは幸せの絶頂であった。それ以降、紫の猫を見かけるも近づけば飛ぶように去ってしまい、あの感動は二度と訪れなかったのだ。

 アルコールのおかげで薄着でも寒くない。

日本酒の一升瓶を一人で3分の2を飲み干したのだ。夜の公園でラッパ飲みしたのは若気の至りというものであろうか。

ここ数年でできた人間関係は、高校までと違い薄く広がった。SNSでの連絡を取らなければすぐにでも断ち切れてしまいそうなほどだ。恋人なぞ夢のまた夢であり、そんな状態で就活に進まなければならないとは、行く先は薄暗い。

ハア、と吐いた息が自然と溜息となってしまう。気が付けば商店街の外れに建てられた神社の鳥居を潜っていた。

桜が満開だったのは数か月前の話である。

神社の石段に腰を落としてらしくもなく黄昏て眼を閉じると、心地よい風の音だけが耳を撫でる。水を飲むためにカバンを漁ると、目の前で招き猫の様にたたずむ紫色の猫が尻尾ふってこちらを見ていた。

街灯が猫を照らし、酔いのせいか尻尾が二本に見える。

「猫又か…」アルコールに頭を支配されているので何でもありなんだと自己完結した。

 

 うつらうつらと再び目を閉じると何やら足元にフサフサと温もりを感じる。焼き立てのパンの様にフカフカとしており、瞼を明けて下を見るとそこにはさっきの猫がいた。

「なんだチミか。」

尻尾を確認すると一本である。

また、逃げてしまうのではないかと怖気づいて手を触れずに声をかける。

それから自分の内にある不安を独り言のようにつぶやいた。

「どこ行っても、何やっても、元カノがチラついてさー。」

比較しているのは何時も過去の自分である。わかっていても抗うしかないのだ。

「大学生になっても変わんないってことだね。時間だけが癒してくれるっていうのはウソだったなあ。」

この数年間はなんだったのか。自問自答を繰り返し、上着のポケットから隠し持っていた瓶の梅酒を手に取った。

飲んではいけない。これ以上溺れてはいけないことはわかっていた。

「なぁんだ。自分でわかってるんじゃん。」

突然の若い女性の声に思わず目が覚めた。それから「安心したよー。」と感情を包み込むような言葉が続いた。

振り返るとそこには紫色のショートヘアをした少女があなたを見下ろすように立っていた。小柄な肩を強調するように手を後ろで組んでいる。思わず自分の喉からひらがなにならない声が漏れた。少女はそんな様子を見てクスッと笑うのだった。

モニュッとした弾力のある笑顔を向けられても、あなたは気にも留めずに足元を見て大きく落胆する。せっかくスリ寄ってきた猫がどこにもいないのだ。

「どうしたの?」と少女。

「猫さ…どっか行っちゃった…。さっきまでいたのに。」

どうもこの少女はゆったりと話すらしい。ゆっくりと流れる小川の水面のような空気が押し寄せては、焦る心をなだめてくれる。

「今度会ったらノラちゃんって呼んでみよ。」

「?どうして?」

「…野良猫だから」

桜の樹木が揺れるほどの大きな風は二人の間に吹き込んだ。少女はひねりがないとでも言いたげに顔を傾ける。

「おかゆだよぉ。」

「ん?シメの話?」

少女はズボンを履いており、中央から下を見上げてもその先には何も見えない。

「違うよぉ。さっきの子の名前。おかゆっていうの。」

「へえ、可愛い名前じゃん。」

彼女は余裕そうに口を鳴らした。すると今度はあなたが声を上げ、催してきたことを告げる。肝臓が仕事をしてる証拠だ。

「今2時だよ?人間用のトイレなんてどこも閉まってるよ。」

「ちょっと待て、人間用ってどういう意味だ。」

うーんと考えた少女はあなたを連れて石段を上がり、神社までやって来た。そして賽銭箱のすぐ隣の柵で囲われたちょっとした庭園を指さすのであった。

「座ってね、それで終わったら砂かけ忘れずに。」

「猫か。」

「見ていてあげようか?」

「親猫か。そんで俺は君の子供か何かか。」

結局、彼女の持つ鍵を使い社務所のお手洗いを拝借することになった。一番気になったのは深夜二時に私服の女の子がいる事でも、彼女の髪型が耳の様に特徴的な事でもない。

社務所の鍵を持っているということは、この神社の関係者と言うことである。

「ええ…そこかよ。あ、今相棒がコタツで寝ているから起こさないようにね。」

ふすまの隙間から脈音の平らな寝息が聞こえ、そこには犬の様に仰向けで寝ているもう一人の少女がいた。

「起こしたら噛みつくから気をつけてね。指持ってかれちゃうよ。」

そんな馬鹿なと思いつつも用を済ませると紫の少女は出入り口をふさいだ。曰く、もうあと数時間で日の出だからそれまでいろとの事だった。

「ここは僕たちの家じゃないし、どうかな?」

見知らぬ少女と朝を迎えるというのは非常に魅力的なお誘いだ。しかし酔っているとはいえ理性の中で最後の防衛ラインが作動する。

「…俺コミュ障だぞ。」

「奇遇だね。」と彼女はポツリとつぶやく。

「僕もだよぉ。」

不思議なことに彼女の態度には下心が一切感じられなかった。人間というのは他人と接するとき、どうしても人為的に他の目的を持ち出しやすいのである。

例えば、下心。これは男女関係なく発生する。自分、または自分の交流関係にない魅力を相手に見出し、特別な体験を夢見るのである。ませた人間は特にこの兆候があったとあなたの経験が伝える。

しかし目の前のこの少女にはこのような考えがあるとは思えなかった。単に自分の経験値が足りないのか、相手が一枚上手なのかもしれない。ただ自分の中で新しく、単純にこの子と時間を潰したいと思ったのだ。

あなたは思わず、「じゃあお言葉に甘えて。」と返した。

途端に空気が暖かくなる。

「朝ごはん用意しなきゃ。」

そういって彼女は踵を返した。

「あ、そうそう。準備できたらゲームしようよ。」

「えっ?仮眠は?」

「僕が寝ていないのに、それはダメだよ?」

「アルコール入っててきついんだが?」とあなたはごねる様に言うと彼女は一層おっとりした口調で続けた。

「水飲め。水。」

「トイレ行きたくなっちゃうだろうが!」

あなたの返しにいやらしく目を細めた彼女は一言つぶやいた。

「また、見ていてあげようか?」

「またって何だ!まさかさっきの見てたんじゃないだろうな。」

その時、背後に回ってくるもう一人の存在に気付かなかったあなたは、何かで殴られ、床に倒れた。掠れる無意識の中聞えてきたのは訛りの強い少女の声だった。

「トイレを見たってどういうこと!?ウチのおかゆに手を出したのかこの3ピン野郎!」

「ころさん!?」

ころさんと呼ばれた少女は先ほどコタツで寝ていた人物である。

しめた、と思ったあなたは倒れたままの態勢でコタツのある部屋へと潜り込む。後ろではまだ二人が感情のまま声を上げており、頭が割れそうだった。ころさんと呼ばれた少女は終始攻勢的な言葉を投げかけているのに対し、紫の子は防戦一方のようであった。日本語なのに言葉が理解できなくなったあなたは頭からコタツに潜り、反対側の布団を押しのけ顔を出した。ふう、と座布団に頬を置いて頭のスイッチをオフにする。視界が自然に閉じるも聴覚は最後まで生きていた。

それによると威嚇するようなころさんの声がこちらに届く。

「アッ!アイツこーねの位置取ってやがる!キタネエ!!」

「おしりこっち向いちゃってもぉ。尻尾刺そうか。」

「辞めなさい、見ず知らずの人に…ちょっと!なんで隣で寝ようとしてるの!!ちょっと!おかゆ!!」

…おかゆ?あの猫と同じ名前か…?

 

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