それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。   作:茶漬四郎

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暖かいにぇ…じゃない!

 あなたが年末の秋葉原を歩いていると、一人の配信者がカメラを回して配信していました。小柄な彼女はモコモコとした服装で街灯の下に立ち、マッチ売りの少女のごとく道行く人々に声をかけています。

「こんばんわぁ。さくらみこって言います。バーチャルアイドル目指して配信してます。良ければチャンネル登録、か、少しだけでもいいのでお話ししませんかぁ?」

JR秋葉原駅から離れた商業用施設には均等に植えられた木々にはイルミネーションが綺麗に灯っており、アキバから古のオタク達が消えたことを物語っていた。

あの先輩たちはどこに消えたのか。

外に出した肌に容赦なく刺さる冷えた風を受け、年の瀬にこの配信者はなぜ見ず知らずの人達に声をかけているのか。

配信用のスマホを自撮り棒で持っている所を見ると、もしかしたらクリスマス配信なのかもしれない。

興味を持ったあなたは通り過ぎるふりをして彼女に距離を近づける。さくらみこと名乗る配信者はあなたの肩ほどの背丈で、肩幅の小ささも相まって自分よりも二回り程小さく見えた。

一瞬目が合う。

彼女のエメラルド色の瞳に捕らえられてしまったのだ。

途端に脳裏にマーモットが連想される。

口元をワナワナと震わせた彼女は戸惑いながらもあなたに近づき、ガッチリと手を掴んできた。

手袋からでも伝わる小さな手はまるで貝の様に固く閉ざされた。

「あの…さくらみこって言います!バーチャルアイドル目指してて、ちょっとでもいいのでお時間いただけませんか?」

手を掴まれては動けない。これは不可抗力なのだ。

あなたは頷くと、みこは白い息を吐いて安堵するように喜んだ。

「えーっと、バーチャルアイドルって何かな?」あなたはキョトンとした感情を隠して聞いてみる。

「アッすんません」

彼女の握る手は相変わらず硬いままだ。

「ゲーム配信やってます!まだ自信はありませんけど、歌も歌っています!」

それから「何かリクエストはありますか?」と聞いてきた。

「今度配信で歌いますので」

「そうだなあ…ボンジョヴィとか聴くかな。」

彼女は一瞬「ぼんじょ…」と戸惑いを見せて知っている歌詞をゆっくりと低い声で思い出しながら口ずさんでくれた。

「いぃつまぁいらぁいふ」

アイドルとは思えない低音でしかもキンニ君だった。

「ぜひ配信に来て下さい。なんか歌います!」

あなたはポケットからスマホを取り出して「さくらみこ」と検索する。

「今、チャンネル登録しましたよ。」

目の前の配信者は驚いて「え!」と少し高い鼻声を口から出した。彼女の本性が現れたのはそのすぐ後であった。

にっこりと笑顔でお礼を言うと、途端に驚愕した怒号を腹の底から発し始める。

配信画面に目をやると、先輩35P達による登録解除祭りが行われていたのだ。

「オイオイオイオイオイ」とまるでマシンガンの様に流暢な言葉が彼女の口から放たれる。

「減ってんじゃねーか!オイ!なあ!オイ!?」

オイ!となあ!を発するたびに画面とこちらを交互に見るのをやめてほしい。少し笑ってしまいそうだ。

「よくないだろ、そんな遊び覚えちゃって!みこちゃん真剣なんだよ!嫉妬してんのかお前ら!」

それからヤケになったように「ぜってえ離さねえからなこの手!」と怨念に似た何かを感じる言葉を受け取った。

ずっと格闘しているみこを、あなたは何故か放っておけなかった。

危機に瀕したマーモットは、二本足で立ち体を大きく見せ、顔を強張らせながら叫ぶのである。しかしそれは最終兵器であり、それ以外の防衛、攻撃方法を持ち合わせていないのだ。つまり、二本足で立ったが最後、相手が動じない場合は脅威のなすがままに事が済まされるのを待つしかないのである。

「お前今失礼なこと思わなかった?」

さっきまでの可愛い幼女はどこへやら、少し勘が鋭くなったようである。

しかしその圧のない睨みにあなたは動じるわけもなく、ポツリと今思っていたことをつぶやくのだった。

「…なんか。動物に似ているなって。」

ピン、とアホ毛が反応し、少し機嫌がよくなった赤子の様に笑い出した。

「えへへ…みこ、かわいい?」

「マーモットみたい。」

「マーモッ…」と彼女はつぶやいて、何かを察したように冷めた表情で笑った。その場面と対をなすように、コメント欄は嵐のように荒ぶっていた。

 

 その後、配信をつけたままという条件であなたはみこを誘って居酒屋へとやって来た。聞けばここ数日うまい棒生活をしており、その話を聞いたリスナーからは無理をしないでほしいという心配の声が多々見られた。当の本人は、連れて来てもらえたという緊張感よりも、マーモットみたいと呼ばれ、愛嬌よりも色気のなさを突き付けられて殻に閉じこもっているようだった。

プハァっと盛大に声を出したみこは氷の入ったグラスを空にする。

「やっぱり日本酒はうまいぜ」

「日本酒にそんなにドバドバ氷が入ってるわけないでしょ。」

「エッじゃあ何コレ」

「同じのでイイっていうから麦の水割りだぞ。」

麦と言われてもあまりピンとこない様子であったが、今飲み干したものが焼酎であることはなんとなくわかった。

「熱燗って日本酒?」彼女は知っている単語を並べたようで会話を続ける。

あなたは「そうだね」と答える。

「じゃあコレ下さい」

「おちょこいくつ?一人で一合行ける?」

キョトンと首をかしげる。

「これってシェアするもんなの?」

「原液だし飲めるならいいけど…悪酔いしちゃうよ。」

みこがいたずらにほほ笑む。

「みこちゃんがお酌してあげようか?」

クシャクシャになった表情はほのかに赤い。

可愛い子からのお誘いなら大いに歓迎である。このような状況は人生で初めてかもしれない。

 注文した料理がテーブルに並べられるころにはすでに2合の日本酒を飲み切っていた。

「あ~」と声を漏らすみこは既に睡魔と戦っている様子だった。そして「暖かいなりぃ」とつぶやいて、コートに蹲ってしまった。その姿はさながら電車の座席でゆっくりする子供のようである。

「競馬で1万5千円、スッちゃった…」

「ああ、ヤケ酒なのね。」と納得するあなた。

顔バレを避けるために、自分のスマホを使って配信を覗いてみる。てっきり寝落ちを心配するコメントが流れているものと思っていた。

しかし予想に反してそこには「寝ないで」「危ないよ」に交じって「また漏らすぞ」と書かれていた。

漏らす!?嘘だろおい。

「みこさん!みこさん!」と慌てて肩を揺するあなたに、みこはフニャフニャとした寝顔を見せ、とろけるような声でポツリとつぶやいた。

「暖かいにぇ」

 

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