それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。 作:茶漬四郎
塩っ子に呼び出されたあなたはベッドタウンから少し離れた商店街へと来ていた。ファミリー層向けの地域とは違ってこの辺りは特色のある店が多い。そこに来る客もまた独特であり、店に入れば必ず一人は前歯のない老人が一人はいるような地域である
所で皆さんはお酒を嗜む年齢だろうか。
もしそうなら少しアドバイスを送る。体が受け付けるのなら今の世の中、多少は抵抗なくアルコールを摂取することを薦める。何故なら近年では、飲まない人間が増えているからだ。他者と差をつけるのであれば他がしないことをすればいい。
飲酒とは身近で行える差別化戦略の一種なのだ。ましてやAIが騒がれる時代、彼らには飲みにケーションをする術はまだないのだ。
待ち合わせの中華料理屋は店内が狭く、立ち食い形式で料理が提供される。先に来ていた塩っ子は「やあ」とあなたを見るなり挨拶をし、出来上がっているようであった。
思えばこいつがホロライブのファンになったのは、宝鐘マリンのおかげだった。
その日、「おい!マリン船長のお焼き食いに行くぞ!!」との誘いを受けて私たち二人は秋葉原までやって来た。その道中は語るに酒の肴になるようなもので、急遽入った休日出勤のおかげで5時間ほど待ち合わせ時間が後ろにずれたのだった。
現塩っ子、旧無名のこいつは申し訳なさそうに到着しながらも、既に表情は明るかった。
「センチョーがデザインしてくれた奴だぜ!こんな高揚感、食ったやつにしか味わえねえよ!!」
まだ食べていないだろうが。
男の感性というやつは単純があるがゆえに理解ができない。
しかしそういう自分も楽しみにしていたのだ。意気揚々といい年をした社会人がスキップをするかの如くGIGOの店舗へとやってくる。
まず目に入ったのは、列の為のポールとその奥にボードが立てかけてあった。
嫌な予感がする。
目を凝らすとそこには「本日分の整理券配布終了」と書かれていた。
私はその時大学受験以来初めて膝から崩れ落ちる人間を目の当たりにした。
日頃から仕事の重圧に耐え、無茶ぶりにも対応し、休日出勤をこなして来た冒険者にとってこれは耐え難い現実であった。準備不足で何の成果も得られない。
惨敗も惨敗であった。
焼き上がったお焼き達は綺麗に陳列されている。1個か2個は余るのではないかという邪な気持ちを、謎の規律で制する。
情報戦において、我々は敗北したのだ。
泣き叫びながら、アスファルトに顔をうずめている奴はやがてそのままの態勢で顔を上げた。
「なあ」とそれは幻でも見ているかのような表情だ。
「せめて並んでいる人だけでも見ていいか?」
「いいよ。」
「アイツらが嬉しそうに頬張る姿をさ。誰もいなくなるまで。」
それはちょっと、と言おうとして言葉を飲み込む。
絵に描いた焼肉で白米をたらい上げるような奴だ。その覚悟は無下にはできない。
私も腹をくくった。
近くでクスクスと笑う声が聞こえる。
「あの」と女性の声だ。
「整理券持っているんですけど、良かったら一個ずつ買ってきましょうか?」
彼女は背が低く、帽子を深くかぶり、少し幼さを感じる声だった。
「おお‼女神さま!」
「キモイぞ。」と奴に言い放ち、本当にいいのか尋ねる。
「個数制限に引っかからなければ平気ですよ。あと誰のが欲しいかはランダムなんでそこのトコは理解してほしいです。」
妙に詳しい。ホロリスだろうか。
それから彼女はそそくさと列に並び三人分のお焼きを買ってきてくれた。ランダムとはいえ、手にしたものはお望みのタレントを模したものだった。
名も知らない彼女とは、その後も少し世間話をして縦横無尽の話題の出し方に何故か好感を覚えた。それは彼女の少女のような感性から来る安心感があったのかもしれない。
秋葉原に夜が訪れると道端にはコンカフェなのかガールズ・バーなのか判別のつかない客引きが目立つようになる。鼻の下を伸ばす暇のない奴はグッズが欲しいと言いだしてハンターのように店から店を渡り歩いて行く。新品から中古品まで目が乾くのではないかと言うほど吟味する。様々な商品を手に取って見つけたが、どれも奴の琴線には響かない様子だった。
何軒目かの梯子に、二人はコトブキヤにやって来た。店内を分かれて物色し、品物を見ていた私に奴は素っ頓狂な表情をして、やがてフィギュアを一つ手にもってやって来た。
「どうした?」と私。
奴はボーとプラスチックから箱の中身を覗く。
気持ちはわかるがパンツは覗くな。
それは7分の一サイズの紫咲シオンだった。
意外ではあったが一息置いて頷き返す。私は素直にいいチョイスだと感想を述べたが、当の本人は何やら考え込んでいる様子だった。
「うーん」
「どうした。買わないのか。」
「買うよ。即決。なんか見たことあるなあって思ってさ。」
顔の造形を限られたスペースから食い入るように見る。
天真爛漫な笑顔に、ホンワカとした髪型。今にも年齢問わずカラかいだしそうな表情は、確かについ最近見たことあるように思えた。
中華屋でそんな思い出話に一段落つけた時にはすでに、二本目の紹興酒を空にしていた。いつもなら満席になる店内も、今日ばかりは私達と女性4人のもう一組しかいない。
騒ぎ過ぎて誰も入ってこないとでもいうのか。
「卒業」と言う事実に奴、塩っ子は少しやつれている様子だった。
私はそんな姿を見て思わず「方向性の違いか、何やってんだよ。」と組織に対してぼやいてしまった。
「よせやい」
そうつぶやくと3本目に手を付ける。
彼の方が落ち着いているようだった。
「お前が熱を上げてどうする。我、塩っ子。貴様は35Pぞね。」
「みこちも泣いてたよさ。」
麦茶のような液体がグラスに注がれる。塩っ子はそれを一気に半分まで飲むと、ため息を押し殺した。
「俺らだって会社辞める時、一身上の都合でーとか社風が合わなくてーなんて言ったけど、ホントはそうじゃなかったろ?もっと他の理由があったのに。核心着いたことはね、本人にしかわからないのさ。いや、本人すらわかっていないかも。」
「なんだ、強いじゃない。」
「憶測で物言わないでってシオンたんから言われたし、それに。」
奴は言葉を区切る。
「社会の荒波に揉まれたからさ。」
厨房で焼き小籠包が揚げられる音がする。
「あー、雨か。」
「は?」
「室内にいても雨が降ってきやがった。」
そんな馬鹿な、と言いかけて言葉を喉元に押し戻す。
突如後ろの方から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「今日、空晴れてますよ。月も出てます。三日月です。」
「え?」
恥ずかしさよりも正気に戻った。
振り返ると背丈の低いスレンダーな女性が友人と共にこちらを向いて微笑んでいた。
バッと外に出た奴は空を見上げて確認する。そして、確かに夜空には三日月が上っていた。
目じりを抑えた奴が戻ってくると女性は優しく話し始める。
「泣いちゃダメだよ、まだ卒業してないんでしょ?」
「え、ええ」
「なら全力で応援しなきゃ。声はきっと届くよ。」
「そ、うですかね」
スパチャだってそんなにしていない。メンバーシップに入っているだけだ。
「いなくなってもネットの中に入るんでしょ?」
「うん」
ズズ、と鼻をすする。鼻水が喉まで押し戻されたらく、苦い顔をした。
ツンツンと女性は箸でつまみをつついている。
「…ちなみにバッヂ持ってる?」
二人は無意識にメンバーシップの事だと思い込んだ。何故かはわからない。
「うん、黒い猫耳だけど…」
その言葉を聞いた彼女は安心したように微笑んだ。その表情は以前どこかで見たような気がする。
「そっか。アリガト」
私と奴は思わず顔を見合わせて声を出した。
「え?」
魔女はどこからでも現れる神出鬼没な存在である。時に黒猫に化けて我々をからかうのだ。
vtuberにハマったキッカケの1人がシオンちゃんだったんだよね。「シャンデリア」何回も聴いたなあ。
これからも聴くし、「リア充撲滅運動」も率直に大好き。
だいぶロスしたけど、あと少し応援するぞ!
あと、少し寝かせてるのあるからまたおいおいね。