それはあなたかもしれないし、あなたじゃないかもしれない。   作:茶漬四郎

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リア充撲滅運動

 あなたは今日この小中高一貫校に編入してきた高校生です。そんな緊張と期待の交じった初日に、あなたは初対面の女生徒と親しげに会話をしました。

幸先良いな…などと思っていた矢先、そんな鼻の下を伸ばしていたあなたを草葉の陰から見ていた小柄の少女がいました。

彼女は肩から「リア充撲滅運動」と書かれた襷をかけ、あなたに声をかけます。

「そこの君ィ。浮かれちゃってますねえ!」

銀色の長髪をさらりと風になびかせた少女はあなたを見るなり「ムムッ」と唸りました。

「不吉な相が出てますねえ!」

そう言って手のひらをグイッと引き寄せて、まじまじと見ます。

「寄ってくる異性にご用心!いやあ!ツイてないね!君も非リアだね!」

 

 何の因果か、この学びの園に転入してきたあなたを待っていたのは、甘酸っぱい爽やかな青春でも、血気みなぎる熱い情とも無縁な学生生活だった。

学内「公式非公認団体」である「リア充撲滅委員会」はその名の通り、今日も校内のリア充をせん滅させるために勤しんでいる。

何たる不名誉。

近々行われる文化祭で、胚芽からニョッキッと出た芽の様に恋が芽生え、期末試験を理由に距離を詰めていく。クリスマスには少し夜遅くまで駅前のイルミネーションに包まれながらお互いを意識し、バレンタインで想いのパラメーターを一気に限界突破される。

「そんな青春、却下です。」言った後に頬を膨らませたかと思うとピャーと目の前の少女は笑った。

「シオンも人の事言えないけど、その妄想も大概だね。」

バカにされたあなたは「うるさい!」と一括した。

「これから軽音部に入ってダンス覚えながら色んな人とインスタ交換してお互いのストーリーズに反応しちゃったりするんだ!」

「ウチは一応公式だからルールはあるよ。インスタ禁止ね!Xオンリー!」

「やだ!」

「ダメ!」

「と言うよりもここに入った覚えはないが?」

あなたの言葉にシオンは「ふん!」と鼻息を荒くして席を立った。そして空き教室を出ようとスライドの扉を開け一歩廊下へ出る。振り向いてあなたに対してはっきりとした口調で言い放った。

「二人と交換できたんだもん!一緒に来てもらうからね!」

彼女の真意はわからない。しかし今から行うことはわかる。

校内巡回だ。

一貫校であるため、年齢の幅も多々あるが、彼女は頑として使命を実行していく。

並んでゆっくり歩いている男女がいればその間を無理やり走り抜け、校舎裏で自分たちの世界に入り浸っている奴らにはシャッター音をプレゼントする。

何故彼女がここまで強気に出れるのか。聞けば強面の番長も生徒会に入っている優等生も皆、シオンの行動に対して何も言わないというのだ。

その理由は割愛する。

「いい?塩っ子」

あなたの渾名だ。

「恋意外にも楽しい事ってたくさんあるの!うつつを抜かしちゃいけないからー、こうやって見回っているの!」

「単にモテないだけじゃなくて?」

この発言にシオンは「あ~あ」と呆れたような声を出す。

「シオンはね。できないんじゃなくて、しないんです。塩っ子わかる?」

「ホントか?パートナーいたことある?」

「…いないけど。」

顔を背ける。

嘘である。この発言が後に宝鐘マリンとの間に亀裂が走るとは思いもしなかった。

「実は今日タレコミがあってね。」

「タレコミ?」とあなたは首をかしげる。

「今日カップルが一組出来上がるかもしれないの。」

シオンは「阻止せねば…」と唇をかんだ。

編入初日から付き合いのある彼女だが、その素性は学校生活を途中から始めたあなたにはわからない。ただ彼女から声をかけられたことが一瞬にしてクラスメイトの間に知れ渡り、皆安堵した様子であなたを受け入れてくれたのを覚えている。

既に大学推薦を射程内に納めたという噂がある優等生は勉強について行けるようにと、グループワークやら何かと世話を焼いてくれる。不特定多数の女子と異様に仲の良いヤンキーに至ってはあなたを「保護者」と呼んで距離を保っている始末だ。

一体この紫咲シオンという内弁慶なインキャは何を考えているのだろうか。

 

 夕日の差し込むホームルーム後の教室は何故か帰郷本能を誘発させる。まだ校内では残っている生徒が、音楽をかけて何やらダンスの練習をしている様子が風にのって耳に入ってきた。

早く帰宅する者、部活に顔を出しに行く者、あるいは予備校に行く者など、高校生と言えども既に各々の人生を歩んでいるように見えた。

そんな中、ただ一人の男子生徒が落ち着きを押し込んで座っているのが見えた。

眼鏡をかけた細身の彼の名は、モブ男。

シオンとあなたはひょっこり教室の外から彼を視界に抑えた。

「カップルってあの人?」

「そうだよ。」とシオンはあなたの質問に返す。

フルーティな香りが顔の下から漂ってきた。

「アイツはこっち側だと思ってたんだけどね。」

そう呟く彼女は「見逃してたわ。」と失礼極まりない言葉を小声でつぶやいた。

ここであなたはふと思考するために自分の世界に入る。

彼女は本当に「リア充撲滅運動」を実行しようというのだろうか。

背伸びした言い方をすると恋愛は個人の自由である。各々の選択肢を横から水を差すようなことをして、学校側も黙ってはいないのではないか。人の恋路を邪魔するものと言えば嫉妬に狂った人間のやることである。どうしても、シオンという生徒がそのような境地にいるとは思えなかったのだ。

ましてや、モブ男ごときに。

「塩っ子、口に出てるよ。それも大概じゃない。」

それから彼女はあなたの方に顔を向けた。

「あの人って何部?」

「え?クラスメイトでしょ?知らないの。」

「知らなーい。」

「サッカー部よ。」

「ええ!?」とシオンは耳を刺すような悲鳴にた声を上げる。

驚いたあなたはさらなる追い打ちを彼女にかけるのだった。

「なんか、一軍とつるんでいるんだって。今度の文化祭でダンスやるってさ。嵐の。」

「…いろいろと無理してない?」

…なんとひどいことを!

二人がワチャワチャと声を上げていると、背後から来る人影に気付くのが遅れてしまった。

「シオンちゃん。」と声をかけられ二人は思わず振り返る。

そこにいたのは物腰が柔らかそうな女子生徒だった。2、あるいは1.5軍と言ったところか。環境委員をやりながら弓道部に所属している彼女は、名前をモブ子という。

名前を呼ばれたシオンは小さく声を上げて、もじもじとスカートの裾をその小さな手でいじりだした。

「アレで来たんだよね?」とモブ子は教室の中にいるモブ男を指さした。

思考が止まったシオンは何を考えたのか、あなたを指さし「こっちは塩っ子。」とモブ子に紹介し始めた。

空気を察したあなたは「どっちから?」と尋ねる。無論、告白した側の話である。

モブ子は少し視線を落として口角を上げる。頬を持ち上げられ丸みを作ると「向こうから」と一言答えた。

「あの人も転入生じゃん?」

「え、そうなの。」

シオンは驚く。

その反応を見たあなたはモブ男の存在感が薄いのか、はたまたシオンが単に興味がなさすぎなのか測りかねて困惑した。

「最初はまず友達からにしようかなって。」

このモブ子の考えは「リア充撲滅運動」に配慮しての事だろうか。

そもそもリア充撲滅委員会の存在意義とは何か。他人の幸せを阻害するだけならば、恥すべく組織である。しかし、もしそうなら学校側が公式に非公認扱いするだろうか。

「…友達からでいいの?」

シオンがポツリとつぶやく。

「え?」

「いいじゃん!せっかく勇気を出して告白してくれたんでしょ?」

「う、うん」

「…今日は大丈夫!良かったねえ…君は特例!」

 

 その日、一組のカップルが夕日を背にして手をつないで坂を下るのが目撃された。

シオンと塩っ子のふたりはガラス窓からそんな二人の背中を見送る。「背中、押しちゃったね。」とあなたが言うとシオンは「個人の自由だし。」とポツリとつぶやく。

それからプイっと背中を向けて「今日はもう帰る!」と言い出した。

「また明日ね。」

一度もこちらを向かずにそう小さな声で言うと、シオンはローファーを鳴らせて走り去ってしまった。

その場に残されたあなたはしばらく見えない彼女の気配を目で追ったが、戻ってくることは無いことを悟ると歩き出した。

「あ、戌神先生にこの事伝えなきゃ。」

あなたはもう一つの使命を果たしにいく為に職員室へと向きを変えたのだった。

 ちなみにモブ男とモブ子の二人はその後、文化祭が終わる直後に破局する。

聞くところによれば、原因はモブ男の虚言壁だったという。

 

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