白也さんと清義の気配が離れていくのを感じながら、俺は仁王立ちして体を大きく見せ、ものすごい殺気を飛ばしてくる魔熊の姿を視界に収める。
まあ、最初の攻撃からここへ着くまでの間、俺と白也さんに散々傷を負わせられてきたので、あれだけ怒ってるのも当然だろう。
〝……にしても、やっぱこいつ、全然疲れが見えないな〟
白也さんと二人がかりで、上手くあしらいながら怒った状態をキープしつつ、ここまで引っ張ったというのに、動きのキレや反応速度はそこまで鈍くなっていない。
直前の攻撃でも、魔熊が怯んだ隙を突いて斬りつけたはずなのに、こちらの攻撃に素早く反応し、割と苦もなく躱されてしまった。
……このまま予定の場所へ誘い込み、弓矢による奇襲で一斉攻撃を仕掛けたとしても、まだ『活きが良い』今の魔熊の状態では、放たれた矢――全部、はさすがにないにせよ――を避けるどころか、叩き落して防ぐくらいのことはできてしまう。
魔熊の動きを間近で見て、そう感じたからこそ、俺は無茶を承知で白也さんに提案したのだ。
――確実に仕留めることができるだけの隙を、多少強引であっても作るから、あいつと
頼りになる味方が近くに、何なら予定の場所にもさらに多くいるのに、わざわざ一対一でやり合う必要なんてないのでは、と当然思うかもしれない。
だが、失礼極まりない考えというのを承知の上で言わせてもらうなら、今この場で俺が果たしたい目的を考えると、これから魔熊とやり合う際に誰かと一緒なのは、むしろ邪魔だと思ったのである。
〝倒し切るのが目的とかなら話は別なんだけど、こいつを仕留めるのは待ち伏せしてるアズサたちってのに変わりはないからな〟
あくまで目的は、魔熊を確実に仕留めることができるだけの隙を作ること。正面切って討ち果たすことが目的ではないので、人数揃えて戦力を過剰に用意する必要はない。
それに何より――
「隙を作るなら、俺一人だけの方がむしろやり易いからな!」
そう言って俺が気合を入れ直すと、それが戦いの合図と判断したのか、魔熊がこちらに向かって咆哮を上げてから接近し、腕を振り上げて叩き潰そうとしてきた。
〝げっ! もうそんな間合いにまで入ってくるのかよ……〟
想定以上の速さで距離を詰めてきた魔熊の動きに注視しつつも、軽く驚いてしまう。
こちらに振り下ろそうとしている攻撃は、まともに食らえば一撃で即死。下手に防御したなら、あまりの衝撃で手首がひん曲がるか、腕の骨が丸ごと粉砕してしまうだろう。
普通であれば攻撃に当たらないように回避する戦法がセオリーなのだろうが、今回の狙い、そして俺の戦闘スタイルから考えれば、避けて対処するのは逆に非効率な戦法だ。
〝タイミングが少しでもズレたら、お陀仏になるってとこだけは共通なんだけどよ!〟
心中でそんな悪態を零しながら、こちらに向けて振り下ろされる攻撃の軌道を見極めると、タイミングを合わせて受け流すように大刀を振るって攻撃を弾いた。
自身の全体重と膂力を乗せて振るった攻撃を受け流されたことで、魔熊はほんの僅かにではあるが体勢にグラつきが生じる。
しかし、その程度のことなど気にしてないのか、あるいはそれによって生じた僅かな隙を晒したくないと思ったからか、魔熊は次々と怒りのままに薙ぎ払いや振り下ろしによる叩きつけを、こちらに向けて振るい続けてきた。
〝スピードなら魔猪と比べて捉えやすい方だけど、やっぱりパワーはアレと比較にならないくらいやべぇな……!〟
去年の冬に対峙した魔猪と比較しつつ、俺はそれらの攻撃を――さすがに全部を完璧にとは行かないものの――最初の時と同様、衝撃を下手に受け止めることだけはしないよう気を付けながら、大刀を振るって攻撃を弾き続ける。
弾きを成功させる度に、腕の筋力が疲労の蓄積で段々と落ちていくものの、魔熊の方も攻撃の受け流しによる体幹への削りで、体勢のグラつきが徐々に大きくなり始めている。
これを繰り返していけば、どこかで完全に体勢を崩し、そこからさらに大きな隙を作れるほどの攻撃を仕掛けることができるはずだ。
「――って、その巨体でいきなり突進してくるとかシャレにならねぇって!」
弾くのが難しく、さらに防御に失敗したら死ぬのが確定してる攻撃を、息継ぎのために距離を取った直後に繰り出すな!
右前方へ素早くジャンプし、突進してくる魔熊を越える形で回避すると、魔熊は急停止して再びこちらに向けて突進を仕掛けてきた。
おそらく着地のタイミングを狙ってるのだろうが、そのくらいの対処は魔猪とやり合った時に経験済みである。
突進する魔熊の速度と距離を測りながら、俺は再びジャンプして攻撃を避ける。……ただし今度は、こちらへ突っ込んでくる魔熊の背中が落下地点となるように調整してだ。
そして、迫ってきた魔熊を強く踏みつけると、もう一度ジャンプして奴の背後へ回るように移動した。
〝あっぶねぇ……あとちょっとでも避けるのが遅かったら、為す術なく蹂躙されて完全にお陀仏だったな〟
構えを取りながら改めて息を整えつつ、俺は今の魔熊の状態を注意深く観察する。
……度重なる攻撃の弾きと、今しがた繰り出してきた突進攻撃に加え、俺が全体重を乗せる勢いでくれてやった踏みつけで、魔熊の体勢は初めの頃と比べて不安定になり始めている。
ここへ誘導するまでに蓄積させた疲労や負わせた傷も含めて考えれば、あともう少しで決定的なチャンスがやって来るはずだ。
〝……あんまり時間かけたくないし、次に何か仕掛けてきたら、そこで一気に決めさせてもらうか〟
相手の状態を観察しながらそんな風に決めていると、魔熊は再び攻撃を仕掛けてきた。
それらの攻撃をこれまでと変わらず、そして油断することなく俺は一心に弾き続け、決定打を叩き込めるチャンスを窺う。
すると、先ほどから薙ぎ払いや叩きつけを悉く弾かれ続けたことで、魔熊も苛立ちが頂点に達したのか――実際、弾きを成功させるたびに攻撃のスパンが段々と短くなってた気もする――、急に二本足で立ち上がって咆哮を上げると、もう一度突進を仕掛けてきたのだ。
「――ありがとよ! またそうやって突っ込んできてくれてさッ!!」
そう言って声を上げると、俺は突進してくる魔熊に対して、『回避』ではなく『防御』を選んだ。
位置とタイミング、その両方で寸分の狂い無く合わせる必要こそあるが、今の魔熊の状態であの突進を防御することができれば、決定打を一気に叩き込める。
迫りくる魔熊をギリギリまで引き付け、受けた衝撃を左右のどちらへ受け流すべきか見極めると、俺は体を低くして大地を強く踏み締める。
――直後にやって来た魔熊の猛烈な突進を、俺は真正面から、ジャストタイミングで地面に強く突き立てた大刀で防御し、受けた衝撃の大半を別方向へ逸らした。
すると、受け流された衝撃に踏ん張り切れなかったのか、魔熊は勢いそのままに体勢を大きく崩してしまう。
〝よしっ! これならイケる!〟
狙い通り相手の体勢を崩すことに成功した俺は、最後の仕上げにかかるため、魔熊の眼前に迫るほど一気に距離を詰めた。
本来ならここまで近づいた時点で、その強靭な顎で噛み付かれてお陀仏となっていただろうが、今の状態の魔熊であれば、猶予こそ短いもののどうにか至近距離にまで近づくことができる。
……苦労して魔熊の攻撃をひたすら弾き、リスクを承知で奴の猛烈な突進を防御することを選んだのも、すべてはこの瞬間を作るためと言っても過言ではなかった。
そうして待ち望んだチャンスを得た俺は、魔熊の片耳を左手で掴み上げると、相手の首元にめがけて右手で握り締めた大刀を一気に突き刺す。
そして、突き刺した大刀を勢いよく引き抜くと、鮮血が魔熊の首元から噴水のように吹き出した。
魔熊は痛みに悶えるように悲鳴を上げ、首元からの出血を押さえるようにしてその場へうずくまると、こちらを睨み付けながらも身動きを取ることができなくなったようだ。
「――じゃあなッ!」
そんな魔熊の状態を確認した俺は即座に、周囲のせり立った壁を目指して全速で退避を開始する。
……首元に大刀を突き刺したとは言え、あの程度の重傷と出血のみでは魔熊を仕留め切ったとは言えない。
もし仮に、ここで取り逃がすようなことをしてしまえば、時間はかかっても自然治癒で再生し、生き延びてまたどこかで再戦しなければならなくなってしまう。
なので本来であれば、ここで追撃の一手を繰り出さなければならない…………のだが、まあそれは、今この場において俺が果たすべき役目ではないだろう。
「――――――放てぇーー!!」
壁際への退避が完了すると同時に、広場に大きな号令が響き渡る。
それと同時に、周囲でずっと潜んでいた討伐隊の面々が、身動きの取れなくなった魔熊めがけて一斉に矢を放った。
放たれた矢はほとんどが命中し、その大部分が致命傷と見なすに相応しい精度だ。
そんな数十人に及ぶ弓矢の一斉射を受ければ、規格外のタフさで知られるさすがの魔熊であってもひとたまりもない。
それでもなお生き延びようと倒れずに踏ん張ろうとしていたものの、ついに限界へと達し、そのまま力尽きるように倒れてしまった。
……予定外の戦闘こそ発生したとは言え、どうにか当初の作戦通り、魔熊を討ち果たすことに成功したみたいだ。
次回は、スムーズに進めばGW中に秋パートの締めを投稿できるかもです。
それより後については、ストックを貯めてから投稿したいので、かなり先の予定になると思います。
(終わりをしっかり決めてる分、追われるような形でそこに至るまでの過程を描きたくない、という自分のワガママです……すんません)