神皇興国紀   作:HawkAndEagle

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締め方をなかなか上手くまとめられず、長々と書き直しを続けていたせいで
予定よりも大分遅れてしまった……。

何はともあれ、投稿!


12.

 

 このまま直帰して良いとアズサから許可を貰い、とりあえずなし崩しでこのまま彼女たちと一緒に宮へ向かうことにならずに済みそうで、俺はほっと一安心する。

 

「お、ありがとな。まあ日が暮れるまで大分あるから、そこまで危険は無いとは思うけど、清義たちと一緒ってだけでもすげぇ安心できるから助かるよ」

 

 『門』までの護衛に清義らを付けてくれる提案を聞いて、帰り道の安全がより高くなったことも一安心できた理由として大きい。

 

 他国よりは比較的治安が良い葦洲国ではあるものの、それでも野盗の類が全く現れないわけではない。

 普段の帰り道では滅多に遭遇しないものの、ここは街道や村落から離れた山間の森林。前人未踏、とまでは言わないが、人気も少ない上にロクに舗装もされていない山道を一人で歩くのは、心細いだけでなく周囲の警戒に神経をすり減らすので、腕の立つ顔見知りを付けてくれるのは素直にありがたかった。

 

 

「――ところでなんだけど、さ。クニヒコ」

 

 

 そうして清義たちに声をかけ、事情を伝えて『門』までの護衛を俺からも頼み、二つ返事でOKを貰って、いざ帰ろうとしていた時のことだ。

 

「ん……? どうしたんだ、アズサ?」

 

 不意にアズサが、どこか微妙そうな顔をしながら声をかけてきたので、何か伝え損ねていた大事な話を思い出したり、あるいは届けられたりでもしたのだろうか? ……もし、やっぱり俺を宮に連れて行かなければらなくなった、みたいな話だとしたら、理由は色々あれ、今日はもう帰りたい気分なので割と憂鬱だ。

 

「いや、そのね……別に仕方のないことではあるし、私も魔熊の討伐って状況ですっかり感覚が麻痺してたから、指摘できなくて申し訳ないって思ってはいるんだけど……」

「??」

 

 要領を得ない彼女の言葉に、頭の中で浮かぶ疑問符がますます増える一方だったが……

 

 

「あなた。ここから『門』までの道もそうだけど、その返り血を浴びた格好のまま元の世界へ帰っても大丈夫なの?」

「――――。……………………あ」

 

 

 戦闘を終えてから忘れていた――というより、あまり気にすることが無かった――今の自分の見た目を確認し、確かにこのまま帰ってしまえば、元の世界であらぬ誤解を与えてしまいかねないな、と納得するしかなかった。

 

 

 ※

 

 

「――へっくしょんッ!! あークソっ……風の冷たさが一層身に染みるな……」

 

 日がすっかり傾き、人通りも少なくなった閑静な住宅街の中、照らされる街灯を頼りに俺は家路を歩いていた。

 生乾きの服に、残暑が消え去った秋の冷たい風が吹き付けてくるせいで、もう既に冬一歩手前なんじゃないかと錯覚するほど肌寒くて仕方がない。

 

 返り血を全身に浴びたまま夜の街道を歩くという、スプラッタホラーもかくやと言わんばかりの光景を作るよりは遥かにマシだったかもしれないが、染み付いた血を洗い流すために、魔術を用いてその場で水をぶっかけてきたアズサには、今更ながら文句を言いたい気分である。

 

「にしても。水辺でもないのにあんな大量の水をいきなり生成できるなんて、相変わらず凄ぇなぁ……」

 

 沼地はおろか、水たまりの一つすら付近に見当たらない森の中で、全身を洗い流せるほどの水を短時間で作り出すなんて芸当、俺にはとても無理だ。

 ……こっちは最近ようやく、風の魔術をアヤカにも負けないくらい使いこなせるようになって、残りの火・雷・土・水の魔術も大分感覚が分かるようになってきたところだというのに。

 

〝魔力の保有量と、本人の技量が優れてるからってのは当然あるだろうけど……。やっぱそれ以上に、アイツのご先祖様である『雨の神様』から受け継いだ能力のおかげってことでもあるのかな?〟

 

 向こうの世界において、雨を司る神様である『タカクラノオカミ』。

 アズサはその母方の直系子孫であり、その遺伝によるものか、小さい頃から水系の魔術との親和性が非常に高かったそうだ。

 

 必要な分の魔力さえ用意できれば、空気中の僅かな水分を触媒にすることで、どこであろうと水を作り出すことができる。

 そんな彼女の能力のおかげで、俺は――ずぶ濡れの恰好にこそされたが――夜の住宅街を徘徊する血塗れの不審者とならずに済んだわけである。

 

「一応、ある程度は向こうで乾かしてから帰ってきたけど、完全に乾かすには時間も方法も足りなかったからなぁ……」

 

 場所が場所だったので火の魔術を使うわけにもいかず、風の魔術で服を乾かそうとしたものの、今まさに生乾きの服に当たる夜風程度でも肌寒いことから分かるように、ずぶ濡れの服に風を当てるのはあまりに寒くて途中で止めるしかなかった。

 

 濡れた服を一瞬で乾かせるような突風でも起こせば、また違ったのかもしれないが、そんなことをしてしまえば周囲への被害がえげつない事になっていただろう。

 ……まあそもそも、そこまでの規模と威力で行使するのは今の俺では無理なので、そんな被害の憶測をすること自体、杞憂に過ぎないとは思うが。

(ちなみにだが、魔術を使って服を乾かそうとする俺の一連の行動を見ていたアズサたちは、どういうわけか割と引き気味に驚いていた。……別にそこまで驚かせるような魔術の行使はしてなかったはずなんだが)

 

「――ふぃ~……やっと家に着いたよ。ただいま~」

 

 玄関の鍵を開けて中に入ると、出迎えてくれる誰かなんていないと知りつつ、もはや習慣となった帰りの挨拶を口にする。

 

 当然、それに対する返事は一切聞こえない。

 

 一人っ子で、両親が海外赴任で家を留守にすることが多い自分にとって、こうした状況は既に慣れっこだが、やはりどこか寂しく感じるようになったのも否定はできなかった。

 

 何せ八年近くも家族同然の人たちと向こうの世界で交流し、その人たちが暮らす家――と呼ぶにはあまりに大きい規模ではあるのだが、それは一旦さておき――に訪れるたびに、温かく迎えてくれたのだ。

 そんな日々を長く送り続けていれば、『家に帰っても出迎えてくれる誰かがいない』という、出会う前までは特段何も感じることのなかった自身の生活環境に対して、どこか虚しさを覚えるようになるのは自然な流れだろう。

 

 隣の芝生は青く見える、とはよく言うものの、こればかりは誇張抜きでトモエたち、葦洲国の皇族の人たちの『家族の在り方』というものが羨ましいと言わざるを得なかった。

 

 

〝けど……だからと言って、そんな他人の家族の輪に、引くべき一線をいつまでも引かずに関わり続けるなんて、さすがにダメだよな……〟

 

 

 魔熊の討伐を終えた後、アズサから「一泊していかないか」という提案を聞いた時の、申し訳なさと恐れ多さが入り混ざった何とも言えない感覚を思い出す。

 

 摩訶不思議な出会い方であったことや、その後なんやかんやで長年に渡り良好な関係を築いてきたこともあって、お互い感覚が麻痺してしまってるのだろうが、縁もゆかりもない『余所者の平民』である自分が、一国を治める皇族の住まいで――一応、客分的な立場とは言え――寝泊まりするなど、本来であれば許されるわけがない。

 

 小学生くらいの頃であれば、相手の『身分』や『立場』といったしがらみなんて気にせず、喜んで今回のような泊まりの誘いを受けていたとは思う。

 

 だが、今の自分は十四歳で、もう純粋な子供とは呼べない『思春期の男』だ。

 さらに言えば、葦洲国は明治以前の日本と同じく、十五歳になれば成人と見なされる社会なので向こうの基準に照らせば、俺は『成人一歩手前の男性』と見ることもできる。

 

 そんな人間が小さい子供の頃と同じようなノリで、他国の皇族――それも同じ年頃の女の子が数人いる家族と同じ屋根の下に一晩であっても泊まるなんて、マナーやモラルを欠いた行動もいいところだろう。

 

 わざわざアズサに『明日学校がある』という方便まで使い、トモエに会えるチャンスすら不意にして帰ることを選んだのも、あそこで彼女の提案にOKすれば、食事のもてなしを受けるのとは比較にならないレベルで迷惑をかけてしまいかねないと危惧したからだ。

 

 ……そんなつまらない、息苦しいと感じることを、今までずっと気兼ねなく接してきた自分にとっては家族同然とも言える人たちとの付き合いにおいて、考えなければならなくなった現状に、うまく言い表せないモヤモヤした感情が湧いてくるのは、やはりどうしようもなかった。

 

「…………とりあえず、さっさとお風呂を沸かして、入れるようにしとくか。いい加減、汗と血の混ざった嫌な臭いも洗い落としてスッキリしたいし」

 

 なにせ家に帰ってからずっと着替えもせず玄関で突っ立ったまま、普段自分の身体から発することのない不快な臭いを嗅ぎ続けている。

 アズサのおかげで汚れは洗い落とされて見た目だけは綺麗になっても、石鹼や洗剤を併用したわけではないので、水洗いのみでは落とし切れず服に染み付き、乾燥するにつれて徐々に強まっていった『ツンとした鼻につく汗臭さ』と『どこか生臭い違和感を覚える鉄の臭い』のダブルパンチが、さっきから脳みそにダイレクトアタックをかまし続けているのだ。

 

 不衛生とまでは言わなくても、そんな不潔な状態のまま色々と考えを巡らせていれば、思考がネガティブな方へ傾いてしまうのも当然だろう。

 

 悩んでも仕方のないことにいつまでもウジウジするのを止める意味でも、俺は靴を脱いで玄関から家に上がると、風呂の準備をするために浴室へと向かった。

 

 

 

 

 ――こんな風に悩む日が来ることになるなんて、最初から分かり切っていた。

 

 相手は一国を治める皇族の人たちで、自分は「別世界出身の人間」という肩書はあれど、単なる平民に過ぎない余所者の男。

 

 彼らとの付き合い方が、いつまでも変わらずに続くなんてことの方があり得ないのだ。

 

 変わらないで欲しいと願っていた日常が、時が経つにつれて本来そうあるべきだった姿へと徐々に変わろう(戻ろう)としている事実には、やるせなさを感じずにいられなかったが……だからこそ都合が良かったと言えるのかもしれない。

 

 

 俺が余計なしがらみを持たず、血縁や譜代みたいな繋がりも持たない外様の人間であったからこそ。

 あの時、彼女を救うために禁忌を犯す決意を、迷いなく固めることができたのだから。

 




多分、もう1話だけ秋の話を挟むことになりそうです。

その後の冬場に入ってからのお話は……多分、結構遅くなるかと思います。
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