1.
快晴の青空。遥か遠くに鎮座する巨大な入道雲。
照りつける強い日差しと湿った空気はこの国特有の猛暑を作り上げ、今が夏真っ盛りであることを否が応にも突き付けてくる。
「――暑(あぢ)ぃ~~……。いくらなんでもキツ過ぎるだろ……今年の夏」
既に昼過ぎで目はとっくに覚めているというのに、身体の方がすっかり打ち負かされてるせいで、板張りの床に仰向けに寝転がったままロクに身動きができない。
暑いのが苦手な俺にとって、この季節は何かと忍耐を強いられるので気が滅入るばかりだ。
ただ一方で、夏休みはもちろん、それがあるからこそできる様々な遊びや催し――海水浴や花火、七夕や夏祭りなど、『時期』としては楽しい出来事を多く享受できるだけに、言いようのない歯痒さも感じずにはいられなかった。
「……そうね。多分、去年どころか、おととし以上に暑くなってるんじゃないかしら?」
そんな俺のこぼした愚痴に、それまで隣で正座しながら黙々と勉強を続けていた女の子――アヤカが、去年までの夏を思い出すような口振り返事をしてきた。
「げっ、マジかよ。だとしたら、さすがに冗談キツイって……」
「別にそこまで大げさに騒ぐほどじゃないでしょ。去年やおととし以上って言ったのも、あくまで感じた限りでだし、あたしが個人的にそう思っただけなんだから」
「いやあのな、大げさに騒ぐほどじゃないって言ってるけど、辛い人間にとってはこの暑さ本当に辛いんだからな? というか、お前自身がそこまでじゃないって言ってるのに、なんで去年やおととし以上かもしれないって感想が出てくるんだよ」
意趣返しの意味も込めて、そう言い切れる根拠を俺はアヤカに訊ねる。
自分と同じように苦しい忍耐を強いられてるならともかく、平然とした……では決してないだろうが、この程度の暑さなんて別に大したことない、みたいな態度でそんな言葉を聞かされれば、怒り心頭ってほどじゃなくとも少なからずムカついてはくる。
するとアヤカは、そんな俺の問いに対して一際大きなため息を吐いた後に、
「あたしのすぐ傍で倒れてる誰かさんが、去年やおととし以上にぐったりとした情けない姿を晒してるから、と言えば納得できるんじゃないかしら?」
呆れながらそう答えた。
……別に良いけど、他人(ひと)の状態を気象観測器のように扱うというのは果たしていかがなものだろう?
――その後しばらくすると、進めていた勉強が終わったのか、アヤカは筆を硯の上に置いて立ち上がった。
そして、こっちが相変わらず床に寝転がったまま身動き一つできない中、ずっと同じ姿勢のままで凝ってしまった身体を、彼女は思いっきり伸ばしてほぐし始める。
立ち上がったことで改めて見て取れるようになった彼女の姿を、俺はボーっと観察した。
アヤカとは小さい頃からの付き合いで、いわゆる『幼馴染』である。
歳は俺よりも一つ下だが、付き合いが長いことと彼女の性格も相まって、良い意味でお互いに遠慮することがない、気さくに接することのできる間柄だ。
……まあ、逆に遠慮が無さすぎるせいで言い合いになり、そのまま加熱した結果、取っ組み合いの喧嘩へ発展したこともしばしばであるが、その度に彼女の異母姉(トモエ)や彼女の従姉(アズサ)を含む周囲の人たちに仲裁され、仲直りを繰り返してきたことも、今となっては懐かしい思い出だろう。
そんな感じで、割と近いところでこいつの成長を見てきた俺の目から改めて見ても、すっかり女性らしい魅力的な容姿へ育ったものだなと下心抜きでそう実感させられる。
背中に届くまでに伸びた、ほんのりと赤みがかった暗めの茶髪に、まだ幼いと感じる部分こそあるがキリっとした凛々しい顔立ち。
背は一五〇より少し高い程度だが、彼女を見た者、特に同年代の男女からは驚愕と羨望の眼差しを向けられるであろうほどに、スタイルの良さは抜群だ。
〝さすがにトモエやアズサと比較したら少々見劣りはするけど、中学生くらいの女の子としては出来過ぎと言っていいくらいだよな、多分〟
何しろ着ている服――これもまた極めて特徴的で『豪勢な巫女服』とでも形容したらいいのか、振袖っぽいがそれとまた異なる高貴な印象の重ね着だ――の上からでも分かるほどに彼女の胸と身体から溢れる色気はすごい。
比較対象の二名が強すぎることと、俺が普段から見慣れてるせいですっかり侮っていたが、もし彼女が俺の学校に現れたりすれば、ちょっとしたお祭り騒ぎになるくらいの美少女と言えるかもしれない。
「――ちょっと何? さっきから人の体をジロジロと見て」
「いや、別に。ただこうして見ると、随分成長したもんだなって思ってさ」
「……ふーん。それって、少しはお姉ちゃんやアズサみたいに綺麗で魅力的な女に育ってきてるって捉えてもいいのかしら?」
「いやそれはねぇよ。お前が身体も含めて色々成長してることは間違いないだろうけど、あの二人に、特にトモエのように魅力的になってきてるかって言われたら、さすがに――」
「フミぃ? ミチぃ? 突然で悪いけど、急いでお姉ちゃんとアズサ、そしてお母様たちに言伝を頼まれてくれないかしらーー?
クニヒコが気持ち悪いくらいに懸想してきて、あたしの操が危機に瀕しているって、一言一句違えずに――」
「ホントすんません、マジで悪かったからそれだけはどうか勘弁してくれ!」
そういうとこなんだよなぁ! 俺が魅力的じゃないって口にした根拠ってのは!
今回に限らずだが、こいつは機嫌を損ねると俺が軽いジャブ程度のつもりで口にした言葉に対して、爆弾を投げ返してくるような洒落にならない返事をしょっちゅうするのだ。
可愛げが無いというか、やり口が汚いというか、下手に反撃すると大火傷をしかねない手段をわざわざ選ぶあたりずる賢いというべきか……。
貞操観念が強く、特に未成年の娘の将来を守ろうとする意識が高いアヤカの家族にそんな誤解を与えるとかシャレにならないので、だるさで動けない身体に鞭を打って秒で起き上がり、即土下座して謝る以外に取れる択はなかった。
……いやまあ、仮にアヤカの言葉を伝えられても、俺と彼女のこうしたプロレス騒ぎはしょっちゅうだし、ちゃんと丁寧に説明すれば大丈夫だとは思う。
けどやっぱり、こんなくだらないやり取りのせいで、長年にわたって彼女の家族たちと培ってきた信頼を損ねるなんて結果を招くことにはなりたくないのだ。
すると、そんな俺の態度を見てアヤカは「分かればいいのよ。分かれば」と得意げな様子で機嫌良く許してくれた。
……まったく。トモエに会いに来たというのに、間が悪く『お務め』に出ていて不在だったことから始まり、今日はつくづくツイてない。
不幸中の幸いは、部屋の外の縁側で控えている年配の女性二人――アヤカの御付き女房であるフミさんとミチさんが、見慣れた光景とばかりに微笑ましく眺めてくれていたことだろうか。
章分けのために冒頭部分をフライングで投稿しました。
連続投稿は多分次で最後になると思います…。