新年明けて、一発目の投稿になります。
「――では、本当に不意の遭遇で巻き込まれてしまった事故、ということなのですね」
夢で見た昔の思い出について一通り話し終えると、それまで聞き役に徹していたトモエが今度は尋ねてくる。
「だな。で、意識を失ったかと思えば、目覚めた途端に見たこともない部屋に珍しい服装した人たちが見えたって感じだったから、何が起きたのか分からなくて大混乱だったよ」
「そこは母様から少しだけ聞いた覚えがありますね。保護した子供がようやく目を覚ましたかと思えば、急に怯えて泣き出してしまい、宥めるのが一苦労でした、と」
「あー……いやぁ、ホント。お恥ずかしい限りです……。状況が状況だったとはいえ、あの時はチトセ様にかなり迷惑かけちゃったなぁ」
「それは……もう仕方のないことではないかと……。保護した子供がなかなか目を覚まさなくて焦っていた分、元気な姿を見せてくれて安心したとも聞いているので、クニヒコが気に病む必要はないと思いますよ」
そう言って小さく笑いながらトモエは労わってくれる。
そんな彼女が見せる優しさに俺は安心感を抱くと同時に、何とも言えない懐かしさを強く感じた。
自分こと松風邦彦がトモエと彼女の家族に出会ったのは、およそ八年前のこと。
いや、厳密には『出会った』ではなく『助けてもらった』というのが正しい表現だろう。
当時、外出していたトモエの実母であるチトセ様が倒れていた俺を偶然見つけ、保護と治療のために連れて帰るというきっかけがあったからこそ、俺は彼女たちと出会い、家族ぐるみの浅からぬ縁を築くことができた。
……ただ、このチトセ様に助けてもらったことですら、あくまで副次的な要因に過ぎず、本当の意味での出会いのきっかけは俺の身に起きた事故によるものだ。
あまりに荒唐無稽で、仮に他の誰かに聞かせたとしても、馬鹿にされるか、嘲笑の的にされても仕方ないと自分でさえ思うほどに理解不能な出来事。
『異世界転移』という摩訶不思議な怪奇現象に、あの日の自分は遭遇してしまったのである。
八年前のあの日、まるで冒険家にでもなったような気分で、自分の知ってる世界を広げようと無我夢中で家の外で遊び、駆け回っていた最中。
偶然見つけた廃神社に興味本位で忍び込み、境内の広場に近づいてみると、突如として地面に不思議な紋様の魔法陣――今では『門』と仮称されてる転移魔術が浮かび、何が起きたのか理解すらできぬまま、俺は異世界へ飛ばされてしまったのだ。
飛ばされた時の記憶も曖昧だ。
覚えてるのは急に激痛が全身に走ったと感じた次の瞬間、光が逆流したかのように視界が奪われて意識を失う、という思い出しただけでも身の毛がよだつ、悍ましい感覚くらい。
……そのため、なぜあのような怪奇現象が自分の身に起きたのか原因が今も分からない。
はっきりと分かってるのは、アレがまだ幼い子供であった当時の俺が自分の意思で引き起こしたモノではないということだけだ。
一応、原因究明のための調査が、トモエの父親であるスサヒト様の指示によって今も続いてはいるそうだが、手がかりの一つさえまともに掴むことができてない以上、進展については望み薄とのことらしい。
と、まあそうした具合で巻き起こった怪奇現象により、俺は異世界――トモエが生まれ育った土地と国が存在する場所へ転移されたわけだが、残念ながら降りかかった災難はそれだけで終わらなかった。
何しろ死にかけたのだ。
比喩でも誇張でもなく、異世界へ転移したことそのものによって、文字通りの意味で俺の生命は危機に瀕した。
一応これに関しては、なぜそんなことになってしまったのか原因がはっきりしている。
どうやら転移された際に発動した魔術の反動と、俺が暮らしていた元の世界と比べて、大気中に含まれる魔力の濃度が非常に高い異世界の空気に、俺の身体が耐えられなかったことによる『魔力中毒』が原因とのことらしい。
チトセ様の手によって家に運び込まれた時点で、俺の症状は既に重度の段階にまで進行していたようで、あと少しでも発見が遅れてたら、そのままお陀仏になっていた可能性も否定はできなかったそうだ。
……まあ転移した後にそんな状態で倒れていたからこそ、自分はチトセ様に保護されて宮に運び込まれ、トモエと出会うことが叶ったとも言えるので、一概に災難とも言い切れないのが難しいところではあるが。
〝もし、倒れていた俺を見つけて保護してくれたのがチトセ様じゃなかったら、こっちの世界で今頃、自分はどんな暮らしを送る羽目になっていたのかな……〟
ふと、そんな考えが頭によぎり、背筋に冷たい感覚が走るのを強く覚えた。
というのも、もしも異世界へ飛ばされた自分を見つけたのがチトセ様以外の誰かであった場合、運良く助かっても、元の世界へ帰れなかったかもしれないからである。
チトセ様に見つけてもらえたからこそ、俺は生命を救われたばかりか、目を覚ました後で拙いながらに話した事情を聞いてもらえた上で、トモエの家が総力を挙げて俺が元の世界へ帰れるようにするために『門』を調べ、その使い方を見つけ出してくれたのである。
「……なんだろうな。思い返せば思い返すほど、俺ってホントに運が良かったんだな」
「? それはどういう意味なのでしょうか?」
「いや、ほら。あんな予想だにしない事故に巻き込まれて、死にかけたところから助かっただけでも儲け物なのにさ。その助けてくれた人たちが元の世界へ帰るための方法を見つけてくれる相手でもあったってことに、すごい幸運を感じずにはいられなくて」
しみじみとした気持ちでそう口にしつつ、俺はトモエのことを改めて見つめる。
高貴な服装を身に纏い、蝶よ花よと愛でられて育ってきたように一見すれば感じられる、清楚で奥ゆかしい可憐な女の子。
しかし同時に、彼女は一族の『責務』という生まれながらに背負ったあまりに大きく、そして重たい使命を果たそうと懸命に努力する、真面目な女の子でもあるのだ。
――八百万の神々の力と叡智によって造られた世界に在りし皇国、『葦洲国』。
それが異世界へ転移した自分が迷い込み、生命を救ってくれた人たちの生きる国の名前。
そして今、目の前にいる自分の幼馴染は、その国を治める皇族の一人――『第一皇女』という立場にある、正真正銘のお姫様なのだ。
※
「確かに、そうかもしれませんね。私たち家族全員にとっても、クニヒコとの出会いはミナカヌシ様が賜ってくださった『天運』と思えたほどですから」
俺が口にした言葉に対し、トモエは小さく微笑みを浮かべながらそう返事をする。
それを聞いた俺は思わず「いや、その言い方はさすがに少し大袈裟じゃないか……?」と苦笑しながらつい溢してしまった。
「それにさ。トモエが今言ったことを素直に受け止めると、俺がこの世界に飛ばされてからトモエの家族と出会うまでの何もかもが、ミナカヌシ様だけの力で引き起こした奇跡ってことになるぞ」
「あら? クニヒコはそうでないと考えておられるのですか?」
「あーいや、別に何か根拠があるってわけじゃないよ。ただ、そんな大それた奇跡をトモエの世界の神様
異なる世界で生まれ、本来であれば出会うはずのなかった者たちが出会えるよう、二つの世界を跨いで働きかけるなんて御業を、一方の世界の神様だけで成し遂げるのはいかに優れた神様であったとしても相当に困難なはずだ。
……オカルトじみた理由付けが嫌いだとか、神様のおかげなんて安直な考えが嫌いだとかそういうことではなく、起こった結果の規模に対して原因が見合ってないように感じられてなんとなく納得できなかったのだ。
「――あっ! 言っとくけど、別にトモエの言ってるミナカヌシ様の力を信じられないとか、軽く見てるとかそういうわけじゃないからな! そこは誤解しないで欲しいというか、頼むというか……」
「うふふ、ご安心してください。クニヒコがそのような意味で、私が申し上げた考えを否定したわけでないことは承知しておりますから」
別段気に障ったような素振りも見せず、むしろどこか楽しそうに話を聞いてるトモエの様子を見て、俺は安堵したらいいのか、それとも彼女の反応を窘めるべきなのかが分からなくて少々困惑してしまう。
というのも、今のトモエとの会話に出た『ミナカヌシ』という神様。
彼女、ひいては彼女の一族にとって正真正銘のご先祖様にあたる御方であり、尚且つ彼女たちの生きる世界を創り上げた『造化三神』と呼ばれる、とんでもなくすごい神様の一柱なのだ。
より正確に言うと、ミナカヌシ様の手によって作り出された『天津神』と呼ばれる神々の一人――太陽を司る男神『ホヒノカミ』の父方の直系子孫であり、トモエの父親で『葦洲国』現大王のスサヒト様から数えて十五代前にまで遡ると、ミナカヌシ様の名前が系図上に現れるらしい。
そんな彼女にとって偉大な先祖である神様のことを軽んじていると捉えられかねない発言をしたのはさすがに失礼と思ったからこそ、こっちは慌てて謝ったのだ。
なのに当の本人は、予想とは真逆の楽しそうなリアクションをするのだから、困惑するなという方が無理な話である。
「ミナカヌシ様は確かに偉大な御方ではありますが、だからと言って全知全能の存在というわけではありません。ですので、クニヒコがおっしゃられた考えには何ら不自然なところはありませんよ」
「まあ、そう言ってくれるとこっちとしては嬉しいけどさ……良いのか? ミナカヌシ様の威厳とか尊敬とか、そういうのに頓着しないのってさ」
「頓着していないわけではありませんよ? ミナカヌシ様のことを明らかに冒涜するような言葉を口にしたのであれば、たとえ相手がクニヒコであっても怒りますし」
まあそうだろうな、と思う。個人差はあれ、自分の先祖に対する悪口を耳にして良い気分でいられる人間などあまりいないだろうし。
「ですが、神に対する考え方というのは人それぞれです。ましてやクニヒコは、この国、そして私たちの世界に長く触れてはいますが、生まれは別の世界。物事を考える際の視点や始まりが、私たちと異なるのは当たり前のことです」
なので変に臆さなくても大丈夫ですよ、とトモエは優しく微笑みながら俺の考えを尊重してくれた。
「そっか…………うん、ありがと。そう言ってくれると何か安心したよ」
「いえいえ。クニヒコが考え無しにそういったことを口にする人でないことは、私も分かってますから」
「そりゃどうも。まあ俺だって、トモエやアヤカ、そしてアズサと一緒に学んだり鍛えたりを伊達にしてきたわけじゃないからな。少しくらいは成長してるってところ見せられないと、さすがにカッコ付かないってもんよ」
「ふふっ、そうですね。ついこの間も、アズサやモリヒトとの組手で勝ち星を挙げてましたし、ヒデヒト兄様が相手でもかなり良いところまで粘れてましたからね」
「……アズサやモリヒトに勝ったことはともかく、ヒデヒトとの勝負はあの結果で良いところまで粘れたって言われると素直に喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、すっげぇ微妙な気分になるんだけど」
俺がそう言うとトモエは「素直に喜んで良いことだと思いますよ」と励ますように返事をしてくれたので、まあそんなものか、とひとまずは納得することにした。
……今の俺ではどう逆立ちしたってヒデヒトに勝てないのは、悔しいけど認めざるを得ないし。