「――ところでさ。さっきからずっと視線を感じてるんだけど、いい加減そろそろ入ってきたらどうなんだ? そこで覗き見をしてる方々?」
会話のタイミング的にちょうど良いと感じたこともあって、トモエと話していた最中からずっと気になって仕方なかった存在に声をかける。
「別に覗き見なんてしてないわ。聞き耳を立てながら待ってただけよ」
「二人で楽しそうに話してたから、邪魔するのも野暮かなと思ってね」
「……俺はてっきり、こっちに気づいてないものとばかり思ってたけど」
「モリヒト……。もう少し二人きりで話してても良かったのだと素直に言えばいいだろうに、まったく……」
すると俺の呼びかけに応じて部屋の襖が開き、よく見知った四人の男女――アヤカにアズサ、モリヒトにヒデヒトとトモエの血縁者一同が続々と入ってきた。
「あら? ヒデヒト兄様まで。もう戻っていらしたのですか?」
「ああ。黄泉国(よもつのくに)で任されていた仕事が思っていたより早く片付いてな。もう二、三日ほど向こうに滞在しようかとも考えたが、色々あって早めに戻ることにしたんだ」
「色々って何があったんだよ? ……まさかと思うけど、キクリさんと喧嘩でもして居心地が悪くなったんで帰ってきたとかぁ?」
「お前とアヤカではあるまいし、そんなつまらない理由で帰りを早めるなど俺はしないぞ」
「ちょっと……なんでそこであたしが引き合いに出されるわけ?」
「……引き合いに出されるだけの根拠があるってだけのことだと思うよ、アヤカ」
モリヒトが呆れたように言うが、当の本人は納得できないせいか「は? 興味ない話と分かったら、すぐどっかへ行きがちなモリヒトにだけは言われたくないんだけど?」と逆ギレ気味に反論する。
ちなみにキクリさんという人は、トモエたちにとっての従姉にあたる親戚で、チトセ様の実家である黄泉国を治める皇族の一員。そこの第一皇女である御方だ。
さらに言えば、ヒデヒトの婚約者でもあり、将来的に葦洲国へ嫁いでくることが決まってる都合上、文字通りトモエたちにとって家族同然と言える方でもある。
「それよりも、だ。クニヒコ、身体の方はもう大丈夫なのか?」
「おうよ。おかげ様で、もうすっかりピンピンしてるよ」
「……回復が早いのは良いけど、『夏負け」なんて情けない理由で倒れたことには呆れるというか、らしいとも感じるというか、だけどな」
「ちょっとモリヒト。その言い方はさすがに――」
「……アズサや俺を頻繁に負かしてるはずの相手が、俺たちだと平気な夏の暑さに負けたと聞いて、何も感じずにいられると思うか?」
「――あー、ええ、まあ……それについては否定できないわね、うん。言い方はともかくとして」
いや、そこで納得するのは勘弁してもらえませんかね、アズサさん?
俺が暑いの苦手なことはよく知ってるだろうし、今日の日中がクソみたいな猛暑だったことは、トモエと一緒に外出してたお前がよく理解してるはずだと思うんだけど。
「まあ、その辺にしといてやれ。……ともかく、身体の方に問題がないということなら何よりだ。お前が倒れたと帰って最初に聞かされた時は、一体何事かと思ったからな」
「ホント、びっくりしたわよ。かき氷を持って戻ったかと思えば、廊下でクニヒコが倒れてるのをいきなり見ることになったんだから……」
「そうですねー。私とアズサが宮へ戻った際に泣きそうな顔で真っ先に伝えに来てくれた辺り、クニヒコが倒れたことに一番慌てていたのはアヤカでしたし」
「ちょっと、お姉ちゃんっ! 余計なことは言わなくていいから!」
トモエの口にした言葉に、アヤカは顔を真っ赤にして反論する。
「でもまあ、仕方がないんじゃない?
「アズサも変なこと言わないでよ! ……そりゃ確かに心配はしたけど、結局倒れた原因は『夏負け』でしたなんて情けない感じだったんだから、今はムカついた気分でしょうがないわっ」
「あー……うん。それに関してはマジで心配かけてごめんな、アヤカ」
そう言って俺が謝ると、アヤカは「もうちょっと辛抱できるようになりなさいよね、まったくもう……」と返事をした後にプイっと顔を背けてしまう。
……こりゃ思ってた以上にアヤカを不安にさせてしまったようだ。
機嫌を直してもらう、と言うと少しニュアンスが違うかもしれないが、今度またこっちへ来る時に何か良さげなお土産でも持ってきてあげようかなと思ったりした。
※
「ところでクニヒコ。身体の方はもう問題ないとのことだが、この後お前はどうするつもりだ?」
こっちの会話に参加せず見守っていたヒデヒトから、不意にそんな質問が飛んでくる。
「ん? どうするって、まあしばらくみんなと適当に駄弁った後でそのまま向こうへ帰ろうかなって思ってたけど……」
「何か急ぎの用事でもあるのか? そうでないなら夕餉の支度をクニヒコの分も合わせて用意しようと、父上や母上たちは考えているんだが」
「あ、マジで? うーん……今は夏休みの時期だし、父さんと母さんは相変わらず出張で家に帰ってくる予定はまだ先だから、今日急いで帰らないとマズいみたいなことはないはずだけど……」
ヒデヒトから聞かされた話を聞いて、どうしたものかと考え始める。
……ヒデヒトとこんな風に話してることからある程度分かるように、実のところ俺はこの異世界へ初めて転移されてから今に至るまでの八年間、隣町で暮らしてる友達の家へ遊びに行くような感覚で、暇を見つけては元の世界からやって来る日々を過ごしている。
チトセ様に拾われる形で俺が葦洲国に保護されてからしばらく経った頃。トモエの家に仕える魔術師の人たちが俺を元の世界へ返すための方法を苦労の末に見つけ出してくれた。
方法自体は極めてシンプルなもので、俺が転移する際に通った『門』を俺の生まれた元の世界の方向へ異世界側から通行できるように調整しただけのことだったが、ともかくそれによって俺は無事に元の世界へ帰還することが叶ったのである。
……それだけ聞けば、無事に家へ帰れることができてめでたしめでたし、と言った感じで終わったと思うかもしれないだろう。
しかし、俺が巻き込まれ、引き起こすことになったこの一連の騒動は、それだけでは終わらなかった。
家に帰ってからしばらくの間は、あんな訳の分からない事故にもう巻き込まれたくない、という警戒心もあって、『門』が設置された廃神社へ近づくのを俺は避けていた。
だが、小さな子供の好奇心というのは一度興味が湧くと抑えるのが非常に困難であることに加え、何よりも保護されていた時に出会い、短い間ながらも言葉を交わした女の子――トモエにまた会いたい、という気持ちを抑えることがどうしてもできなかった。
結局、両親が仕事で家を長く留守にする時期を見計らい、俺は廃神社へ再び訪れたのだ。
元の世界へ無事帰還して以来――だいたい数週間ぶりくらいだった気がするが、廃神社そのものの寂れっぷりも相まって、それよりもさらに長い間この場所へ来てなかったように錯覚したのはよく覚えている。
……ちなみにだが、俺が帰るまでに向こうの世界で保護されてたのは一週間くらいだったが、元の世界でも同じだけの時間が経過していたことを家に帰った時に確認している。
一週間とはいえ、それだけの間家を留守にしてしまったら両親に気づかれて、行方不明の大騒ぎになってもおかしくはなかったが、幸いなことに両親の出張から戻って来るタイミングと俺が帰れたタイミングがズレてたおかげで面倒な騒ぎは起きなくて済んだ。
まあ、それはさておき。
そうして廃神社に再びやって来た俺は境内の広場にある『門』へ近づき、異世界から元の世界へ帰る際に覚えた身体の感覚――体内に流れる魔力の励起を頼りに、どうにか自力で『門』を作動させて異世界へ再び転移した。
そして、それから今に至るまでの間――異世界へ再び転移してトモエの家の人たちと再会した時に、元の世界へ送り返したはずの俺が戻って来たことで波乱が巻き起こったりしたが、それは一旦置いといて――、俺は普段は元の世界で暮らしながら、暇を見つけては異世界へたびたび訪れ、ここへ遊びにやって来てるというわけだ。
「それで、どうするつもりだ? クニヒコ」
不意に、そんな催促がヒデヒトから届く。
いかんいかん。余計なことを考えてたせいで返事をしないまま放置してしまった。
「あぁ悪ぃ悪ぃ。そうだな……それじゃあ、お言葉に甘えて夕飯をご馳走させてもらおうかな」
家に帰った後で夕飯の準備を俺一人でするのも結構ダルい。代わり映えしないインスタント食品をわざわざ夕飯にしなければならない理由も特にないのだし、今日は向こうの厚意に素直に甘えさせてもらっても問題ないだろう。
「それは何よりだ。父上たちにもそのように伝えておこう。きっと喜んでくれるはずだ」
「いやいや、そこまで言うほどのことでもないだろ」
「そんなことはないと思いますよ。父様も母様たちも、クニヒコと一緒に食事をする機会が最近減って残念、と以前仰っておられましたから」
うーん……別にそこまで楽しみにされるようなことでもないと思うんだが。
「そういえば、確かにクニヒコと昼餉や夕餉を一緒にする機会が最近少ない気がするわね」
「まあでも仕方がないんじゃない? クニヒコだけじゃなく、私たちもお務めやそれ以外で参加しないといけない行事ごとが増えて、自由に過ごせる時間が昔と比べて減ってるんだし」
アヤカとアズサもどこか嬉しそうな顔をしながらそう口にしている。
まあ俺が中学に上がって以降、小学生の頃と比べて時間の縛りが増えたことは確かなので、そういう意味ではアヤカやアズサが言ったことは間違いではない。
ただ機会が減っているのは、時間の縛りが以前よりも増えたからと言うよりも、トモエたちと食事の席を一緒にするのを俺自身が遠慮するようになったから、というのが理由としては一番大きいと思う。
これは別に一緒に食事するのが嫌とかそういうのではないし、また他の誰かから遠慮するよう暗に言われたからとかそういうわけでもない。
〝何というか……さすがにもう子供の頃と同じ感覚で、ここの人たちにそこまで色々と厄介になるのは気が引けるというか、気恥ずかしい感じもするというか、なんだよなぁ……〟
一国の皇族が暮らす宮へ暇を見つけては遊びにやって来ておいて何を今さら、と思うかもしれないだろう。
が、それを許してくれるほどに親しい関係を家族、いや一族ぐるみで築けてるからこそ、自分でも気づかないうちに無遠慮に接して相手に迷惑をかけた、なんてことにはやっぱりなりたくないのだ。
あとシンプルに、この歳にもなって相手の家で夕飯をご馳走になるのが何となく恥ずかしい感じがするからというのもある。
「……まあ、退屈しないで食事できるの良いことだっていうのは間違いないと思うよ」
「モリヒト……そういう捻くれた言い方じゃなくて、素直に夕餉を一緒にできて嬉しいって言えばいいんじゃない?」
アズサが若干呆れながら諭すようにそう呟くと、モリヒトは「……いちいち余計なことを口にしないでくれ」とそっぽ向きながらバツが悪そうに言い返した。
そんなモリヒトの反応にアズサは仕方ないなぁ、とでも言いたげな困った表情を見せる。他のみんなも大体同じ感覚なのか、ヒデヒトはやれやれと言わんばかりに首を横に振り、トモエとアヤカも苦笑いを浮かべている。
まあモリヒトのこういうシャイな性格による素直じゃない言動は、今に始まったことじゃないし別に気にするようなことでもない。俺も長い付き合いがあったからこそ、その辺りの本音を大体察することができるようになったんだし。
――そんな感じでトモエたちとしばらくダベってると、夕餉の支度が整ったと言伝を任された女官から伝えられた。
そのため話の続きは夕餉の席ですることにして、俺たちは離れから夕餉の用意された部屋に移動した。……途中、顔見知りの武官たちと出くわして挨拶をしたり、俺が夏負けで倒れたことを軽くイジってくる場面もあったりしたが、まあそれはそれとして。
夕餉の席に着くと、既にトモエたちの両親――葦洲国の現大王であり偉丈夫の父親であるスサヒト様と、その后であるチトセ様、並びに中宮であるナツキ様が既に待っていた。
三人はトモエたちが来たこともそうだが、その中に俺がいることにも気がつくと優しく微笑んで嬉しそうに出迎えてくれた。
身体の方はもう大事はないか、とか今日はこちらで夕餉を取ることを選んでくれてありがとう、など気遣いだけでなく感謝の言葉まで貰ってしまい、聞いてて何だかこそばゆくなってしまう。ただそれは、決して嫌な気分になるような感覚ではなかった。
〝……うん。やっぱり、家とはまた違った感じで居心地良いなって思えるんだよな。こんな風に言ってもらえると〟
長年に渡ってここの人たちの厄介になってるから、というのが理由として大きいのだろうが、自分の家で過ごしている時と似たような安心感が湧いてくる。
……別に両親から見捨てられてるわけではないし、仕事から帰ればそれまで留守してた分の埋め合わせをするように一緒にいる時間を作ろうとしてくれるので、両親のことが嫌いだとか、家に帰ることが苦痛だとか感じてたりするわけでもない。
ただ……まあ、なんというか、そう。
こういうありふれた、家族みんなで同じ食卓を一緒に囲んで過ごすという、そんな場所に自分も居るのだと思うと、何だか無性に嬉しくて暖かい気持ちを感じずにはいられなかったのだ。