「これといって進展なさそうだけど、本当にやる気あるの?」
俺の1週間のルーティンに新しく加わった櫛田との定期報告会。
堀北からは消耗品の如く都合よく使われているだけで好意の兆しは一向にない。むしろ、俺を使う事に一切の抵抗も躊躇も遠慮もなくなってきている。
これを打ち解けたと解釈するのは些か前向きが過ぎるだろう。事態は確実に悪化している。
「最初から無茶だったんだよ。全裸でマレニアに挑むようなものだ」
「付け焼き刃の装備で挑むくらいなら、裸の方が回避性能上がって戦いやすいから理に適ってるじゃん」
「無駄に博識で合理的な返しするの止めてくれないか?」
堀北の口撃の威力は鉄装備をも貫通して致命傷を与えてくる。
どうせ当たったら負けなんだ。櫛田の言う通り、堀北に挑む上で下手な小細工は逆効果だろう。
それにしても、どうしてこんなにゲームに詳しいんだ。#ゲーマー女子みたいな属性まで盛り込もうとしてるんだろうか。
「男子がk-pop聴き始めるのと同じ理由だよ」
「…納得だ。異性との会話のギャップを埋めるための努力だったんだな」
「必要経費だよね。上辺でヘラヘラして聞いててもいいんだけど、突っ込まれた時に気まずいから」
…これ、本当にいるんだよなぁ。
他人の愛想笑いを看破してマウント取って気持ちよくなってる承認欲求の化け物。
こういうタイプは人狼ゲームになると、場を仕切りだすんだ。
「まあ、中間テストが終わってもまだ雲行きが怪しかったら次の策を考えるよ」
「それについてなんだが、策ではないが考えがある」
「ふーん。聞くだけ聞いてあげる」
俺は机上の空論と言われても仕方ない計画を櫛田に伝えた。
彼女の顔からどんどんと血の気が引いていく。ドン引きってやつだ。
「…正気?」
「ああ、これが俺のやる気だ」
「フラグ回収うざ」
俺なりにやる気を示してみたんだがお気に召さなかったようだ。
それにしても歪めた顔さえも可愛いってのは反則技だよな。
「それに向けて一つ頼みたい事がある」
「図々しいというか図太いというか空気が読めないというか」
毅然とした態度で頼み事をしたのが駄目だったのか、ブツブツと小言が漏れる櫛田。
それでも断るつもりはないのだから、お人好しだ。
「―ってことなんだが…。いけるか?」
「…綾小路君って私の事好きだよね?分析されすぎてて気持ち悪いんだけど」
「まあ、嫌いじゃない」
「…狡い逃げ口上だね。てか、こんなのどうやって入手したわけ?」
「語れば長くなる」
「うわ、じゃあパスで」
…うん。
食い下がられるのも嫌だがあっさりと引き下がられるのもなんか違うな。あれ…俺って、もしかしてめんどくさい男?
結局、渋々といった様子で頼みを引き受けた櫛田だが、彼女なら無難にやり遂げてくれるだろう。
◆
話は2週間前に遡る。
俺は放課後に図書室へ行く途中、金髪の男の怪しげな取引現場を目撃した。背後に近づく影はない。
「先輩、約束のモノは用意できましたか?」
「……それが先輩に対する態度かよ」
「この学校は年功序列ではなく実力至上主義ですよ」
明らかに相手を小馬鹿にした態度。交渉の場では褒められたものではない。
それは、既に交渉の段階ではないという事を示していた。
「…ptが先だ」
「心配症ですね。俺がモノだけ貰って逃げるような溝鼠に見えますか?」
「…お前としても、この場はスマートに済ませたいんじゃないのか?」
「おっと、そうきましたか。最後の抵抗って奴ですね。いいっすね〜。その気迫に免じて、俺も先輩の顔を立てる事にしますよ。1年Aクラス橋本正義宛に送金リクエストを送ってください。Dクラスの……、あれ名前なんだっけ…?」
今にも下唇を噛み切る勢いで口を結んだ先輩はスマホを無言で取り出した。
その引き攣った顔を楽しむようにヘラヘラとしているのは橋本という男。中々の外道だ。
「…ブツは送ったぞ。もう、俺に話しかけてくるな」
「もしかして俺嫌われちゃった?1万ptも払ってやったのに恩知らずだなぁ〜」
そそくさと去っていく先輩の背中に毒を吐いて、取引は終了したようだ。
それにしても面白い。
プライベートポイントは生活を豊かにする為だけのものではなく、使い方は様々なようだ。
俺はリスクを承知で橋本に接触する事を決めた。
「手に入れたのは中間テストの過去問だろ?流石はAクラス。目ざといな」
背後からの声に肩を硬直させた橋本はゆっくりと振り返った。
余裕の表情を作るために時間を稼いでいたのがバレバレだ。
努力は認めるが、その努力を悟られる時点で二流だ。
「誰だ?お前。人のスマホを覗き見るなんて趣味が悪い。プライバシーの侵害だろ」
「言いがかりはよしてくれ、俺は橋本の身を案じて歩きスマホを注意してやろうと思っただけだ。親切心以外の何ものでもない」
煽り耐性の低い奴だ。
自分が煽られれば苦虫を噛み潰したような表情で唸るだけとは。堀北と対峙したら絶命するんじゃないか?
「気持ち悪い奴だな。さっさとどっかいけよ」
「言われなくてもそうするさ。今から学年中に過去問の存在をAクラスの橋本が親切に教えてくれたって言い回るつもりだったからな。親切に親切を返す。返報性の原理に忠実で助かる」
「…テメェ、喧嘩売ってんのか?」
さっきはあれだけ冷静だった人間も、イレギュラーへの対応力が欠如していれば頭に血が上るのもはやい。
Dクラスは地獄を見たが、Aクラスは依然としてぬるま湯に浸かっているのだ。
「腕に自信があるのか知らないが喧嘩っ早い奴だな。だが、この状況で本当に喧嘩になると思っているのか?」
彼がプロ顔負けの格闘技術を有してるとして、それを行使する事は誉められた行為とは言えない。
俺の記憶が消える訳でも、口を塞げる訳でもないからだ
俺が何者であるかも分からず、一方的に弱みだけを握られている状況の中、彼は対話で解決しなければならない。
俺が冷や水のような正論を浴びせたところで、彼は一つ溜息をついて平静を装った。
「…はっ、こんなもの遅かれ早かれ、一之瀬や龍園も辿り着く事さ。周知したいんだったらすればいい」
「坂柳もそうやって楽観的に考えてくれるといいな」
「……ッ‼︎」
Aクラスの坂柳・葛城。Bクラスの一之瀬。Cクラスの龍園。
どれも各クラスのリーダーとして台頭している有名人だ。一年生の中で知らない人を探す方が難しい。
「何が目的だ」
「その過去問を横流ししてくれればいい」
「…クソが。どのみち、お前のクラスには利用されるじゃねぇか」
「そうだな。だが、橋本の過失はなくなる。どうせクラスに貢献するなら自分の手柄にした方が都合が良いからな」
橋本が一番恐れているのは自分の過失が坂柳に伝わってしまう事だ。
逆に言えばそれ以外はどうだっていいだろう。他人のクラスが平均点を上げようが知ったことはない話だ。
「言っておくが、もし俺の過失が漏れたら容赦はしないからな」
「肝に銘じておこう」
俺は入手した過去問を見て確信する。
俺がかねてより描いていた計画の一手として十分な効力があることを。
◆
中間テスト当日。1限目は社会。
暗記科目は範囲が広いと格段に難易度が増すが、解答を知っていれば100点を取る事は赤子の手を捻るよりも簡単な教科だ。
俺は櫛田を使って、クラス中に過去問の解答をばら撒いた。
しかし、誰一人余裕を口に出したりする様子はない。それは何故か。
揃いも揃って『テストの解答を知っているのが自分だけだ』と櫛田によって思い込まされているからだ。
「堀北。もしもの話だ。クラスで一番の友人が学力に不安を抱えていて退学するかもしれない。堀北だったら、こんな状況でどこまで自分の成績を犠牲にできる?」
「愚問ね」
「承知の上だ。答えてくれ」
「…はぁ、面倒ね。合理的な判断をするなら貴方が入試と実力テストで取った点数が最大限の譲歩じゃないかしら」
平均点➗2=赤点の方程式である以上50点を取っていれば退学する事はあり得ない。
だからこそ、誰かを守るために自分の点数をわざと下げるとなればそこがギリギリのラインだ。
「問題用紙を配布する」
教師の合図で社会のテストが始まった。
堀北は俺の質問の意図が分からないと言った様子だったが、すぐに切り替えたようだ。
配布された問題用紙に目を通してすぐに分かる。過去問と一言一句違わず同じだ。
ペンを順調に走らせる音だけが響くこの空間が全員の高得点を示していた。
しかし…5限目の英語でアクシデントが発生する。
このアクシデントの発生も俺の予定調和だ。
「は?なんだよこれっ!」
「須藤。私語を慎め。次は問答無用で退場させる」
「……ッ‼︎」
声を上げたのは須藤だけだが、動揺しているのは他の彼らも同じことだった。
絶対の信頼を置いていた櫛田から渡された過去問。テストの内容がてんで違うものだったからだ。ここまで4教科の過程を経て疑うことすら忘れていただろう。
勉強不足の彼らにとっては、未知のダンジョンを初見でクリアしろと言われているようなものだった。
「終わった…」
そんな悲痛の声も虚しく時間は進んでいく。
テストが終わった頃の彼らは騒ぐ元気すら失い、意気消沈していた。
しかし、櫛田に恩を感じる事はあっても当たる事はできない。他4教科をクリアできたのは紛れもなく過去問のおかげだったからだ。
どこまでいっても、過去問の存在によって慢心していた自分のせいなのだ。
もう彼らにできる事は教師の採点ミスを祈る事くらいしかなかった。
◆
「赤点による退学処分を受ける生徒を発表する」
茶柱先生ははっきりと俺達にそう告げた。
各教科の成績が黒板に張り出されていく。
皆が固唾を飲んで英語の点数に注目してる中、堀北がある事実に気付いて俺の方を向いた。
しかし、それは俺が説明するまでもないことだ。
生徒に四の五の言う暇を与えず、茶柱先生が赤ペンで運命を分つラインが引いていく。
「英語のテストでは以下16名が退学。…そして―」
「…社会のテストでは平田。お前が退学だ」
クラスで冷静を保っている人間の方が少数派だった。
退学組の男子諸君の叫び。それを上から掻き消すほどの甲高い声。
泣き咽ぶ軽井沢は頭脳明晰な彼氏が退学するなんて夢にも思っていなかったのだろう。ビジュアルを取り繕う余裕もないようで、大粒の涙が化粧を崩していく。
「ふっふっふっ。哀れだねぇ。自己犠牲の末路は」
「高円寺君は黙ってて!!…って、なにこの点数…。先生!!」
「言っておくが採点ミスなどはあり得ない」
「で、でも……。こ、これは…」
軽井沢を宥めながら異常事態に気付いて必死に抗議しようとする篠原だが茶柱先生に取り合わない。
それもそのはず。高円寺の異質の点数が採点ミスなはずがないからだ。
教師は事実を伝える存在であって、事細かに説明をしてくれるチュートリアルおじさんではない。
『高円寺六助 500点』
100点満点中500点。
400点も上乗せされたこの点数に込められた意図と真実を知る者はこの場にいない。高円寺すらも俺と利害が一致しただけの協力者だ。
彼らは俺の動機も手段も方法も知る事はないまま学園を去っていく。
理由は想像力の欠如で十分。現代教育の敗北、リタイアである。
「ティーチャー。早く手続きを進めてくれたまえ。私は醜いものが嫌いなのでね」
「…次の授業は自習とする。全員ついてこい」
高円寺の不遜な態度より先に目の前の彼らを処理することが優先事項だと茶柱先生も判断した。
退学者の数が数なだけに、無駄な抵抗をする生徒達を連れ出す補助の教師まで教室に入室してくる。
まるで事件現場だ。
「ごめんね。皆。…軽井沢さんも。本当にごめん」
抵抗することなく茶柱先生と共に退室していく平田洋介の最後の言葉は謝罪だった。他人の為に生きる彼に相応しい最後を全うしたと言っていいだろう。
どうして彼があそこまで他人主体で生きる事にを貫いたのか。今となっては、その理由は迷宮入りした。
まあ、興味もないが…。
「…貴方は一体何をしたの」
歴史的に見れば、この学校で退学者が出る事はおかしな事じゃない。しかし、17人同時というのはあまりにも異例。
それもその全てが男子生徒となれば作為的な意図を感じずにはいられないだろう。
「平均点の底上げがお前からの依頼だったはずだが?」
「…勝手な行動は控えるようにとも言ったはずだわ。…やりすぎよ。そもそも―」
「堀北。口を慎んでくれ」
俺は興奮状態の彼女の口元に指を立てて黙らせておく。
疑問がアドレナリンに変化して、自分を制御できていない今の彼女は危険だ。
幸いなことに俺達のやり取りに誰も気付いていなかったが、この場で俺が平田を貶めた主犯格であると公言されるのは不本意だ。
そして、それは堀北にとっても同じ事。
『平田が退学したのは、彼が皆を思って点数を犠牲にしたせいである』
それがクラスの共通認識でなければならない。そこに疑念が生まれれば、このクラスは自然分裂する。
…まあ、もしも事実が漏れたとしてCクラスの龍園のように俺が恐怖政治を強いるのも一興かもしれないけどな。
17人も退学に追いやったという箔がついたところだし。
「堀北。次の自習フケるぞ。状況が状況だ。まともに勉強なんて出来やしない」
軽井沢は保健室に連れて行かれ、高円寺もいつの間にか退室している。茫然自失としている生徒も多い。
俺達が抜け出したとて何一つ問題はないのだ。
俺は彼女の返事を待たずに席を立った。
◆
高円寺六助。日本有数の財閥『高円寺コンツェルン』の跡取り息子。
財閥とは何か。それを退学していった須藤や池のような100年に一人の馬鹿にも分かりやすく説明するとすれば『とんでもないお金持ち』と表現するのが丸い。
例えば、日本一の財閥である二菱グループの経済力は日本のGDPの10%を占めるし、韓国で言えばGDPの75%は財閥が占めるという脅威的数字。
この学校がいくら実力至上主義を掲げたところで、資本主義の前では無力なのだ。
高円寺の持つ経済力はこの学校における正真正銘のバグだ。
デバッグされる前に有効活用しない手はない。
「橘先輩。3つ目の質問です。南雲先輩ってどんな人なんですか?」
「随分と毛色が変わりましたね。それに、南雲君と面識あるなんて意外です」
「どこかの先輩のお遣いがなければ会う事はなかったでしょうね」
「…あっ、その節は……」
俺はあの時から頭の中にぼんやりとした未来図があった。
経済力を武器に上級生を手玉に取っていた高円寺の噂と南雲先輩の圧倒的存在。
両者ともこの学校にとっては異物だ。そんな二人が噛み合えば、不可能を可能に変えてしまうような力を発揮する事が出来るんじゃないかと。
「先輩の偏った主観で構いません」
「…わ、分かりましたよ。言いますからっ」
俺を利用したツケはこれで返してもらった事にしてやろう。
涙目で口を割った橘先輩に対してそんな慈悲の心が芽生えた。
「会長の言葉を拝借するなら、南雲君は寂しい人だと思います」
「学の威を借る茜ですね」
「茶々入れるなら答えませんよ?」
「真面目に聞くのでお願いします」
「次はないですからね?…もうっ。会長を呼び捨てにするだなんて。私でも呼んだことないのに」
怒るポイントは本当にそこでいいのか?
ここは、慣用句をもじってディスった事にキレるとこでは…?
「南雲君は徒競走を一人で走ってるようなものだと、会長はおっしゃっていました。私もそう思います。彼はいつも張り合える相手を探しているんです」
俺が探し求めていた想像通りの人物像。
思わず笑みが漏れそうだった。
笑顔の習慣がない俺がそれをやると、電車で不気味にニヤニヤしてるやばい人の真似になりそうだからやらないが。
「どうして、いきなり南雲先輩の事が気になったんですか?」
「どうしてでしょう。南雲先輩がモテるからですかね?」
「なんですか。それ」
あどけなさが残る笑顔を見せた橘先輩に釣られるように俺も込み上げてきていた笑みを消化させておいた。
頭の中では平田洋介を退学させる為の道筋が組み上がっていた。
◆
「中々ユニークな思考回路だねぇ〜。綾小路ボーイ」
「俺を認知してたんだな」
「歴史に縁のある由緒正しい名さ。忘れるはずもない」
「高円寺の前では霞むけどな」
満足そうに含み笑いを返してきた高円寺を見て、掴みは微妙だったなと反省しておく。
彼が受動的要因で動かないというのは自明の理だ。
ここからは慎重に話す必要がある…と思った矢先だった。
「いいだろう。快諾しようじゃないか」
「相当な事を頼んでいる自覚はあるんだが、本当にいいのか?」
「心配ご無用。私はやると言えばやる。やらないと言えばやらない。この私が君の奇想天外の一手に2000万以上の価値があると認めたのだ。誇っていい」
「…流石の決断力だな」
「優柔不断な経営者の行き着く先は破滅さ。私は何よりも自分の直感を信じている」
自分のこめかみをトントンと叩いて不敵に笑った高円寺は俺と長話をするつもりはないようだ。
不言実行。男は背中で語るというが立ち去っていく彼の背中からは史を感じた。
高円寺の先祖が類稀なる経営戦略で今の社会的地位を確立するまでの変遷。彼もまたその一部であるという事。
底無しのカリスマ性だ。
◆
南雲を紹介はしたものの詳細は聞いていない。だが、俺は結果だけで満足だった。
高円寺は事実として2000万ptを集めて、茶柱先生から400点分を購入した。
1点5万円という価値が適正かどうかは判断がつかないが、テスト後の購入ではさらに割高になるらしい。得をしたと思うのが吉だろう。
「…過去問なんて存在していたのね。報連相が足りないんじゃなくて?」
「過去問なんて堀北には無用の長物だろ?」
ここは普段は人で賑わっている方の屋上だが、流石に俺達以外にサボりはいないようだ。
不服そうな目で見てくる堀北に俺は信頼してこその決断だということを念押ししておくと押し黙った。
今はそれよりもあの出鱈目な成績が問題としては大きい。
「でも、あの成績は過去問だけでは説明できないわ」
「社会の平均点が100点を超えたのは高円寺の400点と過去問という解答を堀北と平田以外の人間が持っていたから。英語のテストで退学者が大量に出たのは俺が櫛田を通じて渡した過去問が精巧に作られたフェイクだったからだ」
「…過去問を公開する範囲を個人によって制限したのね。公平性に欠ける手段だけど、それが周りに漏れなかったのは櫛田さんの手腕ということね。私が見えないところで色々やってくれるじゃない」
俺が堀北と平田を除く全員に配布したのは社会の過去問だけだ。
平均点92点(高円寺の400点を足して平均点が100を超える値)というラインをクリアするには1つの教科に集中してもらう必要があったからな。
だが、退学した男子達には5教科全ての過去問を渡した。
英語の過去問が落とし穴だと気づけない為のブラフの意味を込めて。
「一つ勘違いを解いておくが櫛田は協力者じゃないぞ。彼女にクラスメイトを退学させる片棒を担がせる真似は出来ないからな。都合がいいように利用したにすぎない」
「彼女が貴方に加担しているかどうかなんて瑣末な問題よ。まだ一番大事な事を聞かせてもらっていないわ」
「…大事なこと?」
高円寺の500点の絡繰りも過去問で成績を操作した事も明け透けに話した。これ以上何を話す事があるというのか。
「白々しいわよ。当初の目的は成績不振によって今後足手纏いになる可能性のある人間を切り捨てる事だったはず。平田君を排除して軽井沢さんや佐倉さん達を救済する予定はなかったわ」
「…なんだそんな事か」
「そんな事って―」
ここからなら、正門の方がよく見える。
俺は絶好のタイミングで出てきた彼らを指差すことで返答する。
相当暴れたのか口元はガムテープで塞がれて手足をロープで拘束されている拉致寸前のような須藤。
同じく暴れたんだろうが教師の鉄槌により伸びて気絶している池や山内。
その他諸々がぞろぞろと正門から去っていくところだった。
「俺は男が嫌いなんだ」
「…同感ね」
◆
「これで櫛田もストレスの種が減ったんじゃないか?」
「…そうだね。後は綾小路君も消えてくれれば万万歳かな」
「それは無理な相談だ。俺にはやるべき事がまだ残ってるからな」
「相対的にモテるだっけ?まあ、成功したんじゃない?ガリ勉とイキリ金髪相手なら根暗に軍配が上がるよ」
この学校はクラス間の垣根が高い。恋愛対象はクラス内に向くのが自然と言えるだろう。
俺が平田洋介を排除したのは言うまでもなく、俺の目的の障害だったからだ。
平田洋介はモテすぎてしまったのだ。
「でも、まさか本当にキモオタ御用達のラノベ設定みたいなる男女比率を実現しちゃうなんてね」
「…その通りなんだが、さっきから口が悪いぞ」
おかしいな。ストレスの種は無くなったはずなのに。
櫛田は呆れるように顔に手をやったと思えば、指の隙間から俺のことを見てきた。
今日の櫛田は何か変だ。右目でも疼くんだろうか…?
「…ねぇ、もしその設定なら私も攻略対象に入ってたりする?」
目が笑っていない。
だが、俺が真面目に答えたところで手を外して冗談でしたなんて言われれば今度は俺が顔を隠さなきゃならない。
恋愛経験の乏しい俺には難しい質問だった。
「もしそうなら、その台詞が恋の始まりだな」
「…つまんな。ここは勢い任せに告白してフラれるとこでしょ」
櫛田はおもむろにスマホを取り出して録音データを消す。
良かった。俺は二者択一を間違えなかったらしい。
「フラれる前提なのかよ」
「むしろ、私と付き合えると思ってるの?」
「付き合えない理由があるのか?」
「……ぇ?」
俺の返答がよほど意外だったのか、素で困惑する櫛田。
キョトン顔も可愛いだなんて、前世でどれだけ徳を積んだんだろうか。
「ほら、俺も櫛田もフリーだし。だってフリーってご自由にどうぞみたいな意味だろ?」
何かが折れた音が聞こえた。
それは彼女に白い目を向けられてダメージを負った俺の心かもしれないし、何かのフラグだったかもしれない。
◆
軽井沢 恵 3月8日 魚座
ルックス :A
スタイル :B
性格 :B
趣味 お洒落すること
好きなもの お菓子
嫌いなもの 勉強・運動
将来の夢 専業主婦
女子みたいな男子キャラの沖谷君は公式ブックと本編で名前が変わるくらい雑に扱われてるから残してやろうと思ったけどやめました。