綾小路は恋がしたい   作:Кудрявка

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#13 敵は己の中にあり

 

 

梅雨が明けて、本格的に季節が夏へと変わり始めた7月1日。

 

俺達のクラスポイントは変わらず0だった。

事実は小説よりも奇なりというが、永遠の0とは俺達の事かもしれない。

他のクラスはというと軒並み100pt近く伸ばしていた。その詳細は茶柱先生が包み隠さず明かしてくれた。

 

「例年、中間テストを退学者を出さずに乗り切ったクラスには100ptが支給される事になっている。…まあ、お前達には関係のない話だがな」

 

明日は我が身。基準に満たないと判断されれば居場所はなくなる事は逃げられない現実だ。

失ったものは大きくまだ傷が癒えていない者もちらほらいるが、自分の身を案じてる者の方が圧倒的に多い。

危機感を持つには十分すぎた出来事だったという事だ。

 

「期末テストには皆いなくなったりしてな」

「アヤノ・クリスティの陰謀ね」

「恐れ多いからやめてくれ。童謡には疎いんだ」

 

童謡に限らず、俺は音楽の知見が足りない。

俺が習ってきたのは楽器の扱い方や音楽概論であって曲自体じゃないからだ。

学問の領域にある芸術的なクラシックについては理解しているが、音楽の本質は理解じゃないだろう。

 

「生徒を退学させるリスクが明らかになった以上、身を切るような手段はもう取らせないわよ」

「この学校で初めての定期テスト。与えられた甘い環境。そこにつけ込んだ一度きりの地固めだ。心配しなくても次はないさ」

「私は貴方を疑ってるわ。累犯の確率は決して低いものじゃないもの」

「堀北のオーダー通り、平均点は実際あがっただろ。Cクラスは置き去りにして今やBクラスに並ぶ勢いだ」

 

約1ヶ月後の期末テストには中間テスト時のような裏技は用意されてないだろう。

これだけやっても本当の実力値でいえばまだBクラスには及ばない。だが、焦る必要はない。

平田が彼女達に残した基礎的な土台とまだ途切れていない危機感があれば赤点ラインをクリアできない生徒はいないからだ。

 

「不満があるなら助手とやらを解雇してくれて構わないぞ」

「貴方が楽になるだけの不当解雇をするつもりはないわ。部下の失敗は上司の責任よ。つまるところ、私の監督不行き届き」

 

自己主義と他責志向を極めた彼女にそんな思想があったとは驚きだ。

しかし、その丸すぎる態度には当然裏があり…

 

「これからは貴方を徹底的に監視するわ」

 

眉間に皺を寄せ、険のある顔付きでAppleの監視モード顔負けの束縛を宣言されるのであった。

 

 

 

 

支給されているスマホには連絡先を共有している相手と位置情報を共有する事が出来る機能があるらしい。

これを便利ととるか、プライベートの損失だととるかは人それぞれだろう。

俺はとりあえず、堀北に言われるがままにスマホを操作して設定で機能をオンにした。

 

これは余談だがこの機能は双方の合意の元成り立っているので、こちらからも堀北の位置情報を常に一覧できる事になる。

放課後になった今、見てみると彼女は既に寮に着いているようだった。

何という速さ。同じ帰宅部としては誇らしいまであった。

 

そして、そんな俺はというと…

 

「綾小路君。付き合ってくれてありがとうございます。女の子二人だと足を踏み入れにくい場所でしたので」

「それは構わないんだが、そろそろ目的地を訊いてもいいか?」

「残念ですが、それは着いてからのお楽しみです。ですよね?愛里さん」

「う、うん。まだ秘密…」

 

松下は別件があるという事で同席していないが、仲良しグループの仲は順調に深まっている。

特に佐倉とみーちゃんの二人は相性が良いのだろう。

いつの間にか名前で呼び合うようになり、手を繋いで歩く彼女達。俺がカプ厨なら黙ってはいられなかっただろう。

 

俺の乏しい経験則では女子二人で行きにくい場所というヒントでは場所の予想も立てられないので大人しく後を続く。

オタクが犇めき合うカードショップとか身の危険がありそうな満員電車くらいしか思いつかないが、その類の施設は俺の知る限り学校内に存在しない。

 

一体どこへ向かっているというのか…。

 

「お帰りなさいませ。ご主人様」

 

学校敷地内の中でも大半を占めるケヤキモール。

一般的に知られるアウトレットモールと酷似しているこの施設には平たく言えば何でもある。

映画館やゲーセンといったアミューズメント施設があればチェーン店から老舗の料理店まで枚挙にいとまがない。

 

だが、その中にメイドカフェまで取り揃えているとは思わなかった。

いや待て。そんなことより…

 

「何やってるんだ?松下」

「うわ。ハズレ客だ!こんなに必死で接客したのに何そのリアクション。そこは喜んでぐふぐふするとこでしょ?」

「舌を噛みそうな擬音だな」

 

俺の態度に不服そうな松下に俺達は席に案内されてメニュー表を渡された。

萌え萌えオムライス。るんるんカレー。キュンキュンくりーむそーだ。見てるだけで頭が痛くなりそうな単語の羅列。

思わず目を背けた先に、店員募集中の張り紙を見つけた。

 

…アルバイトか。確かに金策としては妥当な選択だ。

 

「私達は萌え萌えカレーにします。綾小路君は何にしますか?」

「…そうだな。じゃあ、このツンデレハンバーグで」

「あ、そういう事?ほんとはメイドが性癖ドストライクだけど、ツンデレだから無愛想な反応しちゃう的な?」

「断じて違う。俺はデフォルトで無愛想なんだよ」

「まあ、それもそっかー。では、少々お待ちください〜。ご主人様❤️」

 

渾身の自虐ネタを間髪入れずに肯定されたけど悲しくなんてないんだからねっ!!

松下メイドが慣れた足取りで厨房へと下がっていき、ようやく落ち着いたところで俺は店内の雰囲気を改めて確認する。

 

今じゃ、コンセプトカフェなんてものが巷で大流行しているが、あんなものは家系ラーメンのインスパイアみたいなものだ。

メイドカフェこそが原点にして頂点。

 

王道ともいえる白と黒のコントラストが映える衣装は普遍的な美しさがある。

しかし、それはキャストの魅力が問われる勝負社会の象徴でもあった。

フリフリのフリルやピンクゴリ押しの衣装とは違い、シンプルな故に誤魔化しが効かないのだ。

 

…その点、松下は問題なさそうだ。

冷静に分析をする俺とは違い、恍惚とした表情で世界観に酔いしれている二人を見て気になったことを聞いてみた。

 

「二人は働かないのか?」

「む、む、無理だよっ。私なんて。だってあの衣装なんて胸元が…」

「…悲しいですが、右に同意です」

「そうか。それは残念だな」

「「…え?それって…」」

 

松下も一人で働くより、仲の良い二人と一緒に働けた方が楽しいだろう。

それにアルバイトという経験は二人にとってもプラスになる要素の方が多い。特に佐倉にとっては人見知りを治すための機会でもある。

 

二人が目を見合わせてるのを見て、俺の説明が言葉足らずで伝わっていない事を察した直後…

 

『随分と楽しんでいるようね。ご主人様』

 

机に置いていた俺のスマホが鳴り、一件のメッセージが表示される。

便利だと思いホーム画面でメッセージ内容がすぐ確認できるような設定していたのが仇となった。

二人にも堀北からのメッセージが見えてしまったのだ。

 

「…え?ほ、堀北さん?」

「しかも、ご主人様って…」

 

ここに到着するまで、俺ですらメイド喫茶の事を知らされていなかった。

堀北が俺の居場所を把握している事は不自然な現象だ。

 

「さぁ、何だろうな。あいつの勘違いだろ」

 

二人の不審の目が刺さるように痛い。

苦しい言い訳なのは重々承知。しかし、位置情報を俺達が共有している事を明かすのもまずい。

俺を堀北が監視しなければならない状況というものに説明がつかないからだ。

 

『連絡を返す余裕もないのね。…仕方ないわね。非モテの綾小路君にとってメイドとのおしゃべりは垂涎物だもの。独身のアラサーが自分の事を無条件に愛してくれる犬を飼い出すのと同じ原理ね』

 

(メイド喫茶はそんなキャバクラみたいなシステムじゃねぇし、独身アラサーの茶柱先生に謝れ!!!)

 

「も、もしかして、堀北さんもこの店のどっかにいるんじゃ…」

「私もそう思います。ここまで事細かに状況を把握されているのはそれ以外に説明がつかないです」

「ソロメイドカフェ……。さすが、堀北さん……」

 

…助かった。

二人は予想の斜め上の答えを導き出して、恐る恐る店内をキョロキョロと見渡し始めた。

そして、さらなる助け舟。松下が出来た料理を持ってこちらに向かってきたのだ。

 

「もう、二人とも何キョロキョロしてるの?…ま、緊張してられるのも今のうちだけだからね。今から一緒に萌え萌えカレーに美味しくなるおまじないかけてもらうから」

「えっ…い、一緒に?」

「当たり前じゃん。私にだけ恥ずかしい思いさせるつもり?」

「旅は道連れ、世は情け。私、やります」

 

おろおろとしている佐倉とは違い、みーちゃんは意気込んでいる様子だ。

…そういえば、メイドカフェは日本発祥の文化だったな。

みーちゃんが亭三馬の言葉を引用して恥を殺しているのは中々に面白い図だった。

 

松下は俺に聞こえないように二人に耳打ちする。おまじないの言葉とやらを伝授しているのだ。

あわあわとしている佐倉だが始まってしまえば付き従うしかないだろう。

 

「じゃあ、いくよ?せーの」

 

「「「美味しくなーれ、美味しくなーれ。萌え萌えキュンッ」」」

 

……何で俺に向かってやってるんだよ。運ばれてきたカレーが可哀想だろ。

いや…そんな事よりも……、可愛い……

 

「…ぐふっ」

 

松下のご要望通りかつ堀北のメッセージ通りのリアクションを俺は披露した。

 

 

 

 

季節の移り変わるように、俺達も日々変化を重ねていく。

松下がアルバイトを始めたり、椎名が茶道文化検定の取得に向けて勉強すると言い、図書室に全く顔を出さなくなったり。

 

ちなみに茶道文化検定1級は合格率が5%を下回る超難問だ。

検定には珍しい記述式問題が採用されているのもミソだろう。

 

「ずっと気になってたんだけど、この茶髪って地毛?高校デビューで染めたとかじゃなくて?」

「生まれつきだな。遺伝かと言われれば微妙なとこだが、メラニン色素が少ない体質なのは確かだ」

 

俺は自分の瞳を指差す。日本人の多くが茶色をベースとした瞳だが、俺はその中でも黒の割合が少ないタイプだ。

鏡越しにまじまじと俺の顔を見た櫛田は、『確かに、カラコン入れてるみたいだね』と呟いた。

 

「顔はどうしようもないとして、髪型くらいはかっこよくしなきゃね」

「それは酷いという意味じゃなくて手の施しようがないって意味だよな?そうだよな?」

「うーん、どうかな〜?」

 

表と裏の割合が5:5くらいの櫛田が意地の悪い顔でヘアアイロンを起動する。

悪意に振り切るでもなく、善意の皮を被る訳でもないこの黄金比率が素の櫛田なんだろう。

表向きの櫛田と裏の櫛田は素を守るための防衛本能が働いた結果、生み出された人格だ。

 

「まあ、表情を抜きにすれば綾小路君はイケメンランキング5位……じゃなかった。繰り上げで3位くらいだから安心しなよ」

 

信憑性に欠ける不穏なランキングだな…。

しかも平田がいなくなって繰り上げというのも不戦勝みたいで誇れるものじゃない。まあ、これは俺の目論見通りではあるんだが…。

 

因みに今の俺の状況を説明しておくと、櫛田の部屋のドレッサーの前に座らされている。

この機能性抜群のドレッサーは退学していった彼らのうちの誰かが残した遺産だ。

 

「どうする?今日はマッシュにしてみる?」

「待て、マッシュってあれだろ?堀北会長や南雲先輩みたいなやつだろ?…正直気が進まないんだが」

「まあ確かに王道ってのも面白くないか。それに綾小路君がいきなりマッシュで学校行くと根暗が気を引くために必死にイメチェンしたみたいになるし」

 

マッシュ逃れられたのはいいが、理由が嬉しくなさすぎる件について。

複雑な気持ちだったが、無駄に抵抗するのは話の流れを戻す気がしてやめておく。

 

「それにセンターパート前提でカットしちゃってるから、マッシュにすると分け目が目立っちゃうしね」

「だから、最初からそういう傷つかない理由にしてくれない?」

「どっちも本心だから、最後にマシな理由持ってきてあげたんだよ。むしろ感謝してよね」

 

下げてから上げるとか毛利小五郎かよ…。

櫛田はヘアオイルを馴染ませた手で俺の髪の毛を乱雑に揉みくしゃにしていく。

こいつ、自分の髪の毛じゃないからって適当に扱ってないか…?

 

「センターパートで大事なのは前髪の立ち上げと後ろに流れる毛流れ。これ覚えて帰ってね」

「…なんか詳しくなってないか?」

「女の子の夢だよね。ヘア練習用のマネキンで好き勝手するの」

「…不穏すぎる冗談言うのやめてもらっていいか?」

 

顔は笑っているのに目が笑っていない。

経験上、そんな櫛田の言葉は2種類に分けられる。笑えない本音か笑えない冗談かだ。

頼むから後者であって欲しい願いを込めて、俺は目を瞑って全てを任せることにした。

 

「それじゃ、まずはリバースカールいれてナチュナルな毛流れを作ってくね」

 

櫛田は自分磨きに余念のない女の子だ。

ダッカールで髪を分けるのは勿論、ヘアアイロンの手捌きも一流。まるで美容室に来ている気分だった。

これは安心して身を預けれそう―

 

「あつっ!!!」

「これ、明日から自分でやるんだからね?ちゃんと見ててくんない?」

 

毎度の如く、櫛田に介護して垢抜けさせてもらう訳にはいかない。

そんな自覚はあったはずなのに、全幅の信頼をおける技術を見て完全に任せてしまっていた。

彼女が怒りで手元が狂うのは仕方のないことだ。

むしろ、頭皮の1度熱傷で済んだことを喜ぶべきかもしれない。

 

「悪い、心地良くてつい…。技術を全部盗むつもりで見るから2度は勘弁してくれ」

「…は?2度って何?アイロンは160度だけど?」

 

目には目を。歯には歯を。専門用語には専門用語を。

櫛田の豊富な美容知識に対抗して、無意識に医学用語を使ってしまっていた。

良くない傾向だ。俺は別に知識をひけらかす為にホワイトルームで学んできた訳じゃない。

 

「アイロンは160度。リバースは中間毛先から先を手首を返して外巻き。なるほど。だんだん分かってきたぞ」

「分かりやすく話逸らすね。まあ、興味ないからいいんだけどさ」

 

俺のメモを取る姿勢が講じて何とかスルーしてもらえたようだ。

しかし、技術を盗むのはいいが他人にやるのと自分にやるのとでは大きな違いだろう。

俺は脳内で彼女の動きを変換してシミュレーションを重ねていく。

後は出来上がったフォルムから逆算すれば再現性を持たせる事が可能だ。

 

「はい完成。綾小路君は逆三角形型だから、シャープなアウトラインを緩和できるようにトップは抑えめでサイドのボリュームを持たせた方が綺麗に見えるね。後は襟足がセミウルフくらい長ければさらにシルエットが整うかな」

 

毛量を抑えて清潔感を出す為にサイドと襟足を脳死で刈り上げてたんだが、安直だった。

髪の毛が長さも毛量もこういうヘアセット技術があれば清潔感のある髪型へと変化する。

むしろ、難しい技術が要求される髪型で清潔感を出すことが出来れば安直な髪型よりさらに好印象だろう。

ヘアケアを欠かさない女子達には弛まぬ努力が透けて見えるからだ。

 

「櫛田。俺のヘアセットを毎朝やってくれ」

「典型的なプロポーズのセリフに因んで、怠惰を押し付けてこないでくれる?」

 

…中々、天啓的な案だと思ったがお見通しだったようだ。

しかし、この完成度は一朝一夕では出来なさそうだ。

 

そんな俺の心の声にすら聞き耳を立てていた櫛田はジェルを手にたんまり乗せて、あろう事か俺の完璧なヘアセットをぐちゃぐちゃにしてしまった。

 

「はい、これで振り出し〜。さっさと髪洗ってきて次は自分でやってみて。後ろから見ててあげるから」

 

最近、櫛田という人間が分からない。

本性を知られてなお、俺にここまで優しくしてくれる理由があの時語られた企みだけとは到底思えない。

だが、それでも一つ分かることがある。

 

寝起きの折木奉太郎みたいな髪型になった俺を見て嬉しそうに笑う櫛田が櫛田史上1番可愛いということくらいは。

 

 

 

 

「ね、ねぇ、最近綾小路君カッコよくない?」

「マジそれな!ビジュ爆発してるし何気に優しいし」

「うんうん。勉強もさらっとできちゃうのもいいよね。…軽井沢さんもそう思うでしょ?」

「……そうだね」

 

あの日からも櫛田コーチの元、俺は自分磨きを毎日実践している。

SNSに蔓延る胡散臭いメンズコーチと違い女子目線で実践的にモテる髪型や服装を指南されているのだから、自ずと結果はついてきた。

 

彼女達のヒソヒソ話の内容は聞こえなかったが、向けられる視線は好奇ではなく好意だ。

これはかつての平田洋介が向けられていたものだったからすぐに分かった。

 

「おはようございます。綾小路君」

「お、おはよ…」

「二人とも今日も朝から勉強熱心だな」

 

期末テストまであと2週間と少し。

みーちゃんの指導にも熱が入っていた。朝が弱いらしく瞼が重そうな佐倉も教科書に必死に齧り付いていた。

真面目な佐倉がこれまで勉強が出来なかったのは一緒に歩んでくれる友達がいなかったからだ。

みーちゃんはそれを本能で理解しているのかもしれない。

 

「昨日の夜の復習を朝にする事で記憶が定着しやすいですから」

 

脳のメカニズムも勉強法に取り込んでいるとは恐れ入った。

二人の勉強会で成長しているのは佐倉だけじゃないという事だ。みーちゃんもぐんぐん指導力を伸ばしている。

 

「俺も混ぜてもらっていいか?」

「…綾小路君。雰囲気が変わりましたね。いつもなら『頑張れよ』って言って立ち去っていくのに」

 

言われてはっとする。俺は自然と彼女達に対して力になってやろうとしていた。

二人の熱に当てられて素直に応援したくなったというのも理由だが、多分そこは本質じゃない。

 

自分に自信がついたんだ。

 

櫛田が俺に具体的な指示を出さなくなり、俺を磨くことに注力していたのは、俺に自信を付けさせて行動理念の変化の誘発を待っていたからなのかもしれない。

 

「邪魔になるような事はしない」

「いえ、そういう事じゃありません。嬉しくて言ったんですよ。綾小路君なら大歓迎です」

H He Li Be   B C N O F Ne(水兵リーベ、僕の船)…」

 

謎の詠唱をしながら元素記号をつらつらと白紙の紙に書き連ねながら、佐倉もコクコクと頷いた。

佐倉は教科書を何も見ずにそのまま変な歌を歌いながら、元素周期表を完成させた。

…なるほど。その暗号のような歌は語呂合わせか。みーちゃんには作曲の才能もあるらしい。

 

「パーフェクトです。では、次は化学反応式にいきましょう」

「うんっ」

 

みーちゃんのokサインを見て、顔を綻ばせた佐倉のやる気は十分のようだ。

…もしかしなくても、俺は必要ないのでは?

 

そんな風に思わなくもないが、隣で俺が勉強しているだけで集中力を増す空間を作ることができるはずだ。

佐倉に必要なのは本人の意思ではなく環境なのだ。

 

 

 

 

「色気付いたわね」

「…褒め言葉として受け取っておく」

「思考がお花畑なのも困ったものね。皮肉が通用しないのだもの。どうせ推しのメイドの尻でも追いかけてるんでしょう?いえ、尻ではなく尻尾かしら?」

「サイヤ人じゃねぇんだから尻尾なんかついてねぇよ。それに、俺が推し活するようななりに見えるのか?」

 

櫛田に植えてもらった美意識による身なりの変化は自分が思うよりも大きなものだったらしい。

俺に興味関心のなさそうな堀北ですら気付いてしまうとは。

 

「…確かにそうね。冷静に考えて、死んだ魚のような目をした貴方を店側が通報しないのは不自然ね」

「そんな不当な理由で通報されてたまるか。餓鬼の悪戯より意図が明確な分酷いぞ」

「まあ、いいわ。貴方の性癖に干渉したくないもの。学生の本分を疎かにせず余計な事をしていないのなら何をしてくれても貴方の自由よ」

「その点は問題ない」

 

もう俺には余計な事どころか必要な事すらするつもりはないからだ。

勉強が出来るキャラ付けをしてしまった以上、定期テストで高得点を取る必要はあるがそんなのは造作もない事だ。

 

しかし…

 

「中間テスト全教科満点の人は言うことが違うわね。ここは一つ、期末テストで私と総合点で勝負するというのはどうかしら?」

 

過去問の存在を知っている堀北は俺の実力というものに懐疑的だ。

俺の確固たる実力を証明して、格付けをする必要がある。

 

堀北の言いなりにならない為にも。

 

「いい提案だが面白味に欠けるな」

「怖気付いたわね。結局はその程度の自信でしょう?」

「勘違いするな。勝負事には賭けが付き物だろうという話だ」

 

俺の鼻に付くような宣言に堀北は分かりやすく苛立つ。

堀北の義務教育で付けてきた(合法的な)自信と俺のホワイトルームで付けさせられた(違法的な)自信。

 

どっちが上かを競う勝負が確約されるのに十分な反応だった。

 

 

 





リーベってドイツ語で愛してるって意味だと恩師が教えてくれたのだけ覚えてる
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