無人島生活4日目が始まった。
思い返してみても昨日は大波乱の一日だった。
中でも、俺が主流のボクサーパンツではなく通気性を重視したトランクスを愛着していると女子達に知れ渡った事は悔やんでも悔やみきれない。
何か大事な物を失ってしまった事への悔恨からか、眠れないでいると茶柱先生から呼び出しを食らった。
深夜0時を回った真夏の夜に、女教師が一人巣食うテントにお呼ばれ。
男子高校生の淫夢に出てきそうなシチュに俺は心が躍った。
「何故呼び出されたか分かってるな?」
「男と女が一つ屋根の下でする事なんて一つしかありません。体は清めてきました。ささやかなものではございますがこれは挨拶の品です」
俺は礼節を弁えて、両手で白くてドロっとした液体もとい日焼け止めを差し出す。
怒りを表すかのようにバシッと乱暴にそれを取った茶柱先生は同じ質問を繰り返す。
「何故呼び出されたか分かってるな?」
「…記憶にございません」
「都合のいい海馬だな。政治家にでもなるつもりか?」
茶柱先生はすぐそばにあった紙を拾い上げて俺の眼前に叩きつけた。
『預かっていた物をお返しいたします。櫛田の鞄の中に納めておきました。白日の元に晒され衆目を浴びる前に回収しないとクールなイメージは損なわれることでしょう』
筆跡が特定できないように崩した文体でそう綴られていた。
文才もさることながら、これを書いた人間は中々の知能犯ではないだろうか。
「もしかして、俺が犯罪の片棒を担がせた事を根に持ってるんですか?」
俺は昨日の深夜に櫛田桔梗の下着を幸村の鞄に、茶柱先生の下着は櫛田の鞄へと仕込んだ。
櫛田をチョイスしたのは茶柱先生の下着のサイズと色が酷似していたためだ。
狙い通りに櫛田は茶柱先生の下着を自分のものだと誤認した。
そして、茶柱先生がそれを回収する事で俺の犯行を完璧なものへと変えてしまったのだ。
「共犯ですよ。今更、茶柱先生に言い逃れは出来ません」
「…今回は件はおいたがすぎる」
「笑わせないでください。茶柱先生」
と、言いつつも彼女の目に映る俺の表情はいつもと同じく淡々と粛々としている。
笑顔っていうのは難しいな。
「貴方の選んだ選択肢でしょう?」
さっきまでは俺の罪の告白。
そして、ここからは茶柱先生の罪の告白になる。
茶柱先生は例の事件が発覚した時、究極の2択に迫られた。
真犯人の俺と事件に関与していた自分を正当に裁き、俺と共に学校去る意味で心中するか。
俺の筋書きに則り幸村を不当に退学させ、俺と共にAクラスの悲願達成に向かい心中するか。
「痺れましたよ。貴方の異常なまでの執意には」
彼女の天秤は初めから壊れていた。
どちらかに傾くかを運否天賦に委ねた訳ではなく最初から出来レースだったのだ。
「『俺の退学に俺の意思は関係ない』つまり、貴方は判断一つで生徒一人くらい簡単に消せると俺に宣言したんです」
「……私はまた試されたって訳か。こんな私にまだ選択肢を与えてくるなんて皮肉もいいところだな…」
「俺としては茶柱先生の話が懐疑的でしたからね。ですが、今回の件で確信しましたよ。貴方ならあの白い液体の成分が調べられようが記録を改竄し、幸村のGPSの位置情報すらも捏造してしまうと」
社会的地位。公平性。公正性。遵法精神。倫理。道徳。
森羅万象に勝り上書きして余るほどのAクラスへの執念。
教師失格?いや、生温い。彼女は人間失格だ。
そして、俺もまた有機物で作られただけの無機質な存在。
俺と彼女が出会う事は、神様が決めた必然だったのかもしれない。
「…私はまた選択を間違えたということか」
「卑屈な自己採点ですね。俺が今、貴方の隣にいる事実が唯一無二の解答ですよ」
過去に思いを馳せ現実逃避しようとする茶柱先生を俺は言葉で縫い止める。
ここまでの事を共にしておいて途中で投げ出すことなど許されるわけがない。
「俺が幸村を手引きしたのは、悪魔の取引との代償でもありました。つまり、高円寺によって積み重なっていくボーナスポイントを得るためには必要な犠牲だったわけです」
昨日の朝4時。俺は拠点周辺のスポットで高円寺に会っている。
彼は点呼の時間に更新時間を合わせることでスポットを軒並み独占していた。
そして、その想像を上回る成果は担任である茶柱先生も把握しているはずだ。
しかし、それは彼の気まぐれ一つで消えてしまう泡沫の夢。
「クラスメイト一人を退学させて得るには釣り合うポイント。そうは思いませんか?」
目から鱗が落ちる。
もし、語源である新約聖書がこの世に浸透していなかったら大きく目を見開いた彼女を前にした俺がその慣用句の第一人者になっていたに違いない。
核心をついて致命傷を負わせた感覚が強く手に残っていた。
「………お、お前は私の過去を知っているのか?」
「俺が知っている訳ないでしょう?少し考えれば分かるはずです」
飄々とした態度で突き放した俺を不可思議な現状を目の当たりにしてるかのような目で見る茶柱先生。
しかし、それは鏡だ。
俺もまた茶柱先生の存在を不思議に感じている。
教師も人間も失格な彼女が最も人間らしい感情に取り憑かれているからだ。
「お前は一体何者……これは愚問だったな」
「そうですね。俺は俺です」
「ふっ、そこは最悪の不良品と言うところだろう」
「期待ハズレでしたか?」
「いいや、期待通りだ」
茶柱先生は俺を利用し、俺もまた茶柱先生を利用する。
愚の永久機関は、Aクラスへと向けて進み始めた。
幸村輝彦はその最初の薪だった。
その末路は白い灰か黒い墨か。
そのどちらにせよ、彼がこの学校から姿を消した事だけは揺るぎない真実だ。
◆
右手に茶柱。左手に高円寺。
呪いの剣と諸刃の剣の2刀流。
俺はこの学校に恋愛をしにきたはずなのに、ラスボスでも討伐しにいくのかという随分と攻めた装備になってしまっている。
「きよぽん。ちょっといいかな?」
装備更新後に俺と初めて相対したのはラスボスではなく長谷部だった。
……いや、ラスボス級ではあるんだけどな。(どことは言わない)
人のことを言えた身ではないが、長谷部から自発的に俺に声をかけてくるとは珍しい。
何か大事な用があると見るのが賢明だろう。
「なら少し場所を変えるか」
「…ん。ありがと。助かる」
基本的に目立つ事を嫌う彼女を慮り、俺達はベースキャンプから少し離れた場所にある大木の陰まで移動した。
人の目からだけでなく夏の暑さからも逃げられる避暑地。
ここは落ち着いた話をするに適した場所だろう。
「もしかして、何かトラブルでもあったのか?」
「……トラブルって言うべきなのかな。ちょっと言いづらいんだけど………」
ここに来て歯切れの悪さを見せた長谷部の態度を見て、無視はできないと判断する。
人数が減ったDクラスでは、狭い交友関係の人間は浮き彫りになる。
幸村がいなくなった今、彼女が気兼ねなく話せるのは松下と俺と堀北の3人だけ。
しかも、堀北は無駄な付き合いを嫌うし、俺や松下はクラスの中でも交友関係が広く話しかけずらいだろう。
ここは少し無理をしてでも聞き出して解決に導くべきだ。
もしかしたら、下着が盗まれているかもしれないしな!!
「長谷部、困っているなら話してくれ。些細な事でも構わないんだ」
「……いや、でもやっぱり―」
「中間テストの時、堀北のただの奴隷だった俺とは違う。今ならきっと力になれると思う」
長谷部は俺の変遷を間近で見てきた一人だ。
俺は日陰者から一転、今やクラスを牽引するリーダーに成長した。
「まあ、そこまで言ってくれるなら言うんだけどさ…」
「ああ。なんでも言ってくれ」
「実は私、今日、女の子の日なんだよね」
頭の中で長谷部の言葉が何度も何度もリフレインする。
理解が追いつかない脳が処理落ちしたのである。
このまま、不正なツールを検知して赤い画面が視界覆うような勢いだ。
だって、目の前の彼女は同級生の中でも飛び抜けて女性的だ。(どことは言わない)
そんな長谷部に男の日があるなんて到底思えなかったのだ。
「……それって映画が1割引きで鑑賞できるあれか?」
「今日は水曜日じゃないし」
「……だよな。…悪いんだがもう少し具体的に教えてくれないか」
「…え?まじ……?知らない感じ……?」
「申し訳ない…」
協力する事を自ら申し出たのに、何とも情けない気持ちだった。
俺が頭を下げて謝ると誠意が伝わったのか、長谷部は顔を背けてボソボソと説明してくれた。
(……何だそういうことか)
ホワイトルーム。教育の敗北である。
歴史的背景や生物学的な知識としてあったそれが一般的に女の子の日と呼ぶなんて知らなかった。
「何というか…説明させてすまなかった」
「……別にいいし、男子がそういうの知らないのも仕方ないと思う。私だって昨日のアレ知らなかったし…」
元々俺にこの相談を持ちかけようとしていた時点で彼女の腹は決まっていたのだろう。
顔を赤らめて恥ずかしそうにしているが、俺に対する怒りは見受けられなかった。
何だか論点がズレて墓穴を掘りそうな話題になりそうだったので俺はこほんと一つ咳払いをした。
「そういうことなら、今日は休んでもらっていいぞ」
「…んー、心遣いは有難いんだけどそこまで重い日でもないんだよね。あ、重いってのは痛みが伴ったり、動くのが辛いほどの症状はないって事ね?」
「……こちらこそ心遣いありがとう」
冷静に補足してきた長谷部は少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺が見せた間抜けな一面につけ込んできた。
それだけの元気があるという証拠だろう。
そして、長谷部が休みたくないのは目立ちたくない性格の表れでもある。
出来る事なら隠し通して事なきを得たいという気持ちはあるはずだ。
「…なら、俺のサポートに回るか?食糧や薪を調達するより体力を使う事はない」
「え、いいの?付き纏う感じになっちゃわない?」
「むしろ歓迎だ。ずっと一人でいると気も滅入ってくるしな」
「……綾小路君もそういうの思うんだね。なら、お邪魔させてもらおうかな」
長谷部は堀北と違い好んで孤独でいるわけではない。
今はまだ、一人でいるより楽に感じる友達が見つけられていないだけ。
だからこそ、ホルモンバランスの乱れと孤独で向き合うには少し心細いだろう。
そんな感情に同調してやれば、彼女の心を開かせるのは難しくない。
◆
「今日は未開拓の南東方面を探索しようと思う。軽い散歩みたいなものだが出来そうか?」
「それは全然余裕なんだけどさ、いつの間にこんなに地図埋めたの?」
「一昨日だな。他クラスのベースキャンプと探索した範囲にあったスポットの位置は一応別紙にメモしてある」
「…すごすぎでしょ。これ一人でやったの?」
俺が頷くと長谷部が感嘆の声をあげた。
苦じゃないどころか楽しんでやってたくらいで、褒められるものでもないんだがな。
「二人で迷子になったらどうしようとか一瞬思ったけど心配いらなそうだね」
「ああ。方向感覚には自信がある。任せてくれ」
地図や方位磁針なんてなくても、太陽の位置を見るだけで自分の現在地と照合できる。
雲1つない今日のような快晴では迷子になる方が難しい。
俺は長谷部に地図のマッピングを一任して出発した。
ただ単に俺に同行させるのではなく、簡単すぎず難しすぎず役に立っているという実感を得る仕事を与えておくのがミソだ。
俺は先行して道を切り開き、彼女をリードしていく。
「段差や何かを跨ぐ時は少し大袈裟なくらい膝を上げた方がいいぞ」
「う、うん。わかった」
「水分補給もこまめにな。喉の乾きを感じてからでは遅い」
「了解。早めに飲む事にするよ」
彼女の足取りはとても経験者とはほど遠く、危なっかしい。
その上、体調が万全でない事も知ってしまった。
過保護すぎる気もしなくはないが、長谷部がそれを嫌がる様子は今のところない。
むしろその逆、俺の細やかな気遣いに感心してる様子すらあった。
「…きよぽん、ほんと変わったよね」
「俺としてはあまり実感はないんだけどな。でも、きっかけがあるとすれば目的が明確になった事かもな」
「目的かぁ…。もしかして、好きな人でも出来たりした?」
踏み込んだ質問だ。
しかし、そこはまだ俺にとって未踏の領域。
白紙の地図と同じだ。そこには何があるか分からない。もしかしたら何もないかもしれない。
「……そんな訳でもなさそうだね」
「どうしてそう思うんだ?」
「このタイミングで無言って図星か的外れかのどっちかでしょ?反応的に後者かなって」
「いい推理だな。正解だ。俺はまだ、他人を好きになる段階ではないと思ってるんだ」
好きだという感情が芽生えるのはいつだって物事の最終段階だ。
上辺の性格や飾られた容姿に目が引かれる事はあっても心は惹かれないから。
「……なんか安心したよ。見た目が格好良くなったり、優しく振る舞うようになってもきよぽんはきよぽんだね」
性格や容姿は変えれても、根源にある人格は変えれない。
俺はそれを脳の可塑性と人間の持つ恒常性の因果関係から理解をしている。
しかし、長谷部はそれを言語や理屈ではなく感覚で捉えているようだ。
それは多分、俺と長谷部の根底部分に似通った部分があるからだろう。
根暗で孤独体質。その癖、自己主張は強く曲がらない芯を備えている。
「年齢を重ねても立場が変わっても、俺達は同じ釜の飯を食った仲間だ。あの時と同じように話しかけてくれると嬉しい」
「うん。なんかこれで気兼ねなく話せる気がするよ」
彼女からすれば、身近にいた友人が有名人になって自分だけ置いてかれたような気分だったのかもな。
ラノベや少女漫画でよくあるやつだ。
兎も角、少し離れつつあった俺達の距離が一気に縮まったのは気のせいではないだろう。
「ここから先は道幅が狭くなりそうだ。足元と前方にはくれぐれも注意してくれ」
「はーい。てか、きよぽん慣れてるよね。アウトドア経験者だったりする?」
「この特別試験を除けば未経験だ。一昨日、探索した時に蜘蛛の巣に顔から突っ込んだ経験談からの忠告だ」
「うわぁ、無理無理。想像するだけでキモい」
長谷部は力強く俺の忠告に頷いて、俺の背中を盾にするようにピッタリくっついて付いてきた。
俺と近い距離感で過ごすことより虫への抵抗が遥かに上のようだ。
というか、視認できていないだけで茂みの中には無数の虫が存在している。
雑談に夢中になっていたせいで、そんな当たり前を失念していたのだろう。
長谷部は警戒心を張り巡らせてキョロキョロとし始めた。
「気持ちは痛いほど分かるが、あと1歩だけ離れてくれないか?」
「無理無理!!!一応宣言しとくけど、私、マイクラの蜘蛛ですら無理だからね!?」
節足動物を不快に感じる気持ちも痛いほど分かるが、ゲームのテクスチャでも駄目とは中々の重傷だ。
俺は彼女のように恐怖を感じるわけではないが、感触やビジュアルがどうにも受け付けないんだよな。
動物愛護団体やヴィーガンも「蜘蛛は益虫だから殺さない」なんて理屈には首を縦には振れないだろう。
(しかし、困ったな……)
この距離では急に俺が立ち止まるだけで追突事後が起きてしまう。
機能性抜群のエアバッグが搭載されている長谷部が怪我をするリスクは限りなく低いが、二次被害が発生し、せっかく縮まった心の距離が離れてしまうリスクがある。
この距離が生命線だと言わんばかりに一歩も譲らない姿勢を見せる長谷部。
そんな彼女への打開策を思案していると、俺は触覚は明らかな異物を検知した。
「…ど、どうしたの?いきなり黙りこくって―」
「気配がする」
「ちょ、やめてよね。私そういうの絶対無理だからね!?」
「恐らくあの茂みの奥だな」
「あぁーー!!!もう無理!!!!」
張り上げた声が耳に届くよりも先に、質量過剰な物体が背中に張り付いてきた。
恐怖の許容値が大幅に超えた長谷部が抱きついてきたのだ。
「お、おい」
「無理無理無理無理無理無理無理」
長谷部は俺を締め殺す勢いで拘束し、背中に頭を擦り付けてくる。
泣きぐずる子供のような挙動も高校生がやれば中々の威力。
それも、長谷部がやれば界王様もびっくり3倍の威力だ。
しかし、跳ね除ける事も容易にはできない。
ふとしたトリガーで情緒不安定になってしまうのは、例の症状の一つだ。
身動きが取れなくて目の前の違和感に対処が出来ないが、今は男として気が済むまで彼女を受け入れることの方が大事かもしれない。
…役得ではあるし。
「むむ、青春の匂いがします」
長谷部が出した大声で茂みの向こうの気配がこちらへと近付いてくる。
危険な野生動物ではと警戒していたが、森の茂みから出てきたのは随分と丸っこいフォルムの可愛い女の子だった。
「実に羨ましい光景です。私も混ぜてもらってもいいですか?」
「ここは普通ならお邪魔しましたと立ち去るところだと思うけどな。いや、立ち去られても困るんだが」
「うだつの上がらない優柔不断丸出しの答えです。はいかいいえで答えてください」
彼女は独特のペースで会話の主導権を握ってくる。
そんな普通じゃない彼女を前にして普通の答えを返すのは少し悔しい気がした。
ここは敢えてYESと答えて、彼女の出方を伺ってみることにした。
「前言撤回です。綾小路清隆は優柔不断ではなく迅速果敢。私の辞書を更新しておきましょう」
期末テストで目立った経緯もあり綾小路清隆という名前は一人歩きしている。
一方的に知られているというのは妙な気分だが、鎖国的な学校で生活している以上素性というのはいずれ露呈するものだ。割り切るべきだろう。
「では遠慮なく。両手に花ではなく、前後に女というのはちょっぴりセンシティブでしょうか」
目の前の彼女はテクテクと身動きの取れない俺の目の前まで来ると、何の躊躇もなく抱きついてきた。
彼女が整った容姿をしているのは間違いないはずだが、なんだろう。
遊園地の着ぐるみにでも抱きつかれているような気分だった。いや、行ったことないんだけど。
「どうですか?天和を両面待ちで天牌した時のような天にも昇る気持ちでしょう?」
ある意味では牌に挟まれているこの状況を上手く麻雀に例えようとしたのだろうが矛盾もいいところだった。
さっきの前後に女といい、随分と残念な比喩表現だ。
「確かにお前の臭いが思ったよりも野生的で天に召されそうだ」
「…綾小路清隆。失礼な男です。私のどこがトロルキングだというんですか。こんなに可愛いのに」
森の茂みに入る事や初対面の男に抱きつく事に躊躇はない癖に、汗と土を混ぜたような体臭を指摘されるのは我慢ならないようだ。
俺からスッと距離を取った彼女は自分の体中を嗅ぎ始める。
「……ぇ、これどういう状況?」
「不幸にも野生のトロルキング(♀)とエンカウントしてしまったところだな」
俺達の喧騒で恐怖の最中から目が覚めた長谷部がキョトンとした目を瞬かせる。
俺の投げやりな説明もあって、状況を飲み込むにはもう暫しの時間が必要だろう。
確かトロルキングはデイン属性が弱点だったはずだが、残念ながら俺達のパーティに外道はいても勇者の系譜はいないんだよなぁ。
「綾小路清隆の目は節穴ですか?私は肥満体型でもない上に乳房を露出してなどいません」
「トロルキングはお前から言い出したんだけどな。誤解を解いて欲しかったら名乗ってくれ」
「いいでしょう。私は霊長目真猿亜目ヒト上科ヒト科の森下藍です。此処へは何をしに来たかって?いいでしょう。答えましょう。蝶々を追いかけて森に入ったら迷ってしまったんです」
彼女は素性を隠すところが、訊いてもいない情報までペラペラと喋ってくれた。
そして、俺と長谷部がその情報量を処理した結論は奇しくも同じだった。
「「…変な人」」
「個性的であるという意味の変人であれば、慎んで受け入れましょう。そして、こんな森の奥で肉欲に溺れているお二人は変態では?という質問を返させていただきます」
森下の指摘を受けて、自分が男に抱きついているという現状に気がついた長谷部は勢いよく俺から離れた。
少し名残惜しい。
まあ、離れたと言っても格闘ゲームの投げ間合いくらいの距離感なんだが。
「恋人?いや愛人の距離間ですね」
「普通に友達の距離感だ。友達のいない森下には分からないだろけどな」
「私が単独で森を探索していた事を棚に上げて言っているのなら浅はかですね。綾小路清隆」
「なら友達や恋人の類はいるのか?」
「いいえ、いません」
「な、何なのこの子……」
この世界には色んな生態系がいるものだな。
長谷部は既に目の前の彼女に呆れ果て、俺も会話するのがしんどくなってきた。
「長谷部、俺たちはそろそろ戻ろう。余計な体力を使ってしまったしな」
「うん。賛成」
植物の群生地やスポットは見つけられなかったが、代わりに特定外来生物は観測できた。
クラスメイトへの土産話くらいにはなるだろう。
俺達は踵を返してベースキャンプへと足を進めると、背中から声がかかった。
「ちょっと待ってください。私は迷子です。ここで私が野垂れ死ねば夢見が悪くなりますよ」
「うだつが上がらない優柔不断丸出しの呼び掛けだな。居酒屋のキャッチでももう少し分かりやすいぞ。結論を言え結論を」
森下は自分の言葉が返ってきた事に頬を引き攣らせつつも平坦な声を響かせた。
「私もDクラスのベースキャンプに連れて行ってください」
観測ではなく捕獲。土産話ではなく土産そのものに。
顔を見合わせた長谷部と俺は彼女をここに放置する事もできず、予定外の収穫を得ることとなった。
◆
長谷部 波瑠加 11月5日 蠍座
ルックス :A
スタイル :S
性格 :B
趣味 映画鑑賞 音楽鑑賞
好きなもの 面白い事
嫌いなもの 虫
将来の夢 無難に生きる