独白。それは聞くに耐えない自分語りだ。
型破りな持論。晦渋な文体。醜い自己陶酔の垂れ流し。
これから俺が語る内容は本来なら墓場まで持っていくべき黒歴史だと自覚している。
だから、それを踏まえた上で心して聞いて欲しい。
俺は自他共に認める濫読派だ。
純文学もホラーもミステリーも恋愛小説もライトノベルも実用書も専門書もなんでもござれ。
つまり俺は文学そのものに惚れたのであり、読書という行為はそれを享受する手段に過ぎないのである。
世の男子高校生がHな本の収集に耽ってる中、俺は叡智の書に首ったけなのだ。
そんな俺にとって、知識を吸収する事は食事と同じかそれ以上の存在である事は言うまでもない。
しかし、ジャンル問わずに文学をこよなく愛する俺にも許せないものが一つあった。
それはライトノベルの長編作品に度々訪れる『少数』巻である。
例えるなら、某海賊漫画の凡庸なスタッフが代行して作ったとしか思えないアニオリのような。
例えるなら、失敗した実写化の代名詞であるド○ゴンボールエボリューションのような。
消費者としてごく当たり前な『情報の空白』を埋めたいという根幹的欲求を逆手に取り、中途半端な仕事で満足させようとしてくる魂胆が癪に触って仕方ないのだ。
百歩譲って、本編とは全くの無関係な短篇集で普段は脚光の浴びないサブキャラをもう一つピンとこないストーリーで掘り下げるだけならまだいい。
こちらとしても、それならば取捨選択の余地がある。
しかし、そんな駄文に埋めるように物語の中核を成す布石を打たれるのだけは流石に我慢ならない。
………おっといけない。
これ以上は独白ではなく、毒吐くになってしまうな。ハッハッハ。
―閑話休題。
俺と椎名との甘美でスイートなふわふわ
彼女は前述したような忌避すべき存在だった。
そんな彼女に対して、馬に蹴られて地獄に落ちてしまえと物騒な事を思った俺を誰が責められようか。
◆
美しい光沢のある瓶覗色の髪。くすみのない乳白色の肌。
桜色がほんのり帯びた唇。奥ゆかしい寝息に連動して僅かに動く鼻梁。
まるで慣れ親しんだ実家で安心しきったように眠る彼女の横顔を眺めてゆうに二時間は経過した。
余りに早く進んでいる時間に、時計の針が俺達に嫉妬したのではとあらぬ疑いの一つもかけたくなる。
(はて、誰だったか。この世界のすべての美の水源は女性ですなんて言ったのは…)
(同情を覚えずにはいられない。それは椎名ひよりに出会ったことのない可哀想な人間から生まれた発想だ)
よもや崇拝の域に達しようかとしている感情は、ドタドタッ!ガチャリッ!!バッタン!!という乱暴な入室音に水を差された。
音の言葉の匠である宮沢賢治も、彼女の乱暴狼藉には筆を投げるだろう。
「伊吹。入る前にはノックをするものだぞ」
「は?あ、あんたっ――‼︎」
無礼を極めた野生児の伊吹は俺の存在に気付くやいなや、助走をつけるかのように走ってきた。
というか、それは本当にドロップキックの助走だった。
彼女にマナーを教えるのは、犬に二足歩行で歩けと言っているようなものだと遅まきながら理解する。
「単細胞どころの騒ぎじゃないな。脳細胞がまとめて死滅してるんじゃないのか?」
「チッ…、はなせっ!!」
「五体投地して誠心誠意謝る事を約束するなら検討してやってもいい」
伊吹は怒りを露わに、剣の切先のような鋭い表情を浮かべるが、俺はこれでも英国紳士並の優しさを見せているつもりだ。
女神の髪を手櫛させていただく光栄を賜ったこの手は、むこう二週間は洗わないつもりだったのに今や薄汚れた足を掴まされているのだ。
なんという失態だ。万死に値する。
本当なら全裸にひん剥いて逆立ちで豪華客船を一周させて、その哀れな姿を肴に赤ワインの一つでも呷らないと気が済まないくらいだ。
俺が未成年でよかったな。まったく。
「伊吹。万が一、椎名に当たったらどうしてくれるつもりだ。これ以上暴れるなら、足首の骨は保障できない」
怒りと侮蔑を込めて目を眇めると、伊吹は本格的に臨戦態勢に入った。
しかし、それは攻撃的なものじゃなく防衛本能の反応によるもの。
伊吹の足を軽く握り、こちらの力量を示したところでようやく大人しくなった。
「………なに、あんた。椎名と付き合ってるわけ?」
「この状況でよく俗物的な質問をしてくる気になったな。お前に関係あるのか?」
伊吹は不機嫌そうな表情で俺と椎名を見定めるように目をギョロギョロと動かす。
俺達を隈なく観察したところで、分かる事は俺の膝の上で椎名がぐっすり眠っていることくらい――。
…もしかしたら、恋人関係と評するに充分な状況証拠なのでは?
「やっぱり付き合ってるんだ!!」
「都合の悪い質問を華麗にスルーした上に断定するなよ」
「ほら、否定しない!!」
会話が成立しない。極度の勢いと適当なノリの彼女に合わせるには、こちらもある程度適当にならなければならないらしい。
精神年齢をコロコロコミックのターゲット層くらいまで下げて彼女に合わせるくらいならば、もう、誤魔化す方が億劫だった。
「付き合ってない。これで満足か?」
「噓だね。あんだけ渋って、今更否定する意味が分かんないし‼︎」
「椎名と付き合えたらいいなとは思っているからな。否定したくなかっただけだ」
俺の中で異性として魅力的なことと恋愛感情はイコールで結ばれていない。
もし、それでも椎名が俺と交際関係になってくれる保障があるなら、今すぐにでも告白する所存だ。
ジレンマのような感情が日に日に大きくなっているからか、伊吹の問いにはポロリと漏れるように答えてしまった。
「間抜けな顔を浮かべているところ悪いが、パンツが丸見えだぞ。伊吹」
「…はぁっ!?なんで、あんな歯が浮くような台詞の後にそんなゲスな事言える訳!?」
「女の子の下着を下品なものだと捉えるなんて美的センスが低いとしか思えないな」
かっと顔を赤くした伊吹は柔軟な体を捻り、遠心力を利用して弧を描くように側転をする。
俺の視線から逃れるためとはいえ、命知らずがすぎる。俺が手を離していなければ間違いなく大怪我だ。
「喧嘩なら後で買ってやるから、今は大人しくしろ」
「なら人の部屋でイチャつかないでくれる!?不快!不愉快!極まりない!!!!」
サウザーくらい迫真の三段活用で罵ってきた伊吹はどうも、椎名のルームメイトらしい。
オートロックを掻い潜ってきたのだから、当然といえば当然なのだが伊吹と椎名の並びに違和感を感じる余り、目を瞑ってしまっていたようだ。
「分かった分かった。伊吹も後で膝枕してやるから。それでいいだろ?な?」
「喧嘩売ってんの?今すぐ買うけど?」
「自己破産するだけだからやめとけ」
血の気の多い伊吹だが、身の程を弁える事は心得ているようだ。まあ、そうでなければ龍園に従属している事に説明がつかないし。
彼女は俺との間に一朝一夕で覆らない壁がある事を本能的に察してしまったのだろう。
殺気の籠った目線を向けてくるだけで、再度飛び掛かってくるような真似はしなかった。
「そもそも伊吹は遊びに行ってたんじゃないのか?まだ小学生でも帰らない時間だぞ」
「私がいつどこで何をしていようとあんたにとやかく言われる筋合いない‼︎」
「確かに余計なお世話だったな。悪かった」
あっさりと引き下がった俺に不信感を覚えた伊吹は眉を寄せる。
しかし、俺の気持ちに偽りは一切なく、むしろ憐れみまで感じていた。
単独行動を好む人間が持っているべき物を彼女は持っていないように思えたからだ。
それ即ち没頭できる趣味だ。その矛盾を抱えたまま、孤独を貫くことは退屈な人生に直結する。
「なぁ、伊吹。もし暇なら、椎名が起きた後に一緒に飯でもどうだ?」
「はぁっ!?何であんたなんかと……。てか、気付いていないわけ?」
「……?」
合点がいかない様子の俺が、よほど面白かったのかプークスクスプギャーとでも言ってるLINEスタンプのような表情で椎名を指差す。
絶妙にウザいと感じる顔を表現するのが上手いやつだ。メスガキめ。
「椎名ならとっくの昔に起きてるでしょ」
その言葉に反応して、膝の上の可愛い物体がピクリと動く。
彼女のバイタルサインの観察は伊吹が乱入してきたことで、中断を余儀なくされている。
俺はそのせいで、異常値をみすみす見逃してしまったのだ。
…冷静に考えて、馬鹿騒ぎする伊吹の側で爆睡する為にはトー横で路上横臥するくらいの強靭なメンタルが必要だという事を失念していた。
「……え〜と」
ゆっくりと上体を起こした椎名は、体中の血液が顔面を構成する毛細血管に集中しているかの如く真っ赤な顔で笑った。
「…はい。起きてしまっていました」
……起きてしまっていました。
その濁した一言だけで俺の恥の臨界点は超え、穏やかな心が激しい怒りによって目覚めようとしていた。
伊吹テメェ。全てはお前のせいだ。くたばれ。
「ぶッ‼︎間抜けはあんたの方ね‼︎馬鹿乙〜」
「伊吹さん!綾小路君を馬鹿にしないでください!怒りますよ」
無表情で固まった俺に吹き出す伊吹とそれを諌める椎名。
目の前にいるはずの彼女達がどこか遠くに住む別世界の住人のように感じた。
いや、出来ることなら俺もトラックに轢かれて別世界に転生したかった。
……これが俗に言う好きバレというやつなのか。
現実逃避が止まらない。いや、好きかどうかは俺の与り知るところではないんだけれども。
しかし、そんな死に損ないのような俺に最後まで残ったのは椎名の前で無様を上塗りする事を許さないプライドだった。
世の男子高校生が穴があったら突っ込みたい欲望を身の内に暴れさせている中、俺は身を隠すべき抜け穴を必死に探していた。
そして、ホワイトルーム最高峰の頭脳が死中に活を見出した。
「そうだ!俺は伊吹のパンツが白だったって皆に伝えなきゃならないな」
「はぁっ!!?」
えっほえっほなんて呑気な足踏みとは程遠い、サーッと波が引くように颯爽と部屋から去る俺。
阿修羅のような形相でコロスと連呼しながら追いかけてくる伊吹。
それを子供の喧嘩を見守る母親のような温かい目で送り出す椎名。
高円寺が水も滴るいい男とかほざきながら廊下を闊歩している他所で、俺と伊吹は汗水を客船内に撒き散らす鬼ごっこに明け暮れる事になった。
全く、無礼千万極まれりである。
……な?最初に言った通り、黒歴史だっただろう?
◆
今となっては若気の至りとしか言いようがないが―。
そんなお決まりの書き出しで始まりそうな愚行に何とか幕を下ろす事が出来た頃には、お月様が堂々と顔を出していた。
無人島試験に幻の8日目があったのではないかと思うほどの疲労感に苛まれていると、俺のスマホに一本の連絡が入る。
『今夜、二人で会えないかな?』
メッセージの相手は一之瀬帆波だった。俺は彼女に連絡先を教えた記憶はないのだが………、心当たりならあった。
特別試験とはいえ騙すような真似をした事だ。
彼女ならすぐに割り切ると思っていたのだが、俺の連絡先を人づてに入手したということは未練があるということだろう。
『ごめんなさい』
天使のような一之瀬を騙した罪悪感からか、重たい話はノーセンキューだという倦怠感からかは分からない。
ただ分かるのは、俺が主語も脈絡もない返信をしてしまっていたということだけだ。
到底、成績優秀な人間とは思えない国語力だった。
「……え?綾小路君……?」
ほら見たことか。
スマートフォンを初めて手にした耄碌直前のおじいちゃんみたいなメッセージを前に困惑もとい心配しているじゃないか。
俺が一之瀬なら、すぐに最寄りの介護センターを探すだろう。
しかし、おかしいな。テーブルの上のスマートフォンはうんともすんとも鳴っておらず、閑古鳥もこれには笑っている気がした。
「あっ。やっぱり綾小路君だ。隣いい?」
「……びっくりした。電脳世界から急に美少女が飛び出てきたのかと思った」
「えっ!!?び、びしょ……。そ、その手にはもう乗らないからねっ‼︎」
…それに、びっくりしたようには見えないしとぽしょぽしょと波の音にさらわれて消えそうな声で言う一之瀬に椅子を引いてやる。
驚いた事も美少女だと思ってる事も本当なのだが、ムンクのような分かりやすいリアクションをするべきなんだろうか。
いや、ムンクは驚いて叫んでいるのではなく絶望に打ちひしがれている様子を描いた作品だから、TPOにそぐわないな。
一之瀬と相対して、不幸を叫ぶなんて上条さんでも許されないだろう。
「あ、ありがと」
「どういたしまして。飲み物はどうする?」
「え、えーと、じゃあ綾小路君と同じので」
借りてきた猫のような一之瀬はガチガチながらも、素直に俺の気遣いを受け入れる。
顔がほんのり赤いのは、バーカウンターのシックな棚に並ぶお酒が揮発して気化したアルコールで酔っているわけではないだろう。
「ノンアル飲料だがいいのか?空酔いするかもしれないぞ」
「えっ、そんなの飲んでるんだ…。なんか大人だね」
「子供だからノンアルなんだけどな。それに、子供大人に問わず何かを忘れたい日ってのは往々にしてあるものだ」
人間の記憶能力というものは欠陥品で、必要な知識はするすると抜け落ちていくのに忘れたい思い出ほど脳の奥深くまで仕舞い込んでしまう。
年甲斐もなく伊吹とはしゃいだ事を一刻も早く忘れたかった俺は、こうして一人でバーカウンターに来ているわけだ。
そして、一刻も早く忘れたい何かがあったのは一之瀬も同じらしい。
「……マスター。私も彼と同じのをお願いします」
「いいのか?」
「うん。星之宮先生を見てお酒だけは飲むのをやめようって思ってたけど、それは欠点ばかりに目がいってただけかもって綾小路君に教えてもらったから」
教えたのではなく一之瀬がそう勝手に解釈しただけだ。
良いところを見つける事が上手なのは、人に対してだけじゃない。一之瀬の仁徳の為せる技と言っていい。
しかし、ノンアルだからと舐めているようでは、星之宮先生と同じく醜態を晒すことになるだろう。
我が国日本のアルコール規制はこの学校の特別試験のルールのように抜け穴だらけで、バーカウンターで提供するタイプのノンアルはマスターの目分量だし、法的に問題ないと言い張ってお通しで出されているこのチョコレートにもアレルギー反応が出るに充分な量のアルコールが含まれている。
「それに、酔っても綾小路君が介抱してくれるよね?」
さきほど紳士の振る舞いを見せた事でコロリと俺を信用したのか一之瀬からトンデモ発言が飛び出す。
寡黙で職人気質のマスターの手元が狂うほどの威力だった。……おいおい。あれ、俺達に提供予定のドリンクだよな?
「……一之瀬。それは所謂お持ち帰りokサインを意味するから無闇に男に言わない方がいいぞ」
「え?お持ち帰り?」
一之瀬は私、店内で過ごしてますけど?なんて涼しい顔で言い出しそうだった。
ここまで気が抜けた顔をされるとバーの雰囲気だけで酩酊してしまったのか、大事に大事に育てられた生粋の生娘なのか。二つに一つだ。
不肖綾小路清隆。僭越ながら一之瀬に性教育を試みた。
「今夜、抱きたいなら抱いてもいいけど?の意味だ」
「…………」
「〜〜〜〜〜〜ッッッッ‼︎‼︎」
綺麗な2コマの早替わり。暫しの沈黙を経て、劣化の如く顔を真っ赤にした一之瀬は声を失い、ぱたぱたと手を羽ばたかせる。
一之瀬や。残念だけど人間は生身で空には飛べないとよ。
翼比率に対して必要なエネルギーを生成する手段がないけんね。
何を思ったのか。いや、何も思っていないのか。
一之瀬は手持ち無沙汰になった手を埋めるようにカウンターの上にあったお通しのチョコレートをパクパク食べ始めた。
ハムスターのように頬に沢山のチョコレートを詰め込んだ一之瀬をみて、可愛いと思う前に止めるべきだったと後悔したのは言うまでもない。
ゴクンという呑み込んだ音が聞こえた時には、もう半分出来上がっていた。
「………マスニャー。この店で1番、強いお酒ください」
…介護が必要だったのは俺ではなく、一之瀬の方だった。
ポケモン最新作の御三家の新たな進化先のような名前で呼ばれたマスターが苦笑いでこちらを見てきたので、ハードボイルドな俺は白い歯を輝かせサムズアップで返しておく。
どうにでもなれ。そういう意味だ。
「一之瀬。大丈夫か?」
「にゃはっ!これが、大丈夫に見える!?『俺達はAクラスに興味がないんだ』とか言ってた綾小路君達が一人勝ちして、一致団結してAクラスに向けて頑張ってた私達は惨敗。そんなの……、そんなのって〜〜」
笑い上戸に怒り上戸に泣き上戸。一口で三度美味しい一之瀬帆波が爆誕した。
俺の知っている気丈で強かで天真爛漫でクラスを引っ張るリーダーの彼女は見る影もなかった。
お酒は人の本性が出すとはよく言うが、涙ぐみ愚痴をこぼす弱々しい彼女がリーダーの皮を剥ぎ取った後に残った姿なんだろうか。
「いや、その件は…」
「ぅぅ、チョコレートもお酒も美味しいよぉぅ」
俺に相槌や答えやリアクションなようなものを最初から求めてはいなかったのだろう。
俺の言葉を遮って、カウンターの上に出てくるものを次々に吸収していく。もう、それが俺の飲み物か自分の飲み物かの区別もついていない。
「あぁ、私、もうダメかも……」
目につくもの全てに本音を隠せない一之瀬を脇目にどれくらいの時間が経っただろう。
そう思いスマホをチラリと見るも、その無限に思えた時間は彼女が来てから15分程度のものだった。
「むにゃー!!!私を無視してスマホを見るんだ!?はいはい、そうですよ。私はスマホ以下の人間ですよーだ。綾小路君はシンギュラリティが起きたら、空虚の塊である私がいの一番に消えると思ってるんでしょ?きっとそうだッ。量子力学に逆行する私を見て、舌を出して『神はサイコロ振らない』とか笑ってるんだ」
アインシュタインが報道陣に「笑って」と要求されて、舌を出したという豆知識までヒス構文に織り込むとは。流石は一之瀬。目の付け所が一味違う。
無駄に論理的な一之瀬のヒステリックは他とは一線を画すものだった。…まあ、論理は破綻してるんだけど。
対極的に感情論爆発型の櫛田と足して2で割れば、カクテルと同じで黄金比が見つけられると思うんだけどなぁ。
「よし。帰ろう。一之瀬。話はまた今度聞くから。な?」
「……今度っていつ?明日?」
「いや明日はちょっと……」
まだ酔いが覚めてない可能性もあるし、昨日今日では一之瀬も顔を合わせづらいだろう。
そう思い、喚問要求を間髪入れずに跳ね除けたのだが、一之瀬はうるうると瞳を揺らして俺を動揺させてくる。
「…分かった。明日の夜にしよう」
「にゃひ……。やった。…なら、綾小路君……」
「それまで、私を介抱してね?」
―親父よ。俺は教育者に向いていないのかもしれない。
ものの数十分で忘却させてしまうような甘い教育しか出来なかったのだから。
―親父よ。俺は教育者に向いていないのかもしれない。
師弟関係にあるまじき方法で体に叩き込んでやろうかと、悪い考えが脳裏を過ぎってしまったのだから。
「………いや、それよりも、愛らしいな」
バーカウンターに頭をつけて、にへらぁとこれでもかと幸せそうに眠った一之瀬の顔を見て邪な感情は砕け散った。
(……それにしても、酔っ払い特有の呂律の悪さは彼女に見受けられなかったな。※マスニャーはノーカンとする)
(いやいやまあまあ、一之瀬は偶々そういうタイプなのだろう。うんうん、きっとそうに違いない)
アルコールを身体が分解して、血液に溶けて体を循環するには最低でも30分はかかるという事実を俺達が知るにはまだ若過ぎたのである。
養殖のメスガキが天沢なら、天然のメスガキは伊吹だと思ってます