綾小路は恋がしたい   作:Кудрявка

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#27 愛はビューティフル、人生はワンダフル

 

 

いきなりだが、デートの定義について考えた事があるだろうか。

 

俺はこの議題に、『友達判定のボーダーをどこに引くか』という永遠のテーマに近い何かを感じていた。

 

もし、『お互いが友達だと思うなら友達』みたいな主観絶対主義の理屈がこの件にも同様に適用されるのであれば、彼女は絶対にデートだと認めないだろう。

 

しかし、語源から考えればプライベートに予定を合わせて二人で会っている俺達はデートそのものだし、朝早くからお洒落なカフェでおしゃべりに花を咲かしている俺達はカップルの様相を呈していると思う。

 

まあ、その話題はラヴロマンスの欠片もないのだが、

 

「詳しく聞かせて貰えるかしら?あの時、言っていたAクラスに行く為の計略とやらについて」

「特別試験に全部勝つ。Q.E.D。証明終わり」

 

ズズーッと呪文のようなカスタムをしてみたホワイトモカをストローで一気に吸うと、糖質の暴力に視界まで真っ白になりそうになった。

ブレベミルク変更にチョコレートソース追加はやりすぎたな。ナイトアイじゃないが、1時間以内に血糖値スパイクで頭を抱える未来が見えた。

 

そんな俺をホワイトモカよりも冷たく白んだ目で、ジロリと睨んだ堀北は無言の圧でさらなる説明を求めてくる。

 

「…言ったはずだぞ。俺に任せろって」

「聞いた覚えはないわね」

 

……あれ?これは別の女に向けて言った言葉だったかしら?失敬、失敬。

 

「じゃあ、改めて言う。堀北は余計な真似はしなくていい。というかされると困るんだ。摩擦係数が高すぎる堀北には外交も内政も向いていない」

 

堀北が他人と関わって生むのは成果ではなく軋轢のみだ。

 

無論、ある程度の能力と向上心のある相手なら最低限のコミュニケーションが出来るのだが結局はそこ止まり。俺がやった方が何十倍も効率的だ。

 

「だから、堀北はクラスから独立して恣意的に動いてくれればそれでいい」

「…要するに、私は第二の高円寺君枠って事かしら」

「平たく言えばそうなるな。個人の成果でクラスに貢献できる能力は貴重だからな。無駄にはしたくない」

 

俺と櫛田でクラスを一つに纏め上げて、堀北はそれを隠れ蓑に暗躍してもらう。

これが俺の思い描く理想の形だ。

 

雑な運用方針ではなく、堀北の能力を認めた上での采配である事を強調して伝えたつもりだったが―

 

コミュ力に難ありを自覚してる彼女にとってはどうしても突き放されたように感じてしまう内容だろう。

ブラックコーヒーを口に運ぶ彼女の整った顔に僅かな陰りが差したのを感じ取った。

 

「さっきは話を円滑に進めるために第二の高円寺って解釈に頷いたが、俺は高円寺より堀北の方を評価してる。あいつは―」

「分かってるわ。貴方の目指す形に不満は一つも無い。ただ…」

 

威勢よく俺の言葉を遮ったものの、歯切れ悪く言葉は続かない。

彼女の形容し難い感情を前に葛藤しているようなもどかしい表情は付き合ってもいないのに別れ話でも切り出されそうな雰囲気すら漂わせている。

 

……まさかな。

 

可愛げのない堀北に限って、寂しいだなんて可愛い感情に悩まされているなんてあり得ないだろう。だから、これは念の為の確認だ。

 

「もしかして、寂しいのか?」

「な、何を言ってるの……そ、そんな訳……」

 

……ありそうだな。…マジか。

震える手で朱に染まった顔を隠す彼女を見て、入学前に俺が抱いた第一印象は間違っていなかったんだと確信する。

 

……無自覚な感情に振り回されている彼女は憎たらしいほどに可愛いかった。

 

「万人共通の感情にまで嘘をつく必要はないんじゃないか?有効な戦略とはいえ堀北に孤独を強いてるんだ。寂しいって思うのは当然―」

「違うわ」

 

む。ここまで俺がシスターような広い心で受け入れようとしてやってるのに強情な奴。

 

と、思ったのも束の間。その板についた否定は助走だったかのように

  

「貴方との距離が―、何でもないわ」

 

本音が口を衝いて出た。彼女は焦ったように訂正したが、覆水は盆に還らない。

ふいと俺の視線から赤くなった顔を逃すようにそっぽを向いた彼女は答えを言っているようなものだった。

 

……分かりにくいのに、分かりやすい奴だ。

 

きっと彼女は自分の弱さを認めたあの時を境に、今まで蔑ろにしてきた内面と向き合わされているのだ。

 

そして、それは皮肉にも鏡の中に映った最近の俺を見ているようだった。

 

「馬鹿だな。立場が変わっても関係は変わらない」

 

俺達が肩を並べ競い合うライバルじゃなくなったって。

俺がクラスの要として指揮を執るようになったって。

 

「切っても切れない腐れ縁の隣人だろ。俺達は」

 

堀北鈴音の居場所は俺の隣である事は運命のように定められているのだ。

 

「……バカは貴方よ。バカ」

「誹謗中傷のトートロジーだな」

「ええ。バカ。倒置法も包含してるわよ。バカ」

「…そこまでいくと、もはや斬新な語尾だろ。異世界に転生するタイプのラノベに頻出するんだ。キャラを差別化して誰の台詞か分かりやすくするためだけに、独自の言語を与えられる奴」

 

俺の熱弁は虚しく、読書傾向が現代文学やミステリーに偏ってる堀北が首を傾げた事で不毛なバカ論争には終止符が打たれた。

 

二人揃って上気したような顔色なのは息を吐く暇もないラリーのせいだろう。うん。そうに違いない。堀北のバカという言葉にバカ以上の意味などないのだ。

 

ざわざわとこのカフェにも客足が増えてきた。開店直後から陣取っていたこのテラスの特等席もそろそろ譲るべきだろう。

そうでなくても、人混みを蛇蝎の如く嫌う俺達だ。留まり続ける理由は元よりない。

 

「…エスコート。してくれると思っていいのよね?」

「おかしいな。勝負に勝ったのは俺なのに損してる気分なんだが」

「あら、私とデート出来るのだから光栄至極に尽きるでしょう?」

 

…なんだよ。デートだと思っていたのは俺だけじゃなかったのかよ。

もし、堀北が鼻につくほど上から目線じゃなければ、舞い上がる気持ちを抑えられずtouch the skyするところだった。

 

「自意識過剰罪で船内引き回しの刑に処してやる」

 

苦し紛れに捻出した浮き足だった返答に堀北は不敵に笑った。

 

 

 

 

堀北は俺と同じくして記録よりも記憶を大事するタイプで、軽井沢達のように毎秒Instagramのストーリーを更新する豆粒系女子ではない。

 

大仰に格好つけて言うなら、右クリック数回で消えてしまうデジタルな記録より、己の脳の可能性を信じているのだ。

 

だから、船内を余す事なく満喫した鮮烈な一日は紛れもなく俺達だけのものだ。

 

フィットネスジムでは酸欠になるまで青春の汗を流して、シアタールームでは新海誠作品を差し置いて鑑賞したB級のアニマル映画に心を洗われ、オーガニック系のレストランではPFCバランスについて熱く語り合った。

 

世間一般の高校生の理想からはおおよそ掛け離れたデートだったが、これ以上に濃密な一日は無いんじゃないかと俺は思う。

 

そして、楽しい時間はあっという間で、時刻は20時。心惜しいがそろそろ解散の頃合いだ。

 

「次はどこに行くのかしら?」

「いや、後は部屋に送り届けるだけのつもりだったんだが…。そんなに楽しかったのか?」

「…何を言ってるのか分からないわね。一日という約束を律儀に誠実に守ろうとしただけよ」

 

俺が意地悪な笑みを浮かべて投げた問いには、怪しい日本語が返ってきた。律儀も誠実も自称する事ではない上に意味が重複しているのだ。

椎名と比べる訳じゃないが、堀北だって曲がりなりにも文学少女の端くれだ。

 

俺か俺以上にデートを楽しんでくれたサインだと解釈するのは高慢ではないだろう。

 

「そういうことなら、最後にもう一ヶ所付き合ってもらおうか」

「…私の気持ちを勝手に理解した風に振る舞うのはやめてもらえるかしら?あくまで私は…」

「分かった分かった。俺が付き合って欲しいんだよ。それでいいだろ?」

 

勢い任せに丸め込んだ俺に堀北はまだ物草と言いたげ…、いや言っていたが、臍を曲げて帰ってしまうような暴挙に出る事はなかった。

入学直後の彼女を側で見ている身としては、感慨深いものがある。

 

隣人である事は変わらないと今朝は言ったが、間にある距離は着実に0へと近付いていってるのだと思う。

 

俺のスマホがピロンと通知音を奏で、一之瀬から待ち合わせ場所に既についたという連絡を確認した。

焦らなくていいという気遣いの文まで添えられていたが、こんなに優しくしてくれる相手を必要以上に待たされるのは忍びない。俺は僅かに歩調を速めた。

 

「……これは一体どこへ向かってるのかしら?」

「訊かなくても、分かってるんじゃないのか?」

 

豪華客船3階。男子に与えられた客室が並ぶこの廊下を彼女はつい先日歩いたばかりのはずだ。

それでも、訊かずにいられなかったのは、頭の隅に不埒な想像がチラついたからだろう。

 

なんという事はない。一般的な貞操観念を持っているのなら、男が女を自分の部屋に連れ込む理由くらいは分かるだろうという話だ。

 

「知らないのか?男は皆、送り狼なんだぞ」

「余計な枕詞―とも断言しがたいのが怖いわね。………言っておくけれど、身の危険を感じたら噛み千切るから」

「何をだよ。…いや、ナニをって話か。……すいません、余計な事を言いました」

 

ナイフで刺すような目で睨まれて、俺はセクハラ発言をすぐに撤回した。

仕方ないだろ…。思い付いてしまったんだから。思春期街道まっしぐらの男子高校生の発想力を舐めんな‼︎

 

「安心してくれ。そんな危険思想を持った女に指一本触れる勇気はないから」

 

堀北には悪いが、これから会う一之瀬を思えば彼女のスタイルも霞んで見える。

 

まあ筋肉の発達具合に関してのみ言及するなら、瞠目に値する肉付きの良さだったが。

…おかげでジムでは、危うくテストステロンに支配された化け物に成り下がるところだった。

 

「………それはそれでムカつくわね」

 

……なら、どうしろと。

 

堀北が口の中で殺した言葉まで拾ってしまいモヤモヤとした気持ちになった。高性能すぎる耳も考えものだ。

視力10以上あると言われているハッザ族も、きっと恋人の毛穴や皮脂まで見えて苦労しているに違いない。

 

それ以降はお互いに喋る事はなく足を進めた。まるでラブホテルに初めて入ろうとしてるカップルみたいな気まずさすら醸し出していたが、当然それを口に出す事はなく部屋の前まで辿り着く。

 

「そうだ、堀北。部屋に入る前に一つ伝えておく事がある」

「…何かしら」

「今から今日が終わるまで嘘をつくのは一切無しだ。誤魔化す事も濁す事もせずに本心だけを包み隠さず言う事を約束してもらう」

 

緊張を露わに体を強張らせた堀北に構わず、俺はもう一つの方の権利を行使すると宣言した。

唐突な話に面食らった堀北だったが、そう言われてしまえば頷くしかない。元を辿れば、無人島で自分が意地を張って言い出した賭けだからだ。

 

だがそれにしても、真に迫りすぎている表情だ。まるで、人生通して守り続けていた何かを捧げる覚悟を決めたような……。

 

……あっ、この後、一之瀬と落ち合う予定になっている事を伝えていないからか。(確信犯)

 

彼女は目の前の完全個室でこの後一体何が執り行われるのか、気が気じゃないのだろう。死角に潜む敵を探しているかのように気を張り詰めて身構えている。

 

……こんな堀北は滅多に見れるものじゃない。楽しまないのは失礼というものだろう。

 

「なぁ、堀北。今日のデートに点数をつけるとしたらどれくらいになる?」

「…あら?酷な答えになってしまうけれどいいのかしら?」

「ああ。率直な感想が聞きたい」

 

チュートリアルのように優しい隙だらけの質問に、堀北は少しの余裕を覚えただろう。

俺の問いは個人の裁量を問うもので、彼女が内心とは乖離した点数を答えたところで嘘だと断定する事は不可能だ。

 

「そうね。100点満点中10点といったところかしら?」

 

…この俺に最低ランクの評価をつけるとはいい度胸じゃないか。親父にも赤点なんてつけられた事ないのに‼︎

 

「そうか。なら、ここで尽くして挽回するしかなさそうだ」

「……つ、尽くす?……な、何をするつもり?」

「言葉通りの意味だが?逆に何をされると思ってるんだ?」

「………そ、それは……」

「はい。アウト。ペナルティだ」

 

大本命の二の矢が堀北に突き刺さる。ついでに、彼女の大腿筋に俺のチョップも突き刺さった。

俺に張り合って酸欠になるまでインターバルランニングをしたせいで、張り裂ける寸前の彼女の太腿はその衝撃にも耐えられず悲鳴をあげた。

 

「へ、ひにゃぁっ!?」

 

…いや、悲鳴をあげたのは本体の方だった。

 

堀北のものとは思えない女の子らしい悲鳴が閑静な廊下に鳴り響き、俺は慌ててへたり込みそうになった彼女の肩を抱えて部屋に入る。

 

「だ、大丈夫?何か悲鳴が聞こえたけど…」

 

事件性のある悲鳴を聞いて、中にいた一之瀬が心配そうにドタバダとやってきた。

 

指一本触れないと宣言しておいて触れた事。一之瀬が部屋の中にいた事。

文句は山ほどあると言わんばかりに堀北はくわっとこちらを威圧してくるが、俺は一之瀬の後方からそれを上回る威圧感を感じた。

 

「…白波も一緒だったんだな」

「あ、うん。そっちは堀北さんが一緒だったんだね」

「ああ。さっきの悲鳴は堀北のものだから気にしなくていい。押すと音が鳴るぬいぐるみみたいなもんだから」

「…覚えてなさい。貴方は悲鳴をあげたくてもあげれないくらい滅茶苦茶にしてあげるから」

 

…こっわ。13区のジェイソンくらい残虐非道な目をしてるんだけど。

 

「あはは、二人は仲が良いんだねっ」

 

炭酸を抜いたコーラみたいな一之瀬の暢気さに圧倒された俺達はその言葉を否定する事も忘れた。

 

 

 

 

改めて、俺達は円形のテーブルを囲むように配置された4つのチェアーに腰掛けて対面した。

長方形のローテーブルと2人掛けのソファも備え付けられてているのに、一体何故、麻雀を打つかのような構図になっているのか。

 

それには○ッキーも頷くレベルの深い理由があった。

 

2人掛けのソファの場合、誰が俺の隣に座るかという問題に直面した為だ。

 

今の堀北と俺が横並びになってしまっては血で血を洗う取っ組み合いの喧嘩に発展する恐れがあるし、一之瀬を隣に添えようものなら白波が我を失って暴れ回る危険性があったのだ。

 

「綾小路くん……。どうして帆波ちゃんを男子の客室に呼び出すようなことしたの……?」

「……白波って喋るんだな」

 

意外にも口火を切った白波がおずおずと尋ねてきたが、俺の内心は一世を風靡したマクドナルドのCMの子役さながらの感情に支配されていた。

 

しかし、疑惑を含んだゆっくりと口調ながらも大罪人を断罪するような強さも兼ね備えている事に気付き、一つ咳払いして気を持ち直す。

 

「いや、無人島の時は情報を与えない為に無言を徹してただけなんだったか」

「えっ…、ど、どうして分かったの?」

「一之瀬が白波を連れて偵察するに至った理由から逆算したんだ。龍園達の攻撃の防衛手段として神崎や柴田のような生徒を拠点に置いておく必要があるのは分かる。ならば、何故、付添人に白波が選任されたのか。答えは一つだ。リーダーである事をバレない為に極限まで気を張り詰めていた白波を心配した一之瀬が羽を伸ばす時間を与えようとしたんだろう」

 

…本当はそれだけじゃない。

俺は二人の様子から、白波が一之瀬の告白相手だったんだと確信している。

一之瀬は俺の助言を踏まえて、白波の告白を円満的解決に導いたのだ。

 

例えば「今はその気持ちに応えられない」と未来に期待を持たせた上でやんわり断ったんじゃないだろうか。

 

結果、白波千尋は一之瀬に依存してしまった。そしてそれを理解できない一之瀬じゃない。

自分がいなくなったベースキャンプで白波千尋がボロを出す可能性は高いと計算したのだろう。

 

「…ね?綾小路君は凄いでしょ?千尋ちゃん」

「……うん。怖いくらい」

 

この場で驚いていないのは一之瀬くらいだった。

白波と同じくらい驚いていた堀北はさっきの怒りを忘れるかのように、こちらを信じられないような目で見ている。

 

「話が逸れたな。さっきの白波の質問だが、ここが一番誰にも聞かせたくない話をするのに適している場所だと思ったからだ。他意はない」

 

満員電車で両手を上げて無罪を証明するような素振りで人畜無害アピールをしておく。

無人島試験の話も一役買ってくれて、その理屈に白波はひとまずは頷いたが、まだ何か言いたげだった。

 

「…なんで、綾小路君はDクラスなの?」

 

人の心がないからじゃないか?と、自分で言うのは流石に憚られた。

 

「さあな。それは学校側が伏せてる以上分からない。そもそも、それは俺だけに当て嵌まる理屈じゃないだろ?俺から言わせれば一之瀬も堀北も不当に評価されていると感じる。…と、ここまで言ったが、実は思い当たる理由はある。これは俺の想像の域を出ない推測だが、よければ聞かせようか?」

 

コクリと頷いた白波と行く末を見守るような堀北と一之瀬に俺は続きの言葉を紡ぐ。

 

「本当に優秀な生徒から順にAクラスに配属された場合に、この学校の特異性とも言える実力至上主義の競争が成立すると思うか?」

 

3人は顔を見合わせて想像する。

 

俺や坂柳や一之瀬が1クラスに集まったドリームチームを。

リーダー格の抜けたクラスがどれだけ無力な団体かを。

 

「要は学校側は何かと理由をこじつけて優秀な生徒をバラけさせているんだ。例えば、堀北なら救いようのないブラコンだとかな」

「…真面目な話をするのか茶化すのかどちらかにしてくれない?蹴るわよ?」

「なんだ、好きじゃないのか?堀北会長の事」

「…………………………………………好きだけど?何か文句がある?別に誰にも迷惑をかけてる訳じゃないでしょう?貴方にとやかく言われる筋合いも周りから囃し立てられる道理も存在しないはずよ」

 

早口に捲し立て顔を真っ赤にした堀北はようやく俺の嘘をつかないという約束の本質を理解しただろう。

 

俺が一之瀬達との会話でイニシアチブを握る為に、自分は都合のいいように利用されているだけだと。

 

「堀北さん。家族の事を好きなのは素敵な事だと思うな。私だって妹もお母さんも大好きだし」

「うんっ。私も帆波ちゃんの事、大好きっ‼︎」

 

…流石は心優しい一之瀬クラスだ。

堀北を励ますなんてDクラスの面々では考えられないだろう。

 

………白波のはフォローじゃなくてただのカミングアウトだったが。

 

妙な連帯感を生んだ一連の会話は皮切りに、彼女達は会話を弾ませていった。

 

一之瀬の聞きたがっていた無人島試験の話。

堀北学は素晴らしいんだという身内の自慢話。

帆波ちゃんは可愛いんだと言う甘すぎる惚気話。

 

俺は時折り訊かれた質問に返すくらいで、大半の時間をあーだのうーだの中身のない相槌を打つ事に徹した。

 

「あっ、帆波ちゃん。麻子ちゃんから寂しくて死んじゃうってLINEが…」

「もう、こんなに時間経ってたんだ…。そろそろ帰らないとだね。……ほら、連日連夜、部屋を空けるわけには行かないし……」

 

一之瀬はもごもごと思わせぶりな事を言って、思わせぶりな視線に送ってきた。……勿論、白波のジト目もセットのご提供だ。

 

この状況でどうしろと。俺は困った末に堀北へと水を向けた。

 

「堀北、二人を送り届けてやってくれ」

「あら?送り狼はお留守番かしら?」

 

白波の目がさらなる細みを帯びてジトッ〜〜目くらいになる。………堀北のやつ確実に根に持ってやがる。俺に味方はいないようだ。

 

「知らないのか?狼は100年も前に絶滅してるんだ」

 

綺麗な手のひら返しで不服そうな堀北を出口へと半ば無理矢理に追い払う。

一之瀬と白波はそれを可笑しそうに笑い、後に続いて部屋を出た。

 

「…綾小路君。今日はありがとね」

「お礼を言われるような事はしてない。それに、俺も楽しかった」

 

一之瀬と社交辞令のような別れの挨拶を交わしていると、白波がジリジリと近付いてきた。

そこにはもう見定めるような視線はなく、神妙な面持ちだった。

 

「綾小路君。少しだけお話しいいかな?二人で」

「…丁度いい。俺も白波に話しておくことがあったのを思い出した」

 

堀北と一之瀬に断りを入れて、俺達は二人に声が聞こえない程度の距離を取った。

白波が表情だけで、そちらからどうぞと譲ってきたので遠慮なく切り出す事にする。

 

「リーダーってのは輪の中心に立つ事だ。だが、それは逆に考えれば、輪の中に混ざる事を放棄してるとも取れる」

 

この言葉は白波千尋の目付きが変わった時点で、伝えると決めていた。

俺を恋のライバルだとはっきりと認識した今なら、彼女の心にこの言葉は刺さるはずだからだ。

 

「そんな人間に取って重要なのは自分を対等に見てくれる存在だ。一之瀬は完璧じゃない。白波は彼女の弱さに気付いてやれる人間になるんだ」

 

一之瀬はどうして特別試験で負けてしまったのか。

一之瀬はどうして生徒会に入れなかったのか。

 

「一之瀬の強くて綺麗な部分に惚れただけじゃまだ半分だ。弱くて汚い部分まで愛せないようじゃ、俺の相手は務まらないな?」

 

口角を無理矢理吊り上げて笑った俺に白波は驚いたように目を瞬かせた。

 

「……私、今から綾小路君を糾弾するつもりだった。帆波ちゃんを付け狙う悪い虫だと誤解してたから」

 

別に間違ってはない。一之瀬は可愛いからな。

押していいと言われれば押すし、押し倒していいと言われれば迷わず押し倒すだろう。

 

「…私、綾小路君には負けないから。絶対」

 

吹っ切れた表情で力強く宣言した白波はタッタッと一之瀬の元に駆けて抱きつくようにダイブする。

そんな彼女の心には今、色んな感情が渦巻いてるだろう。

 

恋の原動力は無限大だ。次世代を担うエネルギーだ。

 

きっと、白波千尋は誰よりも化ける可能性を秘めている。

 

 

 





次回から船上試験に突入予定なり。

堀北と綾小路の会話を書くのが一番楽しい。
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