綾小路は恋がしたい   作:Кудрявка

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#29 人生はどちらかです。勇気を持って挑むか。棒に振るか

 

 

「……よりにもよって、なんでこんなところ……」

 

豪華客船の地下4階。配電盤が立ち並ぶこのフロアは埃っぽく湿っぽい。さしもの華の女子高生といえど1日監禁されれば、枯れて老いていくことは避けられない場所だ。

 

それは絵に描いたようなギャルである軽井沢ならば尚のことである。

 

俺が不謹慎な想像を捗らせている側で、彼女はぶつぶつと不満を垂れ流していた。

まあ、この状況下で嫌味や苦言を隠せというのが土台無理な話だろう。

 

櫛田桔梗がDクラスのマドンナなら、軽井沢恵はドンなのだから。

 

…ちなみにこの対比表現は『マドンナ』と『はドンな』で母音を揃えている。薄汚いクルタ族に「まさか韻も使えるとは思わなかった」と皮肉混じりの賞賛をもらえるレベルの比喩だと自負している。

 

「諦めてくれ。堀北からのラブコールと森下からのクレームを物理的にシャットアウトする場所はここしかない」

 

俺は圏外になったスマホを示すようにひらひらと振った。

道中うるさかった着信音は嘘だったかのように止まり、現代人のお守り的存在は鉄の塊へと帰していた。

 

これが某芸人の某渡辺さんが噂していたデジタルデトックスだろうか。確かに霧が晴れていく感覚だ。

そして思考が整理されていく過程でどうでもいい事にふと気付いてしまった。

 

デジタルデトックス始めましたみたいなvlogがこの世に溢れている矛盾に。

 

…自己承認欲求だけは捨てられないミニマリストみたいになってんじゃねぇか。

 

「…何それ。自分はモテるアピール?」

 

自分のスマホにもアンテナが立っていないことを確認した彼女はつまらなそうにスマホをポケットにしまい、分かりやすい渋面を作った。

 

現代人にとって精神安定剤でもあるスマホ。

しかし、それが使えないというのは悪いことばかりではない。

 

不安に支配された彼女の表情がよく見える。

 

「おかげさまでな。部屋の前で甲斐甲斐しく帰りを待つ出待ち猫みたいな女もいるくらいだ」

「何よ。出待ち猫って。カラオケ?」

「何でそこでカラオケが出てくるんだ?…まあいい。飼い主が帰宅するのを玄関でずっと待ってる猫の事だよ」

「そ、それは、あんたがLINEで連絡してもまともに返信しないからでしょ!?」

「性別を逆にして考えてみろ。面倒臭くて適当にあしらっていた男が部屋の前にいたら怖いだろ。普通に」

「うっ……」

 

感情任せに動いた自分の奇行がようやく理解できたようで何よりだ。リア凸なんてものは反社専用のコマンドなのだ。

拗ねたように口を真一文字に結んだ彼女を見て、そんな風に解釈した俺はまだ甘かったらしい。

 

「あ、あんた今、面倒臭いって言ったぁ!?ありえないんだけど!?普通に!!か、か弱い女の子に向けての言葉じゃなくないっ!?」

 

(…そういうところが面倒だって言ってるんだ)

 

無人島試験で俺の活躍がクラスに認められて以降、軽井沢率いる自己主張強めな女子連中から遊びに行こうと何度か誘いがあった。

いやはや、嬉しいものだ。女の子相手からの連絡が絶えないというのは。

 

…というのは政治家の公約くらいの建前で、俺は彼女達からの連絡を心底面倒だと感じている。

 

例えるなら、彼女達はトレーダーと同じ。

自分の利益のために成長株である俺を早めに押さえておきたいだけなのだ。

 

「確かに少し直接的すぎたな。『お前らとチャットするくらいなら、人工知能相手にレスバしている方が有意義だと思ってる』くらいにするべきだった」

 

最近のAIの進化は凄いんだぞ〜。

結論から言うねって言いながら、論点をずらして論理を飛躍させていく。そして論点がズレてることを指摘すると、それめっちゃ正解とか開き直って、逆論を展開してくる。

ディベート性能は一人称がおいらのあの有名人もきっと敵わない。

 

「…なによ。あんた。キャラ変わりすぎでしょ」

「変わるも何もそんなものはクリエイトした覚えがない。お前と違ってな」

「…は?何が言いたいわけ?」

 

すかさず切り返した俺のカウンターが生んだ僅かな間。それだけで大体の事情を把握できてしまった。

分かりやすいギャルという仮面。そして、その下にあるのは底の浅い何者でもない何か。

 

「別に?何も」

「…じゃあ、何よさっきの」

「売り言葉に買い言葉がつい口を衝いただけだ。他意はない。忘れてくれて結構。それに言いたいことがあるのはそっちの方なんじゃないのか?」

 

言葉に偽りはなく、彼女に言いたいことなど本当になかった。

ほとんど関わりのない俺が少しの会話で彼女の本質を見抜けたという事実は、彼女の底がそれほどまでに浅いという証明だ。

 

一見しただけでは機械的なように冷たい対応に見えるかもしれないが、これはむしろ逆。

これは俺の中にある人間的な分別だ。

 

優しくするべき相手とそうでない相手。

それを意識の外側にある感覚だけで分けている。

 

例えば相手が椎名なら……。

 

SNSのメッセージ一つとっても、文学賞に応募するかのような緊張感と高揚感で毎度挑んでいる。

処女作を推敲する作家志望の如く、何度も打っては消してを繰り返す。1000回目のテイクでも納得はいかず、自己憐憫と後悔に苛まれ、一種の苦しさを感じたことすらあった。

 

それでも、彼女からの返信が来るだけでその靄は最初から無かったかのように晴れるのだ。

  

「……やめやめ。あんたに一瞬でも相談しようと思った私が馬鹿だった」

「そうしてくれるとこちらも有難いな。俺が少し上手に出たくらいで撤回してしまう些細な悩み。そんなものに付き合ってられるほど暇でもないからな」

 

俺は夏休み電話相談室じゃない。厄介事ばかり持ち込まれても困る。

俺の突き放した態度と言葉で、彼女が失意のどん底へと落ちていくのが分かる。

人一倍プライドの高い彼女が、塩対応を続けていた俺に相談を持ち掛けてくる時点で、既に限界ギリギリの崖っぷちだったのだろう。

 

だが、それでも最後まで彼女は自分を捨てられなかった。

ルックスも性格も立ち振る舞いも、その全てが借り物であるというのに。

 

「話はこれで終わりでいいな?」

 

答えが返ってこないと分かっていながら質問した。質問しなくても事を進められる状況でだ。

この譲歩が俺の最後の優しさだと分かるほど、彼女は聡明ではないだろう。

 

俺は来た道を引き返すように出口へと向かう。清掃の行き届いていない汚れた床をじっと見つめる彼女の横を冷たく通り抜ける。

 

「そうだ。最後に一つ。馬鹿の自覚があるならせいぜい退学しないように勉強することをお勧めする」

 

「……」

 

「お前の人生も筆記テストの解答欄のように空白のまま終わるぞ」

 

…上の空か。見てるのは地面なのにな。

まあ、彼女が学力不足で退学する分には何も問題ない。

 

今の彼女のどの部分を切り取っても、俺は一切の魅力を感じなかった。

 

 

 

 

軽井沢と別れた次の日の朝9時。

昨日は特別試験に関してのルール説明のみだったが、今日は違う。

1時間前、生徒全員に優待者か優待者でないかのメールが届いた時点で試験は本格始動したといっていい。

 

この時点で情報戦は始まっている。

そして、午後1時の話し合いからは心理戦が始まるだろう。

 

…今回の特別試験のルールは至って簡単だ。

優待者と呼ばれる人狼を話し合いで割り出すという趣旨のシンプルなゲームだ。

不自然なほどにシンプルな構造故に、真嶋先生が説明していたシンキング能力を問うという趣旨が入り込む余地がない気がする。

 

だからこそ、攻略の鍵は恐らく……

 

(……集中ができない)

 

静かな自室で情報を整理したいが、足が酸化した鉄のように重く廊下で立ち往生する羽目になっていた。

 

これは軽井沢を否応なく見限った事への罪悪感が今さら芽生えてきた訳でもなく、はたまた浮き足だったクラスメイト連中からの「試験どうすればいい?」というメッセージの嵐に辟易したわけでもない。

 

そう、これは精神的な話ではなく、もっと物理的な要因による質量的な観測である。

 

「これは明確な妨害行為だと思うんだが?」

「貴方の坂柳有栖負けず劣らずの自意識過剰っぷりには驚愕する他ありませんね。この1000年に一度の逸材と枕詞がついても全く足りないくらいの美少女であるこの私が、平凡に頭脳だけを取って付けたような野蛮人に好き好んで抱き付いているとお思いですか?」

「ワインの宣伝文句くらい当てにならない自己評価だな。御託はいいから離れろ」

「嫌です。これは契約不履行によるペナルティみたいなものです。ザ!自業自得です。綾小路清隆は地獄で私と踊る運命にあるのです」

 

…自業自得と言われてしまえば、俺に反論の余地はなかった。立て込んでたとはいえ、面倒事に発展する事を承知で彼女の連絡を無視し続けたからだ。

しかし、反論する道は閉ざされても、言い訳する道はまだ残されている。

 

「ペナルティと言うが、実害は出てないはずだろ?伊吹は張り合いのない相手を一方的に虐めて満足するタイプじゃない。仮に森下が単独で伊吹とエンカウントしたとしても何も起こらないと俺は確信していた」

 

俺は言い訳しながら、彼女の内なる闘志に薪を焚べている感覚を味わっていた。

彼女の先程までの饒舌が鳴りを潜め、妙に静かにしていたからだろうか。

だが、開いた口を半端で閉ざすような真似はするべきではない。

 

「言いたい事は分かってる。それはただの結果論だと言いたいんだろう?だが、それは断じて違う。伊吹の為人という前提を知っている俺に言わせれば、森下に対してのほとぼりなんてものは最初から冷めてたんだ」

 

『伊吹のほとぼりが冷めるまで、森下の身を守る』

交わした口約束に対して、この論理であれば不履行は成立しない。

 

「随分と好き勝手言ってくれるじゃないですか。綾小路清隆」

 

常に好き勝手してるお前に言われたくないなという言葉はひとまず飲み込んでおいた。

自身の言い訳が彼女を納得させるに値しない贋作である事は分かっている。その上で下手な刺激を重ねる行為は墓穴を掘る事と何ら変わらない。

 

「ですが、忘れてるんじゃないですか?私はこうも言ったはずです」

 

「『可愛い私の側にいれる唯一無二のチャンスを棒に振るんですか?』と」

 

女の子に後ろから抱きつかれて。

告白に近い素敵な言葉を与えてもらって。

これ以上に男冥利に尽きるシチュエーションはあるだろうか。

  

けれど悲しいかな。これは実妹のいないオタクが妹が欲しいなんて言い出す妄言と同じである。

 

「ボディガードというのはあくまで役職の名前であって、役割では有りません。実害の有無など微塵も関係ないのです」

 

ボディガードとして命を受けた者が、その者の独断で危険は無いと判断して要人の側を離れる。裏切り者として断罪されても文句は言えない怠慢だ。

 

これを認めてしまえば立場を逆転する事は不可能。

だから俺は伊吹の怒りなど最初から無かったとして前提をひっくり返そうとした。

 

…上手いやり方だ。森下はそこに敢えて触れずに隙を作って誘っている。

その誘いに乗って俺に勝機はない。俺の伊吹の怒りが風化しているという話はまるっきり憶測。それを証明しようとすれば分が悪い賭けへと発展する。

 

前述の通り、森下が単騎で伊吹と出会しても喧嘩に発展する事はないだろうが、俺と森下が揃って伊吹の前に姿を現せば話が別だ。

すぐに激昂して襲いかかってくるに違いない。…主に俺に。

 

……詰んでるじゃないか。最初から。

 

「参ったよ。負けを認める。まさか、最初から企んでいたのか?」

「……ふ」

「…森下?」

「ふひっ……ふふ、ふふふふふ……」

 

背中越しに黙りこくった彼女を不可解に思い、其方を向くと恍惚な笑みを浮かべながら不気味な声を発していた。

今の彼女が街中で歩いていたら間違いなく職務質問を受けるだろう。それくらいやばい。というか怖い。

 

「…おい、大丈夫か?」

「はぁぁ〜、気分がいいです。頭がおかしくなりそうなくらい」

 

…アウトだな。これは。完全にハイになって目がパキっている。現行犯なので私任逮捕しても問題ないだろう。

 

「支配欲……いや、征服欲とでも言うべきでしょうか。相手が巨悪だとこんなに満たされるんですね」

「…誰が巨悪だ。危うく誤認逮捕するところだったぞ、この性悪」

「ふふ、負け惜しみですね〜。綾小路清隆。ですが敢えて言わせてください」

 

森下は俺の耳元に極限まで口を近づけて囁く。脳に向かってダイレクトに言葉を投げ込まれている気分だった。

 

「普通は逆なんでしょうけど、相手が女の子の場合に限っては」

 

「騙される方が悪いんですよ?」

 

…つまりは全てが計算の上だったという事。

彼女はボディガードの話を持ち掛けたあの瞬間から、この勝利の図を頭に描いていたのだ。

 

…少し彼女の評価を改める必要があるかもしれないな。

 

「ふふ〜、藍ちゃん、大勝利ってやつです」

「そんな不意打ちみたいな勝利で嬉しいのか?」

「分かってませんねぇ。綾小路清隆。相手に悟らせずに勝負の土台に乗せて、その上で意のままに踊らせてるんです。正々堂々!正面から!みたいな男臭いジャンプみたいな展開では、この快感は絶対に得られません」

 

ふんすと鼻を鳴らして言う事じゃないだろうに。

彼女は俺や坂柳と同じく、王道よりは邪道を好むタイプらしい。

 

「坂柳に負けず劣らずの変態だな。あいつの下につくとそういう性癖が開発されるのか?それとも、元々素質があった人間が集まってるのか?」

「ふふふ、何とでも言うがいいです。今ならどんな言葉も受け流せます。その罵詈雑言に対して、お礼にほっぺにチューしてあげてもいいくらいです」

「とは言いつつも、坂柳と同列視される事は罵詈雑言にカテゴライズされるんだ…。っておい、やめろ。口を近づけるな」

 

彼女は有言実行と言わんばかりに、窄めた口をゆっくりと俺の頬に近付けてくる。

ゆっくりと言うのがミソで、必死に首を曲げて避けようとする俺の反応を楽しんでるように見えた。

 

つまりは本当にキスするつもりなんて微塵もないわけだ。

ならば俺が取るべき行動は一つだ。

 

「観念したようですね。綾小路清隆。いくら首の可動域が広いとはいえ、限界はあるのです。ゴム人間なら話は別ですけどね。あ、でも、ある意味Dの一族ですかね?ぷーくすくす」

「…別に観念した訳じゃない。必死に逃げるほどの事じゃないなと考え直しただけだ。チークキスなんてヨーロッパじゃ挨拶の範疇だ」(…こいつ、いつかコ○す)

「直訳すると、空前絶後の超絶怒涛の美少女高校生藍ちゃんにキスされたいって事ですか?」

「そうは言ってない。別に逃げるほど嫌じゃないって思っただけだ」

 

冷静になってみると、どうしてさっきはあんなに必死に抵抗してたんだろうと思う。

俺に損なんて一つもないじゃないか。彼女自身も言っているように、客観的にみて容姿は整っているのだ。

 

それに俺は他のDの一族とは一線を画す存在。綾小路・D・清隆。

童貞弄りに屈せず、身体的接触をものともせずに受け入れる事で、女慣れしてる感を演出するのだ。

 

「ふ、ふ〜ん。そ、そうですか。な、なら、遠慮しませんからね!誰でもいい気分なんだ。別にお前でもって感じですからね!」

「さっき言ってた気分がいいってのはそんな物騒な感じだったのかよ」

「だ、黙ってください!話を逸らさないでください!」

「はいはい」

 

背中にいる森下の様子は伺えないがさっきとは打って変わってしどろもどろなのは明らかだった。

スイッチを切り替えるかのように意識を一変した俺に戸惑っているのかもしれない。

 

「……」

「……」

 

お互いが無言になるとだんだんと少し気まずい沈黙が漂いはじめる。

それでも俺から取れるアクションはない。今ボールを持っているのは彼女の方だからだ。

 

森下も気まずい空気を察したのか、それが蔓延し切る前に話し始めた。

 

「……な、何か喋ってくださいよ。そんなにほっぺに全神経を集中されたら、こっちが緊張するんですけど…」

「してない。森下が黙ってろって言うから黙ってただけだ」

「…はっ!じゃあ、ほっぺじゃなくて背中ですか?私から抱き付いてるからと言って、それは許される事じゃないですよ?」

「してない。それにそんなに嫌なら離れればいいだろ。それに……」

  

その感触を堪能できるほど、彼女のモノは大きくない。なんて言えば意識を刈り取るかのように後ろから首を絞められそうだ。

いやでも実際問題。この大きさなら、女性ホルモンなんて頼らずとも、朝と夜にプロテインを摂取して、週5でジムに通えば彼女と同じくらいの肉付きに…

 

「綾小路清隆。今、失礼で下劣で品性の欠片もない非常識な事を考えていましたね?『女の子って大胸筋を鍛える事で、胸ピク出来るんだろうか?』とか」

「想像力だけは豊か―」

 

俺の内に秘めた悪意と怨念の片鱗が助詞に漏れてしまい、口を噤もうとした瞬間だった。

薄紫の髪が俺の胸に垂れた事を認識する。

だけど、そんな認識は唇に訪れた温かく柔らかい感触に一瞬で上書きされる。

 

タンッと彼女が俺の背中から軽快に飛び降りた音で俺はようやく現実に戻ってきた。

 

「……お、おい。森下、お前…」

 

すぐさま振り向き、文句を言おうとしたが口はうまく回ってくれない。

口を開閉する度に生々しい記憶がフラッシュバックして、思考を妨げてくる。

 

森下はそんな辿々しい俺の唇を愛でるかのように立てた人差し指突き付けてくる。

 

「うるせぇ口だな…ってやつです。隙だらけでしたよ。綾小路清隆」

「…得意の不意打ちなら何でもやっていい訳じゃない」

「その辺の線引きは私には分かりません。ほっぺはよくて口はダメ。そんなローカルルールに縛られる藍ちゃんじゃないんです。だから教えてください。何がダメだったのかを」

 

開き直ったかのようにけろっとした顔の彼女に改めて問われた質問を脳が高速で処理しようとするが、答えに辿り着かない。

…いや、違う。答えに辿り着かない事が答えなのだ。

 

これは脳ではなく、感情で処理するべき問題だ。

 

だが……、俺の感情は公式として機能してくれない。

 

「嫌じゃないのか?」

「何がですか?」

「俺とキスをする事」

「禅問答は不要ですよ。綾小路清隆。嫌ならしてません。自明の理です」

 

即答する彼女を見て、俺の脳が確信する。

彼女は開き直ったのではなく、悟りを開いたのだと。

 

「何がダメだったのか。綾小路清隆はそれを糾弾する立場なのに質問ばかり。はっきりしませんね。優柔不断、中途半端、意思薄弱。それらは私に言わせれば愚の骨頂です。答えはいつだってシンプルなのに、複雑化しなきゃ納得できないなんて馬鹿げています」

 

戸惑う俺を無視して、森下藍は2本指を立てて眼前に突き付ける。

 

「だから迷える子羊に二択をプレゼントします。メェ〜かバァ〜で答えてください」

「…ポケモンセンターのトチ狂った企画か何かか?プレシャスボールに入った特別なメリープは貰えるんだろうな?」

「メリープの鳴き声は電子音なので再現するのは至難の業ですよ。あえて表現するなら『ピュルルルゥ〜〜!』って感じの文字起こしするとなんかちょっとえっちな擬音になります。綾小路清隆がどうしてもこっちの方がいいというなら…」

「メェ〜とバァ〜で頼む」

 

後者が強烈な鳴き声のせいで失念していたが、これも十分すぎるほどに変だった…。しかし、既に訂正する機は逸してしまった。

軽口を叩けるなら大丈夫そうですねと呟いた森下はコホンと改まって二択を提示し始める。

 

「一つ目。さっきのキスがどうしても綾小路清隆の気持ち的に納得できないなら、あれはボディガードの件のペナルティとして帳消しにします。理由も問いません。そしてこの場合、もうボディガードの件は忘れてもらって構いません」

 

「2つ目。さっきのキスに対して何も思う事がなく、私に咎がないと思うのではあれば別のペナルティを課します。具体的に言うなら契約の延長です。以前と違い内容は緩和します。少なくとも私の側に居続けるなんて無理難題は吹っ掛けたりしません。まあ、綾小路清隆が私の側にいたくて堪らないと言うなら止めはしませんが」

 

柔らかく微笑んだ森下の笑みに裏はなく、ただ俺の選択を見守っているかのように思えた。

整理するまでもなく、この二択は俺にとって有利なように作られている。

 

1つ目に至っては選ばない理由を探す方が難しい。

 

「あ、言い忘れてました。前者はメェ〜で、後者はバァ〜とします。さあ、どうしますか?」

 

俺の答えはもう決まっていた。

今後の憂いを残さない為にも、この感情ははっきりとさせておく。

 

「…即答ですか。綾小路清隆。本当にいいんですか?」

「禅問答は嫌いだったんじゃないのか?」

 

遠回しに話を進めるように促すと彼女は満足そうに頷いた。

皮肉めいた返しに悦びを感じられると変な気分になるなぁと思っていると、スカートのポケットからスマホを取り出した彼女は俺の方に向ける。

 

「私、優待者なんです。特別試験が終わるまで悪い狼から守ってくださいね。綾小路清隆」

 

 

 





最近俺ガイルを1から読み直しまして、あの原作っていいところで終わるじゃないですか。必然、僕みたいなオタクはアフターエピソードが見たくて二次創作に辿り着いてしまう訳です。(由比ヶ浜可愛い)

すると、未投稿欄に書きかけのプロットが嫌でも目につく訳でして。
気付いたら完成してました。

1年以上のブランクがあって駄文ですし、本編の話を覚えてない方もほとんどだと思いますが、それでもよければ付き合ってやってください。多分、人生がちょっと歪みます
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