綾小路は恋がしたい   作:Кудрявка

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#30 消したい過去がある奴ほど、語れる未来を持っている

 

 

午前12時ジャスト。俺達は指定された特別試験の会場に訪れた。

まだ施錠されている事も考えたが、問題なく空いているようだ。

パチンコ店のような整理券システムであるパターンも予想していた俺としてはひとまず一安心だ。あとは狙い台を定めて赤保留という天命を待つだけ。金ならなおよしなのは言うまでもない。

 

勝負は始まる前に始まっている。

 

「綾小路君、いくら何でも早く来すぎたんじゃない?」

「むしろこれでも遅いくらいだ。回転率や期待値は無論、調整機種をライバルより1秒でも早く見定める必要があるからな」

「は?何言ってんの?キモ」

「…素が出てるぞ」

 

俺が指摘すると、ハッとして態度と表情をすぐに改めた櫛田に背中をバシッと叩かれる。

男女関係なく人との距離感が近い表の彼女にとっては違和感のないボディータッチだが、その力強さにはお前のせいだろという強い非難が込められていた。

 

しかし、まだ部屋には俺と2人きりとはいえ、次にいつ誰がこの部屋に入ってきてもおかしくない状況で油断しているのはあまりよろしくない。

この試験のキーマンである櫛田にはもう少し気を張ってもらう必要がある。

 

「ここがベストなポジションだな」

 

長方形の長机の左右に椅子が六つずつ。俺はその一角から一つずらした椅子を引き、腰を下ろす。

俺がいの一番に席に座った事に面食らったのか、櫛田は職場の歓迎会での立ち回りがわからずにどこの席に座るか決めかねている新入社員みたいに立ち尽くしていた。

 

俺はコンコンと隣の椅子を数回叩いて、

 

「皆が来るまでに話したいことがある。早く座ってくれ」

「……誰がどこに座るかは指定されてないみたいだけど?」

「ペーパーテストじゃないんだ。決められてない方が自然だろ?」

「言ってる意味が分からなかったかな。私がどこに座るかも自由って意味なんだけど」

「それは困るな」

 

可愛い表情はそのままに「なんで?」と器用に問うてくる櫛田に俺は間髪入れずに用意していた解答を突きつける。

 

「ここに座ってくれないと、櫛田を守れない」

 

「…まあ、そういう戦略なら仕方ないかな」

 

わざと勘違いを招く言い回しをしたが、櫛田はほんの一拍の間に的確に処理して、俺の隣に腰を下ろす。

これが特別試験でなければ大した情報処理能力だが、きっとこの先その一拍は大きな隙となる。

 

「別に戦略だけが理由じゃない」

「…どういう意味かな?綾小路君」

 

予想を裏切る俺の言葉に櫛田の肩がピクリと跳ねた。

しかし、その辺りを誤魔化す手段はいくらでも備えてくる彼女だ。その明らかな動揺も可愛く驚いたように目を丸くする事で自然にオウム返ししてくる。

 

しかし、誤魔化している時点でそれは徹底防御の構えに他ならず、その裏には暴かれたくない事情があると宣言していると同義である。

 

「戦略以外に櫛田の隣に座りたい理由なんて一つしかないと思うけどな」

「……」

 

櫛田は言葉を返そうと口を開くが、それは声にならないまま口を閉ざしてしまう。

まさに鳩が豆鉄砲を食らったような表情でパクパクと口を開閉させる櫛田は新鮮で、本音を言えばもう少し見ていたかったが、この儀式は速やかに終わらせる必要がある。

 

俺は追い討ちに相応しい嘘にならない一言を櫛田に投げかけるように言った。

 

「自分が好意的に思っている女の子の側に1秒でも長くいたいと思うのはそんなに変なことか?」

「…そ、そんなの、私、知らない」

 

もう我慢の限界だと言わんばかりにふいっと目を逸らそうとした彼女の肩に俺は手を伸ばして、動きを制する。

その身体的接触は櫛田を警戒体制に入らせるには十分で、それは冷静さを取り戻すトリガーとなる。

 

「…何のつもり?離して」

「また素が出てるぞ。切り替えが甘いんじゃないのか?」

「誰のせいだと思ってるの?」

「100%櫛田の責任だ。それとも、櫛田のそれは俺の言動一つでコントロールを失うものだったのか?」

「………………舐めんな」

 

奥歯を砕きかねない力で歯を食いしばった櫛田は、凍えるような小声で呟く。

櫛田の矜持の一端に踏み込んだだけでこの反応。それは彼女が自分で作り上げてきた人格に絶対的な自信を持っている証拠だ。

 

櫛田は肺に溜め込んでいたモノを全て吐き出すかのように大きく息を吐く。

鉄仮面と呼ぶには華がありすぎるように思えるが、そう評するに相応しい防御力を取り戻していく。

 

「ありがとね。綾小路君。おかげで本調子。ほら、この通り」

「櫛田の役に立てて何よりだな」

 

一度気を引き締めれば、俺なら如何なる状況でも動揺したりはしない。そしてそれは櫛田にも同じことが言える。

 

「一つ質問してもいいか?」

「え〜、えっちなのはダメだよ?」

「…そういうのじゃない」

「あはは。冗談だよ〜。分かってるって」

 

余裕を取り戻した彼女はふわふわと周りにお花が散っていそうな満開の笑みで揶揄ってくる。

こんな絡み方をされて好きにならない方が難しい。魔性の女とはこの事だ。

 

きっと今の彼女の前では太陽すらも引き立て役だ。

 

だがそんな内心はおくびにも出さず、俺は部屋の出入り口付近に気配がない事を確認してから核心に踏み込んでおく。

 

「櫛田は優待者か?」

「ううん、違うよ。綾小路君は?」

「…合格」

 

ハンター試験で試験官ごっこをやってる狂人みたいな反応になってしまうほど、彼女の対応は完璧だった。

   

大前提として、クラスの優待者の情報を全て掴んでいる俺がこの質問を櫛田にする意味はない。

だからこそ彼女は質問の意味ではなく、質問の意図を汲んで答えた。

 

その意図とは俺ではない誰かに、同じ質問された時どう答えるかだ。

 

「確かに本調子のようだな。いつもに増して可愛いし」

「え〜、お世辞が上手いなぁ、綾小路君。もしかして、普段からそんな感じで女の子口説いてるのかなぁ?」

「そんな些細な事は忘れたな。今は櫛田のことを考えるのに精一杯だ」

「あははっ、誤魔化し方も一流だねっ。誰に教わったのかなぁ?でも、嘘だとしても嬉しいよ。ありがとっ」

 

まさに鉄壁だな。どれくらい鉄壁かと言うと流れで連絡先を聞いたら、「ごめん、LINEやってないんだ」って返してくるくらい鉄壁。多分、インスタもやってない。その癖、tinderはやってる。

 

だが、鉄という物質は硬ければ硬いほど脆いという性質も持ち合わせていることを忘れてはならない。

 

「別にお世辞も嘘も言ってないんだけどな」

「……そ、そういうのはいいから!!」

 

物は試しと思い、押してダメなら引いてみろを実践した結果、急所を触れられた犬や猫が反射で飼い主に噛み付くように背中を思いっきり叩かれた。

さっきと寸分違わず同じ場所なのは意図してなのだろうか。だとしたら、中々のやり手だ。すごく痛い。

 

ヒリヒリと痛みを訴える背中をさすっていると、廊下の方から和気藹々とした声が響いてきた。

聞き覚えのある活気に満ちた声。もしかしなくても一之瀬御一行だろう。

 

「わ、二人とも早いね〜。今日はよろしくね〜」

 

試験開始30分前。同グループのBクラスの一之瀬、神崎、津辺の3人が一斉に入室してきた。

櫛田はすぐに立ち上がり、会社の宴会でお酒を注いで回るシゴデキ社員のような立ち回りで3人を誘導し始める。

 

流石のコミュニケーション能力と言ったところだ。

仏様のように椅子の上で座ったまま、ぶっきらぼうに「よぉ」としか挨拶できない俺とは大違いだ。

 

だが、そんな無愛想な俺にも優しくしてくれる。それが一之瀬という存在なのだ。

 

「綾小路君、こっちの隣いいかな?」

「ああ。構わない」

 

わざわざ断りを入れてくる律儀な一之瀬に対して、俺も礼儀くらいは尽くそうと隣の椅子を引いた。

櫛田のように場全体を気を回すことはできないが、身近な人を気遣うくらいは俺にも出来るのだ。

 

「…あれ、なんか前にもこんな事あった気が……。……あっ、あっ……。な、なんでもない!」

「え?帆波ちゃん?」

「どうした一之瀬。具合が悪いのか?」

 

思い出したくない記憶をフラッシュバックさせた一之瀬が分かりやすく取り乱した事で、クラスメイト二人から心配の声が飛び交う。

しかし、事情を知らない二人では今の一之瀬を鎮めることは出来ないだろう。

 

「一之瀬。俺は良かったと思っている」

「……な、何が?」

「一之瀬が俺に忘れて欲しいと思ってない事が分かったから。その事が俺は嬉しい」

 

あれだけの事があって、その記憶を全部自分のものとして持っている一之瀬が、どれだけ取り乱しても俺に忘れてとは言わなかった。

 

今の彼女にその事実に正面から向き合う覚悟はないが、それは都合良く無かったことにしていいものではないと分かっている証拠だ。

 

「…あ、ありがとう。色々」

「どういたしましてぇ」

 

俺の右太腿に肉が削がれるかと思うほどの痛みが走り、思わず情けない声が漏れる。

 

…無論、犯人は隣に座る櫛田以外あり得ない。

 

意図は何なの?とそちらを向くも本人は素知らぬ顔で俺たちの正面に腰掛けた二人の気を逸らすかのように「試験いきなりだよね〜」なんて会話していた。

 

味方なの?敵なの?それとも京都伏見の筋肉フェチみたいな変態なの?

 

「…てぇ?」

 

一之瀬が俺の変な語尾を拾って、それを揶揄ってくるように首を傾げる。うん、あざとい。でも、それを差し置いても可愛い。太腿の痛みなんて忘れてしまいそうだった。

 

「今のは忘れてくれ」

「にゃは、仕方ないにゃあ〜。それじゃあ、貸し1つだねっ。…だって、私の方は忘れて欲しくないからね」

「…ああ、そうだな。なら甘んじて借りておく」

 

可愛い。文句なんてつけようのないくらい可愛い。

けれど一之瀬さん。貴方のクラスメイトからの視線が針のようで痛いです。

櫛田の話術で誤魔化せないくらいに、俺達の間に奇妙な空気が漂ってしまってます。

 

しかし、その空気は長く続かなかった。特別試験の役者はまだ半分も足りていないからだ。

 

俺にとっては助け舟とも思える険悪なムードで坂柳と葛城が率いるAクラスが続いて入室してくる。

 

「いいんだな?坂柳。俺に一任する判断で」

「ええ、構いません。葛城君にとっては無人島試験での失態を挽回する最後のチャンスでしょうから、悔いの無い選択をする事をお勧めしますよ」

「…余計なお世話だ」

「ふふ、出過ぎた真似をしました。私の戯言は気になさらず、存分に力を奮ってください」

 

芭流覇羅vs東京卍會を彷彿とさせる一触即発のピリついた空気はすぐに試験会場を支配する。

一之瀬含めBクラスの面々の顔付きも真剣なものへと変わっていく。

 

しかし、そんな空気を作った張本人とも言える坂柳は、そんなものお構いなしと言わんばかりに俺に話しかけてきた。

 

「こんにちは。綾小路君」

「…挨拶は俺に対してだけでいいのか?」

「ええ。他の方とは挨拶する義理がありませんから」

「それは少し寂しいな、坂柳さん。もしかして、私達は眼中にないってことかな?」

 

大胆不敵な坂柳の発言に、一之瀬が反応する。

神崎も津辺も同じ意見のようで坂柳を見定めるように睨んでいる。

 

「確かにAクラスはクラスポイントで頭一つ抜けてるけど、内部で争ってるほど余裕がある訳じゃないよね?」

「お気を悪くさせてしまい申し訳ありません。少し勘違いをさせてしまったようですね」

「……」

「…勘違いだと?」

 

坂柳の態度に怪しさを感じた一之瀬は様子見の一手を選んだが、神崎はそうではない。

罠に等しい坂柳の口車にいとも容易く乗ってしまう。

 

「ええ。この特別試験、私個人としては貴方達を応援してるくらいなんですよ?」

「…どういう意味かな?」

「言葉通りの意味ですよ。一之瀬さん。立場上、協力はできませんが、貴方の邪魔など決してしません」

 

神崎のフォローに回った一之瀬だが、それは悪手だ。

ミイラ取りがミイラになる典型的な例だと言える。

 

神崎が坂柳に食われるだけなら、無視するつもりだったんだがな……。

あ、食われるって言っても性的な意味じゃないぞ(蛇足)

 

「坂柳のような不確定要素が一之瀬の邪魔にならないとは到底思えないな」

「ふふ、それは綾小路君が決める事ですか?」

「決めるのは一之瀬だ。俺は思った事を口にしたまで」

 

ボールが一之瀬に再び渡り、自然にそちらを向くと静かに優しく笑う彼女に目だけでお礼を言われた気がした。これでさっきの借りは返上したことになるだろうか。

 

…いや、貸し借りどうこうじゃない。

損得勘定ではなく、俺は彼女が窮地にいるなら迷わず手を差し伸べる。それくらいには彼女に惹かれている。

 

「脇役だけで勝手に盛り上がってんじゃねぇよ」

 

一之瀬が答えを出す前の僅かな沈黙を引き裂くかのように、龍園率いるCクラスがドタバタと入室してくる。

そんな乱暴で無粋な登場に野生の獣を彷彿とさせるが、こちらにはそんな獣を狩る事にしか生を見出せないハンターみたいな女が一人いる。

 

「あらあら、不良ごっこをしている割にはお早い到着ですね。もしかして仲間外れにされて寂しかったんですか?龍園君」

「外野は黙ってろ。姫プで気持ちよくなってるお前なんかよりは健全な高校生なんだよ」

「慕われた経験がない人にはそういう風に映るんですね。勉強になります」

 

予定調和とも言えるようなお互い一歩も引かない舌戦が繰り広げられる。

誰彼構わず噛み付くという厄介な習性をした二人が集うと収集が付けられないな。

 

出来れば両方とも関わり合いたくない。特に龍園の方は。

 

……けれど、そんな訳にはいかないんだろうなぁ。

その悪い予想はすぐに的中して、龍園が俺の方にズカズカとやってきて、隣で萎縮したフリをしていた櫛田に乱暴な声をかける。

 

「おい、退け。そこは今から俺の席だ」

「…え?わたし?」

「察しの悪いフリは寒いからやめろ。お前以外に誰がいる」

「……」

 

櫛田が俺の方をチラリと伺ってくる。

いきなりの状況で困惑した表情を浮かべているが、裏の声を読むなら「守るって話はどこにいったんだよ?あぁん?」って感じだろうか。

…うん、無茶言わないでくれ。まあ、やるだけやってみるけどさ。

 

「脅迫行為は即退学だぞ。龍園」

「おいおい、今ののどこが優待者に関する情報割り出す行為なんだ?いや、この女が優待者って言うなら話は別だがなぁ?」

「それは朗報だな。もしも櫛田が優待者であればお前は退学してくれる。そういう話でいいのか?」

 

特別試験のルールになくとも、脅迫行為は学校から認可されるものではない。

龍園はその反論を優待者の話を持ち出す事で封じ込めた。

 

この特別試験においてのみ、優待者について反論しない事は何よりも疑われる行為。そして疑わしき存在は罰せられるのだ。

 

「え、えっと……」

 

優待者という単語が飛び交う中でも、櫛田はあくまで困惑のみを貫いた。わざわざ、優待者じゃないと否定するような愚挙はしない。

 

厄介な人に絡まれてる被害者としての演技のみで、情報は何も与えない。

 

「くくっ。まあいい。お前の監視に限っては俺より適任がいるからな」

 

坂柳と同じく、荒らすだけ荒らして満足したのか龍園は空いてる席にどかっと腰を下ろす。

そして机に肘をつき碇ゲンドウみたいなポーズで、周囲を睥睨し始めた。なにあれ、ツッコミ待ち?

 

「…やるじゃん」

「そりゃどうも」

 

何とかナイトの役目を果たした俺は、櫛田からボソリとお褒めの言葉いただく。

これがパワプロならノリノリで気分上々で朝までパーリナイなんだが、そうは言ってられない状況だろう。

 

この先、このカオスなメンバーで特別試験が始まるのかと億劫な気持ちになっていると、一之瀬側から横腹につんつんと押される感触があった。

一之瀬らしくないボディタッチにドギマギしながら、振り向くと……

 

 ——時が止まった。

 

そこにいたのは吸血鬼でもなければ、魔法少女でもなく、たった一人の人間。

 

俺は時間という概念を失った忘却の彼方で彼女の底すらない可能性を見た。

 

「こんにちは。綾小路君。お目付け役を任命された椎名です。実は龍園君と綾小路君が話してる間に一之瀬さんに無理言って席を譲っていただいたんです。…驚きました?」

 

……もしかして、龍園って良い奴なのか?

 

サプライズが成功して嬉しいのか、小さい手を合わせて、小さくぱちぱちさせて俺の様子を伺う椎名は食べてしまいたくなるほど可愛かった。

…あ、この食べてしまいたいってのは性的な意味を大いに含んでいます(蛇足)

 

「びっくりして時間が一瞬でも止まったよ。今日はお手柔らかに頼む」

「ふふ、大袈裟ですね。でも、ダメです。試験ですから。手加減はしません」

 

両手をグッと握りしめて、やる気満々といった椎名が(以下略)。

 

いっそのこと、隣にいる櫛田が優待者ってこと教えてしまいたい。そんな複雑な感情に駆られるが、きっと椎名はそれでは満足してくれないだろう。

 

うーん、何というジレンマ。神は俺に試練を与えたもうた。

 

なんか、特別試験なんてどうでもよくなってきたな〜。

 

『ではこれより、1回目のグループディスカッションを始めます』

 

俺の特別試験のモチベが椎名に上書きされてる間に、試験開始の時刻を迎えたらしい。

無情にも、スピーカーのアナウンスは龍グループによる熾烈な戦いの開幕を宣言した。

 

 

【龍グループ メンバー】

 

Aクラス

坂柳 矢野 葛城 的場

Bクラス

一之瀬 神崎 津辺

Cクラス

龍園 椎名 園田

Dクラス

綾小路 櫛田

 

 

 

 

「早速だが、一つ宣言しておく。俺達Aクラスは話し合いに参加しない」

 

まさに先手必勝の一手。誰がファシリテーターを務めるかすら決まっていない状況で葛城は的場と矢野を連れて、話し合いを放棄した。

意味不明とも言える行動に神崎や園田がその説明を求めて声を上げるが、それには黙秘権を行使するとばかりに無視を撤退する。

 

それもそのはずだ。わざわざ敵に戦略を全て明かす馬鹿はいない。誓約と制約で念能力の出力が上がる訳でもないのだ。

 

いきなりの状況が呑み込めていない大半の目が葛城に逸れているのを確認して、俺は席から動かずにアルカイックスマイルを浮かべている坂柳に声をかける。

 

「坂柳も同じ姿勢か?」

「はい。期待に応えられなくてすいません。本来であれば綾小路君のお話し相手は私が務めるべき。いいえ、私以外には務まらないという表現の方が正しいでしょうか」

 

口が減らないだけじゃない。坂柳はわざと声を張って観衆の耳を傾けさせた上で俺の力を誇張に持ち上げる。

この試験、大手を振って参加するつもりはないように見えるが、引っ掻き回してやろうという悪巧みは絶えなそうだ。

 

そんな坂柳の話を隣で聞いていた椎名が分かりやすくむっとしていたが口を挟むことはしなかった。

坂柳が私だけが俺の唯一の理解者だと誇示した事が気に入らなかったのか、俺の力をわざわざ周囲に喧伝した事に腹を立てたのかは定かではない。

 

ただ唯一、確かなことがあるとするなら…

 

椎名が俺の味方であるという事だけだ!(※敵です)

 

「にゃは、困ったことになったね。皆、どうしよっか?」

「どうするもこうもないんじゃないか。一之瀬。Aクラスは話し合いを放棄した。膠着状態は避けられない」

「うん、私も概ね神崎君の言うとおりだと思う。だから、少し角度を変えて、何故Aクラスが膠着状態に持ち込んだのかを考えてみるのはどうかな?」

 

一之瀬の発案に意を唱える声はない。むしろ逆で、この場にいる大半が同調し始めていた。

龍園でさえも、一之瀬が主導権を握ったことを静観している。

 

「ではまず、私の推測だけどAクラスは逃げ切りを狙ってるんだと思う。学校側が公平を謳っているから—

 

優しい声音で流れるようにスムーズに話し合いを進行する一之瀬だが、やっていることは中々に容赦がない。

Aクラスを他3クラスの共通の敵へと押し上げて、この場を法廷として断罪しようとしているのだから。

 

そして、一之瀬の推測は既に葛城の戦略の大枠を捉えている。後は椎名や神崎が少し補完するだけで、戦略は丸裸になる。

 

だが、戦略というのは中身を知っていても対策しづらいから戦略として有用なのだ。

 

情報の非対称性が大きいとある戦略ゲームで、その情報アドバンテージを放棄し、内容を全開示したサイクル構築が1位に輝いた事があるのは有名な話だ。

 

「…ここまでをまとめると、Aクラスは全てのグループで対話を拒否して話し合いを成立させず、学校側が仕組んだ公平な結果へ導こうとしてるってところかな。…どう?葛城君、これで合ってる?」

「流石だな。一之瀬。こんな短時間で暴かれるとは思わなかった。もう少し時間稼ぎが出来ると思ったんだがな」

「元々隠すつもりなんてなかったわけだ?」

「ああ。俺はこういった戦略を取る以上、一定の説明義務はあると思っている。他のグループではしっかりと説明した上で同じ行動を取っているはずだ。しかし、龍グループに選ばれた君達なら別だ。自分で結論に辿り着ける連中にわざわざ語る必要はないだろう?」

 

その答えは葛城なりにシンキングというテーマに真摯に取り組んだ結果に思えた。

 

無論、その堅牢無比とも言える葛城の戦略にも、いくつか穴がある。

しかし、その抜け穴と呼べる道は全て蛇の道。とても選べるようなものではない。

 

「くくっ。試験をつまらなくさせる天才だな。お前は」

「何とでも言うがいい。龍園。今回はお前の存在に感謝してるくらいだ。俺の戦略を完璧なものに引き上げる立役者としてな」

 

葛城の戦略へのカウンターとして最も分かりやすいのはAクラス以外の3クラスが協調する事。

葛城の戦略はその可能性が無いことまで計算に入れて組まれている。

 

「厄介者だな。龍園。生活態度を改めた方がいいんじゃないか?」

「くく。傑作だな。なら、無人島試験でリーダーをすり替えて他を出し抜いたお前は何なんだ?」

 

そんな龍園の言葉に神崎や津辺が頷き、坂柳が軽く吹き出す。

……確かに。俺は龍園の事をどうこう言える存在ではなかった。

  

無人島試験の勝利で勝ち取ったのはあくまでクラスメイトの信頼のみだ。

冷静に分析すれば、他のクラスからの信用は龍園と遜色ないレベルかも……。

  

「何かと言われればそうだな。……アウトサイダーとかか?」

「はっ、抜かせ。それに、俺はお前ら雑魚の手を借りるつもりなんざ元々ねぇ」

 

龍園が独力での攻略を宣言したところで、所定の1時間がアナウンスによって告げられる。

 

第一回グループディスカッションを総括するなら、龍園はもしかしたらいい奴なのかもしれないって事が分かったくらいのもので、他の収穫はゼロと言っていい。

いや、さっきの話で共闘が絶望的になった事を踏まえればマイナスとも言えるだろうな…。

 

「では、また夜に会いましょう。綾小路君……。ふふ、いえ、アウトサイダーと呼んだ方がよろしかったですか?」

「その呼び方をするなら、金輪際、坂柳を無視する」

「些細な冗談ではないですか。今回、出番無しの私は暇なんです。もう少し言葉遊びに付き合ってくれてもいいじゃありませんか」

 

試験終了後は残って話し合いを続けるもよし、解散するもよしって話だ。

葛城や龍園はすぐに退散し、一之瀬もクラスの皆と作戦を練ると言ってこの場を後にした。

 

ここに残ってるのは暇人の構ってちゃん女と俺と天使のみだ。

 

坂柳に抉られた心が癒しを求めて椎名の方を向くと、神妙な面持ちで顎に手を当てていた。

…天使ではなく神でしたか。俺がそんな気持ちに体を任せてははぁと平伏して崇めようとしたところで、啓示が降ってくる。

 

「確かに、綾小路君は良い意味で中二病なところがありますよね」

「…椎名?それは本当に良い意味なのか?」

「はい。私にとっては100%いい意味です。綾小路が中二病でなかったら、あの宝物みたいな経験はなかったでしょうから」

 

…宝物?何のことだ?

ピンと来てない様子の俺に、椎名は「ふふ、無自覚だからこそ良いんです。そこが可愛いんです」なんて言いながら饒舌に説明し始める。

 

「『moonlight serenade』。子守唄で洋楽をチョイスするなんて、本物の中二病じゃないと出来ませんからっ」

 

「…椎名さん。その話、詳しく聞かせてくれませんか?ptならいくらでも払います!」

 

「ふふ、ダメでーす。私達の思い出は非売品ですからっ」

 

……椎名の100%いい意味という言葉は本音だろうが、俺にとっては100%悪い意味でしかないじゃないか。

 

そんな雷に打たれたような衝撃の間に、好奇心の化け物になってしまった坂柳が悪魔と取引をしていたように思える。

 

椎名ひよりは天使でもあり、神でもあり、悪魔でもあるのだ。

 

…こういう誇張表現が中二病と言われる所以だという事をこの頃の俺は知らない。

 

 




HUNTER×HUNTERが週間連載してるのに、俺が書かないのは筋が通ってない

キリが悪くて、文字数多めです。
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