『申グループの試験は終了いたしました』
試験2日目は聞く人によっては最悪のアナウンスで目覚めた。
時刻は朝5時。昨晩、夜更かしした身にとっては中々に効くものがある。
佐倉との会話が弾んで…、いやこの表現は的確じゃない。懸命に話す彼女に対して会話を切り上げる方法が分からなくてダラダラと間延びしてしまったせいだ。
俺はすぐに同じグループである小野寺に確認し、高円寺が2回目のグループディスカッションで怪しげな発言をしてたと証言が取れる。
となれば、特別試験が面倒になった彼が身勝手に終わらせたと推測が立つ。
(…申グループの結果がどうであれ構わない。重要なのは高円寺が優待者じゃなかったという事実一点のみ)
高円寺と接触して確認する手間が省けたことにより、俺は寝不足の体を十二分に労わることができた。
◆
試験2日目午後1時。
第3回グループディスカッション開始の合図を鳴ると同時に2つのグループが動く。
語るまでもなく、1つは葛城グループ。
そしてもう一つはDクラスである俺と櫛田だ。
葛城達とは固まってる場所から真反対に位置するところまで椅子を持って下がると、トランプを片手に握りしめていた一之瀬が困惑の声をあげる。
「え、綾小路君?櫛田さん?」
なんでトランプなんか持ってるんだ?まさか、死神クイズでも始めるんだろうか?…なんて冗談はさておき、俺は昨日取り決めた通りに宣言した。
「昨日の2回の話し合いで、俺達はこの龍グループの優待者の正体を掴んだ。悪いが、間違っていないと確信している」
「…それは、葛城君達と同じく綾小路君達も話し合いを止めるってことかな?」
「逆だよ。一之瀬。俺はその上で話し合いを持ちたいだけだ」
「馬鹿が。それ以前の話だ。綾小路の言葉は100%ブラフ。本当に優待者を見つけたのなら、今すぐ学校側にチクって仕舞えばしまいだ」
「あまり言いたくないが、龍園の言う通りだ。人を疑う事を少しは覚えた方がいいようだな。一之瀬」
3クラスのリーダーが三者三様の反応を見せる中、坂柳だけが俺の企みに気付いているかのように薄く笑っている。
「葛城、龍園。その前提が成り立つのは優待者が他のクラスにいる場合の話だろう?」
この場にいた全員が俺の発言に目を見開いて、俺と櫛田を交互に見る。
優れた洞察力があれば、この各々の反応だけで優待者を炙り出す事ができるだけに、本来メリットしかない優待者が櫛田であることは俺にとってデメリットとすら言えた。
「語るに落ちたな。綾小路。仮にお前か櫛田が優待者だとして、それを明かすメリットは何処にある?」
「陽動作戦でないなら聞かせてもらおうか。綾小路。それが俺の戦略に対してカウンターになるのかどうかを」
龍園も葛城は邪道と王道という違いはあれど、真っ当な選択を取ろうとする。
だからこそ、理解の外側にある選択肢には滅法弱い。
「ふふ、随分と二人はおめでたいんですね。もしかして、その祝典の余興で龍園君と葛城君はペアになってフォークダンスでも踊られるつもりですか?」
「昨日、言ったはずだぜ?部外者は部外者らしくしてろってな」
「その様子では本当に気付いていないんですね。独力で攻略すると威勢よく切っていた啖呵も、話し合いを持たない戦略を貫こうとしていた意思も、綾小路君のたった一言ひっくり返されているという現実に」
「そう言うな、坂柳。別に聞かせたところで結果は変わらない」
「お優しいんですね。二人に餞を用意してあげるなんて」
バカを言え、俺が贈り物をするのは女の子に対してだけだ。なんて声に出して言うのはやめておいた。
坂柳にまた揶揄われて、ふとした拍子に俺の頭の中で何かが切れて、そのままヤッてしまいそうだからな。
「俺達Dクラスは優待者の情報を売ることに決めた。この話はこの龍グループだけではなく、全てのグループで共有するようにしている。リーダーであるお前達にはそろそろ判断を仰ぐメールが来る頃じゃないか?」
三人はスマホを確認して、俺の行動が突発的なものでもないと理解させたところで話を次のフェーズへと移行させる。
「優待者一人当たり50cpに50万ppt。いくらptを払うべきなのか、他に見合う対価を用意するべきなのか。しっかりと吟味してくれ。俺達としては一番都合の良いクラスに売るつもりだ」
「そして、期間は敢えて決めていない。俺達が満足できる内容だと判断した時点ですぐに売却する。俺からは以上だ」
俺がこの作戦に踏み切った理由は2つ。
一つはDクラスと他クラスでクラスポイントの価値が違うことにある。その絡繰は単純で在籍人数の差だ。
俺のDクラスが22名なのに対して、他のクラスは40名。同じ50cpでも1ヶ月あたり9万pptの差額が発生する。
そしてもう一つ。葛城が信じてる厳正たる調整による優待者の配分だが、実は公平ではない。
俺が知りうるクラスの優待者は櫛田のみ。そして高円寺も、今朝暴走したことで優待者ではなかった事が判明した。
確認は取れていないが軽井沢は学校側の調整意図を汲んでも優待者である事は間違いないとして、Dクラスの優待者は2人で確定だ。
本来1クラス3人ずつ与えられる優待者が一人少ないのは、これまた在籍人数が少ないことによるペナルティと見ていいだろう。
「綾小路君。一つ訊いていいかな?」
「ああ、一之瀬の質問なら何にでも答えるつもりだ。スリーサイズくらいならリップサービスしてやってもいい」
「…冗談でペースを崩してこようって事は私が訊きたい事は分かってる感じかな?」
「交渉の余地があるか確認したいんだろ?」
「にゃはは。この調子だと本当に交渉になるかすら怪しいにゃあ」
「気負わなくていい。試験が始まって俺たちがすぐに距離を取ったのは、元より一之瀬達との交渉を秘密裏に行うためだ」
初めから俺達DクラスのメインターゲットはBクラスだった。いや、暫定Bクラスと呼ぶべきか。
無人島試験での結果を加味したクラスポイントでは龍園クラスに50cpのリードを許してしまい、この試験では1ptでも多く集めたい状況。
彼女達の財布の紐を緩めることは難しくない。
俺と櫛田はBクラス3人を手招きして歓迎するついでに、慌て始めた葛城一派と見た目は冷静でも心穏やかではないはずの龍園に牽制しておく。
「あらかじめ言っておくが、二人とは取引に応じる事はあっても交渉するつもりはない。それがお前達の望みだったはずだからな」
「綾小路君。龍園君とはダメでも私とは交渉してくださいますか?」
「愚問だな。椎名。答えるまでもない。歓迎しよ…うぉっ」
櫛田のグーパンチが俺の脇腹に突き刺さる。それは恐ろしく早いグーパンチで、Bクラスの3人も見逃してしまっただろう。
…昨日の夜、溜めに溜めたフラストレーションも相まってか、常人なら肋骨に甚大な被害がある威力だった。
「ごめんね。ひよりん。それは出来ないってクラスとの約束なんだ」
「櫛田さんが言うなら仕方ありませんね。大人しくしていることにします」
「悪いな。椎名。後で個人的にでよければいくらでも付き合う」
「綾小路君?しつこいよ?」
表の櫛田が為せる最大限の低い声で俺を諌めてきた。
他のクラスの人間が見れば、お調子者の俺の手綱を握っている櫛田という微笑ましい光景に映るかもしれないが、今の声はガチだった。
仕方がない…。椎名との時間はお預けにして、今は特別試験と向き合おう。
「一之瀬。用心に用心を重ねて、此処からはスマホのグループチャットでの筆談にしよう」
「おっけー。じゃあ、グループは私が作るね」
一之瀬は慣れた手つきでグループチャットを作成する。櫛田が目線だけで、どうして一之瀬が俺の連絡先を持っているのかを問い詰めてくるが今は意図的に無視しておく。
5人全員がグループチャットに入った事を確認して、俺は用意していた文面を送信した。
『
結果1
グループ全体で優待者を共有してクリア。(優待者に100万ppt。他の生徒に50万ppt)
結果2
試験終了後の回答で誰か一人でも間違えれば優待者の逃げ切り。(優待者に50万ppt)
結果3 結果4
試験途中で優待者を申告した回答の成否で結果が分岐
→正解の場合、50万pptとその者の所属クラスに50万cpを得る。優待者のクラスは50万cp失う。
→不正解の場合、その者の所属クラスは50万cp失い、優待者は50万pptと50万cpを得る。
』
『この後の話し合いを円滑に進めるために一応この試験の結果をアナウンスとして固定しておく。必要になったら適宜活用してくれ』
グループチャットにあるチャットを固定する機能を活用する。一之瀬は全て頭に入っているだろうが、津辺、神崎には抜けがあるかもしれない。
そういう半端者をしっかりと交渉のテーブルに着かせることは基本的に俺には有利に働く。
『至れり尽くせりだね。ありがとう。綾小路君』
『お礼は必要ない。この場を一方的なものにするつもりはないからな。出来る限りそちらに寄り添い要望に応えるつもりだ』
『だったら遠慮なく要望させてもらう。さっき3人で決めたことだが、俺達は今回のディスカッションで答えは出せないと判断した』
『だろうな。プライベートポイントは個人の資産のようであってそうじゃない』
『その上で要望だ。俺達が条件を提示するまで龍園や葛城に情報を売るのはやめてもらいたい』
それは俺達Dクラスのオークション形式の全否定とも言える発言。
要は賃貸物件の仮押さえのようなやり口だが、提示する条件の内容、いつ条件を提示するか、その重要な2点が不透明では到底通せる要求ではない。
『龍園、葛城の提示したリターンよりもさらに価値を上乗せした条件で購入する。これが約束出来るならその要望を通そう』
俺が神崎の要求に即レスしたのに対して、3人は俺のメッセージを読んだ後、顔を見合わせる。
神崎がすぐに首を横に振ったことで結論は出たようだ。
『少し無茶な要望だっだかもしれないな。悪いがその条件は呑めないので取り下げさせてもらう。ところで、この作戦は綾小路の独断か?』
『作戦自体はクラスの総意だ。随所の判断は迷いが生じないように一任してもらってる』
『勿論、基本的な部分は綾小路君に任せてるけど、間違ってると思ったら私も口を挟ましてもらうよ。ほら、綾小路君に任せると大変なことになることもあるからね。ひよりんとか、ひよりんとか』
櫛田の冗談めかしたチャットで一気に空気が和んでいく。
顔を険しくしていた神崎ですら、少し表情が緩んでいた。
それにしても、椎名が3人もいるなんてそんな幸せな空間があるならぜひご紹介願いたいものだ。
俺は櫛田の冗談を脳内で再現し、左右正面から椎名に囲まれる想像を働かせていると、一之瀬がチャットで大本命とも言える第二の矢を放ってきてすぐに我に返った。
『綾小路君は気付いてるんだよね。私達のクラスには優待者が4人いるってこと』
『ああ、昨日の2回目のディスカッションの時に気が付いた。上手く櫛田と園田を巻き込んで話を回していたが、あれでは本質的な解決には程遠い。神崎や津辺の発言からも鋭さが消えていて、すぐにパフォーマンスだと分かった』
第一回のディスカッションで葛城の籠城戦略を目の当たりにした一之瀬はすぐにクラスメイトの優待者を把握して、自分のクラスがアドバンテージを持っている事を知る。
ならば、そのアドバンテージをどう使うかを考える。
優待者の数でリードしているという情報は葛城の戦略の根底を覆し、強制的に話し合いのテーブルへと引き摺り込むことが出来る強力な武器。
しかし、その反面、優待者の数でリードしていると自ら開示すれば、せっかく持てた話し合いの場で注目の的になる事は避けられない。
ハイリスクローリターンだ。賢い選択ではない。
結論、葛城の戦略に便乗する他ない。このまま試験が終われば、50万pptを他より稼いだ状態で終われるのだからそこで手打ちにするべきだ。
…と、普通の人なら考える。
『意地悪だなぁ、綾小路君。まるで私のクラスメイトがミスしたみたいな言い方』
『そんなつもりはなかったんだが……。可愛い女の子には意地悪したくなる男の性が悪さをしたのかもしれない』
そう冗談めかしたチャットを打ってみたものの、既読がつくだけで返信が返ってこない。
不自然に思い、スマホから顔を上げると一之瀬が頬を赤らめたままガチガチに固まっていた。壊れたロボットみたいだ。
…一之瀬は案外、ストレートな褒め言葉に弱いのかもしれない。
その様子を見ていられないとばかりに櫛田が嫌気がさしたような雰囲気を醸しながらポチポチとスマホを打ち始める。
いや、嫌気をさしたようなというのは完全に俺の主観でしかないから他人にはどう映っているかは分からないが。
『一之瀬さん達はクラスに優待者が4人いると分かったと同時に優待者が2人しかいないクラスが存在するという事実にも見逃さずに気付いたんだよねっ?』
『その通りだ。そして、俺達はそのクラスが動き出して膠着状態が崩れればフラットに戦えると判断して、機を待っていた。俺達はどんな結果になろうとも結果3と結果4を奪い合う展開を望んでいる。俺達に必要なのはpptではなくcpだからな。…だが、こんな展開になるとは正直予想していなかった』
櫛田と神崎が代筆する事で何とか話し合いが続く。
一之瀬も津辺がフォローしているので、立ち直るのも時間の問題だろう。
『そちらの優待者の数を開示しなかったのは俺なりの配慮だったんだが、余計なお世話だったか?』
『あまり意味のあることには思えないな。綾小路が俺達以外の生徒と取引しようとした時点で自ずと知れ渡る事だ』
『そこは徹底してコントロールするさ。俺は優待者3名分の権利を売るように立ち回る。そして、俺が売るのは優待者の情報であって、それをどのタイミングで酷使するかは購入者に一任する』
『…本当に周到に考えられている。俺達に損がないように寄り添うというのも嘘ではないようだ』
神崎は俺の回答にひとまず満足したのか、スマホから手を離し、眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
特段、彼を侮っていたわけではないが、一之瀬の用心棒として最低限の能力は持っているようだ。
『綾小路君。私達としては話し合いを持たずしてクラスポイントが得られるならそれに越した事はないんだ。話し合いをして勝てる保証はないからね。だから、次のディスカッションまでに綾小路君達が納得できるであろう条件は提示するつもり』
『今は一之瀬のその前向きに購入を検討してくれそうな色よい返事で満足しとこうか』
『その表現じゃ買わない人みたいだよ。綾小路君』
メッセージ上では底抜けに明るい人格を思わせる櫛田が可愛らしいスタンプを追加で送ったところで、第三回グループディスカッションが終わりが告げられるアナウンスが流れた。
次のディスカッションか…。手遅れにならないといいがな。
◆
一之瀬の後を続くように退出した俺は櫛田と並んで廊下を歩いていた。
当然、他のグループも試験が終わったばかりで廊下ですれ違う生徒が多い。
俺にとっては他人同然の同級生達に櫛田は有料級の笑顔を振り撒いていく。
「き、桔梗ちゃん。今、暇?俺達この後屋上のプール行くんだけど良かったら—」
「ごめんね。今から綾小路君達と作戦会議なんだ」
「そ、そこを何とか…」
「櫛田。次の試験まで時間はたっぷりある。少しくらいなら遊んできても問題ないぞ」
やんわりと断ったにも関わらず、何とか食い下がろうとする名前も知らない生徒の折れない姿勢を評価して俺は助け舟を出してみることにした。
「ほら、こいつもこう言ってるしさ」
「……でも、クラスの大事な時に話し合いに参加できないのは私としては嫌なんだ。ごめんね。だから無理」
女子に言われたら傷付くワード第二位。『無理』。
ちなみに堂々の第一位は『キモい』だが、これは時と場合によっては男を喜ばせる効果を持っているらしい。
その一方で『無理』は明確な拒絶以外の意図はなく、彼の心を折るに十分な効果を発揮した。
見事に玉砕した哀れな彼の姿を見て、次は俺が櫛田に声をかけるとネクストバッターサークルで意気込んでいた連中も三々五々に散っていく。
「今の誰なんだ?ナチュラルにこいつ呼ばわりされたんだが…」
「Cクラスの山脇君。小さい事気にしてると器が小さいと思われるよ?」
「悪かったな。些細な事が気になる性分なんだよ」
「損な性格だね〜」
嵌合しない部品同士を溶接で無理矢理くっつけたような間に合わせの会話。
廊下の突き当たりの角を曲がり、人の気配が絶たれたところで気を緩めた櫛田はすぐに鬱憤をぶつけてくる。
「綾小路君。さっきの一体どういうつもり—」
「後で説明する」
俺は手振りでそれをすぐに制して、背後をチラリと窺う。
隠れるいなやはないと主張するかのように、堂々と姿を現したのは龍園と伊吹とさっき無惨に散っていったばかりの山脇だった。
「任侠映画の撮影かってくらい物騒な面子だな。俺達善良市民に務まるキャストはなさそうだが…、何か用か?」
「くくっ、仮にもアウトサイダーを自称してたやつの台詞じゃねぇな」
「その話は二度とするな。そこの山脇みたいな怪我人を増やしたくなかったらな」
山脇の生々しく腫れ上がった頬は赤黒く、嫌でも視線を引く。ほんの数分前は少し陽に焼けた程度の健康的な肌だっただけに。
「営業成績の悪い部下がお咎めなしじゃ他に示しがつかないからな」
「高望みしすぎじゃないか?零細企業が大手メーカーに出向いても門前払いは当たり前だ」
「結果はおまけさ。取引先が誰であろうと口八丁で乗り切る。頭が足りない分、それくらいの気概は最低限必要って話さ」
「あーもうっ!うざいうざいっ。何の話をしてるか1ミリも分かんないし!それよりも龍園!私の話を聞けって言ってんの!」
伊吹がやけに俺の方を見ないと思っていたが、用があるのは龍園の方だったらしい。相変わらず目的に一直線だ。
不毛な探り合いを剣のある声で一刀両断した伊吹は自信満々の表情で龍園との距離をさらに詰める。
ああいう何も考えない猪突猛進タイプの方が、存外営業職に向いてるのかもしれないな。
…いや、無理だな。接待とか絶対出来ないだろうし。
「くくっ。優待者を見つけたんだったか?ついでだ、綾小路にもその話を聞かせてやれよ」
「はぁ!?…まあ、あんたがいいならいいけど。どうなっても知らないから」
いくら伊吹とはいえ、優待者の情報を公に話すことではない事くらいは理解できているらしい。
反射的に文句をつけようとした伊吹は龍園の気迫に押されて、考える事をやめて初めて俺に向き直る。
「綾小路!兎グループの優待者は軽井沢でしょ!今日のあいつの動揺っぷりは尋常じゃなかった。特にDクラスが優待者の情報を売るって言い出してからは、兎みたいにぷるぷる震えてたし」
上手いことを言ったつもりなのか、今世紀最大値を記録しそうなドヤ顔で勝ち誇った伊吹に一同が唖然とする。
龍園は獰猛な目で櫛田や俺の表情を観察するが、詮無きこと。
櫛田は軽井沢が優待者である事を知らないし、俺がボロを出すはずもない。
「確信があるなら学校側にメールすればいい。これはお前が言ってた事だぞ。龍園」
「食えねぇな綾小路。罠を張るのが得意みたいだが、それが有効なのはせいぜい一回目だけだぜ?」
「伊吹を見てると、そうは思えないな」
軽井沢が優待者として吊し上げられれば、彼女は勝手に追い込まれ、あまりの迫真さに演技や罠だと思われて優待者の権利が残るようならそれを真っ先に売り払い彼女に追い討ちをかける。
俺としてはどう転んでも構わない。
「は〜、つまんなっ。あれ、演技だったわけ?」
「ブレるなよ伊吹。あくまでそういう線もあるって話だ。他人の見解よりも自分の直感を信じた方がいい場面も多々ある」
「くくっ。俺も別に止めはしないさ。お前がその責任を取れるならな」
「…一気に萎えた。もういいや。じゃあ、勝手にやってれば?」
「そうさせてもらうさ。今までも、これからもな」
伊吹は何もかも諦めた表情でこの場を去っていく。
強い自我を持ち普段から主張の激しい彼女だが、周りに影響を受けやすいという相反する特性も持ち合わせている。
誰の下につくかでプラスにもマイナスにも大きく振れる駒。
彼女もまた、龍園には持て余す逸材だ。
「暴力一辺倒のやり方はすぐに頭打ちになるぞ」
「それはお前が決める事じゃねぇ。だが、そうだな。たまにはお前の搦め手にも付き合ってやるよ」
「罠だと分かっててもか?」
「お前のそれは雑兵専用だ。抜け出す術を知っている強者は餌だけ掻っ攫っていい思いが出来るってこと教えてやるよ」
龍園は不敵に笑いゆっくりと距離を詰めてくる。
俺は有事の際にいつでも庇えるように、櫛田の手を引っ張り背後へと誘導しておく。
「優待者の情報を全て教えろ。その代わりに椎名をくれてやる」
「…正気とは思えないな。クラスを移動する権利は2000万ppt。対して優待者の権利で手に入るpptは残る在学期間全てで計算しても一人当たり620万。特定ボーナスの50万を足して3人分で計上してようやく釣り合う価値だ」
「破格だろ。クラスメイト一人切り捨てれないお利口さん共には出せない条件だ」
「だろうな」
Dクラスの優待者が2人だと知っている一之瀬なら尚のことだが、この話は既にpptの額の多寡で決まる域ではない。
2000万pptなんて、本懐の椎名ひよりの前では付録にすぎないからだ。
龍園はそれを理解しているからこそ、個人を特定して条件を提示した。…いや、それだけじゃない。
思わず悩み始めた俺に対して、口を挟もうとした櫛田の口を手で強引に塞ぐ。
「取引が成立したとして、椎名の引き渡しが実現するのは早くて年末か?」
「順当にいけばそうなるだろうな。それが何か?」
「椎名の優しさに甘えすぎなんじゃないか?龍園」
「…なんだと?」
「2000万pptではなく椎名ひよりを対価として提示し、椎名ひよりを引渡しまでに退学にすれば全てが上手くいく。この戦略にお前の実力と呼べる要素が何処にある?椎名を利用したつもりなら浅はかにも程がある」
危うく胸の奥から溢れてやまない椎名への激情の波に身を任せて、目の前の男の策略に流される所だった。
けれど、すんでのところで気付いてしまった。
本当に欲しい物は人から簡単に与えられていいものじゃない。
かと言って、自分の手で掴んで手にする事にすら価値はない。
この手で掴みたい。この手で奪いたい。この手で抱き締めたい。この手で壊したい。壊れるまで愛したい。
感情の希薄な俺がそう強く想う事にこそ価値が宿っている。
「話はこれで終わりだな。せいぜい持てる少ないカードだけで優待者の特定に勤しめばいい。それか博打に打って出てみるか?俺か櫛田のどちらかは優待者だぞ?」
「上等だ。全員纏めて吊し上げてやるよ」
この期に及んで、俺の挑発じみた捨て台詞にまだ強気な発言で返せるとは。
…逆に火をつけてしまったかもしれないが、まあいい。
櫛田の手を取って俺はその場を後にする。
「ちょ、ちょっとっ!痛い。痛いんだけどっ!」
右手には無意識に力が入り、困惑する櫛田の言葉も耳に届かない。
俺の頭の中は椎名のことでいっぱいで、火をつけたのは龍園も同じことだった。
山脇、雑に扱ってごめん