試験3日目。グループディスカッションも残り2回となり試験も大詰め。
試験が午後1時からというのは学生身分にとって天国を切り取ったような至福のひとときを与えられているも同義で、俺は朝になっても惰眠を貪っていた。
体のコンディションを整える事に余念のない俺は睡眠負債が山積みになっている訳もなく、朝に滅法弱いという体質を持ち合わせている訳でもない。
なら、どうしてベットでうだうだとうだつの上がらない行為に耽っているかと言えば至極単純な話。
俺は二度寝というものを経験してみたかったのだ。
「綾小路君。いますか?」
だが、それも未遂に終わる。控えめなノックと共に名前を呼ばれ、仕方なしに体を起こした。
ドア越しにくぐもった声は、半覚醒状態の頭でとても誰のものか判別できない。かろうじて女性である事が分かるくらいだ。
相手が男性だと判明していれば、居留守を決め込むつもりだった事は言うまでもない。
「いきなり来てしまってすいません。昨日の作戦のことで確認したいことが……」
ドアの隙間からひょこっと、ツインテールが覗く。
それに追随するように、遅れて顔を出したのはみーちゃんだった。
何人たりとも俺の眠りを妨げる奴はなんとやら。
そんな目上の教師の胸倉でもお構いなく掴み上げそうな憎悪と怒りをもって応対したのだが——それをぶつける相手としては不適格にも程があった。
「……もしかして、まだ寝てたんですか?」
みーちゃんの喜色に緩んでいた面持ちが一転、訝しげに眉を寄せる。
「寝てない。睡魔軍の残党狩りに出向いてたんだ。1匹残らず駆逐してやるって気持ちでな」
「それは……、もしかしなくても、睡魔軍が勝ったんですね…」
望洋とした瞳の中、みーちゃんがゆっくりと俺の頭を指差して言う。
すぐ隣のウェルカムミラーには野放図に髪先が跳ね、まるで金属ナトリウムを水に放り込んだかのような爆発を起こしていた。芸術は爆発だ。
「戦士の勲章だな」
「むしろ、命からがら一人だけ生き延びて帰ってきたものの、村人たちから石でも投げられたかのような有様ですけど…」
「味方はいないってことか。戦士ってのは常に孤独。仲間や家族を遠ざけて一人で歌うのさ」
「……まだ寝惚けてるんですか?」
みーちゃんは入りますねと断りを入れて、俺の部屋に上がった。
そして、オートロックがしっかりと作動した事を目視で確認すると、俺の手を取って部屋の中へと連行していく。
そして、振り返ったみーちゃんがビシッと指差して言い放った。
「綾小路君っ!だらしないです!」
「普段は才気煥発で有能だけど家ではズボラなOLみたいで可愛げがあるだろ?」
「……それは……、す、少しはありますけど、それは私が綾小路君を好きだからそう思うんです」
あの芸能人が好き。このアーティストが好き。
みーちゃんの俺に向ける好意はその延長線上にあるのだとはっきり分かる。
「だから、こんな姿は他の人に見せられません。今から眠気覚ましも兼ねてシャワーを浴びてきてください」
「後回しにしていいか?みーちゃんの用件が終わったらもう一眠りするつもりなんだ」
「……今、朝10時ですよ?」
「問題ないだろ?特別試験は午後1時からなんだから」
飄々と自堕落を宣言した俺にみーちゃんは愕然とし、ただでさえ小さい目をさらに眇める。
そんなみーちゃんの視線責めを掻い潜り、彼女の次のアクションをじっと待っていると正論で俺は動かない事を察してくれたようだ。
よかった。これで俺は二度寝を堪能できる。
客船内に数あるアミューズメント施設を差し置いて取る睡眠はきっと、普段の何倍も気持ちいいはずなのだ。
「…綾小路君。ばんざいしてください」
俺はその命令に思考の余地を挟む事なく、唯々諾々と従った。
それが油断だったと悟ったのは、目の前を、下方から迫り上がった布が一瞬で駆け抜けていったときだった。
「……肌寒いんだが?」
「温かいシャワーを浴びれば解決ですね?」
強い覚悟を宿した目でゆっくりと小首を傾げたみーちゃんに、ある種の脅迫をされている気分になった。
早くお風呂に入りなさいと口煩い母親がすぐ前にいるような気分だ。
いや、俺の人生にそんな家庭的な瞬間はなく、想像でしかない。
だからこそ、俺は想像上の反抗期の息子を演じてでも、シャワーを浴びることに抵抗したかった。
だって、そんなことをしては脳が覚醒してしまうじゃないか!!
「いやだ〜!!!入りたくない〜!!!!」
反抗期というよりイヤイヤ期だったのは、人生経験の浅さが招いた大事故だと言っていい。
ほんと、振り返ると身の毛がよだつ。
しかし、これは不可抗力であると弁明させていただきたい。
方程式を成している体が睡魔軍に侵略され機能を停止しているのだから、弾き出される解が滅茶苦茶になるのは真理なのだ。
「眠い〜!!あと1時間だけ〜!!!」
…重ねて言おう。
そう、これは真理なのだ。
体の大半を支配する気怠さと、彼女から溢れ出す圧倒的な母性。
二つが合わさった結果、俺が幼児退行を遂げたのは、もはや必然であり、抗うことのできない運命だった。
「……綾小路君?」
「いーやーだー」
「下も脱がせた方がいいですか?」
「ぜっ〜たい、いーやーだー」
「はぁ、仕方ないです。ほんとに手のかかる子ですね」
そう言って、みーちゃんが俺のジャージのゴム口に手を掛ける。
それでも俺は、まだ「あー」だの「うー」だのと駄々を捏ねていた。
……本当にこの半裸の男、殺してしまいたい。
「……あれ、何か突っかかって……」
みーちゃんのその呟きは、俺の脳細胞を急激に活性化させた。
シナプスが次々に弾けまくり、ニューロン間を無数の電気信号が迸った。頭から爪先まで駆け巡る衝撃の稲妻である。
(純粋無垢な少女に無修正のポルノを見せるような真似だけはしてはならない!!!!)
気付いた時には、目の前で尻餅をついて顔を真っ赤にしたみーちゃんが言葉を失っていた。
「…悪い。流石に恥ずかしくなって……。……シャワー浴びてくる」
「………い、いえ……、わ、私こそ、……ごめんなさい……」
脱兎の如く脱衣所に逃げ、脱ぎかけだったジャージを下着ごとドラム式洗濯機に放り込み俺はシャワーの滝に半身を突っ込んだ。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!)
無論、コールドシャワーに耐えようと歯を食い縛っている訳ではない。
冴え渡った脳が、数多のミステリー小説からトリックを引っ張り出し、みーちゃんをさっきの事実諸共抹消する完全犯罪を成立させようと躍起になっていた。
(……いや、死ぬべきは俺だ。みーちゃん何も悪くないのだから)
その希死念慮は俺を賢者に転職させ、みーちゃんに邪智暴虐の限りを尽くそうとしたもう一人の俺を鎮めてくれた。
心頭滅却の儀式と称して、さらなる不貞行為を重ねずに済んだのは不幸中の幸いだったかもしれない。
しかし、一難去ってまた一難。
(……もしかして、俺は高育に入った事により馬鹿になってしまったんじゃないだろうか?)
身も心も清めたものの、脱衣所にはバスタオルが一枚あるだけで肝心の着替えがない。
ガタンゴトンという機械音が一縷の希望さえ消し去っていく。
エマージェンシー、再来である。
(…二択だ。バスタオル一枚を身に纏い部屋に戻るか、みーちゃんに着替えを持って来てもらうか)
頭脳王に出演すればホワイトルームの頭脳と呼ばれるであろうさしもの俺も、さっきあんな事があった矢先に全裸に葉っぱ一枚のような装備でみーちゃんの前を横断する選択肢を取れるはずもなかった。
それにもう、先祖帰りなんか二度としたくない。
「みーちゃん、いるか?」
「…い、います!……な、何も見てません!」
狼狽した声で余計な情報を付け加えてきたが、それに触れるのは自爆特攻も同義である。当然、無視だ。
「本当に申し訳ないんだが、着替えを取ってくれないか?学生鞄の中に入ってるから」
「……ぇ、ってことは今は……」
「みーちゃん?」
「な、何でもないです!そ、想像してませんから!鞄の中ですね!?」
きゃあだのわーだの言いながら、ばたばたと部屋を駆け回る音はクリスマスに何とか間に合わせようとプレゼントを用意する慌てん坊のサンタクロースを彷彿とさせた。
…やっぱり俺は馬鹿だ。
この比喩だと、プレゼントは俺のパンツになるじゃないか。
「…こ、これでいいですか?」
「…ああ、ありがとう」
腰にバスタオルを巻き、脱衣所の扉を少しだけ開く。
隙間からブツを受け取ろうとすると、伏せ目のみーちゃんはそのブツを極力触らないように摘み上げていた。
「…まるで汚染物質みたい扱いだな。一応欠かさず洗濯はしているんだが」
「……ぇっ?……ご、ごめんなさい!そんなつもりは……。こ、これならいいですか?」
「次は卒業証書を授与されているような気分になった。初めての経験だよ」
「……え?……初めて?」
言葉尻に引っ掛かりを覚えたみーちゃんが目線を上にあげる。
全裸にバスタオルを巻いただけの俺に像を結ぶが、目は合わない。女性は男性の視線に敏感だという話はよく聞くが、逆も然りなんだな。
「……き、きゃぁっ!」
悲鳴に似た声をあげ、いそいそと下着と制服を押し付けて部屋へと引っ込んでいった。
怪奇現象でも見たかのような反応に少し悲しくなった。
だが、彼女にトラウマを植え付け男性不審に陥らせるような事態に発展する事はないだろう。
お化けや幽霊の類に蕩けるような熱を込めた眼差しを向ける人はいない。
「みーちゃん」
「は、はい!な、な、な、なんでしょう?」
制服に身を包み、髪をセットした俺が部屋に入るとみーちゃんはベッドの端の方に縮こまってちょこんと座っていた。
…気のせいだろうな。
体がガチガチに硬直している彼女から、先にシャワーを浴びて、後は男の準備が整うを待っているだけ、とでも言わんばかりの雰囲気を感じるのは。
目と脳が冴えに冴えてしまった俺にはもう、そのベットに用はない。
ベットは安眠を得るためのものでしかなく、他の用途なんて一切ないのだから。
「これなら問題ないだろ?話を聞かせてくれ」
「は、はい。問題なくかっこいいです……。え、話?」
「要件があって来たんだろう?」
「……わ、忘れちゃいました。さっきのことが衝撃すぎて……」
……なにも‼︎ な゙かった……‼︎‼︎
さながら三本の刀を携えた剣士のようにさっき事故についてはお互いにアンタッチャブルにいくと思ってた。
だが、魔法使いに憧れるような幼女にはあの生き様の格好良さは理解できないらしい。
だが、想定内だ。そっちがその気でも、俺の結論は変わらない。
「掘り返したくない話だが、さっきの事は全面的にみーちゃんが悪いと思っている」
「……駄々を捏ねたのは綾小路君です」
「それは人の服を勝手に剥ぎ取る免罪符になるのか?」
「……そ、それは……、なりません……」
無論、幼児体型のみーちゃんによる育児体験を受けたからといって、俺が幼児退行するのもまた許される事ではない。
だが、今の彼女に機転をきかせてそこを責める余裕などない。
「なかったことにしないか?」
「……え?」
「さっきの事は事故だ。お互いに悪意も下心もなかった。なら、記憶から抹消して仕舞えば良い」
目を瞬かせていたみーちゃんだったが、俺の解決案に聞いて首を振る。
「…む、無理です」
「どうしてだ?」
「都合の悪いデータをゴミ箱に入れて消去できるのはパソコンだけです。あ、あんなの……忘れようとしたって無理です。きっと夢に出てきます」
……夢に出てくるのか。
それは下手なホラー映画よりもよほど不気味で怖い。自分の身に起こったら多分発狂する。
「人間は本能的に都合の悪い記憶を消せるように出来てるんだけどな」
「…本能的にって言ってるじゃないですか。能動的には無理です。……それに……都合が悪いって訳でも……ないですから」
徐々に小さくなっていった言葉もこの静かな部屋では一言一句聞き漏らす事はない。
意味深な言葉の意味も理解できる。みーちゃんと俺の立場を反転して考えてみれば分かることだ。別にみーちゃんは恥をかいた訳でもないのだから。
「そういうことなら記憶の重要度を下げるというのはどうだ?」
「どういう事ですか?」
「よく言うだろ?女は上書き保存って。さっきの衝撃を超えるような出来事を起こせば良い。例えば、こういう風に」
俺はみーちゃんに歩み寄り、腕を優しく掴んで、そのままベットに倒れるように重力に身を任せた。
ばふっと、柔らかなベットがみーちゃんの固まった体を優しくほぐしてくれる。
「まだ超えられないか?さっきの衝撃は」
「……綾小路君の嘘吐き。……やっぱりあるじゃないですか下心」
「みーちゃんにはないのか?」
「……そんなこと……、……言わせないでください」
俺はみーちゃんの前髪を優しく分ける。
中に脳が本当に詰まっているのかと疑わしいほどの小顔が顕になると、彼女は恥じらいに耐えられないと言わんばかりに目を瞑った。
「目を開けてくれないか。訊きたいことがある」
「…い、いやです。ぜ、ぜったい」
「なら、しても良いのか?その顔はキスを誘ってるようにしか見えない」
「……う、うぅぅ」
パッとまんまるな目を開いたみーちゃんは顔を真っ赤にしていて、目まで純血していた。どれだけ強く目を瞑ってたんだ。
だが、この様子なら記憶の上書きには成功しているだろう。
そして、その上で誤解を解かなければならない。
「き、訊きたいことってなんですか?」
「……さっき、下心云々の話をした時、『やっぱり』って言ったのは何故だ?」
「…な、何故って、それは…………」
至近距離で口籠るみーちゃんだったが、この距離を維持されることに耐えきれなくなり、すぐに口を割った。
「綾小路君が、その……赤ちゃんプレイで興奮する…」
「ギルティ」
不肖。綾小路清隆。僭越ながら性教育を試みた。
俺の人生は確変に入ってしまったのか?
こんな瞬間が二度も訪れるなんて思っていなかった。
さて、ここで問題。
男性が寝ています。体も脳も完全に寝ているのに、逆に起きているものな〜んだ?
答えはCMの後で。
と、言いたいところだが、コンプライアンスに抵触する為、全カット。
◆
「ごめん!みーちゃん待った!?てか、時間やばくない!?」
「大丈夫ですよ。佐藤さん。ギリギリの方が都合がいいですし、試験開始まで暫しの猶予はありますから」
「だ、だよね?良かった〜。遅刻だけは出来ないからさ」
「…スマホは充電切れか?モバイルバッテリーで良かったら貸そうか?」
時間を気にしている様子だが一向にスマホを取り出さない佐藤に俺はモバイルバッテリーを差し出すと彼女は素直に受け取った。
「わっ、ありがとう。気がきくね〜。って、えっ!?綾小路君!?な、なんでここに?」
「最初からみーちゃんの隣にいた。時間を忘れるほど遊びに夢中になって慌ててここにやって来た佐藤には見えなかったかもしれないけどな」
「そうなんだよ〜。ここのゲーセンにある格闘ゲームにハマちゃってさ〜。知ってる?そのゲームの大会、優勝すれば億貰えるんだよ?夢あるよね〜」
夢はあるのは事実だが、その夢を追う時間は我々にはない。
再起動を果たしたスマホを見た佐藤もその現実に気付いたようだ。
「て、やば。話しすぎちゃった。もう1分前だよ?みーちゃん行こ」
「あ、今日は私は—」
「話は中で聞くから〜」
みーちゃんを強引に部屋の中へ連れ込もうと腕を取った佐藤の腕をさらに俺が押さえた。
おしゃべりな彼女に詳しく説明する時間はない。
「離してやってくれ。みーちゃんは行かない。代わりに俺が行く」
「……綾小路君がみーちゃんと仲良いのは知ってるけど、過保護すぎない?参観日にお父さんが娘の代わりに出席するって言ってるようなもんだよ?」
「どういう思考回路してるんだ。そういうことじゃない。俺とみーちゃんはグループをチェンジした。今日から俺が犬グループだ」
「え?」
呆気を取られる佐藤を無視して、俺は試験会場の扉を開ける。
そして後ろを振り返り、みーちゃんに手を振る。
「じゃあ、行ってくる。また後でな」
「はい。頑張ってください。待ってますから」
「……ぇ?結婚した?」
「馬鹿なことを言ってないで早く行くぞ。佐藤」
「ちょっと!?私の扱いひどくない!?」
犬グループ試験会場に俺と佐藤が入室したすぐ後に、試験開始のアナウンスが鳴った。
犬グループのメンバーが一斉に俺に怪訝な目を向ける中、
「ふ。待ち草臥れましたよ。綾小路清隆」
ラスボスみたいな風格で醸し出す森下藍に出迎えられて、第五回グループディスカッションの火蓋は切って落とされた。
◆
犬グループ メンバー
Aクラス
森下藍 真田康生 白石飛鳥
Bクラス
網倉麻子 姫乃ユキ 柴田颯 小橋夢
Cクラス
西野武子 諸藤リカ 時任裕也 園田正志
Dクラス
王美雨 佐藤麻耶
王美雨OUT 綾小路清隆IN
◆
「え!?な、なんで!?なんで綾小路君がここにいるの?」
網倉麻子だったか。
俺の存在を確認するや否や、立ち上がった彼女はシンプルな疑問をぶつけてくる。
ストレートに投げられた石は波紋を広げ、室内全体がどよめき始めた。
「人に尋ねる前に自分で少しは考えたらどうですか?網倉麻子。ここにいるはずの王美雨がいなくて、ここにいるはずのない綾小路清隆がいる。スイッチング以外あり得ないでしょう」
「森下さん。重要なのはその手段ではなく、彼の目的の方では?」
「そんな事は綾小路清隆に訊けば分かる事です。白石飛鳥」
森下藍の綺麗な掌返しに一同が唖然とする中、俺は佐藤を引き連れ椅子を引いて座り撫然と振る舞った。
「いいのか?俺に構ってばかりで。これは優待者を探す試験で残された時間は2時間を切っている。時間は有限だぞ」
俺の牽制に表立って反旗を翻す人間はいなかった。
それだけで、この試験において動けずにいる人間か、それともこれから動こうとしている人間かの判断材料になる。
「こんにちは。綾小路君。Aクラスの白石飛鳥です。時間が有限とおっしゃられましたが、犬グループの試験はずっと停滞しています。このまま話し合いを続けても何も得られません」
「停滞させていたのはAクラスだったと記憶しているけどな」
「耳が痛い話ですがそうですね。そして、その停滞を打ち破ったのはDクラスです」
流石はAクラスと言ったところか。物静かで理知的なファーストインプレッション通り、彼女は論理的に先へ先へと促す会話術を見せてきた。
この犬グループの膠着状態を打破する算段があるのなら見せてみろと、そう遠回しに言っている。
「そうだな。今回も同じだ。俺にはこの犬グループの試験を終わらせる準備がある。だから移動してきた」
「聞かせていただけますか?」
「優待者を知っているんだ」
静観していた連中も俺の爆弾発言には我慢できず、隙を見つけたかのように刺して来た。それが爆発物だと知らずに。
「綾小路君。それは嘘だよね?」
「訊くまでもないって。この一瞬で優待者を見つけられる訳ない」
「そうそう。あり得ない」
「全く、聞くだけ時間の無駄だったようだな」
「綾小路、おもしろっ」
「同感」
網倉、姫乃、柴田、時任、園田、西野。
この試験において動けずにいる側の人間が次々に炙り出される。…てか、リュークみたいな奴いなかった?今。
Cクラスの中唯一黙っていた諸藤に目を向けるも、すぐに顔ごと逸らされた。随分と嫌われてしまったようで、好都合だ。
「綾小路君。嘘はよくないよ?」
「佐藤。お前は黙って格ゲーのコマンドの練習でもしておいてくれ」
「だから、私の扱いひどくない!?」
「昇竜拳のコマンドは623って入力するより323の方がいいぞ。波動に化けにくい」
「しかも、なんか詳しくない!?」
全くもって酷くないし、男の子が格ゲーに詳しいのは当たり前なのだ。
「優待者を見つけ出す方法は話し合いで看破するという方法だけじゃない。この事実を説明する必要があるか?時任」
「やはり聞くだけ無駄だな。龍園と同レベルだ。それは夢物語だ」
「龍園のやり方ならそうかもな。だが、俺が優待者を見つけ出したのは龍園とは違う方法だ」
時任を利用して聴衆の耳をもう一度俺に向けさせて言う。
「優待者本人から聞いたんだ。私が優待者だとな」
「な、な、なんと、そんな奇怪な事をする人間がいるなんて驚きです」
(……なんだ、その猿芝居は。下手くそ。)
と心中で詰ったものの、幼少期の大庭葉蔵すらも白旗を振る彼女の道家っぷりは周知の事実なようで誰も反応しなかった。触らぬ森下に祟りなしである。
ちなみにここの周知は羞恥に言い換えてもよい。
「優待者を知っている。それが事実だとして、わざわざ移動してきてそう宣言なさるということは、綾小路君の望みは結果1ですか?」
「その通りだ。白石。話が早くて助かるな。坂柳よりリーダーに向いてるんじゃないか?」
「いえ、私は坂柳さんや葛城君のようなリーダーシップは持ち合わせてませんから」
「残念だな。俺としては坂柳よりも気が合いそうだと思ったんだがな」
「期待に応えられなくてすいません」
徹底的に葛城の名前を挙げない俺に白石は柔らかく微笑んで話を切った。懸命な判断だ。
「俺の目的は白石の言った通りだが、これは考えられる最高の結果だ。知っての通り結果1は全員の協力が必要不可欠。無理だと判断したら結果3を取る方向に舵を切る」
よく考えてくれと俺は話を締め括った。
すぐにBクラスは4人でコソコソと話し合う中、Cクラスはバラバラのまま考え始める。チームの結束力の差は如実だ。
Aクラスはと伺うと、白石と目が合った。
にこっと微笑んできた彼女に訳もわからず会釈を返すとそれっきり真田と話し始めた。
森下藍は相変わらずオーバーリアクションでおどけている。
(…この様子だと森下は自分が優待者である事を白石や真田には明かしていないな)
俺は最初、優待者を探す試験だと言ったが他のクラスにとってはこの試験は優待者を守る試験でもある。
優待者を抱えるクラスにとっては、俺に会話の主導権を握られることは生殺与奪の権利を握らせるようなものだ。
事前に森下が優待者だと知っていれば、白石は話術でそれを阻止してきたはずだろう。
「ねぇ、これみてよ。綾小路君。ちょっと前の大会、優勝したの私たちと同い年だって。凄くない!?15歳で年収1億だよ!これがプライベートポイントなら5回もクラス移動できるじゃん…」
「Aクラスで卒業するのが目的なら1回で充分だろ」
「やだなー、例えだよ。私、あんまりAクラスに興味ないし。あ、でも特権でプロゲーマーになるのはありかも?」
「実力が伴ってなければ、契約期間が選手生命になりそうだけどな」
e-sportsの世界の方がこの学校よりもよほど実力至上主義だからな。
てか、試験中に堂々とスマホでゲームの動画見るなよ。
「綾小路君。私のゲームの上手さ舐めてるでしょ?初心者にしては筋がいいって言われたんだから」
「それは取り立てて褒めるところがない人間に向けて言う当たり障りのない言葉だな。騙されてるぞ」
「やっぱり綾小路君、私に冷たいよね!?私なんかした!?」
もうっ、と憤慨した様子で佐藤はまた動画を見始めた。
褒められた行為じゃないが、ルールとしては問題ないので放置しておく。
そんな自由奔放な佐藤を時折あしらいながら、第5回グループディスカッションの時間は過ぎていった。
もはや、前半の話が本編まである
感想、ここ好き、ありがとう!!