故に真面目ベースな話が進行します
第五回グループディスカッションが終了し、蜘蛛の子を散らすようにメンバーが退出していく。
俺はその中の一人に視線も体も向けずに声だけかけた。
「諸藤。後で話がある。カフェでの件だ」
一瞬、足を止めた彼女だったがすぐに何もなかったように歩き始める。その怯えた雰囲気だけで俺の申し出を断る事が出来ないと彼女が理解していることが分かる。それだけで充分だった。
虐めの発端となったカフェでの諍いは、軽井沢の傲慢な態度に原因があるのは明らか。
だが、物的証拠がない事を盾に俺は軽井沢に知らぬ存ぜぬを貫くように指示している。
被害の大きさから喧嘩両成敗とはいかないが、俺達が少し折れれば彼女の処分は軽くなる。諸藤は退学を免れる事が出来るかもしれない。
…ただし、真鍋、藪、山下。てめーらはダメだ。
「綾小路君。今、帆波ちゃん呼んだから。試験の時間は終わったけど付き合ってくれるよね?」
「残業はポリシーに反するんだが…」
「付き合ってくれるよね?」
「……はい。付き合います」
俺はどっかの七三分けの脱サラ呪術師みたいな事を言って逃げようと試みるが、網倉眞子に凄まれて簡単に屈した。
…何この子。パワハラ上司適正高すぎない?インターン生が社会の厳しさを目の当たりにして、無断欠勤しちゃう。
「付き合うのはいいが、網倉が望んでる話し合いにはならないぞ」
「…どういう事?」
「今に分かる」
俺が入り口の方を指差すとすぐに喧騒が聞こえてくる。
想像通り、一之瀬の他にデカいオマケがついてきてしまったようだ。
もしも大手飲食品メーカーがこのオマケを付加価値として打ち出したなら、流石にセンスを疑う。かの転売ヤー達もスルーするアンハッピーセットだ。
「場外戦にすり替え。芸がねぇな、綾小路」
「罠が有効なのは一回までだったか?大口を叩いて、同じ手を食ってたら世話ないな。伊吹の爪でも煎じて飲んだのか?」
「くく。だったら、あいつのお決まりの台詞でも言ってやろうか?喧嘩を売ってるのか?テメェ」
喉を鳴らすような彼の嘲笑にも余裕のなさが窺える。今回の一件は相当応えてるようだな。
だが、悪いな。龍園。さっきの網倉眞子の方が幾分か怖かった。
龍園の後ろから続いて一之瀬が入室してきた。
さらにその背後には神崎と白波。一之瀬親衛隊まで揃ってご登場だ。
「乱暴な手段を取ればどうなるか、真鍋の一件で警鐘を鳴らしたつもりだったんだがな」
「足がつくような間抜けから学ぶことなんて一つもねぇな」
「なるほど。恐慌政治でCクラスを統べている事が余程自慢らしい」
「他のクラスのリーダーに傾倒してまんまと騙されているお人好しよりマシだろ?」
龍園が顎で示した先には憂いを顔に浮かべた一之瀬。
そんな彼女を守るかのように白波が強く説明を求めていた。
「そんな目を向けられるとは心外だな、白波。俺は一之瀬を騙した覚えも無ければ裏切った覚えもない。しっかりとリスクを理解した上で判断したのは一之瀬だ。そして、その判断に身を委ねたのはお前のはずだ」
「……私にはそれでいいよ。でも、帆波ちゃんにも同じ言葉を向けるの?」
「他人の行動に結果が左右される稚拙な策は戦略とは呼ばない。これは一之瀬だけじゃなく龍園や葛城にも言える事。まあ、高い勉強代だと思って結果を受け入れるんだな」
『この世の不利益は全て当人の能力不足』と誰かが言っていたのを思い出した。もののついでにトーカちゃんの裸身も思い出した。
あのシーンは神聖とか巷で囁かれているが童貞の身としては普通にエロいと思います。はい。
「…まあ、俺は騙してもいないし裏切ってもいないが一之瀬に免じて一つ譲歩するなら、出し抜いた事は認めよう。悪かったな」
「くく。悪いと思っている人間の顔じゃねぇな。その徹底した極道っぷりには感心するぜ。聞かせてくれよ。優待者の法則にどの段階で気付いてたんだ?」
「気付いてなどいない。いまだに存在すら疑っているくらいだ。だが、それは無い物として行動する理由にはならない」
「答えになってねぇな」
「試験を終わっていない段階で種明かしをする気にはなれないな。ただ、平凡以下の学力のお前が一日二日知恵を絞った程度で見つけられる法則に価値なんてないとだけ言っておこう」
時任の言う通り、龍園の戦略は夢物語を語っているようなもの。だが、それは万が一にも叶えさせてはならない夢だ。
だから、もしも俺が龍園の身で法則を導き出すならどうするかを考える。
答えを先に見つけるのではなく、そこに至るまでの過程を探し、その方式に関わるその変数に介入する。
「頭を使うなんて慣れない事をするからボロが出る。お前にはもっと適したやり方があったはず—」
ゴンッ、と鈍い音がしてこれは言葉を止める。
龍園が壁を殴り勝者然としてご高説を垂れる俺を無理矢理遮った。
「明確な挑発と受け取るぜ。綾小路。後悔するなよ?」
俺を睨みつけた後、苛立ちを募らせた足取りで龍園は部屋から出て行く。
騙し合い化かし合いの試験で負けて逆上とはな。
龍園は多分、大富豪で負けてマジギレするタイプ。
そして、俺はそれを見て笑って楽しんでるタイプだ。
ちなみに、ひよりは美味しいパスタを作ってくれる。
「流石は綾小路清隆。あの龍園翔のパンチを食らっても傷一つ付かないとは。Dクラスのそり立つ壁という異名に恥じぬ活躍。Mr.山田も貴方を前には膝をつくでしょう」
「…異名もなにも、それはまごう事なき壁。俺はこっちだ」
隠し扉のスイッチでも探すかのように龍園が殴った壁を検分していた森下は俺の言葉に振り返るも、すぐに馬鹿にしたように視線を切る。
「ふっ。常識に囚われてはなりません。世の中には壁だと思い込んでいたものが人間だったというケースがありますから」
「それは漫画の話だろう。フィクションと現実は混ぜるな危険だぞ」
「けだし至言ですね。ところで『壁』については否定したのに『反り立つ』という部分を否定しないのは、綾小路清隆には反り立つモノがあるという伏線でしょうか?私の予想では—」
「そのクソ考察を即刻やめろ」
既に手遅れな気がするが、俺は剣のある声で森下を制する。
空気を読まない事に関して右を出るものがいない彼女は、俺とBクラスの不穏な空気すら察してくれない。
森下はきょろきょろ周囲を見渡して黙りこくっている一同に、
「私にお構いなく、どうぞお話を続けてください。さぁ、思う存分!さぁ!」
彼女の無邪気さがプラスに働くこともあるが、今はマイナスに振れ切っている。控えめに言って邪魔である。
「はぁ、鬱陶しい……」
声を出す事すら煩わしいと言わんばかりの気怠さを伴った低い声。眉尻から手を離してゆっくりと半分ほど開いた目からはおよそ活気というものを感じない。
「え?ユキちゃん?」
「要は綾小路に一杯食わされたって話でしょ。それ以上でも以下でもない」
「でも、綾小路君は帆波ちゃんを裏切ったんだよ?」
「で、綾小路を責めて結果は変わんの?変わらないでしょ。今回の件は反省して次に活かすしかない。違う?」
つらつらと話す姫乃からはおよそ感情の起伏を感じない。
しかし、沈黙を破った切り口は自分の感情を正直に吐露したことにある。
そのことから他人の感情には鈍く、自分の感情には聡いことが見受けられる。
一之瀬クラスに溶け込むには苦労しそうなパーソナリティだ。
「私はもう部屋に戻る。さっきも言ったけど、私は今も綾小路の話には乗っていいと思ってる。後はそっちで決めて」
姫乃は裏切られてなお俺の作戦に乗るという意思だけ残して立ち去っていった。
一見して投げ槍に思える意見だが、彼女が彼女なりに思考を回している事がよく分かる。感情論が先行している一之瀬親衛隊よりは幾らかマシだろう。
結果1を目指す上で、俺が話す優待者の情報が嘘であったとしてもリスクがないと気付いている。
「悪いが時間切れだな。俺も帰らせてもらう。これから人と会う約束をしているんだ」
「…それは帆波ちゃんと話すことよりも大事なこと?」
「ああ、Cクラスを説得するのには色々手間がかかるだろうからな」
言外に出し抜かれてなお、お前達は俺の戦略に乗るしかないという意味を含めて部屋を後にした。
「綾小路清隆。この状況で私を置いてくとはなんたる仕打ちですか!ネグレクトです!通報案件です!」
後方から森下のそんな声が聞こえてきて振り返る。
……だから、それは俺じゃなくて壁だ。森下。
◆
諸藤と俺が邂逅する上で適切な場所は少ない。
あの事件は既に学年中に知れ渡っており、当事者の彼女と関係者の俺が会っているところを目撃される訳にはいかないからだ。
俺は幾つかの候補を頭に浮かべ、可能性が高いであろう一つの場所へと足を向ける。記憶として新しい俺達が出会った場所。非常階段の踊り場だ。
果たして、彼女はそこにいた。
「カフェで私は軽井沢に割り込まれて突き飛ばされた」
彼女は俺の姿を捉えてすぐに本題に入ってきた。待たされた時間の間に何をいうべきかを考えていたのだろう。
「あの時はムカついた。私を下に見てるって目だけで分かったから」
「だとしたら、軽井沢の審美眼は中々のものだな。お前は周りに唆されれば平気で虐めに加担できる人間なんだ。下に見られて当然だ」
「……ち、ちがう。あ、あれは私がやらなきゃ、真鍋さんたちは満足しない。きっと標的は私になってた」
それは決して虐めていい理由にならないが、そういう側面もあるだろう。真鍋たちは諸藤のような意思薄弱で大人しい人間の味方をし、正義を振り翳すことに快感を覚えている。
あの3人と彼女の上下関係を鑑みれば、彼女もまた被害者だ。…本当にそれだけなら。
「現在謹慎中の真鍋達は確実に退学処分になる。だが、こちらが非を認めればお前はそれを免れるかもしれない。一人で残った後、お前はどうするつもりだ?」
「……軽井沢さんに謝る。許してもらえるまで何度も謝罪する」
「思い上がるなよ。諸藤。薄っぺらいお前の言葉が軽井沢の心に響く訳がないだろ」
俺は諸藤に対して一歩距離を詰める。同じ分だけ退こうとした彼女を言葉でその場で縫い止める。
「損害賠償。聞いたことくらいあるだろう?お前にはプライベートポイントで罪を購ってもらう。逸失利益を考えて、請求額は最低100万pptだろうな」
「…む、無理だよ。そんな高額なポイント…」
「諸藤、退学したくなければ少しは頭を使え。俺はさっきの試験でそれに繋がる戦略を提示したはずだ」
犬グループが結果1を取れば、優待者には100万ppt、他の生徒には50万ppt与えられる。
本来、諸藤はある程度頭が回る生徒だ。俺は彼女がその結論に至ったのを見届け、指を一本立て突きつける。
「諸藤。俺が提示する条件は1つだ。まず、お前にはバラバラのCクラスを纏め、結果1に協力するように漕ぎ着けてもらう。そして、そこで得たポイントで損害賠償金を賄ってもらう。軽井沢への入金が確認できたら、お前の処分が軽くなるように教師に口添えしてやる」
「…無、無理だよ。今回の件で私は完全に邪魔者扱いされてる」
「当たり前だろ。集団で一人を虐めるようなサディストに西野や時任が理解を示すはずもない。彼らが嫌ってる龍園よりもお前のやり方はさらに汚くて狡猾でタチが悪いんだからな」
強い者に媚びて弱い者を虐げる。スネ夫の汚い部分だけを集約したような醜さだ。
このシナリオでいくと、龍園はジャイアンでしずかちゃんは当然ひよりである。
のび太はしずかちゃんもといひよりの入浴シーンに出会す可能性があるため、消した。
ひよりにえっちと言われていいのは俺だけなのである。
と、ここまで妄想を進めたところで彼女の人格を否定しすぎるのはよくないと思い直す。
罪に押し潰されて、自分には退学処分が相応しいなんて思われて諦められては困るからだ。
「だが、そんな西野や時任が龍園を嫌いながらも従っているのは自分に利があるからだ」
軌道修正するような繋ぎの言葉を並べて、俺は具体的な案を提示する。
「だから、お前は彼らに俺の作戦に乗る責任の全てを肩代わりするように伝えればいい。そして、その代わりに報酬の一部を受け取るんだ」
彼らを説得する上で一番有効的な手段で、一番合理的な判断。問題があるとすれば…
「わ、わたしに龍園君を裏切れってこと?」
「形式上はな。だが、それについても考えてある。もしも、龍園に問い詰められれば、俺にこの話を持ち掛けられたことを洗い浚い吐けばいい。そうすれば、龍園の矛先は間違いなく俺に向く」
信じきれていない様子の諸藤に俺は私生活の問題で生徒が退学になった際にクラスに与えられるペナルティを説明して、説得力を持たせていく。
「この学校のシステムは退学前提に作られている。上級生のクラスの人数からそれは明らかだ。だから、特別試験で退学するような生徒には学校が編入の手続き等をしてくれる可能性が高い。しかし、問題を起こして自主退学するような生徒は別だ」
その理由が虐めのような陰湿なものなら尚更。
俺は諸藤に最終通告を言い渡す。
「諸藤。退路は断たれた。何もしなければ待っているのは地獄だぞ」
全てを投げ捨ててでもこの学校に縋り付く覚悟を決めた諸藤は静かに頷いた。
◆
綾小路(龍)⇔王(犬)
長谷部(兎)⇔井の頭(猪)
堀北(鼠)⇔石倉(蛇)
松下(牛)⇔東(羊)
※()内は所属グループ
俺のスイッチング作戦は優待者の権利の所在をあやふやにし、試験を混乱の渦中に陥れた。
この作戦には大きな穴が存在するが、無人島試験で辛酸をなめた彼らの視界にそれは入らない。
『鳥グループ、馬グループ、虎グループの試験は終了いたしました。結果発表をお待ちください』
そして、最期のグループディスカッションがあっけなく終了したすぐ後に、3つのグループが最後の解答を待たずして終了した。
俺が敢えて手を加えなかったグループを拾ったのは龍園以外有り得ないだろう。
というか、そうであってもらわないと困るのだ。
3人が退学した上で、特別試験で大敗を重ねれば彼らのクラスポイントは半分以下になる。
それはひよりの毎月の収入の減少に直結して、俺とのデート代が出せなくなってしまう。
無論、デート代を俺が全額出すことは光栄至極に存じますという感じなのだが、優しい彼女のことだ。引け目を感じてそんなことはさせてくれないだろう。
「ひとまずはよくやったと褒めておきましょうか。綾小路清隆」
「森下。人は上から褒められても嫌な気分になるだけなんだぞ」
「天下の往来で卑猥な発言は控えて下さい。綾小路清隆」
「…今の俺の発言のどこにそんな要素があったんだ?」
「それは遠回しに下から舐めていい気分にして欲しいと言ってるんでしょう?ヘンタイ」
「曲解にもほどがあるだろ!下品にするためだけに不必要な部分まで反対語にするな!!」
「綾小路清隆。カフェでは静かにするのがマナーですよ」
思わず声を張り上げた俺には他の生徒から大量に非難の視線が注がれた。
全クラスを敵に回す大立ち回りをしたせいか、その目線には敵意が込められている。
森下はそんな俺をスマブラのドンキーコングのアピールを彷彿とさせるようなジェスチャーで呆れたとばかりに煽ってくる。
…切断しても許される気がした。この場合、上半身と下半身を物理的に一刀両断することになるが、それでも許される気がした。
すぐ隣で平然とミルクティーを飲み始めた森下を怨嗟の籠った目で睨んでいると、対面に座る一之瀬が困惑した表情で森下に問う。
言うまでもないが彼女の隣には白波も同席していた。こちらはずっと俺を睨んでいて非常に気まずい。
「森下さん。もしかして気付いてないの?綾小路君がグループ移動したことによって、優待者の権利は失われている可能性に」
「一之瀬帆波、貴方のその脳みそは飾りですか?これ見よがしにぶら下げるている乳と同じく、脂肪しか詰まってないのですか?私は私が優待者であることは確認済みなのです」
解剖学的な話をすれば、女性の胸には乳腺という臓器が詰まっており、森下の脂肪の塊というのは誇張表現だ。
…ん?今、何の話だっけ……?
胸の話題に脳のリソースを持っていかれていた俺とは違い、一之瀬と白波は顔に疑問符を浮かべていた。
「説明してあげたいのは山々ですが、生憎と私はミルクティーを摂取するのが忙しいのです」
森下は煽るだけ煽って満足したのか、ストローに息を吹きこみミルクティーぶくぶくして遊んでいた。発言だけでなく行動にも全く品がない。摂取するというのもまるきり嘘だ。
森下の奇行を見届けた二人の疑問は自然と俺に飛んでくる。
俺も森下の真似をして目の前の珈琲に息を吹き込んで逃れてもよかったが嫌われたくはないのでやめた。
「一之瀬が気付けないのも無理はないな。森下は友達がいなくて暇だから気付けたみたいなもんだから」
「いばずっ!」
森下がストローを咥えながら反論したせいで、ミルクティーがコップから溢れ机に広がる。
品がないを通り越して、シンプルに汚かった。
彼女に構っていたら時間がいくつあっても足りないのでひとまずは無視して話を前に進める。
「一之瀬。優待者に与えられていない権利は何か分かるか?」
「えっと、解答する権利だよね?」
「そうだ。なら、その優待者が指定されたアドレスに解答を送信した場合どうなる?」
「……え?そもそも送れないって話じゃなかったかな?」
「違うな。そもそもシステム的に受信拒否はできても、送信拒否は出来ないため、問題なく送信できる。だが当然、そのメールが返ってくることはない」
それの何が違うの?といまだ合点がいってない二人に俺は次の疑問を投げかける。
「なら次だ。結果3と結果4のルールに『なお、優待者と同じクラスメイトが解答を送信した場合、その是非に問わず答えを無効として試験を続行する』という文言があったのは覚えているよな?」
「…うん」
「だが不自然だよな?そもそも、如何なる状況でもクラスメイトの名前を送信すれば無効になることは分かりきっているのにこれをルールとして明文化する意味があると思うか?ルールではなく禁止事項にするのが妥当だ」
学校側がルールとして設定している以上、必ず意味がある。
だが、普通の生徒はこのルールに疑問すら感じていない。
「俺はこのルールに着目して、手始めに同じグループの櫛田の名前を運営に送信した。当然、返ってきたメールは『解答は無効となりました』だ」
「……‼︎」
一之瀬が真実に辿り着きはっとする。
そして、その驚きの後に彼女を襲いかかったのは安堵だ。わなわなと震える彼女が続きを言葉にできないのを見て、俺が総括する。
「つまり、優待者は学校側のアドレスに解答を送信する事で、自分が優待者の権利を失っているかどうかを確認できるようになっていた」
グループの移動が受理された後、櫛田が優待者の権利を失っていないことは当然確認している。
結論を見届けて、ようやく白波も事実を知る。
そして、理解者として、共感者として一之瀬の肩に抱き寄り添った。
だが、その理解と共感を与えたのが俺である事を白波は見落としている。
「だから、言っただろう。俺は騙してもいないし裏切ってもいないとな」
俺の言葉で糸が切れ、一之瀬は涙をぽろぽろと零す。
白波も釣られて涙ぐみはじめ、ついには一之瀬とは比較にならないほど泣き始めた。
立場が完全に逆転して、一之瀬が白波を宥めていた。
「あーあ、綾小路清隆が女の子泣かした~」
「…うぐ、事実だから、何も言えないな。正直、一之瀬がこれほど精神的に追い詰められるとは思ってなかった」
「まあ、好きな人に裏切られれば、誰だってこうなるでしょう。まあ、私なら彼氏に浮気されても、次の日にはツチノコ探しに—」
森下がさらりと言った言葉に一之瀬と白波が固まる。無論ツチノコ云々の方ではない。
涙の跡が消えてなくなるんじゃないかと思うほど、一之瀬の顔が紅潮していく。
「はは~ん。存外、一之瀬帆波はお子ちゃまのようですね。高校生にもなって惚れた腫れたがそんなに恥ずかしいですか?好きなもの好きと言えない世の中なんてポイズンです」
「使い方あってるのか、それ」
「シャラップです。綾小路清隆。自分に好意を寄せている女が目の前にいてなお、あなたに対して嫌悪と憎悪しか持っていない私の言葉にしか反応できない拗らせ童貞に開かせる口はありません」
森下はテーブルにあったバスケットから個包装されているクッキーを一つ取り、俺の口を塞ぐように突っ込んでくる。
ちくちくと袋の感触が唇に当たり非常に不愉快極まりないが俺はそれを甘んじて受け入れた。
今、一之瀬に言葉を求められても返せそうになかったからだ。
「…うぅ、でも不純だよ。皆クラスのために頑張ってるのに別のクラスの綾小路君にこんな気持ち抱くなんて…」
「人を好きになる気持ちのどこが不純なのか分かりませんね。年齢も性別も国籍も人種さえも超える感情が恋心というものでしょう?一之瀬帆波。今のあなたは見苦しい言い訳を並べているようにしか見えません」
森下の言葉は名言や名曲の歌詞を羅列したように実感を伴ってはいなかった。
だが、それでも彼女の心構えを変えるには充分だ。それが真理であり、心理なのだ。
「…そうだな。クラスが違うという理由で諦められるものにこそ不純って言葉が相応しいと俺も思う」
俺は異物を口から取り除き、一之瀬、いや一之瀬の好意に向き直る。
「一之瀬。噓を吐かずに答えてほしい。その気持ちは本当に諦めることができるのか?」
冷めることのない熱を帯びた顔を振って、一之瀬は俺の目を見つめた。
その熱は距離があっても伝播してくるようだった。
「…無理だよ、そんなの。忘れようとしても、心の中から消そうとしても、綾小路君に声をかけられるだけで全部上書きされちゃうの」
「だって、好きだって自覚しちゃったから」
決定的な言葉に白波が自分の事のように黄色い声をあげて、森下は囃し立てるように口笛を吹く。
俺はというと心中穏やかではなかった。
「さぁ!綾小路清隆の回答は如何に!」
「まずはありがとう」
「ズコーーッ」
…その効果音を口で出すやついるんだなと、一世一代の告白にテンプレートのような返答をした身ながら思う。
彼女に返す次の言葉を模索していると、4人の携帯が一斉に鳴った。
23時。結果発表のメールが届いたのだ。
クラスを背負うリーダーである俺と一之瀬が仕事モードへと切り替えたことで甘い空気は霧散した。
意図せず、先延ばしする結果になったが、彼女への返事をする時はすぐに訪れる。返事はその時の俺に任せればいい。頑張れ。俺。
◆
船上試験 結果
結果1
犬グループ
結果2
鼠、牛、蛇、羊、猪
結果3
龍、兎、鳥、馬、虎、猿グループ
結果4
該当グループ無し
9月付与予定クラスポイント (無人島試験後→船上試験後)
坂柳・葛城クラス 1140pt→1040pt
一之瀬クラス 740pt→790pt
龍園クラス 790pt→940pt→640pt※1
綾小路クラス 380pt→330pt
※1 真鍋、薮、山下 自主退学によるペナルティ。100pt/人
真面目回は矛盾が出ないように書くため、毎度毎度難産なのです。
筆が進む森下だけが救い
感想、ここ好き、ありがとね。おかげさまでモチベ保ててます