綾小路は恋がしたい   作:Кудрявка

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夏休み編 スタート


夏休み編
#39 選択と宣託


 

 

豪華客船での二週間はまさに怒涛だった。

 

無人島試験に船上試験は言わずもがな。

プライベートではひよりとの交際が始まり、宿願を果たすことが出来た。

 

彼女である。初めての彼女が出来たのである。

 

…と、ここまではいい感じだった。

豪華客船だけにさながら総舵手の気分で大波小波を乗りこなしていたのだが……、櫛田に誘惑されたあたりから雲行きが怪しくなり始める。

 

森下が海を荒らすように一之瀬を唆し、そのまま上手く乗せられた彼女が俺に公開告白した時には見事なまでに転覆していたと言えよう。

 

…そう。何を隠そう公開告白である。

 

あのカフェには試験の結果発表を心待ちにした大勢の生徒が集まっていたのだ。

 

かくして、ひよりとの交際関係が公になる前に、学年で一番の人気を誇る一之瀬が俺に告白したと学年中に広まってしまった。

 

だから、俺が本土へ帰還した今も彼女への告白の返事が出来ていないのはモラトリアムであって、致し方ないことなのだ。

 

「うぅ~、なつやすみぃ。なうっ」

 

「…あんた、私の前なら何してもいいと思ってるでしょ」

 

櫛田のゴミを見るような瞳には、剽軽にガッツポーズする俺が映っていた。

 

その情けない姿を直視すれば精神が壊れてしまいそうだったので、俺は目を逸らしてペラペラと益体のない言い訳を捲し立てる。

 

「仕方ないだろ。今の状況、船上試験より遥かにシンキングでショッキングなんだ」

「だからと言って、今のはヤバいでしょ。キャラブレすぎ」

「うるさいっ!!もう俺には、現実逃避して夏休みを楽しむしか生きる道は残されてないんだ~!!」

「きっとそのツケは二学期に返すことになるね。一之瀬さんの告白に二週間も返事しなかったろくでなしの人でなしという称号で」

「……トドメさしてくるのやめてくれないか?俺が病んでいる時くらい優しくできない?」

「うわ、躁鬱めんどくさ~」

 

ぐすん。ひどい。

 

こんなにも絶望感に打ち拉がれているのは、人生で初めてだというのに。

 

いつも口を開けば皮肉を自動出力する俺が無言で落ち込んでいるのは予想外だったのか、さしもの櫛田も焦ったように慰め始めた。

 

慣れない優しい手付きで頭を撫でてくれ、心が少しずつ凪いでいく。

 

「ごめんって。言い過ぎた。人間生きてれば、バカになりたい瞬間もあるよね。私もそうだもん」

「…免許皆伝かな。一年通して生理中ですみたいな情緒不安定の申し子である櫛田にそこまで言わせることが出来たなら」

「…あ?」

「最近では、日本でもダイバーシティの考えは浸透してきていて、大企業なんかでは福利厚生として生理休暇なんてものがあるらしいぞ。なんと特休100%だ。よかったな。櫛田なら不労所得も夢じゃない」

「……それでいうと、最近はメンズの美容意識が上がってきて脱毛なんかは特にトレンドだよね?あ、丁度いいところにムダ毛が」

 

櫛田の優しい手つきが一転、力強く握り込まれる。

そのまま、ブチッ、と嫌な音と共に俺の細胞は分断され、死滅した。

 

いたい。ひどい。ぐすん。

 

…ところの騒ぎではない!!

 

「何をしてくれる!!頭頂部は男のデリケートゾーンなんだぞ!!」

「ちょ、ちょっと、マジギレしないでよ。白髪一本抜いだだけじゃん」

 

俺が勢い良く詰め寄ったことで、フローリングに尻餅をついた櫛田の手には確かに白く変色し始めた俺の毛が一本。

 

おいたわしや。この歳で白くなられるなんて。これもホワイトルームの影響かね?

 

「…白髪だとしても抜く方法は褒められた手段じゃないだろ。禿げたらどうしてくれるんだ」

「え?どんまい?」

「よし、櫛田。抜いてもいい毛を一本差し出せ。それでおあいこ。チャラにしてやる」

「…ちょ、本気!?」

 

ありがとうビノールトさんのように、髪の毛に興奮する特殊性癖は持ち合わせてない。

だが、今の俺はご乱心であり、マッチャーの心理が強く働いていた。

 

俺は前傾姿勢になり、尻餅をついた櫛田の腰の横に両手をつく。物理的にも精神的にも逃げ道を与えない。

 

「さあ、どうする?目立たない後頭部がいいか?それとも俺とお揃いで頭頂部にしておくか?」

「………な、なんで、頭限定なわけ?」

「…は?」

 

櫛田の目線が誘導するようにゆっくりと別の部位を示す。

もっと適した、ムダ毛と呼ぶのに相応しい場所があるだろうと言わんばかりに。

 

「デ、デリケートって意味じゃ、こっちの方がおあいこでしょ?」

「…そうすれば、逃れられると思ったのか?声が震えてるぞ」

「あんたこそ、ビビってるのが見え見えだから。ひよりんがいるとは言え、まだ経験がないのはバレバレ…」

「煽ったことを後悔するなよ?」

「わ、私としては処理する手間が省けてラッキーなくらいだし…。って、はやまるなっ!!こ、心の準備が!!あと、電気消してっ!!」

 

 

 —ブチッ。

 

 

「ところで相談なんだが、俺はどうすればいいと思う」

「はぁ…はぁ…、あんた、馬鹿じゃないの?正気とは思えない」

「櫛田が過敏なだけだろう。自分からけしかけておいて、動揺を引きずりすぎだ。まあ、昼間に電気消してなんて、意味のないことを叫ぶくらいだしな」

「…あ、あれは言葉の綾だし」 

 

明らかな誤用だったが、彼女には平静を取り戻してもらいたかったので触れないでおいた。

 

そして、彼女がいつものペースに戻る間に、先程の効果音一つで結実させた事象について補足しよう。

 

ライトノベルを嗜む諸君ならば、一度は体験したことがあるはずだ。

『肝心な部分を仄めかして、エロいことをやっている風に仕立てた健全なシーン』ってものを。

 

……うん。それとは一線を画すね。

 

でも、脱毛は医療行為だから、健全だよね!!

 

「櫛田先生。俺はどうしたらいいんでしょう?」

「…嘘でも先生って呼ぶならもっと敬ってくれない?てか、結局あんたがどうしたいか。それに尽きると思うけど?」

「無論、ひよりとイチャイチャしたい。あわよくば大人の階段も登ってみたい。そして、爛れた大学生みたいな夏休みを謳歌したい」

「発情期の猿が。相談乗るのやめるよ?」

「ごめんなさい。真面目に話すので聞いてください」

 

夏油傑が非術師に向けるような目で睨まれて、俺はすぐに冷静を取り戻し、袋小路の現実を語った。

 

「…正直詰んでると思うんだ。どの選択をしても待っているのはバッドエンドだ…」

「とりあえず、そのなよなよした声やめてよ。情けなくてカッコ悪いから」

「少しくらい許してくれ。ひよりの前ではカッコつけたいし、みーちゃんにはシャキッとしろと怒られる。櫛田の前くらいなんだよ。肩の力を本当の意味で抜けるのは」

「…ほんと、どうしようもないんだから……。その代わり、ハキハキは喋ってよね」

 

櫛田に倣っていうなら、これは裏の綾小路の姿だ。

響きだけは、男心を擽るカッコ良さがあるのになぁ。どうしてこうなった。

 

櫛田はそんな俺を快く受け入れて、話の続きを目で促してくる。

 

「まず、断った場合だがリスクが大きい。彼女の告白を断るという事は一之瀬を慕う人間が俺に敵意を向ける大義名分になる」

「そうだね。まあ、女子からの評判はガタ落ちだろうね。仮に落ちなかったとしても、一之瀬さんをフった理想が高すぎる男として認知されて、一生告白されることはないね。モテ期終了のお知らせだよ」

「まあ、それは百歩譲って仕方ないにしても、一番は告白を断った後にひよりと俺が交際をしていることが公になれば、俺だけじゃなくひよりにまで危害が及ぶ可能性があることだな」

 

やっぱり結局はそこかと呆れる櫛田に俺は矢継ぎ早に言葉を続けた。

 

「次に告白を受けた場合だが、こちらはもっと酷い。シンプルに浮気だし」

「ひよりんなら二股くらい許してくれそうだけどね」

「そうだろうな。この件を知ったひよりには『清隆君が出した答えならどんな結果になっても受け入れます。ですが、一つだけ。素敵な彼女が出来た時は是非、紹介してくださいね?』なんて言われたし」

「……強者すぎでしょ。ひよりん」

 

ひよりの大胆不敵とも取れる発言に、櫛田は伏し目がちになってボソリとそう溢す。もしかしたら、俺に聞かせるつもりはなかったのかもしれない。

 

「…なら尚更でしょ。ひよりんがそのスタンスならあんたがどうこう考える必要はないんじゃない?」

「ああ。だから、これは俺の気持ちの問題だ。俺はひよりと会うのに後ろめたい感情を持っていたくない。堂々とひよりに向き合いたいんだ」

 

だから結局、告白を受ける方も断る方も無しだ。

  

本来、当人同士のみで行われる俺と一之瀬の恋愛が、今は一大イベントのように扱われている。

 

どんな結果になろうと奇異な目線を向けられる事は避けられない。

 

「……」

「おい、どうしてそこで無言になる」

「……人って、キモいって感情を越えると言葉失うんだね。初めて知ったよ」

 

まるで理解を拒むかのような空っぽの表情を浮かべた櫛田は立ち上がり、側にあった俺のベットに大の字に寝転んだ。

 

無遠慮すぎるだろと文句を言う暇もない。トレーナーの命令に背くポケモンみたいに上の空だ。

その上、不機嫌な空気も纏い始め、放っておくとわけもわからず自分を攻撃し始めそうだった。

 

だが、バッチ0個の駆け出しトレーナーである俺に彼女を扱うのは無理難題だ。

 

だから、扱う事は諦めてストレートにいく。

 

「なんだ、嫉妬してるのか?」

「……もし、そうだったら何?」

「そうだな。世話になっている櫛田の頼みならなんでも聞こう」

 

櫛田はゴロンと横に転がり、添い寝でもしてるかのような姿勢で、座っている俺を見上げてくる。

 

お椀型の胸が揺れたが気にしない。気になってなんかいない。触ってもいいよ?なんて言われたことを思い出してなんかいない。

 

「じゃあ、ひよりんと別れてくれる?」

「可愛い上目遣いを使うに値しない可愛くない頼みだな。だが、それも詮無きこと。俺とひよりはS極とN極みたいなもので世界の法則で引き合うように出来ている。別れた数分後にはヨリを戻している自信がある」

「チッ……」

 

櫛田は舌打ちして、もう一度ゴロンと寝返りを打ち、今度はそっぽを向いた。

匂いを擦り付けないで欲しい。悶々とした夜を過ごす羽目になったらどうしてくれるんだ。

 

…しかし、妙だな。嫉妬してるのかなんて指摘すれば、激昂するものだと思っていたが、案外平気そうだ。

 

「…まぁ、この複雑な気持ちをありきたりな二文字にしちゃうあんたには分かんないと思うよ。これは一種の燃え尽き症候群みたいなものでさ、例えるなら、手がかかった一人息子が巣立ったような…これはちょっと違うか」

 

櫛田の言う通り、人間の感情を表すのにたった数文字しか用いないなんて、言葉の能力を過信しすぎだ。

そんなことは身をもって分かっていたつもりだったのにな。

 

櫛田は独りごち、自分の中にある感情を整理し始め、やがて答えに至った。

 

「…まあ、ちょっと少年ジャンプすぎるけど、ナルトの成長を見届けた自来也って感じかな」

「櫛田、お前、死ぬのか?」

「例えだって言ってるでしょ。このハゲ」

 

罵倒ついでに櫛田は体を起こし、ひよりよりデカいと豪語していた胸をひけらかすかのように伸びをして、こちらを伺ってくる。

 

…み、見てないぞ。俺は何も。

 

「ねぇ、本当は結論出てるんでしょ?だって、どうすれば丸く収まるのかを論理的に考えて、自分がどう動いて他人がどう動くかのプロセスを穴がないように組み立てる。そういうの、あんた得意じゃん。ただ、それが未知の分野の問題だから、自信が持てなくて、私に背中を押して欲しいだけ」

「…そうだな。結局俺は櫛田に認めてもらって、自分は間違ってないって思い込みたいだけかもしれない」

「まあでも、そんな弱った姿を見せれるのは私だけらしいし?仕方ないから、今回だけ、背中を押してあげる」

 

スッと櫛田は立ち上がり、容赦なく俺の背中を叩いた。

バチっと小気味良い音がワンルームの部屋に響き渡る。

 

「大丈夫。今の清隆ならハゲててもカッコいいよ。だから、胸張ってフラれてこい!!!」

 

フるではなくフラれる。

俺が導き出していた斜め上の解決法も彼女にはお見通しだったようだ。それは素直に喜ばしい事だと思う。

 

「桔梗。その時は慰めてくれるか?」

「やーだねっっ!!ばーかっ!!」

 

 

 

 

「とりあえず、俺は生徒会室に行ってくる」

 

制服に身を包み、お土産が入った紙袋を持つ。

準備は万端なのだが、大きな荷物が俺のベットにうつ伏せになり、足をバタバタさせながら我が物顔でスマホをいじっていた。

 

「はーい。あ、帰りにコンビニでアイス買ってきてよ。ハーゲンでダッツなやつ」

「…違う。そうじゃないだろ」

「…え?あ、ごめん。えーと、いってらっしゃい?」

「違う、違う、そうじゃない!部屋から出るから、帰れって言ってるんだ」

 

思わずグラサンと夏が似合う某アーティストみたいになってしまったじゃないか。いなせだね。

 

「え~、別にいいじゃん。どうせすぐ帰ってくるんでしょ?」

「そういう問題じゃないだろ」

「じゃあ、どういう問題なの?」

 

…改まって、問われると難しい問題だ。

常識的な価値観を無視すれば、彼女に部屋に居座られたとして、困ることは何もないような気がしてきた。

 

俺達は互いに自分を晒しすぎていて、もう気を遣うとかそういう次元の関係ではない。

 

元来、一人を好む性格の俺が、彼女と同じ空間にいても邪魔だと思ったことがないのがその証拠である。

 

「……帰りが遅くなっても文句言うなよ。あと、誰が来ても出ないこと。それが守れるなら居ていい」

「ありがと。あんたのそういう合理的なところと意味のない嘘はつかないところ、好きだよ。あ、クッキー&クリームでしくよろ♪」

 

留守を任せたことに上機嫌になった彼女は破顔して手をフリフリと振ってきた。

 

俺はそんな彼女の腹の中は真っ黒で、脳内はピンクで染まっていることを知っている。

 

知っていてなお、可愛いと思ってしまう。

俺のことが好きなんじゃないかと疑ってしまう。

 

はぁ…。男はつらいよ。

 

俺はそんな複雑な心情に見て見ぬふりをして学校へと向かった。

 

 

 

 

「どうぞ〜」

 

俺のノックに橘先輩の柔らかい返事が返ってくる。

アポを取ってなかった俺としては吉報だ。無駄足にならずに済んだ。

 

あのインテリぶったサイコパスお兄ちゃんには慇懃無礼な態度を取るくらいが丁度いいと思っているが、それをすると橘先輩の機嫌を損ねてしまうため、俺は礼節を弁えた動作で部屋に入室する。

 

「お帰りなさ……。あ、綾小路君でしたか」

「…いつも、そんな新妻みたいな挨拶で堀北会長を出迎えてるんですか?」

「ち、ちがいます。夏休み限定ですよ!ほら、他の生徒や先生が来ることも少ないですし…」

 

俺の顔を見てあからさまにガッカリした橘先輩が赤面して慌てたように否定する。

 

…いや、全然、否定できてないんだけどね。

 

「お土産を持ってきたんです。今は一人みたいですし、中に入れてもらっていいですか?」

「あ、それは嬉しいんですけど、基本的に部外者が私用で生徒会室に入るのは禁止なんです」

「……追い返されると、橘先輩が堀北先輩を籠絡する為に千本百計を巡らして涙ぐましい努力をしていることを吹聴してしまうかもしれません」

「よ、要は私用じゃなければいい訳です。つまり、私の仕事の手伝いという名目なら、何も問題ありません。お茶でも出すのでゆっくりしていってください。だから…」

「ええ、分かってますよ。お邪魔します」

 

俺は彼女に案内されて、応対用に設置されてるであろうチェアに腰かける。

そして、彼女が紅茶を用意してくれている間に、紙袋から豪華客船をモチーフにしたチョコ菓子を取り出し開封した。

 

プレゼントではないお土産を渡す際は自分から開封して、相手に余計な気遣いをさせない。これぞ処世術。新社会人はメモをしておくように。

 

「特別試験での話を聞きましたよ。無人島試験では八面六臂の活躍だったとか。この学校の創設以来、1つの試験で稼いだ過去最高のクラスポイントらしいですよ」

「0ptで半壊状態にあった俺達のことを誰も警戒していなかったから決まっただけのラッキーパンチです」

「船上試験の方ではあまり結果が振るわなかったところを見ると、謙遜って訳ではなさそうですね」

 

船上試験でも終始主導権を握っていたが、リザルトの数値には反映されないところで戦っていたからな。

噂話を耳にした程度の橘先輩がそう思うのも無理はない。

 

「それでも収穫はありました。今日は借りたポイントを返すつもりで来ましたから」

「へぇ、爪に火を灯すような生活を送ってる綾小路君に返すポイントがあると?また、すぐにギャンブルに負けて私に泣きついてくるんでしょう?次は勝てる気がするんだよが決まり文句じゃないですか」

「過去を改変した上、一度お金を融資してもらっただけの後輩をクズのヒモ男扱いしないでくださいよ」

 

電気ケトルでお湯を沸かしながら、橘先輩は意地悪めいた笑みで揶揄ってくる。酷い人だ。

 

実際は彼女が堀北学に対して向ける好意をダシにして、強請るようにポイントを奪っただけなのに。本当に酷い人だ。

 

「色をつけて返せるくらいには懐が潤ってます。心配は無用です。それに、橘先輩も今は色々とポイントが入り用なんじゃないですか?」

「…どうしてそう思うのか聞いておきましょうか」

「高校三年生。橘先輩くらい優秀だと進路の心配よりもJKブランドの消費期限の方を気にするんじゃないかと思いまして。夏休みや生徒会は論を俟たず、あらゆるものに『高校生最後の』という枕詞が—」

「わああああああっ!聞こえない!聞こえなーい!」

 

橘先輩は耳を塞ぎ、ぶんぶんと頭をふる。

 

…この様子で、本人はあのドS生徒会長に淡い恋慕が伝わっていないと思っているのだから泣けてくる。

 

「しないんですか?告白」

「……出来ませんよ。告白なんて」

「クラスとしても個人としても大事な時期ですもんね」

「分かってるなら、軽々しく煽らないでください。どうするんですか、二人でいる時、うっかり告白しちゃったら」

 

うっかり告白するような奴は天然じゃなくて故意犯だと思うが今はそんなことは置いておこう。

 

「すればいいじゃないですか。正直、橘先輩は俺に言わせればビビってるだけです。人生に大事じゃない時期なんてないんですから」

「……綾小路君ってもしかして、恋愛経験が?」

「ええ、あります。彼女もいますよ」

 

食い気味答えた俺に目を丸くして驚嘆する橘先輩。

まさか、彼女が出来たのはつい四日前のことだとは夢にも思っていないだろう。

 

その証拠に彼女は紅茶の入ったカップを机に置き、俺と対面の椅子に腰掛けた後も、UMAとでも遭遇したかのように目を見開いていた。

 

「猛者です。猛者がいます」

「……この道極めて15年。橘先輩。彼氏、欲しくないですか?」

「ほ、欲しいです!」

「繊細なフレームの眼鏡がこの世で一番似合う、知性と品性を兼ね備えた、まさに王子様みたいな彼氏が?」

「す、好きです!!!」

 

彼女持ちである優越感を擽られて調子に乗っていると、橘先輩はバンと机を叩いて身を乗り出してきた。

 

……いや、欲しいかどうかを聞いてたんだけどね?

 

橘先輩が前のめりになったことで、座っている俺の目線の延長線上には、制服の上からでもはっきりと分かる膨らみが現れる。

……ほう。中々いいモノをお持ちのようで。

 

「…妙案があります」

「なんでしょう!?」

「コスプレをしましょう。バニーでガールなやつです。それで全てにかたがつきます」

「……こ、コスプレですか。でも、それは…、流石に恥ずかしいです」

「恥ずかしいからこそ意味があるんです。それに—」

 

思わぬ提案に腰を落とした彼女に変わって、次は俺が身を乗り出した。

彼女を徹底的に逃さないためのとっておきの言葉を使うためにこんな提案をしたのだ。

 

橘先輩の胸が邪な思考を生んだ訳では決してない。決して。

 

「先輩のその制服も半年後にはコスプレに変わってしまいますよ」

 

橘先輩がはっと顔をあげ、唇を引き締め覚悟が決まる。

 

人は時間という概念にとことん弱い。

タイムリミットが近づくほどに、強迫観念に駆られてしまうのだ。

 

「……や、やります」

「その言葉を待ってました。早速、作戦を立てましょうか」

 

その後、二人きりの生徒会室で俺と先輩は密談した。

 

俺が時より過激な発言をすると彼女は大層驚くが、男女交際に限ってはこれがスタンダードですと言いくるめて話を進めていく。

 

作戦決行は三日後の夕方に決まった。

バニーの衣装のオーダーから配送までに二日。

橘先輩が試着して俺が監修し、作戦の詰めを考えるのに一日。

 

俺はそれまでには心の準備を整えておくように伝えて、生徒会室を後にする。

 

…俺も他人のことばかりではなく、一之瀬への対応を早急に考えないといけないな。

 

ひよりと会えずに禁欲生活を続けていると、どこかで我慢の限界が来てもおかしくはない。

 

 

 

 

 





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