生きている限り、誰にでも平等に訪れる年に一度特別な日。誕生日。
俺にとってその存在は、我が担任の三十路を手前にしたアラサー巨乳教師のようにその日が来る事を拒むこともせず、我がクラスメイトの成人男性が声をかける事を躊躇いそうなほど幼女然としているみーちゃんのようにはしゃいで待ち侘びることもない。
もう遥か昔に、何の変哲もない日常へと溶け込んでしまっている。
「綾小路君の誕生日はいつなんですか?」
「みーちゃん、推しの誕生日は必須項目だぞ」
「仕方ないじゃないですか。だって綾小路君、個人情報を全然教えてくれないじゃないですか。私の母国、中国もびっくりの情報規制ですよ」
「…なにそれ?きよぽんって、存在が国家機密だったりする?」
長谷部の軽口は笑い流せない程度には真実味があって俺は何とか苦笑いを作る。
流石に戸籍謄本から名前が消されていたりはしないよな…?実はホワイトルームは別班養成機関とかじゃないよな?
「別に隠してる訳じゃないんだけどな」
「そうなの?じゃあ、きよぽんはどこ中出身なの?」
「…それは内緒だ。高校デビューがバレるのは恥ずかしいからな」
「がっつり隠してるじゃん。よく分かんない言い訳してるし、職務質問されたラッパーくらい必死じゃん」
それ俺、危ない人判定されて尿検査されるやつじゃん。今のところ、ひより以外には見せる予定はないんだけどなぁ…。
それにしても、入学当初の俺、詰め甘すぎだろ。
この質問は入学したら絶対される通過儀礼みたいなもんなんだから、変な空気にならないように答えの一つくらい用意しとけよ…。浮かれてただけに、ほんとに浮いちゃうでしょ。クラスから。
「綾小路君。そういうミステリアスな部分も素敵で好きですが、誕生日くらいは教えてください。私だけ祝われてるなんて気が収まりません」
「そうだよな…。確か、10月20日……だったと思う」
なんであやふやだしと笑う長谷部といそいそとスマホのスケジュールに登録し始めるみーちゃん。
黙ってふんふんと話を聞いていた佐倉に至っては、『綾小路君誕生日1日前』『綾小路君誕生日2日前』と遡って打ち込んでいた。…佐倉の中で俺はキリストと同じ扱いなの?
そんなこんなで誕生日会は平和に終わり、三人を帰した後に俺は残り10日となった夏休みが終わりが近づいて行く事を感じていた。
一日も無駄にできない。とりあえず、豪鬼の2中pのカウンターヒット確認くらいは出来るようにならないとな。
なんて、適当な事を考えているとさっき見送ったばかりの玄関からコンコンと音が鳴った。
覗き穴から誰かを確認することもなく、玄関のドアを開けると長谷部が気まずそうに立っていた。
「どうした?忘れ物か?」
「うん。ちょっと…」
曖昧模糊とした煮え付かない態度に違和感を覚えながらも、部屋にあげる。そのままリビングの方へ進もうとしたところで、裾を掴まれ止められた。
「忘れ物じゃないから。ここでいい」
「……なにか、言いたいことがありそうだな」
「うん。分かってるなら言うね。私、モヤモヤしたまま過ごすのって苦手だからさ。…綾小路くん、気付いてるよね?佐倉さんの気持ち」
一之瀬と交際関係にありながら俺が佐倉の気持ちを拒まないスタンスを見て、それを快く思わない長谷部の感覚はきっと正しいのだろう。
だけど、いくら正しくても他人の恋愛事情にお節介を焼く行為は褒められたものではない。有名人の不倫報道を見てお気持ち表明する野次馬と変わらないからだ。
俺は長谷部の真意を確かめるような不審な目に、当てつけのように大きな溜息をつく。
「長谷部は他人の心配をしている場合ではないと思うけどな」
求めていたものとは違う答えに眉を顰める彼女に俺は言葉を続ける。
「長谷部はやる気がないだけで、必要に応じて勉強も運動もコミュニケーションだってある程度は出来る。さっきのみーちゃんの誕生日会でもいきなり呼んだのに場を盛り上げてくれて助かった。ほんと、長谷部は何でも卒なくこなす美人って感じだよな」
「…何?いきなり何の話?」
「だけど、佐倉は違うんだ。人一倍勉強しても人並み以下の結果しか出ず、運動神経の悪い人間だけを集めた社会実験のような某番組に呼ばれるくらい運動能力は壊滅的で、好きな相手に好意一つ隠せないほど要領も悪い」
純然たる事実という名の毒が練り込まれた冷静な分析を語る真顔の俺に長谷部が言葉を失ったところで、結論を突きつけた。
「そんな人間が唯一頼れる相手に見放された時、どうなると思う?」
学力も体力も基準値に満たない彼女が、それでも懸命に学校に縋り付いているのは紛れもなく俺がいるからだ。
「でも、もうちょっと上手くやるとかさ…」
「これ以上なく上手くやっているつもりだ。どこに問題があるんだ?」
「…せめて、思わせぶりな態度は取らないであげてよ。気がないのに気があるフリするなんて可哀想じゃん」
「俺はそうは思わないな。俺が繋ぎ止めなければ健気で優しくて自分に自信の持てない彼女は、一之瀬に引け目を感じて身を引く。そうしてフェードアウトして疎遠になる未来の方が寂しく思う」
そう言葉を尽くし討論で捩じ伏せても、矢も盾もたまらずといった様子の彼女に理解を示してもらうのはやはり難しい。
これ以上は不毛だ。そう感じた俺は語調を強めて言う。
「それに他人に勝手に同情して、気持ちを代弁して可哀想だと思う感性が俺には分からないな」
感情移入と言えば聞こえはいいが、佐倉の与り知らぬところで俺にこうやって接触している事はフレネミーそのものである。
「長谷部。お前は無自覚に佐倉を下に見ているんだ」
「そんな事—」
「ないと本当に言い切れるか?高層マンションで東京の夜景を一望しながらそれでも孤独だなんて言う金持ちを可哀想だと思うか?思わないだろう。結局、お前は自分よりも能力の低い下を見て悦に浸っているだけだ」
俺の遠慮のない言葉に分かりやすくむっとする長谷部だが、すぐに反論は出てこない。
どうせいくら正論並べたって満足しないのだから、彼女相手には感情を逆撫でする極論で充分だった。そこに付け入る隙が生まれる。
「だが、そんな暇はお前にはないぞ。佐倉はお前よりも遥か先のステージに行っている」
「……なによそれ。どういう意味?」
この言葉が聞き逃せなかった事実が、佐倉を下に見ていた何よりの証拠なんだが、彼女がそれを自覚するには子供すぎるようだ。
「夏休みが始まってすぐ、俺がクラスメイト全員に夏休みを満喫して欲しいということで前倒しで5万pt配った事は覚えてるな?」
無人島試験や船上試験で稼いだポイントは全て九月に支給される。八月いっぱいまでは俺達クラスの収入はいまだゼロなのだ。
「…うん、一之瀬さんから貰ったんでしょ?」
「波風を立てないようにそう説明したが違う。あれは佐倉が稼いだポイントだ」
目を丸くして驚いた長谷部に雫のアカウントを見せて、俺がそれを手伝っている事と、それで収益を得ている事を説明する。
活動始めたてで波に乗っている今だからこその水ものだが、今月、彼女が稼いだ金額は100万ポイントを超えた。
vtuberが投げ銭で億を稼ぐ時代だ。インターネットを介した人気商売というのは実に恐ろしい。
まあ、それらのvtuberよりも可愛い実体なんだからこれでも少ないくらいだろう。(親バカ)
「佐倉は見つけているんだ。自分の人生を捧げても構わないと思えるやりたい事を」
無気力に、必要最低限に生きる長谷部にとって、佐倉(雫の姿)を見てどう感じるだろうか。
完全に言葉も気力も失った長谷部を見て、キラキラ輝く彼女に畏敬や憧れに近い感情を抱いたのではないかと思う。
「俺はそんな佐倉を純粋に応援したい。一番側で彼女の行く末を見届けたいんだ。長谷部、悪いが邪魔をしないでくれないか」
俺が生半可な覚悟や気持ちで佐倉と接していない事を知った長谷部は口元を抑え、自分があまりにも軽率に他人の事情に踏み込んだ事を理解する。
そして、それは彼女にとって、超えず超えさせないように守ってきた一線だった事も。
「ごめん。私、何も知らないのに勝手なこと言って」
「構わない。それに、俺の方こそ悪かったな。説得するためとはいえ、傷付けるような言葉をわざと選んだ」
「………今更、優しくしないでよ。本当に思ってることなんでしょ?」
「ああ。だが、それは普通で仕方のない事だと思っている。佐倉の活動は俺と今知った長谷部以外は知らないんだ。佐倉は誰かに認められたくて努力してる訳ではないからな」
「……なんで、私に教えたの?」
「本当は分かってたんだ。長谷部が柄にもなくこうやって俺に押しかけてきたのは純粋に佐倉を心配してのことだって事は。であれば、この話も呑んでくれるんじゃないかと思ってな」
最初から、彼女に十全の理解を示してもらうためにはこうするしかないと俺は分かっていた。
「長谷部も一緒に佐倉のサポートをしてみる気はないか?」
俺の提案にじっくりと間を置いた後、彼女は確かに頷くのだった。
◆
無駄にしないと心に誓ったばかりの俺の夏休みはダイジェストか走馬灯のように駆け抜けていった。
ある日は澪と占いを受けに行ったり……
「どうして、ひよりじゃなくて俺を誘ったんだ?」
「勘違いしないで。忌々しいことに、この占いが男女のペア限定ってだけ。まあ、腕は確からしいけど」
「多様性への配慮が欠ける占いもあったもんだな。まあ味が美味けりゃ、無礼な接客態度も許されるラーメン二郎みたいなもんか」
「度々炎上してるけどね、それ。まあでも、世の中そんなもんでしょ。意識だけが先行して、実態は追いついてないことばっかり。男二人でラブホテルには入れないみたいなもんよ」
「へぇ〜流石は澪。博識だなぁ〜」
ニタニタと自分でも気色の悪いと思う笑みで澪をじっと見つめると、やがてばつが悪そうに顔を逸らして捲し立てるように言う。
「悪かったわね!失言だったわよ!当然、行ったことないけど!?悪い!?」
「いや、悪くないよ。俺だって行ったことないし。どうだ?今度一緒に行くか?」
「ば、ばっかじゃないの?そもそも敷地内にそんな施設ないし、万が一あったとしてもその時はひよりを誘うし。ラブホ女子会とか一般的で女同士なら入店拒否されることもないし」
「へぇ〜、やっぱり澪は博識だなぁ〜」
「うっさいわね!!あんた、しつこいのよ!」
先程と寸分違わない笑みは澪の恫喝に一蹴される。
ついでに蹴りも飛んでくるかと思ったが、ジロリと睨まれるに留まった。やはり、牙の抜かれた虎はただの可愛い猫だと心から思う。
「そんなことより、あんたはきっと女難の相でも出てるんだからしっかり見てもらいなよ」
「その場合は澪も対象じゃないか?俺とこうやって二人で色恋専門の占いに出向いてるんだからな。どうする?凄腕の占い師に運命で結ばれてるなんて言われたら」
「…………………さっきから、ほんとこいつは………。言うから。ひよりにあんたが私に色目使ったこと言うから」
「嬉しさのあまり欣喜雀躍としたひよりが見れるなんて今から楽しみだな」
「もうやだ。ほんとに!バカップルを専門とした医療機関とかないわけ!?」
やはり、澪が追い込まれた時の一言はいちいち面白い。
俺はそんな彼女にくふっと無自覚に気色悪い笑みで応答した。
また、ある日は佐藤に格ゲーをレクチャーしてやったり……
「なんだ、その安いコンボは。コンボコンテストへの入賞でも狙ってるのか?独創性以外褒めるところが見当たらないぞ」
「……」
「佐藤。今の試合リーサルだったぞ。そうやって勝てるチャンスを逃してるからジリ貧になって負けるんじゃないのか?」
「………綾小路君、アドバイスしてってお願いしたのは私だけどもうちょっと優しくできない?あと、ちょくちょく言ってる意味が分からないんだけど……。安いって何?りーさるって何?新種の猿?」
どの単語も格ゲーを触ったことある人間なら知っている基礎的知識だ。…こいつ、教わる気があるのか?予備校に行くだけで成績が上がると思ってるタイプか?
「そうやって何も考えずにランクマッチに潜って、負けても反省しないから実力がすぐに頭打ちになってるんじゃないのか?受験勉強と同じで早く成長したいなら傾向と対策は必須だ。ほら、今のところもコンボが—」
「うきー!!そんな言わなくてもよくない!?綾小路君、なんで私にそんな冷たいの!?もっとさぁ、レバーを握る私の手に後ろから手を重ねて『違う、昇竜拳の入力はこうだって言ってるだろ?分かったか?』『…ちょっと分からないかも……。だから……、もう一回教えてくれる?』『はぁ…しょうがないやつだな。もう一回だけだぞ?』とかそういう甘いやり取りあってもよくない!?」
「恥ずかしげもなく少女漫画脳を垂れ流すな。そんな瞬間は未来永劫訪れない」
「うきー!!!」
「新種の猿か。お前は」
俺の鋭いツッコミと共に、ゲーム画面では鋭い差し返しがパニッシュカウンターしてフルコンボが決まり、K.Oとデカデカと表示された。……うん、やはり佐藤は弱すぎる。
またまた、ある日は森下藍と未知の領域へと出向いてみたり…
「偉い人は言いました。『人生は冒険や』と」
「……」
「別の偉い人は言いました。『俺が通る。道を開けろ』と」
「……」
「別に偉くない人は言いました。『野菜は美味しいから食ってるよ』と」
「……俺はまさか森下のクソくだらないYouTuber迷言語録を聞かされるために炎天下に呼び出されたんじゃないよな?てか、最後のはほんとに怒られるぞ。マジで。前者二人よりは確実に識者だから訂正しとけ」
「大事なのは知恵を持つことではなく、その知恵をどう使うかだと藍ちゃんは思うわけです」
…散々、適当ぶっこいてたくせに急にまともな事を言い始めるからこいつの扱いは困る。
「さぁ、グダグダ言ってないで早く行きますよ。綾小路清隆」
「待て森下。行く先を言え。行く先を。俺はお前と地獄の果てまで行く気はない」
「安心してください。綾小路清隆。これから向かう先はその真逆の位置する場所。人呼んで、そこを『未婚者天国』と呼びます」
そんな銀座の中央通りを紹介するようなテンションで森下に連れてこられた場所に着いて、俺は目を見張った。
丈の足りないカーテンのような黒い暖簾に、円環に封じられし「18」の数字を、一本の斜線が鋭利に断ち切る禁断の意匠。
赤十字のように法律で使用を制限されているのではないかと疑うほどここでしか見ない特徴的なマークだが、制限されているのは考えるまでもなく年齢の方である。
「いざ行かん。約束の地へ」
「ダメに決まってるだろ」
勇足のまま暖簾を潜ろうとする森下の首根っこを後ろから掴み上げる。襟に首を絞められ、ぐえっと米津玄師の名曲の合いの手みたいな声をあげるが無視する。
「仮に未婚者にとっては天国だとしても、未成年にとっては地獄も同義だ。未成年でパチンコに入店した虎杖がジャッジマンに下された判決を知らないのか」
「例えが呪術廻戦すぎて分かりませんが、私は兼ねてからずっと考えていた事があるのです。寝室のゴミ箱にティッシュが増えていたり、お気に入りのエロ本コーナーがコンビニから姿を消したり、そういう小さな絶望の積み重ねが人を大人にしてくれると」
「そんなナナミン嫌すぎるんだが…。てか、滅茶苦茶知ってるし」
「兎に角、私は怒っているのです。コンビニの18禁コーナーを前に挙動不審に右往左往しながら前後左右に揺れているショタを観察するのが私の細やかな楽しみだったと言うのに……。それが奪われるなんて……、これは基本的人権の剥奪に値します!」
…むしろ、守ってもらった側だろう。
それはお前がまだ若いから許されているだけで、近い将来犯罪者に早変わりだ。
「だから、私は決めたのです。えっちな本を前に悶々しているショタを見るためなら、この境界線くらい軽々と超えてやると」
「落ち着けバカ。森下すら入れないこの先にショタなんているわけないだろうが」
見えざる手に掴まれたともだちコレクションの住民のように手足をバタバタさせる森下を正論でなんとか鎮める事ができて俺はほっと一息つく。だが、それも束の間の休息だった。
「こんな時だけ偉ぶらないでください。綾小路清隆だって、あなたは18歳以上ですか?という年齢確認にはいを押して架空請求された事がある癖に……」
「……架空請求はされてない」
「ははっ。ボロがボロンと出ましたね。これで綾小路清隆も同じ穴の狢。私を止める者は誰もいなくなりました」
俺はもう彼女を止めることを諦めて解放する。
まあ、この先へ入ったところで何かしらの罪に問われる訳でもないのだ。
俺がせめて他人のフリをしようと距離を取ったところで、森下がバッと振り返り、
「まあ、というのは冗談で、実は真嶋先生が人目を盗んでここに入っていったという目撃情報を山村美紀から入手したので張り込んでいただけなのです」
「そっちの方が何かしらの罪に問われそうだよ!バカ」
この後、中から肌艶の良い真嶋先生が出てきて、俺と森下が素行不良でクラスポイントの減点を食らったのは別の話である。
—と、言った具合に夏休みを無駄にしないと誓った俺はこれでもかというほど夏休みを無駄に消化した。
最後が特に無駄。もうどれくらい無駄かっていうと、ベンチャー企業の企画会議くらい無駄。
他にも軽井沢を餌付けしたり、ひよりとイチャイチャしたり、体調を崩した堀北を看病してやったり、ひよりとくんずほぐれつしたり、松下とカラオケ行ったり、ひよりとてんやわんやしたり、橘先輩の進路相談に乗ってやったりしたが、それを記すには余白が足りないので後世へと託す事にする。
さて、夏休みは残すところ明日の最終日だけ。
しかし、サザエさん症候群のように夏休みを惜しみ、二学期が始まる事を嘆くことはない。
確かに夏休みのような長期休暇は生まれて初めての経験だったが、これから待っている2学期にも同じ事が言える。
だが、それでも心残りがあるとすれば—
まだ手をつけられていない夏休みの課題が2つあること。
俺はその一つを消化するために彼女に通話をかけた。
『一之瀬。明日、特別にプールが解放される話は知ってるか?』
『うん。私もクラスの皆と行く予定だよ。楽しみ』
『そうか。俺も行くかもしれない。だから、会った時はよろしく頼む』
『あはは。変なの。よろしくって何?』
『要は仲良くしてくれって事だ。それ以上でもそれ以下でもないよ』
『うーん、それって改まって言うことかな?私達、十分仲良しだと思ってたけど私だけ?』
重箱の隅をつつくように俺の歯切れの悪さ一つを取って主導権を握ろうとしてくる一之瀬に強かさを感じながら、俺も負けじと弁を立てる。
『十分か。逆に一之瀬と今よりももっと仲良くなりたいと思っていたのは俺だけか?』
『うーん、そう来たか。私の負けだね。私の方が綾小路君以上に仲良くなりたいって思ってるもん』
『潔いな。参考までに具体的にどのくらい仲良くなりたいんだ?』
『……にゃは。綾小路君に堂々とセクハラされたにゃー。私の気持ちを知ってる癖に。乙女に何回もあんなこと言わせようとするなんて酷いにゃー』
いつもに増してにゃーにゃー言ってるのは恥ずかしさからだろうか。
歳を重ねたらその語尾も黒歴史になり恥を超えて死にたくなりそうなものだが、今はそのあざとさが気にならないくらい可愛いので無問題です。
『セクハラだって言うくらいには、自分が相当なことを告白した自覚はあるんだな』
『不可抗力だよ。いきなり綾小路君が椎名さんにはプロポーズするから、あの時はもう何が何だか分からなくなって…。心の底にあった本音がするりと出ちゃったんだもん』
『水着着てないのにポロリしちゃった訳だ』
『うにゃー。綾小路君は人でなしだ!人の告白を子供には見せられない深夜のテレビ番組みたいな扱いして!』
『悪い悪い。冗談だよ。一之瀬が可愛くて揶揄いすぎた。あの告白は本当に嬉しかった。だから付き合うことにしたんだ』
態とらしく癇癪を起こしたフリをする一之瀬を宥めて、落ち着いたところで時間を確認する。
深夜0時。夏休み最終日が始まった。
『……終わっちゃうね。夏休み』
『ああ。だけど、代わりに二学期が始まるだろ』
『夏休みの代打としては荷が重いと思うけどなぁ』
『どうかな。意外な結果を齎してくれるダークホース的存在だと思うけどな』
『…そうだね。そうだといいな』
クラス間の競争が加速し、忙しくなるであろう2学期に幸運を祈るような一之瀬に俺は『きっとそうなるよ』と益体もない答えを返した。
『…私、明日早いから、もうそろそろ寝ようかな』
『そうだな。俺も寝ることにする』
『おやすみ。綾小路君。また電話かけてね』
『ああ。そっちも、寂しくなったら電話してきて構わない』
『……毎日になっちゃうよ?』
『それは最高だな。明日が楽しみだ』
そう茶化して笑い合い、再びおやすみを交わし合った後、お互いに通話終了ボタンが押せずに沈黙が続く。
恋人の通話のお決まりのような展開にクスッと笑った一之瀬に俺は意を決して言う。
『一之瀬』
喉が突っかからないように唾を飲み、滑らかな言葉を紡げるように唇を舐め、一言一句聞き漏らすことのないように丁寧に
『悪いがプールの予定はキャンセルして、明日は一日俺に付き合ってくれないか』
舐めて潤したはずの唇は既に乾いていて、自分が極度の緊張状態である事が分かる。
それもそのはずだ。
ひよりとは付き合う前から遠慮や気遣いの知らない友達以上恋人未満のような関係でなし崩し的に好きになった。
だけど、一之瀬は違う。
共通の趣味もなく、お互いにまだ初々しさを帯びた関係。
1から100になったのがひよりへの気持ちなら、一之瀬への気持ちは0から1を作り出すような感覚だった。
『……もしかしなくても、それってデートのお誘い?』
悪戯っぽく笑って問いかけるその彼女の声にもどこか緊張が垣間見えて同じ気持ちなのが分かる。
彼女の緊張が俺の緊張をほぐしていくという不思議な体験を経て、俺はいつもの調子を取り戻し始めた。
『そうだ。それ以外に聞こえたか?』
『ううん。分かってたけど、実感を得たくてわざと聞いた』
『ずるいな。俺だって誘うのに中々の勇気が必要だったんだぞ』
『うん。それも分かってて、それでも聞きたかった。私、ずるいの』
『別にいいよ。ずるくても。それすら可愛いと思えるから』
俺は騙され出し抜かれることを裏切られたなんて思わない。偉そうだが、むしろ俺からよく一本取った。そんな気持ちだった。
一之瀬が熱と感情を乗せた声でさらに言葉を続けた。
『私、本当に嬉しい。初めてのデートは綾小路君が誘ってくれるまで待つって決めてたから』
『まさか、それで今まで連絡してこなかったのか?』
『うん。焦らしたら、綾小路君の方から来てくれるかなって思ってたから。焦る気持ちもあったけど、それくらいの余裕持たないと椎名さんには勝てっこないからね』
『…今回は完全に一之瀬の手のひらの上で踊ってたみたいだな』
完全降伏とも取れる発言だが、俺は龍園と同じで勝つまでやれば負けたことにはならないという暴論信者である。
『だから一之瀬。明日は俺の手のひらの上で踊ってもらうよ』
そう締め括って、俺は明日はエスコートする約束を取り付けて今度こそ通話を切った。
彼女との時間に、幸福感と達成感に体が満たされていくがそれでも半分だ。
デスクの中に腐って朽ちていくバレンタインチョコのような未だ渡せずにいる櫛田へのプレゼントが俺を苛み続ける。
…あのバカ。いつまでも臍曲げてないで、早く取り来いよ。
本当に欲しいモノは待ってて手に入る類いのものじゃないってことくらい分からないお前じゃないだろうが。
嬉々とした、悶々とした、そんな複雑な感情で、夏休み最後の日が幕を開けた。
vivantは1億円誤送金するとこまでしか見てないけど、リーガルハイは一日で全部見た
感想、ここ好きありがとう
次こそ、夏休み最終回だからよろしこ