#49 各々の変化と波乱の幕開け
9月1日。
まずは某ほのぼのアドベンチャーゲームのように8月32日が出現しなかった事を喜ぶべきだろうか。
はたまた、俺の心残りが解消されていない今、エンドレスエイトのように何度も夏休みを繰り返さなかったことを嘆くべきだろうか。
…いや、我々Z世代においてタイムリープものと銘打って申し訳程度に画角を変えただけのアニメが八週間連続放映されるのはもはや拷問だな。ドーパミンの供給不足で死者が出てもおかしくない。
「……とりあえず、鞄にしまっておくか」
デスクから綺麗に包装されたままのプレゼントを取り出し鞄の奥底にしまう。
入学した時はどこのショップにでも置いているようなアクセ一つにこんなにも心が乱されるなんて思っていなかった。
…いや、違うな。この期に及んで自分すらを誤魔化すなんて女々しすぎて、思わず自嘲が漏れる。
彼女が出来て、理想的な順序で大人の階段を登って、幸せの絶頂の最中にいるはずの俺は、たった一人の女の子が隣にいない事を心に穴が空いているように感じている。
アクセサリーは金で買える量産品だが、彼女は唯一無二の存在で簡単には手に入らないことなんて分かっていたはずだった。
ただ、あまりにも当たり前に、あたかもそれが普通であるように、無条件で側にいてくれていたから、失うまで気付くことが出来なかった。
彼女の気持ちを知った今、それはとても勇気のいる尊むべき行動だったと痛感している。
「……ははっ。俺が全面的に悪いな。性格とか態度とかその他諸々」
なんの肥やしにもならない独白を吐き捨て、いつも通り身支度を整え、いつも通りの時間に、俺は部屋を出る。
今日から2学期が始まった。
◆
「おはよっ。綾小路君っ」
ロビーにはファンが出待ちするように一之瀬が待っていた。
一緒に登校する約束などしていない。けれど、彼女なら待っているんじゃないかと、漠然とそう思っていた。
「一緒に登校したくて。ダメかな?」
「ダメじゃない。すごく嬉しいよ。ただ、待たせてしまうのは心苦しいから明日からは連絡するか、直接俺の部屋に来てくれ」
「……え?明日もいいの?」
「これから先ずっとだよ。………別れない限りな」
朝から自問自答を繰り返し、恋愛観を一新したからだろうか、直球に好意を伝えることが出来た。
それでも慣れないことをしたせいで、照れ隠しで余計すぎる一言がまろび出てしまったが一之瀬相手にはそれすら有効な一手だろう。
「……絶対、別れないもん」
「そうだな。だったら、俺が離れて行かないように、繋ぎ止めておいてくれ」
思い返してみれば俺のスタイルはいつも受け身だった。
深層心理に好意を植え付けるように立ち回ってはきたが、自分から手を差し伸べる真似はほとんどした記憶がない。
拒絶されることを、失敗する事を恐れて、消極的なアプローチしかしてこなかったのだ。
だけど、それは今日までにする。それでは大切な物を得るために不足していると知ったから。
昨日のデートの延長線上であるように、俺が一之瀬の手の甲に軽く触れると、目を丸くして耳元で囁いてきた。
「……にゃは。積極的だね。昨日と違ってみんな見てるよ?」
「可愛い彼女を自慢する絶好の機会だな。逃す手はない」
「…うわ〜、私のかっこいい彼氏はヘンタイさんだ〜」
昨日の台詞に嬉しい言葉が追加されていて、頬が緩む。鼻が高いのは俺だけじゃないようで安心した。
これでこそ、朝の貴重な時間を身嗜みに投資した価値があるというもの。
だが、それでも一之瀬はクラスメイトや同級生の目を気にしてるようで、所在なさげに手を彷徨わせていた。
まるでふわふわと地についていない気持ちを表してるような彼女に俺は土台を与えてやるべきなのだろう。
「帆波。はやくしてくれ。焦らされるのは好きじゃない」
「……にゃは、本当に積極的で困っちゃうかも……。まだ、夢でも見てるのかな、わたし……」
「なるほど。帆波がどんな夢を見てるのかなんとなく分かった気がするよ。でもな、帆波。今の俺はその夢に出てくる姿よりも積極的だと思うぞ。自由にさせておくと何をするか、俺にすら想像がつかない」
お菓子作りの焼き工程のように顔を赤く固めていく帆波の手の甲に再度コツンと衝撃を与えると、我に返った彼女は焦ったように手を繋いできた。
夏とはいえあまり気温の高くない朝だというのに、じんわりと汗をかいていて彼女の緊張が窺える。
俺は気にしないが彼女はそれを気にするかもしれない。
俺はそんな彼女の憂いを払拭するべく、手を恋人繋ぎへと組み替えた。不安など上書きしてしまえば良い。
「……ほんとにどうしちゃったの?綾小路君。何かあった?」
「……」
「え?なんで無言……。あっ……」
すぐに俺の意図に気付いた彼女は、前のめりになって上目遣いを作り、ここぞとばかりに悪戯っぽく口の端を吊り上げる。
「清隆君。そういうのは女の子がやって成立するやつだよ?」
「……もしかしなくても、男がやったら?」
「私が寛容で、相手が清隆君だから可愛くてギリギリ許せるレベルかな〜?」
「………なるほど。肝に銘じておく。まあ、少しの恥を犠牲に帆波に名前で呼んで貰えるのなら安い勉強代だよ」
「………そういうのは余裕で可愛くてキュンとくるにゃ〜」
校内新聞の存在など聞いたこともないが、仮にそんなものが発行されてるなら、今の俺達がその号外の紙面を飾るのだろう。
そんなくだらない想像を巡らせながら、彼女と共にロビーを後にする。
◆
「そうだ。忘れないうちに約束のポイントを送っておくね」
一之瀬がそう言って思い出したようにスマホを取り出す。
釣られて俺もスマホを確認するとしっかりと特別試験の結果が反映されたポイントが振り込まれていた。
俺達Dクラスにとっては4月以来の公的な収入である。
「その事なんだが、暫く帆波が預かっておいてくれないか?」
「え?なんで?貸し借りの清算はきっちりした方がいいと思うけど」
「至極常識的な意見に耳が痛い上に、俺の事情も上手くは説明出来ない。だが、その上で頼む」
「え〜、……うーん。………じゃあ、貸し一つって事ならいいよ?」
「……貸し借りの清算はきっちりするタイプじゃなかったのか」
「お金の方はね。恩を売っておくのはその内には入らないよ〜」
頼む立場の弱みにつけ込んだ、何ともご都合主義で狡く思える理論だが、それすらも気にならないくらい一之瀬は可愛い。ずっと主導権を握られててもいいとすら思える。
「その貸しは具体的に何を指すんだ?」
「ん〜、代わりに私の些細なお願いを聞いてくれればそれでいいかなっ」
…ニコッと人好きのしそうな笑みに押されて、追求する事すら忘れたが、どこかで見たような展開だ。
些細なという言葉で誤魔化され、何一つ具体的になっていないのだから、実質やりたい放題。もしも私に惚れろとか言われても拒否できない………いや、それは望むところだな。
「それに、そこまで嫌ってわけじゃないんだ。だって、清隆君のお金を管理するのって奥さんって感じじゃない?」
「……俺は結婚しても資産管理は各々ですることを望むタイプだ。月収50万なのにお小遣い3万の実質貧困層みたいなサラリーマンにはなりたくないよ」
「聞く人が聞けば凶器にもなり得る痛烈な社会風刺だにゃ〜」
別にそういう人間を哀れんでいるわけではないんだが、歯に衣着せぬ言い回しだったかもしれない。
幸せの形はそれぞれで、俺はそれを望まないというだけの話なんだがな。
「結局、資産を共有するかどうかは所謂価値観の擦り合わせの項目の一つにすぎないだろう?結婚式はあげるか、新婚旅行は行くか、両家顔合わせは必要か、子供は何人欲しいか。全てはパートナー同士で相談して決める事。その内の一つに対して俺は答えを出しただけだよ。他意はない」
「……参考までに他の答えも聞いていい?他意はないから」
ペラペラと言い訳じみた言葉を並べた俺に、興味津々な様子で一之瀬は深掘りしてくる。
……他意はないってそんな便利な言葉じゃないんだけどな。
「結婚式は友達が少ないからやりたくない、新婚旅行はハワイ以外がいい、両家顔合わせは俺の方は絶対無理、子供はあまりにも気が早い。……まあでも、ウェディングドレスを着た帆波は見たいかな。絶対可愛い」
「………に、にゃは、なんかツッコミどころ満載だったのに、最後の衝撃で忘れちゃったよ……」
もっと言えばウェディングドレスを着た帆波としたい。…これもあまりにも気が早いな。こっちはツッコミどころ一つだけど。
初心に赤面している彼女にこんな思春期の男子特有のキモい妄想をぶつけれる訳もなく、茹った頭を冷ますように沈黙を貫いていると、後ろからカツンカツンと硬い何かで地面を叩くような音が聞こえる。
振り向かずともそれが何の音が分かった俺はこれ見よがしに溜息をついて歩調を緩めると、彼女は何の遠慮もなく隣に並んできた。
「ご機嫌よう。綾小路君。文学少女から学年のアイドルに乗り換えですか?」
「そっちは不良少女と不良風少年を捨ててきたみたいだな」
「ふふっ。風とはよく言ったものですね。確かに彼は些か小物ですから、この先にはついてこれないと判断して捨ててきました。少女の方には……、捨てられたと言った方が正しいのかもしれませんね」
「あの時ひよりに言われた言葉が刺さるくらいには丸くなったようだな」
「本質は変わってませんよ。方針を変えただけです」
明確な変化を感じ、坂柳に初めて目を向けると、隣には山村が連れ添っていてペコリと会釈された。……いたのね。
俺の生体電流の感知センサーを掻い潜るとは彼女のスパイ性能の高さは末恐ろしいものがある。
坂柳を倒すなら、彼女を何とか手駒にして闇討ちさせるのが一番有効な手立てかもしれない。
「おはよーっ。坂柳さん、山村さん」
話に入れず遅れて割ってきたのにそれを思わせない帆波が坂柳と山村に挨拶する。
ええ、ご機嫌ようと一言で返した坂柳と違い、帆波の快活な挨拶に押された山村は『ええ、その節はどうもどうも』と低い腰でご近所に挨拶する奥様方みたいな感じになっていた。
「少し歩くペースが遅くなりますが、学校までご一緒しても?」
「勿論だよ。ね、清隆君」
「ああ。正直言えば極めて邪魔で煩わしいが、どうしてもと言うなら付き合ってやってもいい」
「ふふ。ではどうしてもお願いします」
坂柳は悪びれない様子でニコリと笑いかけてくる。
道行く一之瀬の知り合いすらも一言挨拶する程度で避けていくというのに、堂々と間を割ってくるとはこいつは空気を読むことを知らないらしい。
隣で空気を読まずして空気に成りすます離れ業をやってのける山村を少しは見習って欲しいものだ。
そんな辟易とした気持ちで歩き始めると、後ろからタタっと駆けるような足音が聞こえる。
そして、その次の瞬間にはバサっと視界を網に覆われていた。
「やりました。ついに捕まえましたよ。ツチノコを!…いや、ツチノ小路清隆を!」
「………………」
アンガーマネジメントに長けた俺は心中で必死に怒りを堪えつつも静かに虫取り網を払いのけ、ついでに押収しておく。
この一連の流れには、対応力で右に出る者がいない帆波も驚いて言葉を失っていた。
「………坂柳。Aクラスにまともな奴は一人もいないのか?」
「ふふ。いいじゃないですか。彼女は将棋で例えるならまさに桂馬。葛城くんのような真っ当な生徒はさながら金将。私は桂馬のようなトリッキーな働きをする駒の方が好きなんです」
「桂馬は控えて打てって格言を知らないのかお前は。敵陣に直接放り込んでどうする」
「もう詰み筋に入ってるだけのことですよ。三桂あって詰まぬことなしです」
森下が三人…?地獄絵図にも程がある。百鬼夜行だろ、それは。
俺との言葉遊びが楽しかったのか、頬を緩ませる坂柳に
「とりあえずこれはお前にプレゼントだ」
俺は行く宛を失っていた怒りをぶつけるように虫取り網をバサリと被せる。
十中八九、森下の独断での奇行だろうが、彼女は言葉の弾みで関与を仄めかした。その責任は取ってもらわないとな。
この一連の流れには、対応力に定評がある帆波もわなわなと震えていた。
「いいですね!つまらない反応に萎えそうになっていましたが、流石は天然記念物綾小路清隆。坂柳有栖に意趣返しするとは怖いもの知らずです。それでは朝から面白いものが見れたところで私は一足先に失礼します」
山村が慌てて坂柳の虫取り網を回収する中、森下はご機嫌な蝶のように風に乗って隣を駆け抜けていく。
……未だ夏休み気分のあいつには二度とこんな真似ができないように別で報復するべきだな。うん。
「山村さん。鬼頭君に連絡。森下さんを捉えるよう指示を出しておいてください」
感情の窺えない能面のような表情で、事務的に指示を出す坂柳。
ここで俺ではなく森下にヘイトを向けるあたり、彼女も成長している。
自分が失言で墓穴を掘ったことには気付いてるらしい。
「手を貸そうか?彼女の躾役なら買って出るぞ」
「ふふ。ご心配には及びません。これからやろうとしている事は私がひ弱な女だから許されてるようなもの。綾小路君がやると大問題なりますから」
……ええ、怖。何する気?って気持ちといいぞ、もっとやれという感情が鬩ぎ合い、ギリギリ後者が勝った俺は坂柳を陰ながら応援することにした。
くたばれ、森下藍。さっさと成仏するがいい。
◆
朝から散々な目に遭ったが、あれはパワプロのダイジョーブ博士のイベントに遭遇したようなもの。避けようのない事故だ。
それよりも今は目の前の事に集中すべきだろう。
「以上が体育祭の概要になる。質問はあるか?」
クラスメイトの視線が一斉に俺に集まる。最初から他力本願なのはどうかと思うが、その反面、信用されている証だ。
久しぶりの収入があったばかりで浮き足立っていると思っていたが、失う恐ろしさを知ったのは大きな経験だったようですぐに襟を正している。
俺はそんなクラスメイトに頷きを返して、茶柱先生に適当に芯のついた質問しておく。
先生にもクラスメイトにもやる気のあるリーダーアピールをしておきつつ、頭の中で思考を加速させていく。
全学年のAD合同の赤組とBC合同白組で競う。
→ひよりと帆波と別の組になった時点でやる気なし
全員参加競技、推薦参加競技で稼いだ″総合点″を学年別で競う
→人数のディスアドバンテージがそのまま不戦敗に。勝敗にそのまま直結する為、勝つのはほぼ無理ゲー
個人競技報酬 1位で5000ppt もしくは筆記テストの点数3点
→しょぼ過ぎ。これじゃあ、佐倉のグラビアの表情差分すら見れないよ?
うん。ライアーゲームの秋山すらも匙を投げる無理難題だ、これは。
誰だよ、男子全員退学させたやつ。綱引きとか棒倒し(男子限定)とかほぼ虐めだぞ、虐め。PTAが黙ってない。
「茶柱先生、最後に一つだけ。これは特別試験ではないんですよね?」
「……ああ、そうだ。だが、体育祭は極めて重要な位置付けであり、手を抜くことは許さ—」
「だそうだ。要は気負うことないということ。俺はある程度勝負を捨ててペナルティを受けない程度に楽しむ方針に切り替えるのもありだと思うがどうだろう?一度方針を決めるために多数決を取らせてくれ」
俺は失言しかけた茶柱を押し除けるように教壇に上がり、クラスメイトを見渡し決を取る。結果は…
勝つために全力で頑張る派 13票
(堀北 軽井沢 佐倉 長谷部 松下 佐藤 小野寺 みーちゃん 井の頭 森 西村 市橋 石倉)
ペナルティ受けない為に最低限頑張る派 6票
(篠原 前園 東 川渕 矢田 園田)
無投票 2票
(櫛田 高円寺)
ドイツのとある有名な戦略家は言いました。
やる気のある有能な者は参謀に置き、やる気のない有能なものは前線の指揮官に置く。
やる気のない無能は前線の兵隊として使い、やる気のある無能は今すぐに殺せと。
この理論に則れば、3分の1ほど殺処分しないといけないんだがどうしようかしら……。てか、思ったよりやる気はあるのね、このクラス。
「そういうことなら勝ちを全力で目指して頑張ろうか。手始めに推薦競技だが、俺は全部出ることにするよ」
中間試験で脱落した須藤が言いそうな傲慢な宣言をすると、目の端で茶柱先生が表情に安堵を浮かべていた。…ほんと、この人は救えない。
「ちょっと待って。綾小路君ってそんなに運動が得意な印象ないんだけど?」
「私も。無人島では総指揮って感じで、体力仕事はほとんどしてなかったよね?」
「そうでしょうか?綾小路君は最初にテントを一人で運んでくれた上に、先導までしてくれました。体力の方は申し分ないと思いますけど…」
「みーちゃんの意見は分かるけど、体力と運動能力は別でしょ」
篠原と前園に立ち向かうみーちゃんが可愛くてほんわかしていたが、彼女達お得意の手のひら返しに言葉を失い、撃退されていた。
顔に無念が滲むみーちゃんに思わず勝手に同情した俺は涙が滲みそうだった。
…うん。みーちゃんは悪くないからね。体力云々を先に言い出したのは前園だからね。よしよし。いい子いい子。
なんて冗談はさておき、みーちゃんにアイコンタクトでお礼を示して、俺は篠原に自ら弁明を試みる。
「披露するに機会に恵まれなかったが、シンプルな運動能力には自信がある。結果には期待してもらっていい」
「そんなこと言って、彼女の一之瀬さんが相手にいるし、推薦競技に出てわざと負けようとしてんじゃないの?」
「うわ、それある!」
ねぇよ。とすぐには言えない自分がいた。その可能性が頭に過らなかったと言えば嘘になるからだ。
しかし、それを表に出すほど俺のポーカーフェイスはまだ錆び付いてはいない。
とはいえ、篠原が放った爆弾は中々の威力があり、共感者を増やしていく。
餌に飛びつく鯉のように、女子が次々に恋バナに食い付いていく。…なんなのこいつら飢えすぎじゃない?太るよ?
これは収拾をつけるだけでも骨が折れそうだと、早くも辟易しかけたところで
「綾小路君が運動できるのはほんとだよ。あと、冷静に考えれば裏切ることもないって分かるんじゃない?」
光のような一閃。それは大した声量でも響くような高い声でもない。
むしろ地を這うような低く呟いた彼女の言葉にそれだけの威力が込められていたのは、意外性という他ない。
……櫛田、だよな?
机に頬杖して面倒そうに、それでいて興味なさそうにしている彼女には寄せ付けないオーラのようなものがあって前園や篠原も二の句を告げないでいる。
「まあクラスに反旗を翻すようなことはしないよ。そんな事をすれば喜ばれるどころか、逆に一之瀬にフラれるだろうしな」
間隙を縫って、一之瀬の人徳を使い騒ぎ立ててた連中を納得させると、味方が少なくなった前園と篠原もついには黙り込んだ。
櫛田の助言で弱体化した敵勢力を抑え込んだ後は、順調に小野寺や堀北や松下のようなやる気と能力を兼ね備えた人物を推薦競技に任命していく。彼女達は前述した戦略家の話に倣って言えば今試験の参謀ポジションになる。
そうして推薦競技の人選が半分ほど終わったところで心なしか満足気な茶柱先生がホームルームの終了を告げた。
「続きは明日にしようか。勝つ為の戦略は練っておく」
そう締め括った俺の言葉に前園と篠原が顔を顰める。
やはり、彼女達が不満なのは俺や小野寺などが推薦競技に出ることではなく、このまま勝つための戦略を組む流れになった時に自分達に機会が与えられない事を憂いているのだろう。
……最悪、裏金を握らせて黙らせることも視野かなぁ。これは。
◆
2限目は予定通り、全学年の顔合わせが行われた。
これだけ広い体育館も全生徒が集えば少し手狭に感じる。
「堀北、小野寺。お世話になっている先輩を見つけたから挨拶してくる。その間クラスは任せた」
藤巻だとかなんとか名乗った人間が偉そうに先輩風を吹かしてるのをフル無視して、俺は先輩と呼んで敬うべきたった一人の女の子のところへ一直線に向かう。
彼女は俺を認知したはいいものの、周りにはクラスの友達がいて、身の振り方が分からないように慌て始めたが気にしない。
「おはようございます。茜さんと同じ赤組になれたことは俺にとって僥倖でした。一緒に頑張りましょう」
「…相変わらず大袈裟ですね。綾小路君は。でも私も嬉しいですよ。運動の方はそこまで得意ではないのが少し憂鬱ですけど」
「なら、俺が茜さんの分まで頑張るので専属チアガールとして応援に徹するというのはどうでしょう?」
「…………なんで、そんなに私にコスプレさせようとするんですか。……分かって言ってますよね?綾小路君は」
無論、運動能力を競うだけのハードな内容を詰め込む代償として応援合戦や組体操など一部花形のような競技がないのは知っている。
だが、それでもチアガールに扮していけないというルールはないのである!!
「何故かと問われたら返す言葉は一つです。可愛いからですが?」
坂本ですが?ばりに堂々と開き直った俺に近くにいた先輩達が歓喜の声を上げる。というか、俺が茜さん呼びしたあたりからざわざわしていて、今の最後の一撃が決定打になった感じだ。
「……もうっ、揶揄うのはやめてください。先輩としての威厳が失われるじゃないですか。体育館には全生徒がいるんですよ」
周りに茶化すように囃し立てられ、橘先輩は分かりやすく赤面する。
彼女の威厳などあの夜に跡形もなく散り、今は可愛さしか残っていない。それを自覚出来ていない事もまた可愛かった。
そんな可愛くて仕方のない小動物のような先輩に俺は、周りには聞こえないように耳打ちする。
「それは、二人きりならいいってことですか?」
「……それだって、時と場合によりますよ」
「なるほど。時と場合さえよければ、チアガールなってくれると」
「もうっ、私は着せ替え人形じゃないんですからね。……一回だけですからね…」
「俄然やる気が出てきました。今すぐ選手村に入って、本番に向けた最終調整に入りたい気分ですよ。俺は」
「…ほんと普段は冷静で論理的なのに、こういうとこだけ単純なんですから」
なんだかんだ最後には折れてくれる先輩は、推しに弱いというより俺に甘いのだろう。
本当に、茜先輩と同じ組だったのは僥倖だった。心からそう思う。
あまり気乗りしていなかったが、なんだなんだ楽しい体育祭にはなりそうだ。
感想やここ好き等いつもありがとうございます。励みになってます。
ついに2学期編開幕。
個人的には見所の少ない導入回だけど、次回は恐らく櫛田メインの回