花を咲かすのは
数字じゃないけど数字な世界
-9for-
エロい…。
それはあまりにも直接的で、あまりにも性的で、知性の欠片もないと言われれば認めざるを得ない感情だった。
だが、思わず息を呑む美しさが目の前に広がっているのだから致し方あるまい。
「俺、この学校に入学してよがっだぁぁ〜」
「ジーザス。アーメン」
あまりの絶景に感涙してる生徒や十字架を切っているキリスト教徒もいる。
相対的に見て、内心でエロスを感じてるだけの俺はだいぶ紳士に映ってるに違いない。
「やっぱり、いい体してるわね。綾小路君」
ほら、ここにも性欲丸出し癖強めの生徒が…。
……堀北だった。
人にはジロジロと見るなという癖に、俺の頭から爪先までを隈なく観察するように目を動かしている。
「ピアノと書道だったかしら?体は嘘をつけないわね」
「筋トレが趣味なんだよ」
「趣味の範疇を超えているわ。…嘘つき」
俺は自分の事情や境遇を明け透けに話すつもりはない。
嘘をついている自覚はある手前、その言葉には突き刺さるものがあるな。
じっと睨まれる堀北に返す言葉が見つからず、黙りこくっていると隣から跳ねるように近づいてくる気配がした。
まるで圧倒的強者を目の前にしたかのように俺の体は固まる。
いや、体が固まったのは物理では解明できないほどの不規則な動きに目を奪われそうになって、防衛反応を起こした結果かもしれない。
…それほどまでの存在感だった。デ、デカい。
「ちょ、堀北さんっ。そんな堂々とセクハラしちゃダメだよっ」
慌てた様子で駆け寄ってきた櫛田はそんなことを言い出した。
堂々としてもコソコソとしてもセクハラは駄目だと思うんだが…。
「落ち着きがない人ね。大きな声で誤解を撒き散らすのはやめてもらえるかしら?」
「え、じゃあ『いい体してるね』とか『体は嘘はつけないわね』とか独身の40代男性みたいな発言は―」
「悪意のある切り抜きね。偏向報道もいいとこだわ」
堀北は言葉を遮って、ピシャリと言い放った。
立場がもし逆だったらと考えるだけで、堀北の主張はすぐに瓦解する。
それが自分でも分かってるからだろう、高圧的な態度でゴリ押してやろうという目論見が透けている。
櫛田がそれを感じ取れているかどうかは定かじゃないが、助け舟を出してやるか。
「櫛田、この話はもう終わりだ。俺に被害意識はない。普段から罵詈雑言を浴びてる身で、感覚が麻痺してるのかもしれないけどな」
「あら、謂れもない事実ね。証拠はあるのかしら?」
「加害者の常套句だぞ、それ。日常会話に証拠なんか求めてくるんじゃねぇ」
柔らかく微笑む堀北から底無しの腹黒さを感じた。
サイコパスな部分は兄譲りだな。もしかしたら、DNAに刻まれてるのかもしれない。遺伝って怖い。
「…綾小路君。大人だね」
俺と堀北のやり取り見て、櫛田の口からポロリと感想が漏れた。
どこをどう見てそんな歪んだ解釈をしたのかは知らないが、堀北を刺激するような発言だ。
「貴方の目は節穴ね。彼が大人びているところなんて、言い訳が達者なとこくらいでしょう」
「あはは、そうなんだ?」
このまま堀北と櫛田が会話する流れだと思っていたら、すぐに俺に矢が飛んできた。
会話を回すことが板についているんだろう。俺や堀北相手でもそのスキルを発揮するとは殊勝なものだな。
いや、そんなことよりその谷間を強調するような前屈みと上目遣いは狙ってやっているのか?そうだとしたら末恐ろしい才能だが…。
「ここで上手い返しの一つでも出来たらいいんだけどな」
俺が肩を竦めると、櫛田はうーんと首を捻る。
あざとい仕草だが、彼女ほどの美人がやると可愛さが上書きしてしまうな。
「…こういうの、泰然自若って言うんだっけ?兎に角、綾小路君はやっぱり大人だよっ」
「単にコミュ症で言葉に詰まっただけだとは思わないのか?」
「あはは。思わないよ。何より、可愛い女の子二人の水着姿を前にして動揺しない事が動かぬ証拠だねっっ!」
まるで名推理を披露した探偵のようにビシッと人差し指を立てて宣言する櫛田。
現役JKのスクール水着を前にして鼻息を荒くするなんてzeebraでも許されないと俺は思うんだけどな。
実際に、騒いでた男子連中は侮蔑と軽蔑の嵐に見舞われてる訳だし…。
「貴方、それ自分で言うのね」
「堀北さんも私が言った可愛いを否定してないよね」
櫛田の不敵な笑みと堀北の冷淡な笑みがバチバチと火花を散らす。二人とも容姿が端麗な自覚はあるんだろう。
彼女達の違いは大っぴらに自分が可愛いとアピールすることを良しとするかしないかだけで。
「水着姿と言っても競泳水着だろ?肌の露出は確かに多くて目のやり場に困るのは事実だが、取り立てて騒ぐような格好ではないと思うんだが」
「ぐう正論ってやつだね。その認識を他の男子にも持ってて欲しいよ、全くっ」
櫛田本人は気にしてない様子に見えるが、男子生徒の下衆な視線を多く集めているのは明らかだ。
ふと視界の端に背中を丸めてプールの端に逃げている佐倉が目に入った。
佐倉の水泳への拒絶反応は周囲の注目を集めてしまう事が分かってたからなのかもしれないな。彼女はこのクラスでもトップクラスに立派なものをお持ちだし。
「俺には理解できないな。それに、水着の下には下着の類は着けてるんだろ?」
競泳水着の先が一糸纏わぬ姿なら、想像が掻き立てられるシチュエーションだが…
「ん?ん?んんんんんっっ!?!?」
「…言葉を失うとはこういう事なのね。馬鹿なの?」
目をどんどんと見開いてく櫛田とそれとは対照的に目を細めていく堀北。
……は?まさかその下は何も着けていないのか?
「綾小路君、浴衣を着る時は下に何も着ないって思ってるタイプ?」
「……違うのか?力士がまわしの下に何も着ないのと同じだと思ってたんだが…」
「堀北さん、撤回するよ。綾小路君は大人じゃなくて何も知らないだけだね」
まずい…。このままでは、何も知らない綾小路がネットミームとしてトレンド入りしてしまいそうだ。
「よーし、お前ら集合しろー」
体育教師のよく通る掛け声に俺は救われた気分だった。
俺が無知を晒してしまった事で、二人と会話を続けるのが気まずくてたまらなかったからな。
…いや、それよりも彼女達のその水着が何かの事故ではだけてしまったら、不浄負けという事になるんだろうか。
……興味が尽きないな。
「少し見学者が多いようだが、まあいいだろう。早速だがお前らの実力を見たい。泳いでもらうぞ」
女子は軽井沢を筆頭としたグループが見学ブースで明らかにサボっているが教師にそれを咎める様子はない。
(俺も適当に流すか…。)
変に目立って注目されるのも面倒だし、ptも別に必要ない。
それに、水泳が少し速いくらいでモテたりはしないだろうしな。
教師の発言に多少の違和感はあったものの、水泳の授業は滞りなく終わった。
夏まで定期的に水泳の授業がある事を教師が宣言すると男子からは雄叫びが女子からは悲鳴が上がる。
ちなみに、結局のところ壊滅的に泳げなかった佐倉からは昇天していく魂が見えた気がした。
◆
入学から2週間経ったが、俺の生活に大きな変化は訪れなかった。
教室では堀北と罵倒し合い、精神を擦り減らすのもいつも通り。
昼休みにはいつものメンバーに松下が加わり、肩身の狭い男女比率になってしまったものの、元々聞き手役に徹していた俺にとって然程問題はなかった。少し気疲れするなと感じる程度だ。
そして放課後には静かな図書室で椎名と過ごして、下校時刻になると一緒に帰って、就寝前には電話で感想戦。
俺の心の安寧が保たれているのは椎名のおかげと言っても過言じゃない。癒し効果が半端じゃないのだ。
だが、そんな平和ボケしてしまうような日常も長くは続かなかった。
「綾小路。この後、職員室に来い」
茶柱先生のその言葉が自分に向けたものだと遅れて理解した時、先生の姿はもう教室にはなかった。
クラスメイトから一斉に、『一体何をしたんだ?』という目で見られるが、本当に思い当たる節がない。
…くそ、何で俺がこんな目に。この後は椎名とのリラクゼーションタイムだというのに。
「遂に足がついたのね。ご愁傷様」
「…またそれか。どうしても俺に前科者の烙印を押し付けたいみたいだな?」
「貴方が今、大きな口を叩きたいのも理解してるわ。刑事裁判では口を慎まなきゃいけないものね?判決楽しみにしてるわ」
兄貴の前で小動物のように怯えて大人しくなっていた堀北はもう見る影もない。顔は可愛い癖にとことん可愛くない奴だ。
俺は一目散に帰っていく堀北に一足遅れて続いて教室から出ていく。
放課後の時間は有限だからな。さっさと済ませて、図書室に
1秒でも長くいる事が俺にとって最優先事項だ。
俺が教室から出てすぐ、背後に気配がして振り返ると佐倉がいた。
教室の扉から半身出して、拳を握りしめていた。
「あ、綾小路くん……。が、頑張ってねっ」
「…ああ」(何をだよ)
「わ、私は信じてるからっ」
「ああ。ありがとう」(だから何をだ)
言いたい事が言えて満足したのか、顔を綻ばせて佐倉は教室に引っ込んでいった。
信用しているのか心配しているのか。どっちつかずなのが優柔不断な彼女らしくもあって可愛らしいが……。
で、俺は何を頑張ればいいんだ?
--職員室--
俺は初めて訪れる職員室を前に緊張しながら、丁寧にノックしてドアを開けた。
「すみません。茶柱先生いらっしゃいますか?」
「ん?君は…」
近くにいた女性教諭が俺に気付き、あざとく首を傾げた。
波打つように巻かれたセミロング。ミント色のインナーカラー。オフショルダーのトップス。
教師というよりお洒落や美容に目がないアパレル店員みたいな風貌だ。
「1年Dクラスの綾小路です」
「あ〜、やっぱり佐枝ちゃんの生徒か〜。ふーん、すごくかっこいいじゃない〜。モテるでしょ?モテるでしょ?」
茶柱先生とは対照的でやけに軽いノリの教師だなと思っていると席から立ち上がり自然に距離を詰めてくる。
優しい香水の匂いと醸し出ている大人の雰囲気に呑まれそうになっていると、
「うわ、何その初々しい反応っ!可愛ゆいっ!?クールな感じで可愛い売りとか反則だよ〜。母性を擽るナイスブランディングだね〜」
いきなり頬に手を当てて、身を捩るような動きを見せられれば誰だってこの反応になると思うんだが……。マジで何なんだこの人。
茶柱先生を愛称で呼んでるし、教師である事は間違いないとは思うんだが…。
俺の怪訝そうな目を見て、名乗っていない事に気付いた彼女は、
「あ、私は1年Bクラスの担任の星之宮知恵って言うの。綾小路君はかっこいいから特別に愛称で呼んでもいいよ?ちえぽんとかちえちえとか」
「売れない地下アイドルみたいなニックネームですね。恥ずかしいので遠慮しておきます。星之宮先生」
「う〜。ツレないな〜。綾小路君、将来は飲み会を1次会で帰るノリ悪タイプでしょ?」
「学生相手にする話ですか?全く共感できないですよ」
「あはは。それもそっか〜」
星之宮先生は大人の雰囲気とあどけなさを半分で割ったような笑顔で笑った。
随分と剽軽な先生だが、生徒と教師の間の壁を感じさせないようなコミュニケーションの取り方は誰にも出来る事じゃない。
生徒に寄り添うようなやり方には感服する部分もあるのは事実だ。
「それで、彼女はもうできたの?」
何でもかんでもズケズケと訊いてくる部分はどうかと思うが。
「そんな簡単に出来るなら苦労しませんよ」
「え〜ほんと〜?もし私が綾小路君と同じクラスなら絶対放って置かないのに〜」
「なら、俺は生まれる時代を間違えたかもしれないですね」
「ふふ。嬉しい事言ってくれるじゃん〜。…でも、それって時代を言い訳にした拒絶だよね?」
星之宮先生から笑みが消え、こちらを見透かすような瞳を覗かせる。
さっきの笑いは作り笑いでしたと自白するような切り返しだ。
フライングダイナソー顔負けの情緒の振れ幅を見せられて、戸惑っていると彼女はその隙を突くように俺の手を取ってきた。
「…私は本気だよ?」
周りを見たところ職員室には彼女以外は出払っている。監視カメラもここには無い。
つまり、ここは本当に俺と星之宮先生二人きりの空間という事だ。
もし、彼女のように俺が本気になればどうなるのだろう…
パァンッッ‼︎パァンッッ‼︎
頭上で炸裂した二連撃。音に続くように遅れて痛みがやってきた。
「いった〜いっ。何するの、佐枝ちゃんっ」
背後の気配に振り返ると、茶柱先生が鬼の形相で立っていた。
俺からは視認できない死角で存在に気付かけなかったが、星之宮先生からは……、完全に揶揄われたな。
童貞の心を弄びやがって。恋愛経験の差が如実に出た結果だった。
「説明が必要か?今のはきっちり上に報告させてもらうからな」
「うそ、うそっ。冗談じゃん〜。綾小路君が生意気にもノリ気だったから、ちょっと揶揄ってみただけじゃん〜」
星之宮先生が急変したのは、俺が口説き文句に対して口説き文句で対抗した直後だ。
問題の発端は彼女だったが、俺にも一因があるのかもしれない。
交通事故でもエンジンが付いていただけで責任の1割は負担させられると聞くしな…。
「茶柱先生。俺と星之宮先生のどこに上に報告するような部分があるのでしょうか?」
「…何故、こいつを庇うような真似をする」
「質問に答えてくれますか。…いや、答えられない質問をした俺が悪いですかね。茶柱先生は一部始終を見たわけではないんですから」
いくら背後を取られてたとは言え、最初から現場に居合わせていたのだとすれば流石に気がつく。
茶柱先生が目撃したのは、俺の意識が星之宮先生の誘惑じみた行動に持ってかれた時から、即ち俺の手を星之宮先生が取った瞬間からだ。
「そ、そうだそうだ!私が綾小路君と手を繋いでたからって何の問題があるっていうの?それをペッティングだって言うなら―」
「星之宮先生、ここは俺に任せてくれませんか」
俺は星野宮先生の口元に手をやり、無理矢理黙らせた。
教師らしからぬ言動も良くないが、これ以上喋らせるとボロが出るのは時間の問題だからだ。
「ふっ。私が撤回しなければ、私がお前の頭をクリップボードで叩いたことをパワハラとして告発するような目だな」
俺が強気に出ていた理由は筒抜けだったようだ。
それを踏まえた上でも茶柱先生に動揺は一つもない。
「…お互いに引くのが賢明だと思いませんか?」
「事勿れ主義のお前らしい選択だな。いいだろう。お前の意思を汲んでやろう」
あくまで妥協したかのような口ぶりで、茶柱先生は論難を収めた。
事態は収束したと思っていいだろう。まさか、掘り返す事をするとは思えないしな。
俺が檻から獣を放つかの思いで星之宮先生を解放すると
「ぷは〜っ。綾小路君、大胆だね……。私に手を出したら泥沼行きだよ?」
「これでイーブンですよ。先に手を出してきたのは先生ですから」
「やっぱり生意気だな〜。佐枝ちゃん、この子うちに頂戴よ〜」
「はぁ、何を馬鹿な事を言ってる。綾小路もこいつは放っておけ。少し話がある。ついてきてもらうぞ」
「そんな風に言われると私もついていきたくなるな〜」
「お前には関係ない。さっさと戻れ」
邪険に扱われた星之宮先生が頬を膨らます勢いで怒ってごちゃごちゃ言っているが、茶柱先生は塩対応で取りつく島もない。
…日常茶飯事なんだろうなぁ。これが。
茶柱先生も中々ハイカロリーな日常を送ってそうだ。
「星之宮先生。少し、お時間よろしいでしょうか」
「ほら、お前にも客だぞ。いつまでも遊んでないで仕事をしろ」
駄々をこねる子供のようにうざったかった星之宮先生も女子生徒に話しかけられると静かになった。
薄ピンクのロングヘアー。サファイアのような瞳。
小さな顔に整った目鼻立ち。抜群のスタイル。とんでもない美少女だった。
「一之瀬さん。ごめんね。私は今から綾小路君と生徒指導室デートなの」
「そんな物騒な予定は俺にはないですよ。行きましょう、茶柱先生」
「ちょっと、綾小路君まで私に冷たくなってない〜!?」
その断末魔を背に俺は茶柱先生とその場を後にした。
星之宮先生といえど、自分の生徒を放置して追ってくる事はないようだ。
「それで、俺に話とは何ですか?」
「そう焦るな。話をするにしても廊下というのは誰の耳があるか分からないだろう。それとも椎名との約束でもあるのか?」
図書室の利用者が少ないとはいえ、俺と椎名が毎日のように一緒にいることを知る生徒は0じゃない。
ここでその話を出してくるという事は、茶柱先生が生徒間の情報をある程度把握していることを開示したも同然だろう。
「約束はしてませんよ」
「なら、少しくらい私に付き合ってくれてもいいだろう?そうだな、星之宮の言葉を借りるなら屋上デートと言ったところだな」
「…全く心躍らないデートですね」
不敵に笑った茶柱先生の横顔を見て、星之宮先生とはやはり対極的だと思った。
それきり会話は途切れて、特別等の廊下に俺と茶柱先生の足音だけが反響する。
その音がどこか不気味に聞こえて、何かの前触れのように思えて仕方がなかった。
◆
星之宮知恵 2月1日 水瓶座
ルックス :S
スタイル :S
性格 :D
趣味 マッチングアプリで男漁り
好きなもの お金 お酒
嫌いなもの パクチー
将来の夢 茶柱先生の夢を叶えさせないこと
アニメの水着回は飛ばすタイプです