内容はタイトルの通りです。
皆様がクリスマスから年明けにかけて、楽しい日々を過ごされるよう願っています。
一ドルと八十七セント。それで全部──。
アパートから表通りに出たとたんに、冷たい風が頬を刺しました。デラは思わず立ち止まって、空を見上げます。雲が多めに見えますし、黒い雨雲のようなものもありますが、まだ少し距離があるようです。少なくとも、夕方までは降らないでしょう。
デラはそのままの姿勢で、軽く目をつむりました。そうしないと風のせいで──そうです、風のせいなのです──涙がこぼれてしまう気がしたからでした。決して、限られた予算のことを思い出したせいではありませんし、ましてや、覚悟が鈍ったせいでは無いのでした。
衝動の波が去ったのを自覚して、デラは目を開けました。そして、マダム・ソフロニーのお店で髪を売ってお金を作り、夫のジムにふさわしいプレゼントを探し歩いて、ついにそれを見つけました。懐中時計につけるプラチナ製の鎖は、ジムのために作られたとしか思えないほど簡素で洗練された逸品です。
ああ、でも、何ということでしょう。ジムはあの素晴らしい時計を売って、デラが憧れていた──けれども手に入ることはないと、はなから諦めていた──宝石で縁取られた
説明を終えたジムはソファに座って微笑みを浮かべたまま、少し長めのまばたきを繰り返しています。それを見たデラは、思わず天井を見上げて、涙がこぼれてしまわないように軽く目をつむって──。
***
どうして
衝動の波が去ったのを自覚して、デラは目を開けました。すると、視界に映り込んできたのは見慣れた天井ではなくて、雲がちの青い空でした。
デラは目を見張ったまま、その場で固まってしまいました。状況の変化に、とても理解が追いつきません。けれども頬を撫でる風は冷たくて、これが夢でも幻でもないと教えてくれているようでした。
デラはのろのろと手を動かして、小銭でいっぱいの財布を引っ張り出しました。今日の昼過ぎのようにちゃんと数えたわけではないのですが、何度も繰り返し確認したデラには分かります。そこにあるのは一ドルと八十七セント。それで全部──ではなくて、お金よりも大事なものが残っていました。デラの髪は、ふさふさのままだったのです。
片手に財布を持ったまま、もう片方の手では髪を触った体勢で、しばらくの間デラは身動きをすることができませんでした。そんなデラに訝しげな目を向けながら、通り過ぎていく人が一人、二人。三人目が遠ざかる頃になって、ようやくデラは我に返りました。
「もしかして……? でも、それなら!」
三人目がぎょっとしているのが視野の端のほうで確認できましたが、デラはそれどころではありません。いそいそと財布を仕舞い込みながら、デラは必死で頭を働かせます。
仮に時間遡行が起きたのだとして、考えるべきはその理由でしょうか。あるいは解決策でしょうか。いいえ、いいえ。そんなのは後回しで充分です。それよりも何よりも、優先して考えなければならないことがあるのです。
あの素晴らしい時計を引き受けられるくらいには高級で、けれどもジムがお店に入るのを躊躇するほどには敷居が高くない質屋といえば、どこでしょうか?
デラの頭に浮かんだ候補は二つ。一つはここから近く、もう一つは少し遠いところにあるのですが、二つの質屋は方角が正反対なのです。一軒目のお店でも、おそらくギリギリ。二軒目のお店に辿り着く頃には、ジムは時計を売り終えていることでしょう。
デラは下唇を噛みしめて、重い決断を下しました。ジムならきっと、このアパートから遠いほうの質屋で時計を売るはずだと、そう考えたのです。だから急がないと。急がないと、ジムは
急ぎに急いで、デラはその質屋の近くまで辿り着きました。
ああ、でも、何ということでしょう。人混みに紛れながら遠ざかって行くジムの横顔を、デラは遠目に見てしまったのです。ジムはもう、あの素晴らしい時計を売ってしまった後なのでしょうか。
「ジム……」
反射的に手を伸ばして、縋るような声で呼びかけたところで、この距離でジムが気付くはずはありません。それに、まだ時計を売っていないと期待することもできません。もしも自分がジムだったら、
ですからデラは重い足を引きずって、その質屋に入って行きました。そうに違いないと確信していることだとしても、自分の目で見るまでは、一縷の望みを断つことができません。そして今のデラに必要なのは、状況を確定させて、それに応じた行動を取ることだからです。
「ああ……」
あやまたず、デラの推測は的中しました。ショーケースの一番目立つところには、ジムの時計が──その時計に向けるジムのまなざしが、デラは何より好きなのでした──値札とともに置かれていたのです。
でも、でも。まだ希望は残っています。即金で二十ドルという金額を、デラは用意することができるのです。そしてそれは、最初から
「お願いします。お金を持ってすぐに戻って来ますから、それまでこの時計を誰にも売らないで下さい!」
急ぎに急いで、デラはマダム・ソフロニーのお店に辿り着きました。髪を切って、その場で二十ドルを受け取って、もと来た道を引き返します。けれども先程の焦りに引きずられたような足取りとは違って、今は少し浮ついたような気分が混じっています。だって、これでジムの時計を取り戻すことができるのですから!
身体ごと扉に押し付けるようにして質屋の中へと戻ったデラを、お店の人がぽかんと口を開けたまま眺めてきました。驚かせてしまったかしらと反省しかけたデラの目が、お店の人の両手を捉えます。片手にはペンを、別の手には値札を持っていて、「即金で二十ドル」という文字が二重線で消されています。
「お願いは確かに果たしました。この時計は誰にも売っていません。ですが、この時計を他人には渡したくないとおっしゃる方が……」
何ということでしょう。どこの誰かは知らないけれど、ジムのこの時計に目を付けるとは!
その鑑賞眼の素晴らしさだけは褒めてあげたいところですが、デラだってこの時計を誰にも渡したくないのです。この時計を使うにふさわしいのはただ一人、ジムをおいて他にいないと、デラは頑なに信じているのです。
ですのでデラは素早く手を動かして、懐に大事に仕舞っておいた二十ドル分のお札と、小銭でいっぱいの財布を引っ張り出しました。それらをショーケースの上にどんと置いて、お店の人に嘆願します。デラには丁々発止の交渉などできるはずもないからこそ、初手で最大限の提示をしたのでした。
「二十一ドルと八十七セント。それで全部です。でも、最初の『即金で二十ドル』から一割近い上乗せです。お願いですから、この時計を売って下さい。お願いします……」
デラの執念はついに実を結び、お店の人は「今回だけは特別に」という言葉を繰り返しながら、ジムの時計を渡してくれました。この時計に拘っていた人については、お店のほうで対処してくれるとか何とか言っていますが、デラにはもう関係のない話です。大半を聞き流して、けれども時計は何度もしっかり確認した上で受け取って、デラは家路に就きました。
部屋に戻って一息ついて、ヘアアイロンで髪を整え終えると、時刻はもう七時近くになっていました。するとデラの心に、急な不安が頭をもたげてきました。すっからかんになったことを実感してしまったことに加えて、ジムが喜んでくれるはずがないと、思ってしまったのです。
「神様、お願いです。どうかジムが『よくやった』と言ってくれますように」
時間に正確なジムが階段を昇る靴音が聞こえてきて、程なくして扉が開きます。部屋の中に入ったところで、ジムは今回も立ち止まったまま、じっとデラを見つめていました。ですがどうしたことか、ジムは前とは違って、ぜいぜいと息を整えながら立っていたのです。
「ねえ、
いつも通りの呼び掛けなのに、デラの耳にはジムの声がやけに遠く感じられました。ジムが息を切らしている理由が気になる上に、デラを見るまなざしが前回とは違っているように思えたからです。その違いを強いて言えば──驚きが、少なすぎるように思えました。
でもそれはデラの勘違いかもしれません。疲れている時には感情表現などは二の次になってしまうものです。ですからデラは、一度は思い浮かんだ疑問を心の中に仕舞い込んで、ジムの質問に答えることにしました。
なのに、どうしたことでしょう。髪を売ったことと、そのお金でジムのプレゼントを買ったことまではすんなりと話せたのに、そのプレゼントが何なのかを──ジムの時計を誰かの魔の手から守り抜いた話を──デラはどうしても口にすることができません。だってこれだと、デラは髪を失ったのに、ジムは時計を失っていないことになります。
ええ、ええ、もちろんデラにとっては望ましい結末です。ジムがあの時計を手放さずに済んで良かったと、心から思います。けれどもジムの気持ちを考えると、デラにだけ犠牲を強いるような形になったことを、許せないと思うのではないでしょうか。デラを許せないのではありません。こんな時にジムは、自分自身を許せないと考えてしまう性格なのです。デラが大好きなジムは、そういう人柄なのでした。
「実は……なぜだか胸騒ぎがして、あの質屋に行ってみたの。そしたら、ジムを見かけた気がして……」
それでも、いつまでも話さないというわけにはいきません。デラが覚悟を決めて語り始めると、ジムは意外なところに食い付きました。
「そうか……。あれは空耳じゃなかったんだ」
お店の近くで、小さな小さな声で呼びかけたデラの声が、ジムには届いていたと言うのです。デラは時間遡行の可能性についても打ち明けづらくて、便宜的に「胸騒ぎ」と表現したのですが、ジムは本当に胸騒ぎがしていたみたいです。時計を売ってお金を手にした後は、デラへの贈り物を探し歩く予定だったのに、ジムはずっとデラ本人を探し続けていたのでした。
ようやく息が整ったジムを見ながら、デラは謎が解けたことにほっとするよりも、なぜだか落胆の気持ちを強くしていました。いいえ、そうではなくて、理由は分かっています。前回とは違う姿を目の当たりにして、ジムも一緒に時間遡行をしたのではないかと、デラは期待を抱いていたのです。でもそれは間違いでした。デラの行動が変わったからジムの行動も変わったという、ただそれだけの話だったのです。
デラはことさら明るい口調で、競合者からジムの時計を守り切った話をしました。ジムに褒めて欲しいという気持ちが全く無かったとは言いませんが、今やその希望はずいぶんと小さくなっていました。それよりも、くたびれて帰ってきたジムを元気付けたくて──それによって自分自身も元気を取り戻したくて──デラは張り切っていたのです。
「デル、勘違いしないでね。ぼくはデルの行動を心から嬉しいと思ってるんだ。でも、その競合者って、たぶん……ぼくのことだよ」
ジムの気持ちを勘違いするなど、デラにはあり得ない話です。けれどもジムの告白は、デラを仰天させるには充分なものでした。デラがお店の人に「誰にも売らないで欲しい」とお願いした後で、胸騒ぎを抱えてお店に戻ってきたジムもまた同じお願いをしたと言うのです。
時計を持ち込んだジムならば、借りたお金に利息を添えて耳を揃えて返すだけで時計は戻ってきたはずです。それなのにデラは、もともと割高な値段に加えて、虎の子の一ドルと八十七セントさえも上乗せしてしまいました。
たとえジムに嬉しいと思ってもらえたとしても、結果が伴わないことやジムに迷惑を掛けてしまったことを悔やんでしまうのが、デラの性格です。それをジムも分かっているからこそ、デラを慰めることができない自分に責任を感じてしまい、それをまたデラが察してしまうという、負のスパイラルがこの場に生まれていました。
自分が犠牲になるのは苦にしないのに、相手が犠牲になることには耐えられなくて。自分の失敗は許せないのに、相手が自身の失敗を許せないことには忸怩たる思いを抱いてしまう。そんな二人にとって、今回の結末は、前回とは比べ物にならないくらいに残念な結末で──。
ジムはソファにどさっと腰を落とすと、困ったような微笑みを浮かべたまま俯いてしまいました。それを見たデラは、思わず天井を見上げて、涙がこぼれてしまわないように軽く目をつむって──。
***
衝動の波が去ったのを自覚して、デラは目を開けました。すると、視界に映り込んできたのは見慣れた天井ではなくて、雲がちの青い空でした。
一瞬だけ目を見張ったデラは、慌てて行動に移ります。取るものも取りあえず、一ドルと八十七セントのことさえも頭の中から抜け落ちた状態で、一目散に例の質屋を目指しました。
「ジム? ……っ、ジムっ!」
息を切らしてお店の前まで辿り着くと、それを待っていたかのように、雑踏の中からジムが姿を現しました。間に合ったのです。今度こそデラは間に合ったのです。
道行く人の邪魔にならないところまでジムを引っ張って行って、デラは怒濤のように話し始めました。髪を売って、懐中時計の鎖をプレゼントしようと考えたこと。けれども胸騒ぎがしたので──という前回と同じ言い訳を使って──この質屋まで駆けつけたこと。ジムがいらないものを手放すだけなら何も言わないつもりだけれど、もしも大事なものを質に入れると言うのなら、断固反対であること等々。
ジムは何も言わずに微笑んだまま、デラの話を最後まで聞いてくれました。ジムの微笑みは、過去二回の時間遡行の直前にデラが見たそれとは違って、いつも通りの穏やかなものでした。大げさなものでも取り繕ったものでもなく、素朴で深みのあるジムの微笑みです。
「じゃあ、協定を結ぼうか」
「それって、どういうこと?」
「ぼくは大事なものを質に入れない。約束するよ。だからデルにも、大事なものを手放して欲しくないんだ」
「それって、でも……私の髪は、伸びるのがとっても早いのよ?」
何とかしてジムにだけは素敵なプレゼントを受け取って欲しいと画策するデラですが、そうは問屋が卸しません。
「だーめ。そんなことを言ってると、ぼくはあれを売っちゃおうかなー?」
「えっ、待って。だってあれって、お祖父様やお父様も使ってたんでしょ。手放すなんて絶対にやめて!」
「え、っと……どうして懐中時計のことだと分かったの?」
「そ、それは……だって、あの時計を眺めているあなたが、えっと……」
もにょもにょと口元を動かしながら恥ずかしがっている妻の姿に素早く気付いたジムは、デラを強く抱きしめました。そして耳元でそっとささやきかけます。
「てっきり、ぼくと同じなのかなって思ったのに、違うみたいだね」
「んーと、どういうこと?」
「いやね、ぼくも愛されてる自覚はあるんだけどさ。ぼくがデルを想う気持ちのほうが大きいのかなって」
「そんなことないもん!」
「デル、大好きだよ」
「私のほうが上だもん!」
大好きだと言った返事が思ってたのとは違っても、ジムの愛妻への気持ちは大きくなるばかりでした。だからジムは、一番好きな人にそっとつぶやくのです。
「じゃあ、売りに行くものも、買いに行くものもなくなった者同士、そこの広場まで御一緒いただけないでしょうか?」
「ええ、喜んで」
広場には色んな出店があって、大勢の人で賑わっていました。デラはその光景を見て初めて、ジムに贈るプレゼントのために自分がいかに切り詰めた生活を送っていたのか、そして視野がいかに狭くなっていたのかに気付くことができたのでした。
二人は出店をひととおり見て回って、吟味と相談を重ねた末に、グリューワインを二つ買うことにしました。温かいグラスで両手を温めたり、お互いの頬や耳の部分を温めてあげたりしながら、少しずつ飲み進めていきます。その間にも二人の会話が途絶えることはありません。
「ねえ、ジム。
「でも、今は違うってことだよね?」
「ええ。あなたのおかげで、もうそんなふうには思えなくなっちゃった。
「ぼくは、デルに楽しんで欲しいって思ってる」
「うん。それも分かってる」
デラもジムも、ずっと前からお互いをわかりすぎていて。なのにそれを、お互いの胸の中に仕舞い込んでいたことが、今回のようなすれ違いを招いてしまったのでしょう。
確かに、贈り物をする全ての人たちの中で、この二人は最も賢い人たちでした。あの時と比べると、ループにループを重ねた今の二人は、由縁を失って彷徨っている愚か者に見えてしまうのかもしれません。お互いが大切にしている宝物を失わずに済んだことで、二人がお互いの気持ちを確かめられたのは結構なことです。けれども、金銭的な損失を避けられたことを嫌でも意識せざるを得ないのが難点です。神様はどうして、このようなループを起こさせたのでしょうか。
「もう、暗くなってきたね」
「というか、雲行きが怪しいな。これは一雨くるんじゃないか?」
二人がそんなやり取りをしてから間をおかず、雨がぱらぱらと降り始めてしまいました。慌てて避難するほどの降りではないものの、なにぶん冬なので冷え込んでいますし、多くの人は服が濡れるのを嫌がって屋根の下へと集まって行きました。二人も少し遅れてその動きに加わります。奥のほうの場所は既に満員なので、二人は屋根の端のほうに立つことになりました。
デラが広場の外へと視線を向けると、背の高い建物がいくつか目に入りました。まだ電気を灯しているところは少なくて、上の方や横の方は青くくらく鋼のように見えます。デラは何だか、自分が水の底にいるような心地がして、思わずぶるっと身震いしました。でも、何も言わなくともジムがそっと抱きしめてくれるので、心細くはありませんでした。
少しずつ、銀色のきらめきが増えて行きます。ゆっくりと12月のあかりが灯りはじめ、夜が本格的に姿を現そうとしています。すると、地面を濡らす雨音が消え、空から雪が舞い降りたのです。粉雪です。
粉雪が舞う季節はいつもすれ違いという古歌を証明するかのように、大通りでは真っ白な粉雪に人は立ち止まり、車のクラクションの音が虚しく響いてきます。今の自分たちは大丈夫だとデラは思うのですが、実は気になっていることが一つだけありました。
それは、今のこの時間もまた終わりを迎える時が来て、ループが繰り返されるのではないかという不安です。でも、そうなっても大丈夫。雲がちの青空が見えたと同時に、急いで質屋に移動すれば済む話です。デラは何回でも何十回でも、それを喜んで繰り返すでしょう。
ただ問題は、せっかくジムと共有した時間を独りで抱えていくことになる点です。ジムはきっとループに気付いていないのでしょう。だから、いつかこのループから抜け出せる日が来たとしても、ジムと共有できる記憶は最後の一度だけ。その他の時間はデラだけが体験したことになるのです。なんと恐ろしく、そして寂しい話でしょうか。
できるならジムには、一緒に体験した全ての記憶を共有して欲しいとデラは思うのです。でも、そんな心深く秘めた想いは、叶えられそうもないのでした。だってデラが見る限り、ジムは二回前の時も前回も、その記憶を全く引き継いでいないように思えるからです。まあ、なんと呑気な話でしょうか!
「雪が強くならないうちに帰ろうか」
「ええ、そうね」
ジムは確かにループに対しては無力かもしれませんが、こうしてデラを気遣ってくれます。もはや二人の間には会話すら必要ではありませんでした。温かい沈黙が二人を優しく包んでいます。デラは歩き出す前に、最後に空を眺めることにしました。既に日は暮れて、空には小さな輝きがぽつりぽつりと増え始めています。
果てしない星の光のように胸いっぱいの愛でお互いを思い遣れるのなら、どれほどの時間の繰り返しがあろうともきっと自分たちは大丈夫。それを確認できたデラは潤む目をごまかすように瞬きをたくさんして、目に入る雪をはらうふりをしてから、ジムと一緒に家路に就きました。
涙のあとには白い雪が降り続け、冬枯れの街路樹には風が泣いています。見慣れた町に白い雪がつもるのを横目に眺めながら、デラは今が一番幸せなのだと実感していました。けれども終わりの時は間もなく訪れます。アパートに着いて、一緒に中に入って、ジムがソファに腰を下ろしました。
「デル……」
何かを察していたのでしょう。ジムが優しいまなざしを──あの金の懐中時計に向けるよりも更に深く広いと思えるまなざしを──デラへと向けて、静かに名前を呼んでくれました。ジムが視線を逸らさないのを見たデラは、思わず天井を見上げて、涙がこぼれてしまわないように軽く目をつむって──。
衝動の波が去ったのを自覚して、デラは目を開けました。すると、視界に映り込んできたのは見慣れた天井なのでした。
賢明なる読者の方々には、もうお分かりでしょう。もちろん、神様は最初から何もかもをご存知です。そう、
最後まで読んで頂いてありがとうございました!
追記。
“I don’t want a lot for Christmas.”のルビが上手く反映されないので、地の文の日本語を削って簡素にしました。他に変更はありません。(12/24)
以下は設定の話になりますので、興味のない方はスルーして下さい。(12/24)
二周目についてですが、デラとジムの行動の違いは主に初期配置に由来しています。
ジムは質屋に近いところにいたので、まずは資金を確保した上でデラを探し続けていました。ただし、一周目のプレゼントである鎖のお店と櫛のお店も含めて巡回していたせいで、質屋では入れ違いになりましたし、マダム・ソフロニーのお店でも事後報告を得たのみです。
デラは質屋までの距離が遠かったせいで他の余計なことまで手が回りませんでした。それと、時計は手放してしまえば終わりですが、髪はまた伸びるというのはその通りなので、そうした切迫感の違いも地味に影響しています。
また、一周目の結末があんな感じだったにもかかわらず、二人とも「自分の大切なものを手放してお金を作る」という方針は二周目でも健在です。これは絶対に変更してはいけない点だと考えました。
三周目については、デラの行動は書いた通りで、ジムは質屋の近くでずっとデラを待っていました。
ジムは最後の場面では「デラにもループの記憶がある」とほぼ察していますが、確信したのはループが起きないことに気付いたデラの反応を見た時です。ただし、そこまで記述するのは野暮だろうと考えて、あの時点での幕引きにしました。
デラはジムの打ち明け話を聞くまでは、自分だけがループしていると思いこんだままです。この辺りは設定上のバランスとして、初期配置が有利だった分の割を食った形です。ちなみに二人の認識の違いについては、山本周五郎「柘榴」を少し意識しながら描写しました。
今回は最後まで微笑ましい感じで通しましたが、発表する場によっては、三周目を勘違い令嬢系のような描き方にしたかもしれませんし、もっと真面目にデラを虐める(悩みをとことん深掘りしていく)描き方をしたかもしれません。
三周目についてもう一点、色々なクリスマスソングの歌詞を連想させる記述になっています。
露骨に引用すると興を削ぐことになりますし、文章に溶け込ませすぎると気付いてもらえないので塩梅が難しい上に、洋楽はどうするのかという話もあり、更に今回は採用作品がとても多いので(ちゃんと数えていないのですが、おそらく15曲を下回ることはないと思います)、なかなかに難しい作業となりました。ちょっとした宝探しのような感覚で、そして見付けた時にはパーティ気分で、楽しんで頂けているといいなと思います。
準備段階では時代についても知名度の有る無しについても偏りがないように楽曲を選んだつもりでしたが(知名度については、有名曲と似たタイトルの曲を敢えて採用するなどしました)、以下の理由によりどうしても文中に組み込めない作品がいくつかあったのが残念でした。
・クリスマスぼっち多め
・雪が降りすぎ
・シチュエーションも似たものが多め