毛糸玉のアシュア怪文書詰め(全年齢)   作:織部けいと(毛糸玉)

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久々の投稿です。みじかめ。


あなたのためのオリヴィエサラダ

『皆様、こんにちは。『教えて!リー先生』のお時間です!本日が年内最後の放送ですが、いつも通り張り切って行きましょう!Here we go!』

 ノイズ混じりのラジオの声に耳を傾けながら、指先に乗せたペンをくるくると踊らせる。もう年の瀬だと言うのに季節感の見当たらない整備会で、少女は暇を持て余していた。

「あ、AT-1。一人でいるのは珍しいですね?」

「そうですね、T-26もSU-26も列車に乗って遠征中ですから。代理人もあのシリングという人に呼び出されて留守ですし。全く、年末くらいのびのびと休めばいいのに」

 AT-1と呼ばれた小柄な金髪の少女は、ペンがワルツを踊る様を眺めながら嘆息して。幼く見える容姿から飛び出た達観したような言の葉に、思わずくすりと笑みが溢れる。

「……何も変な事を口走った覚えはありませんよ。それより、珍しいといえば私の台詞ですよ。テケ、貴女も一人でお留守番ですか?」

「大掃除ですよ。ほら、年末ですから」

「何で年末に掃除なんですか……。そんなのは他の職員がいつものようにしているでしょう。ああもぉ、季節感って何なんでしょうね」

 理解出来ないとでも言うように肩をすくめるAT-1。そう言えば年の瀬の大掃除の文化は極東重工だけと何処かで聞いたような。思い返せば整備会では除夜の鐘の音も聞いた事が無かった気がする。年越し蕎麦なんかもここ数年口にしていないような――。

「というワケで。貴女も年末らしくゆっくり過ごしたらどうですか。退屈なのは嫌いですけど、休める時に休むべきだと思いますよ」

「――あの、AT-1。少し、テケに提案があるのですが」

「……はい?」

 

 

 

「という事で、セモヴェンテ。厨房をお借りしたいのですが」

「はいはーい。そういう事なら一緒に作りましょ!えーっと、作るのは確かオリヴィエサラダね?」

「……どうして私まで」

 次第に溜息の頻度が増えていくAT-1と共に頼ったのはセモヴェンテ。面倒見が良く料理の技術も備えている彼女と共に冷蔵庫の中身を眺め、適当なレシピを見繕って。

 ――オリヴィエサラダはAT-1達が属する赤色十月同盟学連の辺りで食べられる料理で、簡潔に言えばピクルスを入れたポテトサラダのようなもの。以前にMig-9から聞いた話によると、年末年始によく家庭に並ぶ品との事。特段珍しい材料を必要としないレシピであるため、材料は買い出しに赴かずとも何とかなりそうだ。これならばAT-1が望む季節感というものも少しくらいは出るだろうか。

「皆で作ればきっと楽しくなりますよ?」

「テケの言う通りね。料理は楽しむもの、皆で協力して楽しく美味しく作りましょ!」

「私は食べる専門なのですが。……とはいえ、ここまで来て踵を返すのもアレですし、出来る事はしますけど」

 諦めたように包丁を手に取る金色の少女に微笑みで返し、私は手頃のジャガイモを選んで芽を取り除いていく。そう言えば、このレシピを教えてくれたMig-9は、今はカチューシャと共に赤色十月の方に戻っているらしい。再び整備会に戻ってきた時にもこれを作ってみれば彼女は喜ぶだろうか。それとも『私の知ってる味じゃない!』と文句を並べるだろうか。――ううん。彼女はそんな事は言わないか。

「テケ、芽を取り終わったらこの鍋に入れて。ニンジンと一緒に茹でるから」

「は、はいっ。でしたら火を入れてる間にピクルスとか刻んでおきますね」

「それじゃあ私は茹で卵の準備を。セモヴェンテ、固茹でで構いませんよね」

「AT-1は固茹で派ですか?私は半熟も好きなんですけど」

「……前から思ってたんですけど、極東の人達ってよく半熟とか生卵とか食べれますよね。赤色十月では考えられませんよ」

「食文化の違いって興味深いわよねー。今回はサラダに合わせるから固茹ででお願いね?」

 オリヴィエサラダのレシピはそこまで複雑では無い。料理にあまり縁が無いDOLLSであっても、包丁の使い方と火加減さえ覚えれば比較的簡単に作れる代物だ。私も厨房に立つことはあまり無いが、今の所は順調に事が進んでいるという手応えくらいは感じられている。ざくり、ざくりとリズムを刻むようにピクルスの輪切りを量産出来ているくらいには楽しめているのだろう。

 ――けれど、楽しむべきは私ではない。この料理会は退屈を嘆くAT-1の為に提案したもの。人間もDOLLSも様々な学連から集まってくる整備会に於いて、故郷の味というものは時折縁遠くなるものだ。故郷の行事食で少しでも楽しんでくれれば、そう思って彼女に包丁を握らせたのに。私だけが楽しんでいては、それは意味が無いのでは。

「テケ?どうしたんですか、そんなにしかめっ面をして。老けますよ」

「老けませんよ!?……というか、そんなに険しい顔してましたか、私」

「そりゃ、まあ。傍目から見て判るくらいには。それより卵もササミも茹で終わりましたから、刻んでください。一センチくらいで」

「は、はいっ。」

 じとりと見つめてくるAT-1から湯気の残る白玉(はくぎょく)を受け取り、気を取り直して包丁を握り直す。意を決してぷるんと揺れる茹で卵を真っ二つに割ると、そこには太陽を思わせる綺麗な黄身が現れて。

「わぁ……」

「ふふんっ。まぁこんなものです」

 鮮やかな黄色を先のピクルスと同じように刻んでいく。すとん、すとん。私の隣ではセモヴェンテも茹で終わったジャガイモを手慣れた手付きで刻んでいる。すとん、すとん。包丁のコーラスが心地良い。細かく材料を刻んでいく内に、先刻の思慮の中身さえ吹き飛んで。

「はい、それじゃあ今切った材料を混ぜていくわね。AT-1はここにマヨネーズと塩と胡椒を入れていって」

「という事は、もうすぐ完成ですか。思ったより早かったですね」

 透明なボウルの中で色とりどりの材料がぐるぐる混ざる。ニンジンの赤と卵の黄色が並んでいる様子は、何処かビーズの詰まった宝石箱のよう。食べるのが勿体無い、なんて考えが過るくらいだ。

「そうだ。テケ、一つ言い忘れてましたけど」

「え、な、何ですか!?私は真面目に料理してましたよ!?」

「……やっぱり無理してた。楽しむ事を無理に我慢しなくてもいいんですよ?」

「……それは」

 完成、とセモヴェンテの喜ぶ声が聴こえる。その隣で、私らAT-1の言葉を反芻する。

 

 

 

 ――私は、決して楽しむ事を抑えていた訳では無い。ただ、誰かが楽しめないと感じる事が怖かった、のだと思う。

 いつか、マセドニアの幻影の中で異なる世界から来た彼女達と出逢った時。私とMig-9は彼女達の願いを叶えるべく奔走した。私も列車を拝んだりして楽しんでいたし、Mig-9もあの交流を堪能していたと思う。

 ……けれど、Mig-9は整備会を離れてしまった。赤色十月の政治が絡む話なのだろう。私はハチロクや西瓜、オリヴィ達と共に彼女を見送ったけれど、その時のMig-9の表情は暗いものだった。私は、それが酷く悲しく思えたのだ。

 だから、私の前では誰かには笑っていて欲しい。それがきっと、私の望む平和に繋がると信じているから。

 

 

 

「……あぁもぉ、また暗い顔してる。そんなんじゃ、Mig-9に呆れられますよ」

「……でも、私は、平和を――むぐっ!?」

 瞬間、開いた口の中に何かが突っ込まれる。熱くて、ほくほくしていて、マヨネーズの風味が柔らかくて――

「美味しいでしょう?私達が作ったオリヴィエサラダです。AT-1とセモヴェンテと、そして貴女、テケの三人で作ったサラダです」

 AT-1は穏やかに笑う。まるでその顔が見たかったとばかりに、普段のイタズラに走る彼女とは違った、柔らかな笑顔を私に向けて。

「ほら、笑顔になりましたよ、私は。だからテケも、笑顔になってください。それとも何ですか、美味しいものでは口角は上がりませんか?」

 彼女の言葉に応える口はサラダで埋まったまま。嗚呼、どうやら私は大切な事を忘れていたみたいだ。笑顔でいるためには、平和を目指す為には、大切な誰かと共に笑い合うのが一番だって事を。

 ――ごくんと、サラダを飲み込む。全く、AT-1は真正の悪魔だ。彼女の笑顔の為に動いたはずなのに、いつの間にか私が笑顔にさせられていたなんて。

 

「……美味しいですっ!」

 

 三人は笑い合う。オリヴィエサラダを囲んで、来たる翌年へと繋がる幸せを紡いでいく。

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