最終経歴:2位の人   作:踊る餅巾着

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一話 アイドルB

「いっっっっっっった!!」

 

 急に、頭に危険物がぶつかった。

 頭が痛くなったから、間違いない。

 ジョギング中の不運に見舞われたらしい。

 

「い、いって……なに、なん……なにが」

 

 それは私の頭に落ちてきて、けっこうな速度で刺さった。

 刺さるものが危険物じゃない訳がない。つまりヤバい。

 いきなり過ぎて口から、意味もなく理由を尋ねる言葉が漏れる。痛いのでとりあえず地面にうずくまった。

 

 頭を恐る恐る撫でてみた。

 

 痛い。明らかにたんこぶになっていた。

 あれ? つまり、刺さってたのは抜けたのか。

 というか、そもそも刺さってない? たんこぶだし。

 それじゃあ、さっきのはどこに? 

 

「探してるのは、これ?」

 

 目に一杯たまった涙を指で掬いとる。

 立ち上がりそちらを見ると、見知った顔がそこにあった。

 

「あーいていて。うん、それが落ちてきたっぽいね。ありがとーひ……篠ちゃん」

 

 すると、彼女は顔をこちらにずいっと近づけてくる。

 相手の顔を覗き込むのが癖、なのだろうか? 首を傾げ、こちらの目線が逃げるのを許さない。

 やっべ、と思った次コンマ1秒には追及の声が飛んでくる。

 

「下の名前でいい、よ。それとも、わたしとは仲良くしたくない?」

「やー違うのよこれ! 癖っていうか、しっくり来るのを探してるの。それはそうと……ちょっと見るわ」

 

「ん、いいよ。まずはそっちからで」

 

 呼び方直すまで逃すつもりないじゃん……と思いながら、その細腕からファイルのようなものを貰う。長時間持たせると、彼女の腕には負担が大きい。

 それを開くと、中にはびっしりとメモのような、レポートのようなものがファイリングされている。ぱらっと開いてみると、見知った人の名前と顔写真があった。

 これは……面白そうなブツを見つけたね。

 変わらない日常から少しだけ、外れる音がする。

 

「これ、主席の……咲季ちゃんのPのじゃない? あー……完全にそうだわ、この上ってプロデューサー科の教室だし」

 

 ファイルの裏には、堅物という言葉を人型にした生物の名前が記してある。

 上を見上げれば、おあつらえ向きに窓さえ開いていた。

 

 窓の近くに置いていて、いつの間にか風で落ちたとか。

 ふざけてクラスの人間に触られていた内に、「あ」みたいな感じで落としたか。

 ……まあ、アレに限ってそんなことがあるとは思えないが。

 

 果たして何があったのだろうか。

 更には窓のそばに担当アイドルの情報を書いたファイルを置くか? あの敏腕プロデューサーが? という疑問が、当然ながら湧く。それが事実だったら不用心すぎてカチコミに行ってやってもいいくらいだ。

 が、あのPに限ってそんな真似をするとは思えなかった。

 

 まあしかし、現実に私の頭には大きめのたんこぶがある。

 だがしかし、返しに行かない道理はない。今すぐ返しに行かず、保健室などで鉢合わせて私が持っていれば……どうなることやら。

 されどしかし、目の前の女はその橙色の宝石を小さくきらめかせて興奮している。

 

「なあ篠ちゃん。プライバシーって知ってる?」

「うん。だから、このファイルは落ちた拍子に勝手に開いただけ。風でぺらぺら捲れてた」

「奇遇だ。それ私も目撃してたんだよね。ということで」

 

 もちろん、人の物は返さなきゃいけない。だが、それを見てはいけないという道理はない。己の辞書に己の都合が悪いことは書いていないのである。そもそも落とすような場所に置いて、尚且つ我々のような人種に拾われたことが不幸だったと考えてもらわねば。

 我々は好奇心に心奪われし猫なのである。

 ノリに乗って行動することも時には大切だ。

 

 透明なファイルの中身、ルーズリーフを数枚めくる。

 アイドルをプロデュースする人間が書いた、色々な情報が載っているようだ。

 五角形のグラフが徐々に成長し、ある一枚を境に形が大きく変形する。

 気づけばそれをバタっと閉じていた。見てはならないものを見てしまった。そんな気がした。

 非日常を求めはしたが、ここまでのものは全く想像だにしていなかった。

 

 目線を上げれば、篠澤広と目が合った。普段からは想像できないくらいに感情が見える。悲哀と、困惑と、興奮と……背徳。その感情は、私も共有するものだった。

 

「見、たよね。これ、あの、ヤバいぜ」

「……見た。これは、大スキャンダル」

 

 これが花海咲季のプロデューサーが書いているものであることは、疑いようのない事実だ。あの有名人の同姓同名がいれば、すぐに噂が聞こえて来る。日本全国を探せば違うだろうが、まさか同じ初星学園にその偶然があるはずもない。 

 

 ここに書かれている人物のレポートも、間違いなく彼が書いたものであるはずだ。

 

 

 例えそこに、「月村手毬」の名前があったとしても。

 

 

「浮気だよ、これは。でぃす いず あ へるちけっと」

「浮気というより、二股? 地獄行きの切符であるのは同意だ、ね」

「……これ、返したとしても中身を見たってバレたら激ヤバか?」

 

 人によるのだ。プロデュースするアイドルが、複数人であってはならないという決まりはない。もちろん、複数人を同時に手掛けても悪いなんてことはない。

 しかし、我の強いアイドルというものは往々にして手懐けることが難しい。

 ましてや、それを複数、同時など。

 ノリで行動したことをすでに後悔し始めていた。

 

「拾ったのはあなた。わたしは騒動に関与してない」

「あれぇ!? ここまで来て見捨てるのォ!?」

 

 それはひどくない? 唆したのはあなたですよね??? 

 確かに当たったのも貰ったのも見たのも私だけど! 

 いやいやいや、おおお落ち着け。まずは状況整理と冷静な判断を……。

 

「あら? 篠澤広に冬利じゃない。そんなところで何してるの?」

「わっちゃーん!!?」

 

 己の背中にズボっとファイルを突っ込み、声のした方を向き直る。

 そこには、件の花海姉が怪訝な表情で居る。いた。

 

「どうしたのよ、急にそんな大声出して……それで、何をしていたの?」

「あー……いやね、ちょっと秘密の会議をしてた。篠ちゃんが体力をつける方法、みたいなのをゆっくり歩きながら考えてたんだよね」

 

 苦しい。明らかに。どう考えても。

 案の定、花海咲季にそんな誤魔化しが通じるわけもなく。

 鋭い眼光に射竦められ、汗が滝のように流れ出てくる。

 

「ふーん、そう。それじゃ、背中に隠したそれは秘伝の成長方法が記されたファイルってわけね」

 

「…………」

「そ、そーなんだよねぇ! やっぱり一番のライバル人材に見せるわけには行かなくて────」

「嘘。」

 

 ……うひぃー! 怖すぎるだろ! 

 何か確信でもあるみたいに、咲季はこっちの嘘を指摘する。

 私がつい押し黙ってしまったのを見て、その確信は事実に変わったらしい。

 最初っから事実ではあるんだけど。

 

「わたしが来る直前に、主席がどうとか話していたでしょう? この初星学園の主席は、このわたし。花海咲季だもの。わたしに関する話をしていた……違う?」

「……地獄耳だね、2位の人」

「ふふっ、そう? それはどうも、ありがとう! 名前を覚えてくれたらさらに嬉しいわ!」

 

 読みが鋭利すぎる、そして耳に関しちゃ同意見。

 姉ってなんでも見てるし聞いてるのかと錯覚しかねない。

 今の篠ちゃんの呟きまで拾うってんだから、相当なものだ。バチバチとぶつかり合う火花の幻覚を見ぬふりしつつ、咲季の動向を窺う。

 具体的な話(うわきしてること)まではバレてないのか、それとも泳がされてる……? 

 というか何故私は人のプロデューサーの浮気を隠そうと躍起になっているのか、事件に関わりがある訳でもないというのに……。

 

 あーもう、なるようになれーい! 

 

「……しだよ」

「? 何って?」

 

「同人誌だよ……!」

 

 そう言ったものの、二人はきょとんとした顔で頭にハテナを浮かべている。おい! 花海姉もだけど篠ちゃんも分からんのかい! 

 

「そういう名前なんだ。初めて見たからよく知らなかった」

「わたしも、名前くらいなら聞いたことあるけど……雑誌のようなものじゃないの?」

 

 2人分の好奇の眼は、背中にあるモノが何なのかじゃなく同人誌が何なのかに向いている。

 好奇心の強い人間で助かった……後に必要なのは、覚悟だけだ。

 

「同人誌とは……叡智な本です」

「?」

「え?」

 

「だーかーら! えっちな、本です!!」

 

 出版とか大量に刷れないオリジナルの本であり、形式は問わない。

 それこそルーズリーフに書いてたっていい。

 ある程度わかって貰えそうなラインまで話し、二人が放心状態から帰ってくるのを待つ。

 

 静寂、沈黙。

 静けさで耳も痛いし、フリーズした二人の再起動後が怖い。

 我に帰ると、二人とも顔が赤くなっていた。

 特に咲季嬢の方は、耳まで真っ赤に茹で上がっている。

 

「あっ……えっ……そう……それは、その……し、失礼したわ!」

「……冬利は、えっち?」

「途中でビビって閉じたが!?」

「否定はしないんだ、ね」

 

「物を使って発散するのは一周回って健全な気がするけど……その、こんなところで見ちゃダメよ? 人の目があるかもしれないもの」

「まさに咲季嬢に見つかったし……って違ァう! これさっき上から落ちてきて、私の頭に当たったんだよ! たんこぶ出来てるからね!?」

 

 そう言うと、彼女の表情が年相応の女の子のものから、患者の診察をするドクターのような顔つきに変わる。変わり幅が凄い……。

 一応診てもらうか、と思い背中のモノは隠しつつ咲季に頭を差し出す。

 

 咲季嬢なら深刻かどうかも判断できそうだし、それが次の目的地選びに繋がる。

 保健室かプロデューサー科棟か。

 

 痛みはもう殆ど残ってないし、個人的にはP(プロデューサー)科棟寄りだ。

 花海咲季は頭をじっと見つめ、想像したよりもはるかに優しい手つきでたんこぶのある辺りを触れる。

 たんぽぽの綿毛を飛ばないように撫でるみたいな、優しい触れ方だった。触られている感覚はあっても、痛みがなかったことに少し驚いた。

 それで済んだのか、咲季は離れて一つ頷いた。

 

「確かにたんこぶがあるわね。今すぐ危険って訳じゃなさそうだけど、保健室で氷嚢をもらってきた方がいいわ。……本当に二人の持ち物じゃないようね」

「そうなる。持ち主は……分からない。けど、プロデューサー科の人ではありそう」

 

 篠澤さん……! 

 てっきり見捨てると思ったのに、あなた庇ったりしてくれるんですね……!! 

 尊敬の目線を送ったら胡乱げな表情をされた。なんで? 

 

「ここがP科の真下だし、窓は空いてるし。空から同人誌とかどんなシチュエーションだよ……」

 

 頭を抱えたくなって頭を触りそうになるが、無遠慮に触るとすごく痛いので軽く撫でるに留める。痛いぜ。

 ……やっぱり、自分で触れば痛いのだ。

 彼女に触れられても痛みは無かったというのに。

 人体の専門家か、天才的な勘だろうか? 

 学園主席の大物で、時々話したりすることもあると言うのに……彼女のことなど欠片も知れていない気がする。

 数ヶ月ならこんなもの? 

 

「まあ、人の欲にとやかく言うつもりはないわ。悪いことは言わないから、帰ってから読むこと。いいわね?」

「いつの間にか所有権が移動している!?」

「それは、窓から捨てられた本。つまり拾った人が捨てても持ってても何も言われない」

 

 ドヤ顔で法律グレー攻めるのやめて貰っていいですか篠っさん。あと花海の姉御も思春期の子供と接するお母さんみたいなこと言わないでください。 

 しかしどうするか、もういっそのことプロデューサー科棟に凸るか? 花海咲季・月村手毬のプロデューサーの弱みを握れるならそれは、大きなアドバンテージだ。

 咲季嬢が状況を把握してない姿を見せれば、まだこのファイルの中身が流出してないことはすぐに分かるだろう。

 

 それはつまり、いつでもこのスキャンダルを暴露できることに他ならないのだから。

 持て余し悩んでいると、咲季が背を向け走り出した。

 

「おう、へい咲季さーん! 話は途中だけどいいのー!?」

 

 と、こっちが喋りだす頃には彼女はこちらを向いていた。

 

「そっちも気になるけど! まずは氷嚢を持ってくるわ! 話の方は一旦保留、その本は好きにしなさい!」

 

 こいつは良くない、気を使わせてしまったか。しかしそう思った頃には、制止する間もなく行ってしまった。うーむ。お言葉に甘えるとする。

 周囲をキョロキョロ見回し、今度は誰もいないことを確認する。ジャージの裏に隠したあのファイルを取り出す。

 汗で濡れてるやんけ。汚な! 

 人のいない方向に弾き飛ばして処理しつつ、共犯者に話しかける。

 

「で、だよ。どーすっかね、これ」

「どうする、って?」

「分かってますよね、おめー」

 

「ふふ、そうだね。このままだと、手毬と2位の人は喧嘩になる。止められる、かな?」

「無理じゃない? こんな大スキャンダル抱えてるのに、プロデューサーは二人にバレてない訳だし」

 

 浮気とか絶対許さないでしょあの二人。それも知り合い相手とか……考えることすら恐ろしい。

 しかもあれら二人は、よく自分のプロデューサーの自慢話をしている。

 二組の私達も聞くくらい。

 同クラスでそれを聞いていない筈もなく、であればお互いの話を聞いていて違和感を覚えないものなのか? 

 

 覚えさせていないのであれば。

 よっぽどの有能、いっそ怪物だ。

 

 それに狙われる、なんて日には……おちおち夜も眠れやしない。

 

 二人がそれを知った時の行動は、3パターンありえる。

 1.自分が本命なのでもう一人が降りるよう「話す」。(どちらも裏で何かするというより直談判するタイプだ)

 2.プロデューサーに対してキレる。

 3.互いに対してキレる。

 

 何にせよ碌な結末にならないだろうことは、想像に難くない。

 

「いやあああ……握りつぶすかああ……?」

 

 ゆらゆら、がたがた。

 倫理観と成果の間で、心が揺れている。どうしような。どうしようとか言っていられる状況か? 

 プロデューサーもいないアイドルなのに? 

 

 そこに、透明な声色が流れ落ちてくる。

 

「一番穏便な手段。最善とも言える、ね」

 

 プロデュースするアイドルが一人だろうが二人だろうが大した差じゃないかもしれない。

 誰にも言わなければ、少なくとも表立った問題にはならない。

 もちろん解決もしないが……それこそ互いに話すなりなんなりするのが解決に至る道だろうか? 

 

 最善とは、誰にとっての? 

 ワースト2位と万年中位のためにはならない。

 じくりと頭のたんこぶが、万全ではないことを主張する。

 何がなんだか、自分でも混乱していることだけは頭の片隅で認識した。

 

「そうだね、善悪で言えばそう。私にとって何のメリットもない選択肢」

 

 冷たく感情の乗らない言葉が、痛みで機能しない関門を素通りした。

 向き合うべき卑怯さだ。

 そろそろ目を向けなければならない。

 

 わかっている。

 ここで問われるのは、人として居るのかアイドルに成るのか。ここで堕ちれば、後は外道という人から逃げた人生を転がり落ちる。アイドルになれば、その限りではないが。

 アイドルの夢を見て、観て、魅ているだけの凡人には過ぎた選択だった。

 

 裁定者の槌が鳴る。

 

「冬利は、悪にならなきゃいけない? わたしにはそう思えないけど」

 

 どこまでも純粋に、率直に追及してくる。感情の見えない瞳には、追い詰められた小物の姿が映っていた。

 吐き出すように、置き去るように呟く。

 

「そんな真っ当じゃないぜ。焦ってもがく毎日は苦手だから。ワルくなりたい時だってある」

 

 今までの誘惑は無視できた。

 

 まだ余裕があったから。

 まだ時間があったから。

 魅力が薄かったから。

 自分に酔えていたから。

 

 でも、これは違う。

 

 悪い夢を見ている気分だった。

 

「そんなもの?」

「言ってくれるなあ。そんなものだよ」

 

 この掴みどころの無い天才には、たった数ヶ月の中でたくさんたくさん思い知らされることがあった。

 

 一つに、世界は広い。

 容易く常識は壊される。会ったことのない人間との邂逅は、いつも刺激的だ。今までの日常も常識も、ほんの一歩踏み出した先ですぐに通用しなくなる。

 触れて、震えて、崩れる。がらがら、ぼろぼろと分からなくなっていく。

 ちょうど、倒れている人に駆け寄る時みたいに。

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