漢数字にしたことを後悔しています。
狂人。もとからそういった印象があったものの、篠澤との件からこの印象は不動となった。以降に自分のファンだと言われても、色々な姿を見てもイカれているという前提は一切揺らがなかった。
その上で評価するなら、アイドルとして必要な何かを持つ変人。狂人だが同時に弱い生き物だと思っているので、内心ビビりつつも尊大な態度を取る。最近は花海咲季と近い謎の力を持つのではないかと己のプロデューサーに言われ、その在り方に微かであるものの確実な相似性を見い出している。
強がろうとして強がれる人間A。まるで強いようにふるまって、そうなった人物「B」に寄りかかる命ある操り人形。ずっと見ていても何処かに消えそうな生物。高辻冬利からの好意に気付き、その好意をある程度受け入れている。
自分だけならどれだけ堕ちても這い上がるのが楽しいのだが、冬利が落ちることを極端に恐れるため仕方なく落ちきる前から追いかけている。そうしている日常はままならないことも多く充実している。楽しいので、これからも観察させてほしいと思っている。
道化。エンタメに生き、そうでない自分に価値を感じない。根っからのロマンチスト、ねじくれた生き物。哲学とか好き。これ以上ない環境にいると自他共に言い、言われ続けた。強迫観念であることは否定しない。篠澤広と劇的な再会をしたことで脳味噌が焼け(本人談)、ロマンチストが加速している。内側の劣等感が刺激される初星学園が好き。最近ハマった作家は谷崎潤一郎。
おもしろい人。リーリヤとゲームをすると結構いい勝負するので囃し立てる。最近、活動しながらゲームしてたら時間足りなくない?ということに思い至った。
なんかヤバいことに巻き込まれてるやつ。悪い奴じゃないので、機会があれば遊んだりしたいもののいつもタイミングが合わない。次会った時はファイルの成り行きを全て聞くつもりでいる。
素行が良くない一年生。髪が赤いことを唯一真面目にツッコむ。隠そうともしないまま堂々と挨拶してくるので、毎回指導していいものか悩んでいる。
友達。本能ですけべだなーということを察しているが、本人に言ったりはしない。が、向こう側から洩れてくるのでたまにワルい人になったノリで猥談する。走るとついてくるのが面白い。
性悪かつ苦労人。グループ解散の原因であり、また被害者でもあると思っている。解散ライブに冬利だけ出なかったことが悲しい。中学時代は冬利の友人だったが、解散してからはずっと疎縁。(インタビュー後初星学園を退学したため、プライバシー保護の観点からインタビュー相手の名前は伏せる)
まりちゃんを怖がらせる……貴方の名前は覚えました。藤田ことねに並んで許すつもりはありません。ただ、今は時期が悪いです。りんちゃんもいませんし、まりちゃんとの仲直りも済んでいません。終わった後覚悟しておいてください。(原文抜粋)
情報をまとめられた手帳が閉じられ、胸ポケットに仕舞われる。
誰かの執着がこもった、醜く歪んだ情でできた物だった。
結局、高辻冬利は「初」最終試験に合格しなかった。
その代わりと言ってはなんだが、篠澤広が合格した。中間試験とは正反対の結果となったわけだ。
だが、あの経験から得られることは多かった。自分一人、短い時間では処理しきれないほどに。
そして、それから運が良くなった。作為的なくらい。
まず、ソシャゲの引き運が異常になることから始まった。どうでもいいことなのだが、ログインを欠かさない人間としては嬉しい。その時点で中学で別れた友達からは怨嗟の声が聞こえるくらいバカ運だった。自分でも若干引いた。
次に仕事が増えた。まあ運だけじゃあないにしろ、ちょっと多すぎる。嬉しい悲鳴が出る。嬉しい悲鳴は寝てる時とかに出るので、この前お母さんに心配された。仕事が増えることは良いことなので、自分のできる範囲でこなす。無理はしない。
次に彼氏ができた。嘘だ。彼女ができた。これも嘘だ。そういう運だけは絶望的にないらしく、恋愛のれの字もない。これは本当。ぶっちゃけ忙しいしまぁ別にどうでもいい。嘘。
あとプロデューサーがついた。超のつく変人。
学校の準備はもうほぼ終わり。
あとは……なんだろう。牛乳でも飲んでからいこうかな。
冬利が物を詰めたバッグを玄関に置いて、牛乳を取りにいく。
スクールバックの中からは、白いファイルが覗いていた。
Milk is my God. 牛乳は神。何に合わせても美味い。
レンチンした食パンに合わせて牛乳を飲みながら、あの日の盛り上がりを思い出す。SNSやら凄かった。
今回の試験で話題沸騰中なのは、圧倒的に篠澤広。メクルメだ。
だが、高辻冬利の初も良かったと言われもした。それもかなりの数だ。
素直に嬉しい。
ただ、私は表彰されていない。辞退したというか、あそこからすぐ逃げたから。受け取る気もない。次の試験で絶対に取る。
なんとなくこの人たちだろうな、と思う三人が審査を通っていた。月村手毬は言わずもがな、葛城リーリヤ、そして篠澤広。
私を追いかけてきた篠澤だが、表彰はちゃっかり受け取って来たらしい。おかげで、賞を貰ってすぐ消えた謎のアイドルとして噂されている。本人は気にしないので、噂は数日で消えるだろう。
負けたけど、これでいい。
篠澤……って呼んだらダメなんですねこれ。改めないとねー。
広からああも叱咤されて、変わらないままでもいられない。
あれは篠澤広なりの激励だ。選択の試練。そして、私は選んだ。
どちらを選ぶかは重要じゃない。大事なのは選ぶことそのものだ。なんて、ゲームで見た台詞を引用してみる。理解は、一応した。理屈は分からんままだけど。
迷って決まらないぐらいなら後先考えず生きろ。あの時言われたのは、そんな教えだと思う。
さて、行く準備は済んでいる。今日はバスに乗って登校だ。
スクールバッグを肩にかけ、元気よくいってきますを宣言する。
空は曇天だ。私はハッピーだ。真逆である。バス停に向かう間で、遠雷の音がした。
バス停に着けば、間を空けずにバスがやってくる。空いている席に乗った。
前の椅子に手を置いていたが、人が来たので自分のところに戻す。
ふと手を開き、閉じた。
自分の手だ。男の夢の時とは、まるで違う。それに、あれはもうほとんど覚えていない。
この手で、広を締めた。絞めた。占めた。
「はぁ……」
心の底からため息が出る。手を頭に当て、がっくりと首を落とす。
性癖ボロボロ。
今ではよくそれ系の動画を漁っている。
ただ当然、漁っても漁っても
まぁ、過ぎたことは仕方がない。月村手毬もよく言ってる。
歪んだ性癖も仕方がないね。そんな風に宣うと、心の中で広ちゃんが不満そうにする。
歪めたんじゃなくて、元からあったのを掘り出しただけだろうと。……そうだね。素質が無きゃ、あそこで理性外してもまた逃げる選択をしただろうし。
初星学園前でバスが止まり、そこそこの人数が降りていく。私も例外ではない。
私の心は晴れやか快晴なのだが、空はあいにく。今にもどしゃーっと降ってきそうな模様である。風が暴れる音が聞こえた。
ちょっと小走りで昇降口まで行き、そのまま教室に歩みを進めた。
例によって、元気よく挨拶が聞こえてくる。ばくおんがひとつ、気品ある感じがひとつ。
挨拶を返し、準備をすれば彼女がやってくる。
「おはよう。千奈、佑芽、冬利」
「おはようございますわっ!」
「大丈夫だった?転んだりしてない? 広ちゃん」
「雨降ってる? 傘忘れたぜー……」
転んだり倒れたりはしてないようで、無傷でやってきた。雨は降ってないらしい。
授業が始まったのはそのすぐ後だった。
授業が終わって、昼休み。
今日は千奈嬢と佑芽嬢が生徒会の仕事があるらしく、私とひろちゃんの二人きりだった。
といってもすることがない。暇なので、中庭に出てランニングコースを散歩する。
相変わらず曇天だが、不思議と雨は降っていない。窓に風が当たってごおお、と唸っている。天気予報では、今頃は降ってるはずだって言ってたっけ。
冬利は無言で上階の窓を見る。今日は開いていない。
思えば、あのファイルを持った時からずっと激動の日々だった気がする。数週間しか経ってないことに驚愕したくらいだ。
「ひろちゃんはあれのこと、どう思う?」
広は、いちいち何のこととは聞かなかった。
「不思議。信じたいけど、現実にないというのがわたしの意見。だから、こうして見つかると疑いたくなる」
「なんなんだろうね。人間の性かなあ。人智を超えたものに理解が及ばないのは当たり前なのかもしれない。でもそういう変なものの探究こそ一番楽しいよねっ」
「急に饒舌。熱でもある?」
「疲れていても、病いにやられやしないぜ」
むしろ今、広ちゃんの方がバテてますけど。大丈夫そ?
ちょうどいいところにベンチがあったので、二人で座る。休憩にはもってこいだ。
普段だったら美鈴の姉貴が座ってるのかなとか思いつつ、空模様を気にした。
私なら濡れたところで丈夫な体がなんとかしてくれるが、篠澤広ではそうもいかない。なんなら彼女がバテて動けない以上、運ぶのは冬利だった。
そう想定して待ってみても、まるで降る様子はない。降れよ。
どっちつかずが一番困るんだよ。
私が焦れて立ち上がる。
次の瞬間、光に灼かれた。
ガッ、ぱたり。と、何かが落ちた音がした。
突然のことで、わたしには何も見えなかった。何も聞こえない。
たぶん、雷が落ちたんだと思う。わたしの近くに。
けど、その直前に音が聞こえた。すぐに掻き消えたけど、それは……プラスチックが落ちた音。本がぱらと閉じる音。
偶然で片付けられない。であればそもそも、こんな場所に雷が落ちることが珍しい。なんの前触れもなく、静電気を感じる暇もないことは。
篠澤広の頭脳が回転する。
回転する頭脳は、まず周囲の状況を把握するべきだと結論を出した。冬利の姿、声も聞こえない。
目をこすり、立って音がした方に歩く。
慎重に歩みを進めると、こつんと足に何かが当たる。とりあえず手に取ると、かなり軽い。持ち上げられた。
長方形の硬い感触、おそらく冬利のスマホ。拾い上げる時に指が触れた。画面はついていないものだと思っていたために、突然響く音に篠澤広は虚を突かれる。
『学園、アイドルマスター』
「……あいどるますたー?」
意味は理解できない。しかし、その声が気になった。
「冬利の声」
いつも通りの芝居がかった声にも、素ののっぺりとした感情のない声にも聞こえる。
そもそも、スマホから冬利の声が聞こえるのは何故。いついかなる目的で録ったのか?スマホアプリに出演することが決まったのだろうか。本物の冬利は、目を開けたら焦げてなくなっている?これがしかし、焦げ臭い匂いはしない。
どうしてスマホだけ、ここに落ちて━━━
「……落ち着いてー。もしかして雷、苦手だった?」
声が聞こえた。同時に、わたしの目が暖かい感触に塞がれる。前から。
その声は、よく聞いている。鋭いトゲを有しながらも、優しさと甘さでそのトゲを他人に向けられない声だ。
高辻冬利の声。間違いなくそうだ。それは、絶対に。
雷は苦手じゃないので、いらない心配。それよりも……。
まだ、何も言えない。
その感触はわたしを連れ、ベンチの位置まで戻す。逆らうことはせず、素直にベンチに座り直した。目を覆う手はまだ離れない。
ベンチに座ると、空いていた右手が何か硬いものに触れる。
とりあえずスマホは返そう。
「はい。落としてた、よ」
「……あ、はいはい。ありがとね!」
スマホの重みが消える。あまり長く目を閉じる機会がないため、暗い環境に不安ではなく興味が湧く。ただ、今はそんなことを気にしている暇はないだろう。
一応、聞くことにした。
「あなたは誰?」
嫌な予感がしたから。
ある事象が思い浮かんだ。七不思議や悪質な噂などではなく、もっと有名な都市伝説が、雷鳴の後から頭を離れない。
左手を冬利の手に重ねる。それと同時に、右手をベンチに伸ばした。
こつ、と爪に硬い感触が当たった。
「高辻冬利、ふゆりと呼んでくだされば光栄ですよ」
「…………そっか」
「もう大丈夫。冬利は、へいき?」
「そっかー。私も大丈夫だぜ、びっくりはしたけど!」
硬く軽い感触を掴み、下を向いた。
冬利はそれに、何も言わない。彼女の手は離れていた。
目をひらいた。
プラスチックの中には、数十枚の紙束。ルーズリーフがめくれる。
篠澤広は、ぱらぱらと読んでいると思えない速度で流し読みする。全てを読んだのかもしれないし、または一枚も読んでいないのかもしれなかった。
ぱたん、とそれは閉じられる。
わたしが顔を上げれば、徐々に冬利の姿が見える。
足元で一度視線が止まり、またゆっくりとその姿を視界にとらえる。
冬利を見ても、なんの問題もない。急に視界が暗転したり、光に包まれたりしない。
制服には着古した皺があるし、髪の色も変わってないし、わたしを見る時の焦り羨む視線も変わらない。
人として生きることに、根本的に向いてない弱さも。
「ぐらぐらだね、
言うつもりのなかった言葉が、すっと吐き出される。
冬利はその言葉に心当たりがある様子で、困ったように笑った。
「ふはは……それが人で、私でーす。変わらないでしょう」
「地球の反対側に生まれても?」
「地球の反対側に生まれても、です」
「それはわたしと出会って、変わった?」
間を経ず新しい質問をすれば、冬利は面食らったように喉を鳴らす。
高辻冬利は、観念したように眉尻を下げた。
答えは一つだけらしい。
「まあ、間違いなく。変わって、変えられて、変えたんじゃない」
「ふふ。冬利らしい、ね」
手が差し伸べられる。わたしは、それを取った。
すっかりと光の影響がおさまり、目も正常に機能する。まるで、あの一瞬の出来事は夢だったとでもいうように。
二人は並んで、校舎へと戻っていく。
抑えきれなかったのか、冬利が言葉をこぼした。それは掠れて消えかかっていたが、ただの独り言かもしれなかったが、応える声はあった。
「……そちらはどう思ってるのやら。ちゃんと、あなたの友達になってんですか」
「わたしは友達だと思ってる、よ。スカートを下ろした仲だし」
「ほんと碌なやつじゃねーよアンタァ!」
「ふふ、冬利はノリがいい、やつ」
「そりゃどうも、エンターテイナーとしては嬉しい評価だね!!」
今日も曇天。肌寒いくらいの天気。
ベンチに置かれたファイルの行方は、誰も知らない。
これにて完結です。完、結……これで……?
気が向けば続きは書きます。評価が良ければできるだけ急ぎます。感想もらえると主は喜びます。
気が向けば評価・お気に入りなどお入れください。それでは、またお会いしましょう。