1.幕間として書きましたが、やっぱ本編の方がいいかもと思って本編にしました。展開に無理があるかもしれません。ゆるして。
2.ウザめモブが出ます。シチュエーション作成のために置いたので、どうか今回だけはお目こぼしをお願いします。ヘイトがあると感じた場合はすみません。作者が土下座してお詫びします。
「地獄行き、お似合いだね!?」
ドスの効いた声が響く。
コンプラだとかファンの心理とか考えるのだが、これは無駄になるかなと思った。悪いのは向こうだ。
今日のこと、午後からの流れを思い返す。
ラーメンを、すすった。
あ。
「お昼ご飯、買ってない」
昼食。らんち。
昔はコンビニで済ませて。
現在は一流シェフに作ってもらっている。……今日の彼女は完全休養日だ。事前に説明はされた。完全に忘れていた。
目の前の緑色の瞳が細まり、更に不機嫌そうに眉を顰めた。
「は? 何やってるの? じゃあどうするの」
「……外食、する。お金、あんまり無いけど。手毬はどうする?」
財布には二枚の札と、頼りない数の小銭だけだ。
わたしがお願いして、しぶしぶ一緒にご飯を食べることになったが。
こうなると、手毬もさらに渋るのではないか。
………………断るとは、思ってない。
手毬は、優しいから。
「……仕方ないな。外食とは言うけど、歩いて食べて帰る体力なんてあるわけ?」
「ふふ。ない、よ」
「それでよく私を誘おうとするよね。いいよ。倒れたらプロデューサーに連絡だけ入れて放置するから」
ほら、やっぱり。
やっぱり手毬は、親切で優しい。最高の同級生。
プロデューサーのレッスンメニューや佑芽のマッサージのおかげで、体力改善のグラフは右肩上がり。始まりはマイナス値からだけど、
帰りの体力を度外視して、わたしと手毬は近くのデパートまで来た。バスで一枚分の札が消え、500円玉硬貨+αが新たに財布の中身となる。目的地は分からない。手毬がお店を教えてくれるって言ってた。
時と場合によって、また人によっては買い物をするらしい。
服とか小物。興味はあるけど、上手い着こなしは修行中。
それにわたしは、今日は難しい。
手毬との約束で。
午前中のスケジュールに、使える体力のほとんどを使っちゃった。今日、ダンスを見せてもらうようにお願いしたから。
でも、休日に出歩いてちゃんと目的地まで着ける体力が付いたことにわたしは驚いてる。これまでのレッスンは、無駄じゃなかった。……ふぅ。
手毬の後をついていく。
色んな人が目に入るけど、特に道中に何かが起こることはなかった。
空から謎のファイルが落ちてきたらいいのに。
「着いたよ。2名で書いとくけど、名前はどうする?」
「おー……らーめん屋さん。じゃあ篠村二郎で」
「いや、女二人でしょ。ふざけてないで真面目にして」
「月澤ひまり?」
何事もなかったように手毬は月村手毬と記入した。ふふ、ままならないね。そういうところがすき。
名前はどうするって……偽名か。うーん……わたしにはまだ馴染みがない、ね。いつか試そう。楽しそうだし。
記入欄を確認すると、一つ上の名前に既視感を覚えた。
待機の席に座ると、やっぱりそこには見覚えがある相手が座っていた。
「わっ!」
「っっ! ……っっっっっ」
わたしがいたずら心に従って驚かすと、椅子から転げ落ちるくらいの驚き方をする。オーバーリアクションだ、ね。
すぐにこちらを確認し、安堵の吐息と共に彼女が目を閉じる。
持ってるスマホには、何かのゲームが映っていた。
「び、び」
「っくりした?」
「ビビったわァ! 何してんの、こんなところで」
「は? ラーメン食べにきたに決まってるでしょ。冬利こそ意外だね、ラーメンじゃなくてinゼリーとかで済ませそうなのに」
「私をなんだと思ってる? 花海姉妹じゃないぞ」
冬利はわたしにツッコんだ後、すぐに手毬の方に返事をする。
シェフたちはそんな不健康な食生活はしない。完全休養日……も、しない。たぶん。
む……驚いてた割にあんまり構ってくれない。
「偶然だ、ね。らーめん、食べに来たの?」
「私としては尾行でもされてたのかと思うくらいビビってるけどね……うん。ラーメン食べに来たよ、ランニングで体重管理もバッチリミナ〜だし」
そう。顔を見てすぐに思ったことと言えば、その服装と髪型だ。
真っ赤な髪はポニーテールに結ばれている。動きやすさ重視、と言った様子。
服装もジャージで、動きやすそう。効率的でいいね。
と思ったのだが、手毬から呆れた声が投げかけられる。
「いや、ここデパートなんだけど。ジャージ着たままで恥ずかしくないの?」
「え? 全然恥ずかしくないよ? 嘘だけど。でも早く食べたかったし」
「初耳。外でジャージを着るのは変?」
ちょっと、いや、すごくしょっく。
だめ……なの。効率がいい、のに。
冬利よりわたしの方が落ち込んでるみたい。変、って言われてるのに冬利はあんまり気にしてない。
慰めようとしてあわあわしてる。
「人が多いところでジャージで一人だと目立っちゃう……って感じね。気にしすぎないでいいって! 別に私たちがプライベートでどんな服装でもこっちの勝手なんだし」
「……何人かなら、大丈夫?」
「諦めが悪いな。団体でジャージを着てるんじゃなきゃ悪目立ちしてしょうがないよ。そっちだって結局、大人数が同じ服装で固まってるから人目は集めるし」
むー……手毬、いじわる。
自分でも分かっててとげが無くならないところ、良くはない。でもすき。
わたしたちが口論している内に、順番が来ているみたいだった。店員さんが引き攣った笑顔で案内してくれた。ごめんなさい。
流れるように三人一緒に案内され、テーブル席に座る。
わたしと冬利が注文を決めて、あとは手毬だけ。待ってる間に、冬利はスマホをいじってる。……何かの連絡、かな?
手毬はこういう時、すごく真剣。普段の空気とは明らかに違う。
手毬の目線を追うと、二枚分のメニューに載った写真を穴が空くように見つめてた。
半チャーシューメンと、半ラーメンと半チャーハン。
へんなメニュー。でもふと思い至って店内を見ると、ここには初星学園のアイドルも時々来るらしい。サインがいくつかある。……需要があるね。思ったより考えられてた。
「半でもチャーシューメンは、いやそれを言うなら半でもラーメンとチャーハンのセットは罪……プロデューサーに怒られる……!!」
手毬は小声でぶつぶつ言った後、青ざめた顔で頭を抱える。
わたしには無い悩み。
……解決、できるかな。
「手毬、手毬」
「ん……なに。今は考えてるからちょっと待って」
「わたしが半チャーハンを頼んで、1割分ける。1割はわたしのぶん。あとは全部あげる。どう?」
「…………!!」
顔色がとても輝いた。かわいい。
けどすぐに気付いたのか、表情を戻そうと慌てている。
「し、仕方ないね……今回は、そうする。……一応、感謝しとく。……ありがとっ!」
ふふ、かわいい。
良い雰囲気になっているところで、あのー、と声がかかる。
「1割食べれそう? 篠ちゃん」
「…………ふふっ」
「無理っぽい」
「……テンション上がってるねぇ」
抑えきれない口角の上がりを指摘された。
無理なものは無理。楽しみ。
……そういえば、らーめんを食べるのは初めて。カップヌードルはあるけど……運ばれてるそれを見る限り、同じはずがない。
待ちに待っていれば、すぐに目当てのものがやってきた。
「半チャーシューメン1つ、半ラーメンと半チャーハンのセット一つ、半ラーメンひとつおまちィ!」
「……ちゃっかり半チャーシューメン頼んでるの、ずるい」
「落ち着きなさいや。何枚かあげよか?」
「い、……い! ……いる」
「手毬、よかったね」
「わぁ……うん!」
文句なし。手毬のかわいさもらーめんの香ばしさも、中々味わえない。
わりばしを割ってもらって、麺を取り皿に置いた。手毬はまだ、わりばしを袋から出していない。じっとラーメンを見つめてる。お腹、痛い? でも顔色は悪くない。悩んでるみたいだ、ね。
たまには、ただ楽しい一日もいい。
そう思っていただけだったのに。
「おい! この店でチャーシューメン!? ここは初めてなの?」
隣のテーブルで食べていた男が、冬利に運ばれるそれを見てずかずかとこちらまでやってきた。
特徴はある。人だ。鼻があって、目があって、口がある。
でも、それだけだ。余計な情報にしかならない。
あっけにとられた手毬を遮るように、冬利が位置をずらす。
「あー、いえ。何度か来たことがありますよ! どうかしましたか?」
「ダハハハ! 君らアイドルの子でしょ、見たことあるんだよね! 今のうちにその舌矯正した方がいいよ! 何度も来ててここのチャーシューメン選ぶフツー!? 明らかにマズいじゃん! 食ったことねぇの!?」
「うーん……あります。はい。それがどうか?」
「うわ! こいつぁバカ舌だな! とんだリピーターもいるもんだな、そりゃ潰れずに済むわ! こんなのがいりゃ────」
「うるさいッッッ!!!!!!」
ガタン!!!!!
冬利がお帰り願おうとしているのは分かったが、上手くいかなさそう。
その直後に、手毬が音を立てて机を叩いた。
騒ぎ立てる男に辟易としていた周りも静かになる。デパートの喧騒が、店の外の音がよく聞こえた。その迷惑客も、あまりの剣幕と声量にたじろいでいた。
「なんですかあなた、いきなり私達に話しかけてきてチャーシューメンがマズい!? よくも、よくもそんなことが言えますね!! 私はこの店のラーメンが大好きなの!! あなたみたいなペラッペラの上部しか見てない感想で何がバカ舌ですか、はァ!? 適当なこと言って、通ぶりたいだけでしょ!!? 私達みたいな女の子に、鼻の下伸ばして……下心が見え透いてます! 本ッ当に気持ち悪いし! それに……それにッ!!!」
「落ち着きなー、てまりーん」
誰かが怒りを吐き出せば、自然と他の人間は冷静さを取り戻す。
なんの研究だったっけ。
「……うぇ!? 泣いてますやん! ほらもうもう、ハンカチ使うからねー……じっとしてねー……」
冬利は涙をボロボロこぼしだした手毬に驚き、あわあわとハンカチを取り出す。涙を拭きながら、ちらっと男を見る。その男への感情は、最初から0だった。
「私も一個だけ。いいですよね? ……なんでも美味しく食べれた方が喜ばれるし、人生幸せっす。人生の先輩も知らないことかもしれませんけど」
冬利の言葉と、手毬が泣いている様子で周囲の客も落ち着きを取り戻したらしい。また喧騒が、徐々に戻ってくる。
呆然としている男。
わたしは立ち上がって、ポケットからあるものを取り出した。
「これ、どうぞ。舐めてみて」
「は? ………………」
何も考えないまま、男はそれを口に含む。
その後わたしは座る。
ある程度溶けるまで待ってから、わたしは男のテーブルを指差した。
「レモンがあそこにある、よ。舐めてみて」
「……………………」
黙って歩き、付け合わせの切られたレモンを舐める。
わたしはらーめんの麺を取り、ふーふーと冷ます。
「…………は。甘っ」
「それは、酸味を甘くさせる魔法。レモン、酸っぱくなかった?」
「………………」
「そう。明らかにマズい、ね」
すすった。
おいしいけど、あんまりおいしくない。
このままならなさはあまりいらない、ね。
「ふーっ……お互い様だね! 煽ってきた分あんたの方が地獄に近い、ハイ地獄行き!お似合いだね!?」
「テメエ!!」
手毬が、わたしたちの分まで言ってくれる。……わたしたちが思う言葉より文句言ってる、かも。
男がドタドタと走ってきて、わたしたちを殴ろうとする。
でも、そうするとこの人は捕まる。だから、今回くらいはいい。
楽しい一日を邪魔したから、許さない。
「そこまでです」
拳は、わたしの少し前で受け止められていた。
「ぷ……ぷろでゅーさぁ……?」
「…………月村さん。本ッッッ当に色々言いたいことはありますが、今は止めておきます。お友達との食事を邪魔されれば、俺も怒りますし。……ラーメンは、まだ食べてないようですね。一応、練習メニューは再度増やしておきます」
「い、今はやめとくって言ったのに!」
月村手毬の、プロデューサー。
その眼は……一切の揺らぎ、歪みなく、暴漢を睨みつけていた。
「出ていってください。彼女たちの邪魔をするな」
「は、お……チッ!! ボケが!!!」
怒涛の展開に、脳が追いついていないのだろう。
三流以下の捨て台詞を吐いて、男は走り去っていった。
と。
「ごめん、私一個だけじゃ言い足りないわ! 助っ人呼んでボコる!」
「ちょっと!? ボコらないでください!!」
「安心してー……ちゃちゃっとやるからー……」
手毬のPがツッコむ間に、冬利は行った。
あの距離ならそこまで時間もかからないだろう。
しかし、助っ人とは誰なのか。
答えは見つからなかった。
「はぁっ……はぁっ……クソが! 親切にしてやっただけだろうが、クソクソクソ……」
「はァ……あのさ。やめてくんない? こっちだって命かけてやってんの。ねえ、アンチ君ねー」
体格はある程度あるのに、足は遅いんだ。どんまい。
私がさっきまで隠してた見下すような視線を向けると、ブチギレたみたいに地団駄を踏み出した。
「んだよォ!! あいつがアイドルやめねーからこうして張って、で、今日ようやく引っかかったのに邪魔すんなよ! ゴミが!」
「罵倒のレパートリーが少ないねー。で、こっちの話を聞けよ。何被害者ぶってる。目ェ合わせてね。おい」
関西弁はエセだし、圧の掛け方も動画で見ててコワッと思った人を真似てるだけだ。
でも、怒ってるのは本当だ。
どれくらいの年齢かも定かじゃないが、怒りは伝わったらしい。怯えたようにこっちを見る。
が、まだ余裕がある。
この程度じゃ、またやる。やめない。二人は強いから気にしないだろうが……私が気にする。私に来たらたまったもんじゃない。
「あのさ! 私、君に共感できるんだよね! 実は……ね、月村ちゃん嫌いなの」
「は? ま、まじ? 冗談言うなよ」
「大真面目。で、私犯罪もしたことあるの」
「は」
「ストーカー。私あの人大好きで、大嫌いだから」
「や」
「アンチがいるのも分かるよ。でもね、私はあの人が大好き。歌が上手くて、自分を追い込めて、強い強いあの人が好き」
「ちょ」
「で、さ。私はあの二人をストーカーしてんの。初星学園まできて、わざわざ騙してまでやってんの。バレてないの。隠してんの。なのにさァ、おまえみたいな奴がいるとさァ、私まで危ないでしょ? わかる? わかるかなァ? ふざけんなよって思わない? ムカつくの。犯罪なんてやってる身からしたらもう一個増えても何も思わないよ?」
「いや、その」
「あの二人に近づいてみ。地の果てまで追いかけて、死ぬまで後悔させてやるよ」
尻尾巻いて逃げてった。
案外虚勢も通じるもんだ。
阿呆は消え、バカ舌と言われた小娘が残った。
いやーん。たすけてー。こころぼそいよ~。
バカ舌は事実。高いものの違いとか分からんから。嫌いなものほぼないし。ゴーヤぐらい?
……ビビらせすぎた、かな? でも、あれぐらいやんないとまたついてくるかもだし……。
物陰から、ガサリと音がする。
声が聞こえ、私は警戒を解いたのだった。
「……イカれてますね、高辻さん」
「そう? 褒めてもらっちゃ困るぜ、広P君よー。はっはっは」
ご飯を食べる直前。
広Pに連絡を飛ばし、彼を通じて最速で月村Pに連絡を取った。
月村Pは完全オフで偶然デパートにいたらしく、2階の端から1階の端まで全力で走ってきてくれたらしい。本当に感謝である。偶然にしては出来過ぎな気もするけど、月村Pお洒落マンだったから……休日に服選びをしてても納得はあった。
で、こいつ。
「あんたも大概だ。実質
「ですが、必要だった。彼女を危険から守るために、見守りが必要ですから。いざと言う時には、俺が出るつもりでした」
「悪の自覚が無いのが更にイカれ度アップだね。吐き気を催すね」
「あなたには及びません」
「そっくりそのままお返しする」
こいつは担当アイドルに何も言わず、特に伝えず、何事も無いようにいた。「近くにいます」って字を見て数秒間は固まったわ。
こういう突拍子もない行動はまさにあの子と同類だよ。こわくて許可取ったのか聞けないよ。そもそも許可取ってても半尾行半ストーカーでしょ。
店まで帰りながらも、話は続く。
「あれはまだやるのかなー。これに懲りてくれたら助かるんだけど」
「流石に無いですね。あれでやってきたらもう病気ですし、ストレスで何かしらの症状が出ると思います」
「本気の脅しだしね。いや、うん……レスバしたのは悪いとは思ってる。……けど、駄目でしょ。実働アンチ。普通に犯罪だし」
「そういえば」
ふと広のプロデューサーが足を止め、冬利が振り向く。
「アンチに話していたこと。あれは本当ですか?」
「…………」
「……藪蛇かもしれませんが、全てが嘘だとは思えませんでした。迫真の演技と片付けるにも度が過ぎています。もし、そうであれば────」
冬利の顔を見た広P。
昆虫の目が、レンズのように冬利を観察する。
「ふふっ」
冬利の目が細まり、笑む。
場面にさえ目をつぶれば、それはもう満点の笑顔だった。
「そうであれば…………それだけ、執着してたら。プロデューサーちゃん」
「私のこと、怖い?」
やがて彼は瞼を閉じ、首を横に振った。
じとりとした重たい空気は、そのワンアクションで消えた。
そこには普段の飄々とした顔の冬利がいた。
「ま、ストーカー行為はしてない、しない! 同類にはなりたくないからね。……篠澤ちゃんと会えた時は本当にびっくりしたし、一生会うことは無いと思ってた。てまりんに対してもファン以上のことはしないよ。嘘だと思う?」
「いえ。ただ、月村さんを潰す手段になるなと」
「あっはは! やっぱりアンタイカれてるわ! 私も人のこと言えないか! あと、月村ちゃんに対しては本気でファンだよ。本人にも誰にも言ったことはないけどね」
中等部の途中からだし、にわかだよーとか言う。
実際自分の活動が忙しく、しっかり見れた時の方が少ない。
でも、好きだ。Syng Up!が好きだった。大好きな心と同じくらい、負けて悔しかった。悔しくて、楽しくて、悔しくて、感動して、悔しくて、笑って……わけわかんなかった。だから、フクザツなのだ。
ひたむきで、ひねくれてて、皮肉屋で、吠えてくる犬で……私の何倍も、強かった。
今もまだ、同じぐらいの差が空いている。
丁度いい。
丁度良い、目標地点だ。
まずは、そこに向けて頑張る。
あとはもう一つの星だけだ。
「それで、一生会うことはない、とは?」
「……それ聞いちゃう?しょうもないよ」
「聞きますよ。危険な競合の情報は多い方がいい」
「本音は?」
「ただの興味ですね。篠澤さんに会ったことがあるなんて言ってましたか?」
私の原点。アイドルを目指す、理由。
篠澤広。
「今言ったもん。だって話そうとも思わないし」
プロデューサーは、真顔だった。
いつも通りの仏頂面。その目には、アイドルをただ信じる烈火が燃えていた。
「……どうせなら、初が終わった後に聞かせてください。あなたはもっと強く、もっと篠澤さんを脅かす存在となりうる」
「やめてよ。私は魔王じゃないんだぜ?」
「なりふり構わないだけの空気はあります」
「さあね。自分らしさってなんなのか、探しているところだよ」
真っすぐだった。アイドルも、プロデューサーも。
ひたむきに努力する姿が。貪欲に全てを飲み込んでいく未来が。
だから、嫌なのだ。
彼女が強くなってしまう。
それじゃあ、勝ち目がないではないか。
「負けないよ、ヒロちゃんには」
「……貴方は、乗り越えるべき障害ですね」
あははっ。
そう思ってもらえるなら、嬉しいなァ。
敵として、役として認めてもらえる。
この世のどこを探しても、何を得るよりもこんなに嬉しいことはない。おみくじで大吉を引いた時ぐらい、ね。
店内に戻ると、手毬Pが説教しているところだった。
周囲もただのいざこざだと判断したみたいで、ギクシャクした空気もどこかに消えていた。
厨房の店員さんの方に、広Pが向かう。詫びを入れに行くのだろう。
……申し訳ないし私も行きたいんだけど、私は大声も出してないしダル絡みを仕掛けたわけでもない。向こう側からすれば、謝られても……と困る立場にいる。任せるのが最適解だと強引に納得した。
初めて見たけど、やっぱり月村手毬のプロデュースはひたすらに胃の負担が極まっているらしく。脇腹を抑えているのは店との間で問題が起きないかという不安か、今のが流出した場合のリカバリーの大変さを想起しているのか。
どっちにしろロクでもない。
ほんとにかわいそう。
「月村さん。かなり早いですが、プランBを発動するかもしれません。ここにいる方々には拡散しないようにお願いしますが、強制力はありませんので」「それと……ラーメン、どうしますか?」
「……口は付けてないので、プロデューサーにあげます。それで結局、プランBってなんなんですか? ……あ、おかえり」
「おかえり……プロデューサーも、一緒?」
「いえ~す」
てまりんとPがなにやら会議をしているのを尻目に、二人に手を挙げて返事をする。
プロデューサーにあげるんだ。頼んだものの、私と篠ちゃんが食べるかたわらじっと見つめてたからな……。体重管理は数多のアイドルを悩ませる問題だからね。私は食べるけど。
さっきのでチャーシューメンがこぼれてしまい、取り皿においていた麺とチャーシューが畳の上に落ちていた。
店員さんが拭いてくださっている。ありがとうございます。
諸々を拾って撤収していく店員さんに、せめてもの気持ちでお辞儀する。小さく返してくれた。
「テーブル席に座ってまず────」
「はい。連絡を頂き、問題があった場合のフォローを任されていました。月村さんのプロデューサーがいたのは幸運でした」
「早っっ! もう終わったの? 納得してもらったの、今の時間だけで?」
おかしいでしょ。
バリキャリ有能人間とは言ってるけどさ、そんな完成物はこちらですみたいな速度でやられると本気で怖いわ。
広Pは当然、といった雰囲気で頷く。なんだこいつ。
「まぁ、一部始終を見ている方ばかりでしたから。いくらか補填をさせて頂くと言って許していただきました。むしろあの客は少し目に余っていたから、早めに出禁にしておけばよかったと仰っていました。今回の代金はなし、今後は割引サービスも考えるそうですよ」
「本当ですかっ!?」
手毬くーん。露骨に喜んでんじゃないよ手毬くーん。
プロデューサーに睨まれてシュンとしちゃうならさ、もっと……こう……いい感じにクールな対応ができれば良かったね手毬くーん。
「月村さんには、後で厳命するとして……。ありがとうございます。胃薬を一つ節約できますね」
「ふふ……わたしのプロデューサーが有能。……ふぅ」
「ぐっ……俺も胃が痛くなってきましたね」
「何やってんだおい! 胃痛人を生むな! こんなとこで!」
「こんなとこ? こんなとこってどういう──!」
閑話休題。
月村手毬、こちらが危惧したことを的確に踏み抜いて噛みついてくる。ほんまこいつ。
ちょっとしたトラブルはあったものの、ここのラーメンは美味いし美味かった。多少冷めてもラーメンはラーメンである。
てまりんはチャーシューで口を塞いだ。一枚だしセーフ。
てまりんPにも訊いたし、今回は特別ということでOKが出た。食べてる顔は愛嬌満点、ちょ~カワイイ。
口を開けばすぐ吠える。こいつほんま。
陳腐な言葉だが……食事とは誰かと食べ、その誰かとの時間が大切。自分で経験してやっと、これが本当なんだなーと実感した。
今回の件で言えることは他にあるか。結論?
何を食べてたっていい。誰かに制限される謂れは無いから。それくらいか?
……私のものの方が大前提で、陳腐な言葉だーな! ワハハ!
中間試験前の最終日、いいリフレッシュだった。
帰りは篠澤ちゃんに呼び止められて、途中まで一緒に帰った。
やけに月が綺麗に見える夜だったと、記憶している。
2025/2.27 修正 冬利の水色の目→冬利の目 水色だとしていましたが、しっくりこないので読者の解釈に任せます。水色だった場合カラコンをつけています