「せ、性癖ぃ!!!?」
馬鹿でかい声が廊下にまで響く。人が少なくて助かった。ガラスもなんとか持ち堪えたようだ。
教室の後ろの方で、椅子に座って私たちはたむろしている。
左を見れば大声を上げた人物が座っており。
右を見れば、その声量に慣れてそうなお嬢様が顔を赤くしていた。
「それは……とても、このような場では……」
言い淀む彼女を尻目に、別の椅子を見る。
もう一人、いる。
オレンジ色の瞳は、普段と変わらない潤いを保っていた。
「ふふ。えっち、だね」
顔の下で組んだ腕に、顎を乗せる。
嫌な予感を感じ取るまでは良かった。だがしかし、佑芽ちゃんや千奈ちゃんまで巻き込んでしまったのは私の不徳が致すところだ。
「……申し開きはありそうですか。手毬さん。教室で人に性癖暴露しろとは、まぁ、なかなか重い罪ではありませんか?」
我々四人に囲われ、逃げ場を無くしたてまりんが赤くなったり青くなったりして震えている。
女騎士みたいにこっちを睨む。いや言いだしたのあなたですから。
「わ、私は別にどうでもいい! 気になるって言ってたのは……友達! そう! 友達が言ってたの!」
「あっ、そうなの? どうしたのかなって思ったよ~!」
「わたくしもですわ~……月村さんに、そういうイメージがありませんでしたから」
「おーぷんな人だね。手毬の友達……ともだち?」
「珍しいね? なんなら友達の話聞いたの初めてかもだわ」
篠澤さんは彼女に友達がいるという事実に、不理解を示さないでください。思うけど。オブラートを知れ。
それはともかく性格が性格なので……月村てまーり、あんまり友達いないと思っている。すいません。
追加でその判断を深める材料が投下される。
「は? 私にも友達くらいいるし。ま、私が友達になってあげてるだけだけど。ほら、一人はかわいそうだから。……千奈が持ってるイメージは、変えたくなかったけど」
「アイドルにあるまじき回答! そう、誤解など一切考えていないのである!」
千奈ちゃんのイメージが壊れたことは後悔している。友達になってあげてるとガチで思ってる。両方やってこそ月村手毬という人だ。
友達さんはもしかして凄い人なのかもしれない。
てまりんの友達だと思うと、無条件で株は高い。
美鈴の姉御とか、賀陽神とか……優しさの塊。安心感があるね。
性癖のアンケートを取るのはだいぶラインぎりぎりか。
ただ濃いからなー、初星学園……。そういった人物が居てもおかしくはない。
そんな風に思いながら茶々を入れていると、佑芽ちゃんが分析結果を朗らかに答えた。
「あはは、言い方はとげがあるけど……でも、手毬ちゃんはこうだもんね!」
「は、花海さん!? それはわたくしも思いますが大丈夫ですかっ!?」
あけすけな佑芽の言葉は、嘘でないと分かるぶん受けるダメージも大きい。だが……手毬はそうでもないようだ。相性は案外いいのかもしれない。
千奈ちゃんの心配はめっちゃ分かる。とりあえず何も起きなかったことに安堵しているところ含め同じである。佑芽ちゃんが全身から元気オーラ出してるからそれにあてられて、てまりんもトゲが少ないのかもしれない。鋭さは変わらないけど、トゲが出る頻度が違う的な。めいびー。
すると、篠澤が立って手毬の方に近づく。
後ろ手に手を結んでいる。二人の目が合った。
「つまり、さっきの質問はその友達が手毬にお願いした。そういうこと?」
「そう。私が言い出したことじゃないから。あくまで仕方なく、どーーーしても、って言うから手伝ってる」
手毬は自信があるようすで宣言した。
……怪しくない訳ないケドな?
でもどうやら、ウメチナヒロの三人は完全にその言葉を信用したらしい。……てまりんを観察しても、ずいぶん余裕があるように見える。
篠澤が妙に楽しげだからかね。あの子が怒ってて堂々とできるわけないし。私だけかもしれないけど。怒ってるのが分かるとこ見たこと無いけど。
というかさ。篠澤さんが後ろで手を組んでるのエヴァじゃん。私があの長官になってるのに合わせてるのかよ。篠ちゃんってエヴァ知ってるんだ。いいね。すてきです。すきです。
それは良くて。
こっちは悪かった。
状況が。
「……わたしは、4人がどんなのを持っているのか気になる。教えてほしい」
「「「えっ」」」
「あなたの性癖はなに、だったよね。ふふ……わたし、こういう話は初めてする、よ」
意外! 誰よりも篠澤さんが乗り気!
てかてまりーぬは何嫌そうな顔してらっしゃる? 私らだけ言ってあなたのを聞かないってのは……無いでしょうよ……ねぇ……?
私がてまりーぬの方を見ると、こっちの視線にビクッとする。あえ?
その後、慌てて篠澤の方に目を逸らす。責めるような感じに見えてしまったか。申し訳ねぇ。
さて性癖語りは……乗り気なような。あんまり良くないような。
何気なく右を見ると、真っ赤な顔の千奈嬢がいた。私はハッとした。目が覚めた。
左を見ると、こちらを見る佑芽ちゃんと目が合った。恐らく同じことを考えている。彼女は間違いなく同志だった。
どちらからともなく体を寄せる。
「佑芽ちゃん……これは重大だ。千奈ちゃんの前で、こんな話は……どうなってしまうのか」
「う、うん……! 広ちゃんと手毬ちゃんはOKしてるから……。 ……あたしは千奈ちゃんにこの話を聞かせるのは、まだ早いと思う!」
わかる。非常にわかる。その上でごめん。
好奇心が抑えきれない。
別の話題に変えるが6、このまま続けろ!が4……ある。
我々がそうして悩んでいると。
「お二人とも! わたくしは……わたくしは問題ありませんわっ!」
千奈ちゃんが間に割って入ってきた。問題ない……問題ないか……?
篠ちゃんは首を傾げている。千奈ちゃんが参加するのになんの問題があるのか、という風に思っているようだ。
乱入に驚きながらも、佑芽ちゃんが覚悟を決めた眼差しで千奈ちゃんを見る。
「ダメな物はダメだよっ! だって……そういうのは……ちゃんと自分で調べて……!」
「わ、わたくしもそういった教育は受けていますわ! それに……そういったことに、興味はありますわ。お友達と、そういう話もできると聞きましたもの!」
「う、うぐぅ……でも、千奈ちゃんは可愛いから……!」
どっちもどういう理屈……? でも、言いたいことがぼんやりと見える。なおかつ、お互いに意図はくみ取っているようだ。椅子に座ったままの、千奈ちゃんの膝に置かれた両手が重ねられる。
「わかりますわ……わたくしは、とても可愛らしいですもの。ですが、心配はいりませんの。なぜならわたくしは、進化の途中ですの! これからは可愛らしいだけではありませんわ~!」
「ぐぐぐ……! でも、今はぁ……!」
「佑芽、一つ思ったことがある」
流石は倉本家のお嬢様たる千奈嬢、彼女の言葉には確かに力がある。どんなことにアイドル力を発揮しているというんだ。猥談なんです。これ。びっくり。
それでも引っかかった感情は取れないようで、佑芽ちゃんは苦しそうに粘る。
そこになんの抵抗もなく、篠澤の声が聞こえた。
「佑芽は多分……千奈が小さくて、可愛いから。悩んでる。違う?」
「篠澤さん……ありがとうございます。照れますわ」
「……うん。世の中にはあたしの想像もつかないような……せ、性癖の人もいるんだよっ!」
「……ねぇ、これって話をするためだけの話し合いだよね? ………………ハァ」
「年齢も不安かもしれない。でも……佑芽はここにいる誰よりも後輩だ、よ」
そう指摘され、佑芽は喉に刺さった小骨が取れたような顔をする。
彼女は4月1日生まれ。姉の咲季とちょうど364日違いだ。
花海佑芽は、この学年で誰よりも遅く16歳を迎える。年だけで言えば千奈ちゃん様の方が先輩であるのだ。
まぁ同学年であることに変わりはないし、普段なら一つの雑談のネタにしかならないが……今回は少々違う意味があるだろう。
「あ、そっかぁ……あたし、千奈ちゃんの後輩なんだ! じゃあ……いっか!」
「うふふ、この先輩である倉本千奈に、どんと任せてくださいませ!」
仲良きことはうつくしきかな。
眩しい。これこそが友情よ。ひたむきすぎて灼ける。
相手を想う意見のぶつかり合い、喧嘩でもない優しいものだけれど……仲直りをする姿は、どんなきっかけでもうつくしい。人と喧嘩したことないから余計に憧れるんだろうねー、と自分のことを他人事みたいに捉える。
「……終わった? ま、良かったんじゃないの。それより、早く集めるよ」
良い雰囲気をぶった切り、怜悧な声が聞こえた。
てまりんが時計を差しており、そこは昼休みの終了時刻が近づいていることを知らせていた。
「ハイ、佑芽。どうぞ」
「え、えぇっ!! あたしから!? えーっと、うーん……」
「時間が押しそうだったら千奈も、今の内に」
いつの間にか篠澤さんが司会進行をやっている。
佑芽ちゃんも千奈お嬢も、いざ尋ねられると言葉に詰まる様子だった。何か例が一つでも出ればいいのにと思うが、すぐにインタビュー相手が次へと移っていく。
「わたくしは……………………わ、わかりませんわ……まだ、具体的なものは存じておりませんの……」
「おー。そういうこともある、ね。次は冬利。最後に手毬」
「な、なんで私まで……ふん。仕方ないな」
順番が来てしまった。
佑芽ちゃんは頭を抱えて悩んでる。
千奈ちゃんは仕方ない。ピュアだよなーとは思ってたから。
いっそてまりんに丸投げしてやろうかな。
そう思っていると。
「でも、わたくし……何故か分からないですが、この話を始めてから……ずっと、先生の顔が脳裏をよぎってしまいますの……」
「「!」」
篠ちゃんと私が反応する。思わず、だった。
仕方がない。ラブコメの波動を感じるのだ。私より篠ちゃんが食いついてるので、バランスを保つべく様子見しつつ話を聞く。
「千奈は、プロデューサーのこと……すき?」
「わっ、わたくしは……そうですわ。わたくしは、先生のことを好意ある目で見ていますわ。アイドルになることを望むべくもないわたくしに、アイドルを目指す明日をくれた方ですもの」
「わ……いい、ね」
胸元に手を当て、千奈ちゃんは顔を伏せている。耳まで赤くなっているが、声ははっきりと私たちに届く。確かな強さがあった。
同級生の恋模様を聞き、篠澤さんも心なしか頬が赤い。
かくいう私も、聞いただけでこそばゆさを感じているのだが。
千奈ちゃんがあわあわしている。かわいい。
「そ、それで! 皆様方はどうなんですのっ!?」
「プロデューサーと? ……うん。かなり互いのことを理解してきたな、って思う、よ」
「相性良いよね君ら。まさに凸凹コンビっていうか……ジャストフィットだよ」
「ゔゔゔゔ……」
「……なんか、大丈夫? 頭から湯気が出てる気がするんだけど」
ガツン!!
まずい! 佑芽ちゃんを放っておいたせいで彼女の脳はショート寸前だ!
今の衝撃音は、机に彼女の額が勢いよくぶつかった音である。
一瞬机がバキバキに割れた姿を幻視したが、よく見れば佑芽ちゃんも机も健在のままである。篠澤さんは身震いしている。顔が確実にアブないことを考えている時の顔だ。
クッションありでも篠澤さんは耐えられませんから。やめましょう。
……木と衝突して素で耐えてる佑芽ちゃんの額は何なんだって話なんですけどね。何なんでしょうね。
ぼっけーっと花海佑芽の木と同じくらい硬いデコについて思いを馳せていると、いつの間にか篠澤さんの視線がこちらを向いている事に気付く。
まずい。何度も言うと自分で悲しくなるんだが、私にプロデューサーはいない。
つまり私の番である。性癖を暴露しなければならない。
「冬利。準備できてる、よ」
「うちのプロデューサーはですね、下僕としてせっせこ働く健気なやつなんですよ。あれをしろと言えばあれをするし、これを、とお願いしたらこれを持って来てくれます。トテモイイヒトー」
「えっ? や、やっぱり冬利って危ない奴なんだ……!!」
「わたしが聞きたいのは性癖だよ。あと嘘はダメ。信じる人が出てるから、もっとだめ」
「さーせん。ただしてまりん。こっそり危ない奴って言うな。聞こえるから。この距離じゃ」
身体の奥底から湧き上がってくるため息を、抑えずに吐き出す。
でなければ緊張して、なあなあで終えてしまうのだ。
千奈ちゃん、佑芽ちゃん、篠ちゃん、てまりん。特に後半二人。
じっと睨めつけて、覚悟を試す。
「本当に、いいんだよね? マジのやつ言うよ?」
「いいよ」
「だいじょうぶですわっ!」
「……ここまで来て、逃げる訳にはいかないし」
「ゔゔ……」
佑芽ちゃん……本当にグロッキーになってしまった。
昼休みが終わるころには回復してるか。気にしなくてもまぁ大丈夫でしょ。
この場で言える唯一の性癖。ギリメジャーどころ、だと思うライン。
「くっ……くびしめ、やね」
くびしめ、首絞め。
静寂。
苦手な類いの沈黙だ。
する相手のいない言い訳が口から出そうになるので、こっちは黙るしかない。
10秒ぐらいだったかもしれないし、30秒くらい我慢している気分だった。
「黙らないでくれませんかぁ!?ちょっと手毬さん!?あんたは何かしらフォローすべきだろこの話を始めた人として!」
「は、はぁ!?私は……別に聞きたい訳じゃないし!興味もないから……こわっ」
「もう駄目だ! 失言で株価暴落中! も、はぁ、終わった……」
だから嫌だったのだ、性癖の開示など。
引かれるのが一番良くない。会話が続かないじゃないの。引かれないギリギリでちゃんと性癖にカウントされそうなのを選んだというのに……こんな扱いはあんまりじゃないか。
最近気になったばかりでよく知らないというのに。ひでぇー……。
ずっと黙っている残り三人を見る。
篠澤さんと目が合った。この人頻繁に相手を観察してるから目が合いまくるんだよな。
「……それはやる方で?それとも、される方?」
「深掘るの!!?」
致命傷を更に広げるのかよ!
……佑芽ちゃん・千奈ちゃんらはフリーズしている。
……ほなええか。
篠澤さんとてまりんにこれ以上バレても、ダメージは変わらない。
なぜなら致命傷だから。うわーん!
「初めて見たのはこの前なんだけど……や、やる方。も、もちろん同意のうえでだよ!」
「ん……性癖は、持つ分には誰しも自由だから。否定する気はない、よ」
「私はちょっと……半径3メートル範囲に近づかないで」
「同意した相手にしかせんて。あとてまりんには出来ない。やり返されそうだし」
「わかる」
「わ、私のことなんだと思ってるのッ!?」
狂犬やね。もしくはテンプレ的な悪い王様。
実力が伴ってるからテンプレとは全く違うんだけど、それはそれときて暴君テマリだと思ってる。
言わないけど。
「ときどき赤ちゃん、ときどき好戦的な小型犬」
わー。篠澤さんが言い切ったわ。これにはてまりんも目をぱちくりさせる。
私達を睨んで大きい声を出そうとしていたが、何かを思い出したように踏みとどまった。
ふん、とそっぽを向き、腕を組む。
「あんまり私に舐めた口をきいてると、ただじゃ置かないから」
なんか得意げだな……。うーん、保健室に運んだ時みたいに逃げたりしないで済むなら、こちらとしても助かるのでよし。
さて、残りの皆様にも言って貰わねば。私と千奈ちゃんだけが犠牲者にさせられるのはいただけませんわ?
「じゃあ司会の人はどうなんすか。……けっこう分かりやすいような気もするけど」
「わたし?……わかんない。性癖ってなんだろう」
「結局私以外のやつ分かってないやんけ!なんでや……もう一人くらいいてくれてもええやんけ……!」
分かってるよ、分かってたよ、解らない訳ないよ。ごめんね。じれったい。
思わず月村手毬のソロ曲になってしまった。
篠澤さんはそういうと思ってたよ。途中からちょっと察しついてたよ。
むしろそうでなければ予想を裏切られるところだった。
そう思ったが、否を唱える声があった。
「わたくしもです! わたくしも高辻さんと同じ気持ちですわ! 月村さんには、是非ご教授いただきたいですわっ」
「あ、立ち直りましたか、お嬢。刺激が強すぎたかと懸念してましたが……だいじょぶそうですね。そう。てまりん。あとはYOUだけですよ」
私と千奈お嬢様がそういうと、てまりんは急にうろたえ始める。
もしかして、今の今まで考えてなかったと。
犠牲者が一人でも二人でもそんな大差ないからさぁ、てまりんもこっちに来てくださいよ……へっへっへ……。
「わ、私は……その……」
昼休みが終わるチャイムは、その時だった。
無慈悲なと思ったが、彼女にとっては天の助けに等しいものだっただろう。見たことないくらい満面の笑顔だった。飛ぶように去っていく。
「悪いけど、次の授業の準備があるから!友達には報告しとく!」
「おーーーーーーい!!ズルでしょそれはーー!!!」
光の速さで消えていった。
しかもまた今度同じ話をする機会は無いだろうし。私も二度目は勘弁願いたいし。
おのれ月村手毬。裏切りおって……。
悲しいかな、私と千奈ちゃんだけが犠牲となりました。
泣いた。倉本家と同盟結びます。
「そうさながら私はスパイ……諜報の力で、月村手毬を追い詰めるッ!」
「はいはい、高辻さん。授業の準備をしますわ」
「なんか扱い雑じゃないですわ!?」
「真似っこしないでほしいですわ~!」
授業のため、教科書とノートをロッカーから取り出す。
何か視線を感じた気がしたけど、自意識過剰かなと思って気にしないことにした。
彼女を捉えている瞳に、まるで気づかないままだった。