最終経歴:2位の人   作:踊る餅巾着

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八話 バ先に来るなよ気まずいよ

 エプロンの紐を首に通す。

 すこしごわついた生地ではあるが、気になるほどじゃない。

 背中でもう一つの紐を結ぶ。このエプロンともかなり長い付き合いだ。数ある、あったバイトの中では、だけど。ちょうちょ結びにすることも忘れずやっておく。

 胸ポケットに連絡用の無線機を置き、準備は万端だ。覚悟もいい。あたしは今日も世界一可愛い! 

 

 今日はこれしかバイトがない。ただ、この前あった出来事が気になっていた。

 高辻冬利。距離感が分からないので、高辻さんと呼んでいる。

 

 少し前、このスーパーのレジで鉢合わせた。お互いに気付かずいられたらよかったというのに、たまたま目が合ってしまった。まぁ気まずかった。最近は手毬をビビらせている姿を確認している。どんな人かはまだつかみきれてない。

 この前の出来事については、感謝していた。

 

 あたしが辞めずにいたパートのことを、誰にも言わずに留めてくれていた。ありがたいねぇ。プロデューサーにバレたら、即詰められるだろうし。

 2組の子だから正直、印象は薄い。その中で唯一気になる所と言えば、中学の頃とは明らかに違う髪の色だろう。ああも目立つ髪は、学園にもほとんどいない。会長とかリーリヤちゃんはかなり目立つ部類だけど……パッと思いつく限りでは、その二人ぐらい。

 

 色々言えるけど、悪い印象はない。それが今日まで続いてきた。

 今日までは。

 

「冬利ィ!!! なんで手毬連れてきたんだよォ~~~~~!!!!」

「ごめーん!!! そんなつもりなかった……へぇーん……」

 

 大バカヤロー。問題児を、バ先によこすな。

 小声で叫び、寄り集まるあたしたちを他のお客様、店長、手毬がこっちを見ている。見せ物じゃねーんだケド! 

 特に手毬。やれやれみたいな顔してんじゃねー、原因はお前な。

 後で覚えてろ……はあ。

 仕事しよ。

 

「それじゃ、お会計しますねー。カードはございますかー?」

「あ、私は別で買うからあとでいいっす。てまりんの会計たのんます」

 

 自然と視線が手毬の方に向く。

 二人分だったからか、ちょっと気圧されたようだった。

 

「わ、私? ……カードはないから」

「はい。それなら合計で898円となりますー。はよ払えー」

「客に対する態度じゃなくない? ……別にいいけど」

 

 はいはい、わかったわかった。

 適当に聞き流していると、手毬は私に10000円札を渡してくる。

 ……マジでモヤつくモヤつかないの限界ギリギリを突くよナ、おまえ。

 半分ぐらい予想してたから別にいいけど。

 これでレジの中に5000円が無かったら最悪だった。幸いにも数は少なくない。

 五千、1。 千、4。 百、1。 一、2。

 

 9102円。間違いない。

 パパっと取り出して、手毬にレシートごと手渡しする。

 次の人も来ていないようなので、なんとなく手毬を観察する。

 レシートとお札を同じ場所に置いた。うわー。

 いい。別にいいんだけどな。いいんだけど気になる。

 

 それはいいとして。

 わざわざあたしに会いに来た理由がまだ不明だった。……とはいっても、8割がた予想はついている。

 そのための準備も、多少は済ませたつもりだ。

 

「ことね、ちょっとこっち来て。話があるから」

 

 シフト中だぞ、こっちは。

 レジ休止中の札を立て、急いで何かあった時にレジを変わってもらう人に声をかける。

 

「すいません、ちょっと抜けます! レジ変わってもらえますか?」

「おぉ、そうかい。……あ、()()だね。よーし、おばちゃんに任せときな。友達を心配させるんじゃないよ」

「ほんっっっと~~~にありがとうございますッ!」

 

 気のいいパートさんだ。このスーパーに来る前からよくお世話になった。

 今日もそのうちの一つになった。今度、菓子折りを持っていくと心に決めた。

 店員として動いていると思われないよう、エプロンの紐を首から外しておく。

 ちょうちょ結びだけがあたしのエプロンをつないでいる。

 邪魔にならないよう、スーパーから出て二人を呼んだ。手招きをすれば少し不安そうについてくる。

 手毬は分かるけど……冬利はどうしたんだろ。

 

「ことね……あの、さ」

「もじもじしなくていーんだよ、早く言え。告白のテンション感だぞそれ」

「はぁ!? 何言ってるの? 私は、全然……。相変わらず人の気持ちを汲むのが下手だよね……全く」

 

 汲めるけど汲んでねーの。

 手毬の喋りが分かりづれーままだと、絶対どっかで問題起きるからな。本人には言わない。

 でも正直、ごにょごにょになる理由もわかる。

 他人が言うにはデリケートな話題だから。

 ふん、と手毬が鼻息を漏らす。

 

「じゃあ言わせて貰うけど。ことね、最近顔色悪くない?」

「ん?」

「なのにバイトしてるって……やっぱり劣等生なんだ? 本当にそれでいいんだよね」

「あ、あーはいはい……良くねー。良くないから、プロデューサーにバレたらめっちゃ叱られる」

「……どういうこと?」

 

 思ってた話で間違いないようだ。

 分かっている。ほとんどのバイトを辞めた。アイドルを目指すために。それ自体は全く悪い事じゃない。そもそも学費を賄うために始めた物だから、学費の心配が要らなくなった今ではやる必要はない。

 手毬はあたしがバイト戦士だってことは知ってる。

 そのほとんどを辞めたことは、まだ言ってないから知らない。

 辞めてないほんのいくつかのバイトも、体調が悪いのなら辞めるべきとしに来たんだろう。

 もう辞めたとこに突撃してないのは、運が良いのか悪いのか。あたしの今日の運は悪そうだ。

 

「やってたバイトはほとんど辞めた。その中でまだ辞めてないとこにおめーらが来たの。いやぁ~、心配してくれてたんだな手毬ィ~」

「は? 心配なんて欠片もしてないけど。いやむしろして損した」

「お前なぁ……」

 

 いつも通りのこの罵倒。

 心配したことを認めたのでよしとする。

 冬利が申し訳なさそーにこちらに会釈した。

 

「急に来ちゃってすいやせん……バイト終わるまで待っとこうかなって思ったけど、てまりんが今行くべきでしょって……ツンデレですね~」

「だナ~」

「は?????」

 

 手毬のこと分かってる対応じゃん。いじれば輝くのだ。手毬って。

 もちろん節度を持ってやらなければならない。愛あってこそだ。

 向こうはもちろんいじられることをよしとせず、手毬は怒りに勢いづく。

 

「何を言ってるのかわからない。私はツンデレとかじゃなくて、クールな一匹狼だし。それで、もう辞めるんだよね? もうほとんどやめたってことは……このバイトも」

「うっ……」

「…………は?」

 

 痛い所を突かれた。

 弱点を見つけて、手毬は勝ち誇るような笑みを浮かべる。

 月村手毬は、やり返す機会を逃しはしない人間だ。

 

「まさか、辞めないの? 呆れた。心配する人がいるって言われても続けるなんて、本気でアイドル目指す気あるの?」

「うっ…………分かってるっての。まだ覚悟決まってないだけだから、もうそろ辞めるし!」

 

 もう店長やパートさんにも挨拶は終わっている。ただ辞めるタイミングが無かった。それだけ。

 ちょうどプロデューサーが来て、バイトを辞めましょうって言われた時期に始まったバイトだったため、言い出せずにここまで来てしまったのだ。

 でも、正直辞めなくたって十分レッスンを受けられる。休みもこれまでの何倍もあるから、身体はすごく軽快だ。パフォーマンスはこれでもう万全じゃないのか、と思うくらい。でも、恐らく違うのだろう。プロデューサーがそういっていた。

 プロデューサーに勘づかれないよう時間を増やさないままでも、接客の評判はかなり上がった。

 ……あたしのアイドル活動に、必要は、無い。頭ではわかってる。本気でアイドル目指す気も有り余るくらいにある。余ることはないけど。

 でも、落ち着かないのだ。

 

「落ち着かねーの、やることが一個も無いと。そりゃレッスンに参加したり、自主レッスンしたり、休んだ方がいいってことはあたしも分かってる。でも……急だったから、プロデューサーにも迷惑かけるし。店にも迷惑かけることになる」

 

 あたしが意を決してそういうと、手毬は腕を組んでこちらを見ていた。

 

「迷惑ぐらいかければいい」

「は?」

「迷惑かけたら何か悪いことがあるの?」

 

 手毬ならそう言う。分かっていたはずだ。

 でもあたしの中は怒りを通り越して呆れて。呆れを通り越して怒りがわいてきた。

 どうやら一周してしまったらしい。

 

「人に迷惑かけんのは良くねー。金を貰うってことは、責任を負うことだぞ」

「じゃあ、プロデューサーと別れれば。バイトをどうしても続けたいなら、そういう選択肢を選ぶことになるよ」

「……っ」

 

 このバイトに、こだわる理由はない。

 ただ、プロデューサーに迷惑をかけるのが嫌だった。……でも、この状況であたしがアイドルとしての力を出せなかったら、それも迷惑をかけていることになる。なあなあだった。だから、こうして友達から怒られている。

 …………珍しく正論で怒られた。手毬にだ。

 これは確かに、もう少し休んだ方がいいかもしれない。

 

「……分かってる。今日のシフトが終われば、プロデューサーに謝るし。店長にも」

「ふふん、それがいいよ。プロデューサーに隠し事したらいつバレるか分からなくてずっと怯えなきゃいけないから」

「えーと。ブーメランは当店ではお買い求めできませんねぇ。ついでに、ゼロカロリーだからと言ってカロリーが無い訳じゃないですよお客様ァー。返品もできませんのでぇ~」

 

 えっ、と小さく声を上げ、手毬は固まる。へへーん。こっちだってやられたらやり返すんだよ。

 スマホを持ち出し、手毬がちょっと離れた所で電話し始める。泣きそうな様子だった。やべ。いじくりすぎたか。

 

「あ、終わりました? そしたらですね、私の用もお願いしたいんですけど」

「いや、腰ひくっ。敬語いいですよ、同学年だし。さっきの見られたんだし……今更かなーって」

「確かに、あの感じはイメージと違う感じでしたわ。猫被ってますやん」

 

 距離の詰め方バグってるナこの人。

 まぁそっちがその方向性で来るなら、やりやすいものだ。

 

「アイドルなんだから猫も被るっしょ。印象は良ければ良いほど良いんだぞ~」

「それはそう。……良いの3連単

「それで……手毬と一緒に来たって事は、冬利もそれ関係?」

「いいえ、たまたま出会っただけですわ。もごもごしてたせいで、なんか勘違いされてた気がしますわ。私てまりんと話すときビビってるんだけど、容赦なくツッコめるのすごいですわこ……藤田、ちゃん」

 

「思ったまんま言ってるだけだしねー。泣きそうになると焦るから、さっきは危なかったわ。ことねでいいよ」

「さっきのはてまりんが油断してたのが悪いと思ったけどね。呼び捨てなー、それが難しんだなー」

 

 一旦他愛もない会話を挟む。なんで時々お嬢様口調なんだ?

 手毬はいつの間にか通話を終え、そそくさとこちらに戻ってくるところだった。

 ……なんか隠れた。頭隠してるだけじゃねーか丸見えだよ。

 そしてどうやら、冬利の方も本題に移るらしい。

 

「それでですね……結論から言えば、初星学園の七不思議を知らないという話で」

「ふむん……ちなみに、なんでそれをあたしに?」

「一番情報とか知ってそうじゃん。顔も広いし」

 

 なるほど、話の内容はちょっと胡散臭いけど……。

 自慢じゃないが、一年生の中で一番情報をたくさん仕入れている自信がある。

 ただ、期待しているところ悪いが沿えない言葉しかない。

 今のところ。

 

「七不思議があればそれを教えてほしいけど、私いま怪異に遭っていまして。概要を説明するので、情報の中に心当たりがあれば教えてください」

「え? ……マジ?」

「まじ。七不思議ってある?」

「……あたしの知る限りでは0。でも、もう少しそっち系も聞いときゃ良かったなって思ってる」

「いえー。で、怪異ってのは独りでに書かれてくファイルの────。初星のアイドルがかくかくしかじか」

 

 篠澤さんとこの人がそれに会って、保管している。

 誰とは言ってくれなかったけど、学園のアイドルの記録がいくつも載ってるらしい。あたしは入ってないだろうと思ったけど、カマをかけたら動揺してた。ヤバい感じだ。

 お焚き上げするつもりらしいけど、一応何か知っていれば教えてほしいということだ。

 

「なんにもしらねー…………。むしろ、そんなのあったんだ。怖すぎない? あと家にあることが一番のホラーっしょ」

「ね。ほんとに」

「いやほんとにじゃねーから。どうにか……してるか」

「あとはまあ、ね。MEが消えたりしたら頼む……っていうのは、初対面じゃ重すぎるが」

 

 うっわ。そういうことか。やり手だ。

 このままもし事件が起きたらあたしは怪異に立ち向かわなきゃいけない。だって話を聞いて助けないとか、世界一可愛いに相応しくない。

 バイトがとか言ってる場合じゃないナーこりゃ。

 でも、冬利は奇妙な笑顔で肩をすくめた。

 

「ぶっちゃけこれで消えれたら本望かもしれない…………。いやそれはともかく、ほんとに大丈夫だからね。自分優先して。いざという時は佑芽ちゃんと倉ちゃんが助けてくれる手筈だから」

「こわっ! 何がどうとかじゃなくて全体的にこわっ!」

 

 おかしい。おかしいことは分かるが、ツッコミどころが多すぎる。

 だというのに、心のどこかで、安堵した自分がいる。佑芽なら確かに、頼りになる人選だと。あたしなんてお化け退治に呼ぶべきじゃない。あたしが出来そうなのはリアクションだけだ。

 でも、なんだかんだ本当に失踪するような事件が起こるとは思えない。彼女から受けた説明だけでは、現実味を感じられなかった。

 情けねー。

 そんな心情を見透かしたように、冬利は言葉を続ける。

 

「広めると色んな人を巻き込んじまうからさ、できるだけ教える人は少なくしたくて。でも、ちょー不安。何も対策を考えない日は特に。…………さっきの聞いてたけど、状況なんて全く違うのにさ、他人事とは思えない悩みだったー。ほんとに、さっきの話聞いた後でことねちゃんに何かあったら私が嫌だから。きょう偶然てまりんと一緒に会えて、ことねちゃんの言葉が聞けただけで十分な成果。勇気貰ったっていうか……あー、まとまんないかも。なはは、とりあえず自分のことに集中してね~!」

 

 あたしを見透かしている訳がない。見透かしていれば、こんなことは言わない。

 ただ、あたしも冬利も、怖かった。他人を頼ることが、自分の理解が及ばない何かが。

 他人の心配をしている場合ではない。冬利の言うように、あたし達はよく似ているのかもしれない。

 ふっと息を吐いた。

 

「……なぁんにも分かんねー。けど、いますべきことはわかった。あたしは、アイドルになる。冬利は……消えたりなんてしないし、アイドルになろうって戦うと思ってる。絶対な。

 先で待ってる。あたし達を目印に、ちゃんと戻ってこい」

 

 冬利は泣き笑いみたいな表情だった。

 さっきのおかしな笑顔より、ずっといい顔だと思った。

 

「うん!!」

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