鏡田京香の親愛度イベント   作:五月車

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親愛度 第9話

 今日は『赤い部屋』の舞台の初日公演の日だった。

 

 小さな劇場に客は数えることの出来る程度。客観的に見れば、失敗としか思えないが、監督達の話から察するあたりこれでも人数は多い方であるらしい。

 

 観客が少ないからといって失敗してもいいというわけではない、少ないお客さんでも彼等に楽しんでもらうことが重要だ。

 

「プロデューサーさん、なんか私変です」

 

 そろそろ本番が近いというときになって、控室で突然鏡田さんが不安そうにそんなことを口にする。

 

「何か気になることでも?」

「なんというか、全く緊張してないんです。これから本番だっていうのに、大丈夫なんでしょうか?」

「……適度な緊張は大切ですが、気にするほどではないと思います。緊張のし過ぎよりはましとでも考えるべきでしょう」

「そういうもんですかね」

「そういうものです。それに鏡田さんは緊張しないでしょう」

「私、そんな強心臓じゃないですよ?」

 

 小首を傾げて、鏡田さんは言う。

 

「知ってます、鏡田さんはむしろ緊張する方ですもんね」

「なら、どういう意味です?」

「今から語るのはTです、鏡田さんじゃないんですから、鏡田さんが緊張する必要はないって事ですよ」

「ああ、なるほど、確かにそれは緊張しないわけです。だって私が舞台に出る訳じゃないですもんね」

 

 下手に不安を抱えたまま、本番に臨む方が不味いと思っての言葉ではあったが、どうやら効果はあったらしく、彼女の表情から不安が消え去った。

 

「鏡田さん、そろそろスタンバイお願いします」

 

 ドアの外から、そんな声が聞こえてくる。

 

「あ、はーい! 今行きます!」

 

 そう言って、彼女は控室から出て行った。

 さて、自分もそろそろ行かないとな。

 

 関係者用の入り口から外に出て、受付で購入したチケットを提示してから再び入場する。

 舞台袖から見ることも考えたが、鏡田さんの初舞台を一人の観客として見てみたかったのだ。

 

 席に座り、しばらく待っていると明かりが消える。

 どうやら、ようやく舞台が始まるらしい。

 

 始まりのシーンは、原作通り『私』の視点でこの赤い部屋についての簡単な説明が始まる。

 物語の冒頭にしか過ぎない、そのシーンが終われば次からはT、つまりは鏡田さんの台詞の始まりになる。

 子供にとってはあまり面白い内容だという事もあってか、近くの席に座っていた小さな子がだらりとだらしない座り方をしながら、何か言っているのを母親が小声で諫めているのが目に入った。こちらの視線に気づいた母親は頭を下げ小声で謝るが、気にしなくて良いですよと同じく小声で返す。

 

 そんなことをしている間に、冒頭は終わってしまったようで、ついに鏡田さんの台詞に入る。

 

「私は自分では正気のつもりでいますし、他の人もそのように扱ってくれています。けれど、実際私が本当に正気なのかはわかりません」

 

 鏡田さんが話を始めた瞬間、雰囲気が変わる。

 何処か幻想的な雰囲気が漂わせ、一気に非日常に引き込まれる。

 

「とにかく私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きていることがもう退屈で、退屈で仕方ないのです」

 

 彼いや、違う。鏡田さんだ、彼女からいつの間にか目を離せなくなっていた事に気づく。

 それと同時に違和感を覚える、彼女の声しか聞こえないのだ。

 さっきまで愚図っていた子供はどうしたのかと思って見れば、あの子供すらぐずるのをやめ、舞台に注目していた。

 

「その退屈を紛らわす手段として、私は或る世にも素晴らしい遊戯を見つけたのです。その遊戯というのは突然申し上げると、皆さんびっくりなさるかもしれませんが……人殺しなんです。ほんとうの殺人何です。しかもその遊戯を発見してから今までに、百人近い男や女や子供の命を、ただ退屈を紛らわすためにために奪ってきたのです」

 

 後ろの席から、「ひっ」という小さな悲鳴が聞こえてくる。

 普段の鏡田さんの事を知っている、自分ですら若干の恐怖を感じる程だ。そのクッションもない、他のお客さんがそういう反応になってもおかしくはない。

 

 それから、彼は実際どうやって殺してきたのかを語る。

 原作であればTが語るだけであったが、この舞台ではその殺人のシーンを一つ一つ語りではなく、どうやって殺したかを演じていくらしい。

 

 ……正直な感想を言えば、蛇足だなと感じる。

 通常であれば、その演出に対して特に文句はないだろう。むしろ演出について聞いた時は、面白そうだなと思ったほどだった。

 ただ場面が変わることで、鏡田さんがせっかく作り出したあの雰囲気が霧散してしまう。あの熱中が、どこかに消えてしまうのだ。

 

 子供も、もう一度愚図ることは無いものの明らかに集中力を欠いている様子だった。

 

「皆さん、私はこのようにして九十九人の人命を奪った男なのです。そして、そんな血なまぐさい刺激にすら、もう飽き飽きしてしまって、今度は自分自身の命を犠牲にしようとしている男なのです」

 

 だが、そんな心配は杞憂に終わる。

 

 前半パートも終盤、どのように殺したかの紹介が終わり、舞台があの赤い部屋に戻り、Tが話を始めるとすぐにあの幻想的な雰囲気と熱狂が戻ってくる。

 Tの語りが終わり、後半パートに入り、給仕女が現れた。

 

「そら、撃つよ」

 

 今までの話し声と全く変わらない様子で行った後、Tはポケットから何かを取り出す。

 その後に響く銃声。

 

 アッと情けない声をあげる周りの男、そしてキャッという女の悲鳴。

 Tが拳銃で彼女を撃ったのだ。

 

「はははは、おもちゃだよ。おもちゃ」

 

 誰もがそう思った時、楽しそうに笑いながらTは言う。

 

「びっくりした、それおもちゃなの?」

「ああ、おもちゃさ。なんなら自分に撃ってみればいい、君に撃てるのならだけどね」

 

 からかう様にTは言う。

 そして、その言葉に従うように給仕女は引き金を引いた。

 

「ウ、ウ、ウ」

 

 先ほどよりも鋭い銃声が鳴り、Tはうめき声をあげて倒れ、胸から血を出して倒れる。

 そしてしばらくその体は痙攣するように動いていたが、やがてその活動を停止する。

 彼が銃に撃たれて、死んだのだ。

 

 オモチャの拳銃のはずなのに、どうして彼は死んでしまったのか、そんな事を考えている自分がいることに気付いて、全身に鳥肌が立つような感覚に襲われる。

 自分は当然ながら、この原作である『赤い部屋』を読んでいるし、もっといえば今回の舞台の台本も読んでいる。

 だというのに、自分はどうして死んでしまったのかについて、本気で考えてしまっていた。

 それほどまでに、この作品に取り込まれてしまっていたことに今更気づいたのだ。

 

 そんな突然の出来事に対して『私』は、Tは先ほど自分が述べた方法で百人目として自分を殺したんだと力説する。

 それに他の赤い部屋の男達は納得してような様子であった。

 

 あれほどまで異質な雰囲気を漂わせた男が、自身の退屈によって百人目の殺される標的として自分を選び、その目論見のまま死んだという事実は、この世の出来事としては余りにも夢幻的に見えた。

 

「ク、ク、ク、ク」

 

 そんな中で死んだはずのTの笑い声が、突然聞こえてくる。

 

 そして、彼の口から先ほどの拳銃による一連の流れは給仕女とTによって仕組まれたもので、銃弾はやはりオモチャで着弾すると赤いインクが流れ出す仕掛けになっていただけでおり、同じように最初に話した殺人の話も作り話だという事を明かされる。

 

 

 何処か楽しそうに語るTからは、先ほどまで感じていた狂気は一切感じられない。悪戯の成功した無垢な子供のようにさえ思える。

 彼の種明かしが終わると共に、同時に明かりがつく。

 原作同様、夢も幻も影さえとどめていなかった。

 

 

 この『赤い部屋』において、給仕女とTは物語の中で演技をしている人物である。だからこそ鏡田さんにピッタリな役だと思っていたのだが、想像以上のはまり役だったらしい。

 

 舞台は終わったが拍手は無かった。

 きっと誰もが、今の舞台で起こった感情を消化している途中なのだろう。

 

 その証拠とばかりに、先に正気に戻った自分が拍手をすると、それに続くようにして拍手が続いたのだった。

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