大人になる、その言葉の意味は簡単なようで難しい。
現代日本においては、十八歳になれば成人として認められ、二十歳になればお酒やタバコ、ギャンブル関連の制限もなくなる。
そこから考えると多めに見積もっても、二十歳になれば法令的な意味では大人になったということができるだろう。
しかし、それはただ歳を取ったという証明でしかなく、本当の意味で大人になったわけではない。
二十歳になっても精神的に未熟な人はいるし、逆にそれより若い年齢であっても精神的に成長せざるをえなかった人だっている。
それら一人一人に対して、わざわざ行政が区別することができないからこそ、大雑把な基準とて年齢という基準を使っているだけに過ぎない。
法律があてにならないというのであれば、大人になるというのをどう定義付けるのかという話になってくるが、おそらく人によってさまざまで多くの定義があるだろう。
法令のように年齢だったり、恋愛をすることだったりと訊く相手によって変わってくるはずだ。
それら全ての定義は完全に正しいわけではないし、完全に間違っているわけでもない。
さて、前置きが長くなってしまったが、自分は大人になるという言葉をこう定義する。
それは夢を諦めていく作業だと。
小さな頃には、きっと誰しも何にでもなれると疑っていなかったはずだ。
努力すれば、世界を救うスーパーヒーローになれると思っていただろうし、悪者から世界を守る魔法少女になれると思っていただろう。
スポーツ選手になれるだなんて漠然と信じていただろうし、自分はステージの上で輝くアイドルになるんだと信じていただろう。
そんな輝かしい夢達を、一つまた一つと諦め、いつしか目指していた事すら忘れてしまう。
諦めるきっかけは現実だなんていう高い壁だったかもしれないし、あるいは自分がどれだけ努力しても叶わない隣人かもしれない。
はたまた、友人や両親の何気ない一言によるのかもしれない。
その理由は多くあれど、たいていの人間はこうして夢を諦め、大人になっていくのだ。
そして、自分もそれは例外でなく、何度も大人になってきた。
それは自然なことであって、決して悔やむようなことではない。大人になっていくというのは、これから先の未来を明るくするための儀式であるからだ。
自分はそう思うことにしている、いや、そう思いたいと考えている。
そうしないと、あの頃の自分たちが救われないから。
だから、そう。今回また大人になってしまったのだって、それは仕方のない事なんだろう。
「鏡田さん、『N.I.A』に出場しましょう」
『NEXT IDOL AUDITION』、通称『N.I.A』。『H.I.F』の出場権を獲得するための登竜門でありながら、鏡田さんがこの一年で立派なアイドルになるためには避けては通れない舞台だ。
『N.I.A』の最大の特徴としてはその中で公開オーディションが行われることにある。
公開オーディションでは、その評価に観客による投票が含まる。つまり、ファン数が多いアイドルにとって、かなり有利なオーディションが行われるということだ。
「『N.I.A』ですか。うわー、もうそんな時期になったんですね。今回ばかりは少し自信がありますよ! 同年代のアイドルも研究していますし、アイドル鏡田京香としてのイメージもかなり固まってきてますので!」
「よい心掛けです。一応、訊いておきたいのですが、以前までの成績は……」
そこまで口にしてから、愚問であった事を悟った。
「『N.I.A』で優秀な成績を取れるようなアイドルなら、あんな風にくすぶって無いと思うんですけど、プロデューサーさんはもしかしてそんなことも分からないぐらい、耄碌しちゃったんですか?」
皮肉たっぷりにそう言われてしまった。
「まあいいです、勝ちましょう! 去年までの私とは違うって事を見せてあげますよ」
自信満々と言った様子だ。
『初』でのライブが相当な自信になっているらしい。
非常に良い傾向ではあるが、だが逆に危うさも感じさせる。
「ええ、今の鏡田さんなら良い成績が取れるはずです」
「もしも『FINALE』で合格なんて出来たら、私も立派なアイドルになれますもんね。頑張りますよ!」
未来のことに思いをはせて、目を輝かせながら鏡田さんは言う。
「さて、さっそく『N.I.A』の対策について話をしたいのですが、良いですか?」
「はい、もちろんです!」
「まずオーディションについてですが、これは最低限のものを受けてもらう予定です」
「……最低限って、それでファン数は大丈夫なんですか?」
この『N.I.A』のオーディションはファン数による足切りがある。
他の公開オーディションを受けずに、その足切りに届くのかどうかが不安なのだろう。
「ええ、オーディションよりも営業に力を入れる予定です。そちらの方でファン数を確保できるはずです」
「そんな簡単に行くんです? 私去年は大きな公開オーディションは受けられていないですし、この期間でも殆ど仕事が無かったんですけど」
先程まで去年とは違うところを見せつけてやると言っていたのにもかかわらず、こんなにも不安そうに見えるのは、去年までの経験が彼女の心に苦い記憶として深く刻まれているからなのだろう。
なら、プロデューサーとして、やるべきはその不安を軽減させることだ。
「問題ありません。アイドルとして鏡田さんは今年一年で大きく成長しましたし、それに今年の鏡田さんには『N.I.A』において最も強い武器が使えますから」
「最も強い武器ってなんですか?」
「プロデューサーがついているということです。知っていますか? 仕事を取ってくるのは、プロデューサーの仕事なんです。仕事を安定して取れるようになることはファン数が大切になってくる『N.I.A』では強い武器になります。それを可能にすることが出来るプロデューサーがあなたについている、それは他のプロデューサーがついていないアイドル達よりも大きなアドバンテージです。なら、それを活かさない手はないでしょう」
「それ、自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」
冷たい目線が突き刺さる。
「けど、そうでしたね、今年の私にはプロデューサーさんがいるんでした! 期待してますからね、プロデューサーさん!」