「プロデューサーさん、ついに『IDOL Big UP!』ですよ」
鏡田さんの言うように、今日は彼女にとって『N.I.A』において初の大きな公開オーディションとなる、『IDOL Big UP!』の日だった。
「うわー、なんだか緊張してきちゃいました。もしも最初の公開オーディションで躓いちゃったらどうしましょうか」
「鏡田さんなら大丈夫です、きっと合格してくると信じてますから」
「プロデューサーさんからそう言われたら、頑張るしかないですね! ちゃんとあたしの活躍、見逃さないでくださいよ?」
「はい、もちろんです」
鏡田さんを送り出してから、もう一度今回の公開オーディションに参加しているアイドルの名簿に目を通す。
他の有力なアイドルの名前はない。
当初の予定よりもファンの集まりは多くないが、それでも『初』での経験があればまず負けることはないだろうというのが、正直な見解だった。
「……なのに、どうしてこうも嫌な予感がするのだろうか」
先ほど見返した通り、今回のオーディションでは、有力なアイドルは特に出場していない。
鏡田さんは言っているほど緊張していないように見えたし、先ほどの少しのやり取りだけで十分リラックスできているように見えた。
かなりハードなスケジュールになってはいるが、今日、この日に標準を合わせてスケージュールを組んだこともあり、疲れが溜まっているようには見えなかった。
ファンの数は確かに想定よりも少ないが、監督の提案によって立ち上げた番組の影響もあってか、最低限は確保できている。先にアップロードされた演劇や朗読劇では、その異様ともいえる奇才をいかんなく発揮する。しかし、普段の配信では普通の女の子らしい一面を見せる。こういったギャップが受けているというのがファン獲得の大きな要因だろう。
こうやって、一つ一つ不安を消していく作業をしていって、思いついた不安要素を全て潰してもどうしてかその嫌な予感は消えてくれなかった。
「鏡田さん、オーディションの結果が出ました。合格です」
「本当ですか? ふふふ、やっぱりプロデューサがいるかどうかって大切なんですね。去年は参加すら出来なかったのに!」
鏡田さんは上機嫌な様子を見せる。
見事にオーディションに合格することは出来た。
合格という事はつまり、彼女が今回の公開オーディションで一位だったことを表している。
ただ、確かに一位ではあったが、二位との差がそれ程あったとは到底思えなかった。
何か一つ、そうほんの一つボタンの掛け違いがあれば、合格していたのは二位のアイドルだっただろう。
もしこれが『N.I.A』独特のオーディションの場で披露したパフォーマンス、それだけで審査するのであれば鏡田さんは二番手……いや、三番手だっただろう。
問題となるのは鏡田さんのパフォーマンスの質自体だ。
『初』の時から鏡田さんのパフォーマンスは悪くはなっていない、ただ良くもなっているわけでもない。
鏡田京香としてのアップデート事態は欠かしていない、レッスンをサボっているわけでもない。それでも停滞している、それが現状だった。
鏡田さんが停滞している間に、他のアイドル達は『初』の時よりも大きく成長している。それが、今回のパフォーマンスでは三番手という結果になってしまった理由だ。
あまりこういう事は言いたくないが、他に有力なアイドルがいない今回のオーディションでだ。
「このまま、『QUARTET』も勝っちゃいますよ!」
「……ええ、頑張りましょう」
ただそう返事をすることしか、自分には出来なかった。
「随分と情けないステージですこと」
『IDOL Big UP!』のオーディション終わった後、二人の生徒が部屋の中に入ってきた。
赤のメッシュが入った長髪が特徴的な生徒と、ピンクツインテールの生徒だ。服装を見る限り極月学園の生徒であるらしい。
「何の用ですか? 今回のオーディションの相手にはいなかったはずですが」
「まあ、無知にもほどがありますわ。四音お姉さまをご存じないなんて」
鏡田さんの問いに対して、ピンクのツインテールの生徒が答える。
彼女の名前は、藍井撫子。極月学園に通う一年生であり、この『N.I.A』において有力なアイドルのうちの一人である。
そしてその彼女がお姉さまと呼ぶ、赤のメッシュの入った長髪の生徒は白草四音だろう。
「……プロデュ―サーさん、有名な人なんですか? この四音って人」
鏡田さんはわざと彼女達の事を知らない振りをした。
鏡田京香をアップデートする一環として、極月学園のアイドルのライブ映像だって見ている。
特に白草四音については他の学園のトップ層ということもあり、かなり研究しているというのにもかかわらずにだ。
「白草四音は極月学園のトップ層ですし、その隣にいる藍井さんも極月学園の上位層であることは間違いありません」
わざわざ知らない振りをしているのに何かしら意味があるのだろう。
それならこちらも鏡田さんは知らないという前提で話を合わせておいた方が良さそうだと判断し、二人の説明をする。
「おや、そこのプロデューサーはちゃんとものを知っているようですわね」
藍井さんはその言葉に機嫌を良くしたらしい。
「それで、その極月学園のトップアイドルさん達がわざわざこんな場にきて何をしたいんですか?」
「フン……はっきり言って、目障りなんですよ。才能もないくせに、叶わない夢にしがみつく、あなたのような――見苦しいアイドルが。本当に虫唾が走るのです」
こちらを見下したような態度を隠そうともせず、白草さんはそう口にする。
「……それだけですか?」
ただ、そんな侮辱ともとれる発言に対して、鏡田さんは何も気にしていない様子で聞き流す。
「は?」
「いえ、何かもっとたいそうな用事があるのかなと思ってたんですけど、なんだか拍子抜けというか。あの白草月花の妹だって聞いてたから、もっとまともな事を言って来ると思ってたんですけど」
「うるさい!」
鏡田さんの発言を遮るように、白草さんは叫ぶ。
……前言撤回だ。
あれは内心で相当怒ってる。
白草さんの姉に対する確執のようなもの、それは彼女のインタビューや仕事をしている風景を見てみれば、すぐに分かる程のものであった。それだけ確執が大きいという事の表れでもあるのだろう。
そしてその確執の原因はおそらく、幼少の頃から優秀な姉と比べ続けられた弊害だということも、鏡田さんは予想していたというのにこの発言だ。
「だって、そうでしょう? あのお姉さんならきっと妹さんも優秀なはずなのに、やってる事は他の学園のアイドルに対して嫌味を言いに来るだなんて。やってることが小物ですよ。はあ、スター性は全部お姉さんの方に取られてしまったんですかね」
「黙れ! お前にボクの何が分かるんだ! 知ったような口をきくんじゃない!」
荒々しい口調で、白草さんは錯乱したように叫ぶ。
……鏡田さんは、人の心を何処かに置き忘れてしまったのだろうか?
「フッフッフ……決めましたわ。あなた方は――ステージの上で、完膚なきまでに叩き潰して差し上げましょう」
「負けてお姉さんに泣きつく準備でもしておいた方がいいと思いますけど」
「フン……勝手に言っておきなさい。行きますわよ、撫子」
「は、はいっ、お姉さま!」
言いたいことだけを言うと、白草さん達は外に出て行った。
いや、どちらかというと、好きな事を言っていたのは鏡田さんの方な気がするけども。
「あの人たち何がしたかったんですかね」
先ほどの一触即発な雰囲気を作り出した、元凶の片割れである鏡田さんはけろっとした様子でそう尋ねる。
「……挨拶ですかね。次の出場予定であるオーディション、『QUARTET』に彼女も出る予定だったはずなので」
白草さんからすれば、ほんの少しちょっかいを掛けようと思ったら顔面に右ストレートをぶつけられたようなものだ。
止めなかった自分が言うのもなんだが、正直同情してしまう。
「流石にあれは言い過ぎです」
「えー、でも仕方ないじゃないですか。あんなふざけたこと言われて反撃するなって方が無理ですよ。それに、プロデューサーさんもちょっとはスカッとしたんじゃないですか?」
「……まあ、それは否定しませんが」
「確かに才能はないかもしれないけど、何が叶わない夢にしがみついてるだ! 今のあたしにはプロデューサーさんもいるんだから、叶うに決まってるじゃん! もう二度と来るなよ、あの馬鹿!」
……やはり、相当怒っていたらしい。
彼女達が居なくなっても、まだ白草さんに対する文句が止まらない。
「プロデューサーさんもそう思いますよね、あたしはちゃんとアイドルになれますもね」
「ええ、もちろんです」
鏡田さんの問いに、即答する。
ああ、そうだ。鏡田さんは、ちゃんとアイドルにはなれる。
それがプロデューサーとしての役目であるし、責任であるから。
「せっかくオーディション合格したのに、あいつのせいで気分は最悪ですよ、全く」