鏡田さんをプロデュースすることが決まった翌日、彼女の今の実力を図るべく自分達はレッスン室にいた。
「まずは改めて、今の鏡田さんの実力を見せてください」
「はーい、任せてください!」
その快活そうな声を聴けば特に気負っているような様子はない事を察せられる。
次の試験での課題曲のインストゥルメンタルを流すと、その音に合わせて彼女は歌い、踊る。
技術的な事だけを言うのであれば、歌もダンスも下手ではない。むしろ、上手い方だ。
普段、レッスン室に籠っているだけの努力は実っているということだろう。
ダンスや歌のお手本として、教材になっていても驚かない。
でも、ただそれだけだ。
上手い、それ以上の感想は出てこない。
教本通り、そんな言葉が嫌になるほどピッタリだった。
「ふー、どうですか、これが今の私の実力です」
何処か自信なさげに鏡田さんは言う。
「……ありがとうございます。ここから頑張っていきましょう」
「はい、頑張ります!」
力強い返事だった。
あえてこちらから彼女の実力について言及はしないし、それに気づいているからか向こうもわざわざ訊いてこようともしてこない。
「明日から、本格的なプロデュースを始めます。今日はゆっくりと体を休めてください」
さて、おおよそ予想がついていたとはいえ、鏡田さんの課題が明確に分かった以上、他のアイドルと似たようなプロデュース方針を打ち立てても無駄だろう。
彼女に今必要なのは、レッスンではない。
「分かりました。それならもう少しだけ自主練したら帰りますね」
少しだけ、その言葉を聞いてどう答えるべきか悩む。
これがもしも一般的なアイドルであれば、特に考えることもなく首を縦に振っただろう。ただ、相手はレッスン室のぼう……もとい、妖精だ。
彼女の言う、もう少しというのが一般的な感覚におけるもう少しと一致している確証はない。むしろ、外れている可能性の方が高いだろう。
「……一応、自主練の様子を見させてもらっても?」
「はい! もちろんです。悪いところがあれば指摘してくれると嬉しいです!」
それなら、それで自分が監視役になればいいかと結論を出し、自主練の許可を出したのだった。
「……すみません。鏡田さん、少しいいですか?」
「はい、もちろんです! 何か悪い所がありましたか?」
鏡田さんは一切悪びれるような様子もなく、そう言った。
既に、ゆっくり体を休めてくれと言ってから一時間も経っているにも関わらずだ。
「先ほどもう少しと言っていたはずですが、あとどれぐらいレッスンをするつもりなんですか?」
「後、二時間ぐらいですかね。プロデューサーさん用事があるなら、先に帰ってもらって大丈夫ですよ?」
……ああ、やっぱりこうなるよな。
噂話になるほどのあの名前は伊達ではないらしい。
「先ほど、ゆっくりと体を休めてくださいと言ったはずですが?」
「はい! だから、走り込みは今日はやらずに休むことにします!」
頭が痛くなるというのはこういう事なのだろう。
少しは加減というものを知った方がいいと思う。それに、普段あんな時間までレッスン室を使っておいてそのうえで夜中に走り込みにまでしていたなんて想定外だ。明らかなオーバーワークだが、それを指摘しても彼女は止まらないだろう。
……だったら、こちらが言うべきことは……。
「……分かりました。しばらくの間、自主的なダンスレッスンとボーカルレッスンは禁止です」
彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる。
「あれ、私何か聞き間違いをしたみたいです。もう一度言ってもらえませんか?」
さっきの事は聞き間違いだという事にしたいのか、苦笑いを浮かべながら尋ねてくる。
「ダンスレッスンとボーカルレッスンは自主練習は禁止だと言ったんです」
「いやいやいやいや、そんなことしてどうやってアイドルデビューするって言うんですか! 他の子達はもうデビューとかしてるのに、私はまだなんですよ? ならもっと努力しないと駄目じゃないですか」
鏡田さんは声を張り上げる。
頬を膨らませたり、分かりやすく怒っているアピールをしていない。本心からの憤り、あるいは怒りをこちらにぶつけているようだ。
「そうかもしれません」
「それなら何時ものように自主練習をしても!」
「それは駄目です」
「な、なんなんですか! レッスンしたら駄目って、さっき言ってる事と矛盾してますよ」
「いいですか、自分はレッスンをしては駄目とは言ってません」
鏡田さんの言っていることは正しい。
彼女がアイドルになるためにはもっと努力をしなければならない。
そう、何も自分は自主練習禁止とは言っていない。あくまで禁止しているのは、今まで行っているダンスレッスンとボーカルレッスンに関してだ。
「別のレッスンをするってことですか?」
「はい。明日それについては指示します」
「……本当にそれでアイドルになれるんですか?」
「……少なくとも、ただ闇雲にレッスンするよりは可能性があると思います」
その問いに対して断言することが出来なかったのは、無責任な言葉を口にしたくなかったからだ。
「……分かりました。私、信じてますから」
「ええ、あなたの信用に答えられるよう努力します」