「鏡田さん『QUARTET』合格、おめでとうございます!」
「いえいえ、これも全部、ファンとプロデュサーさんのおかげですよ!」
鏡田さんは朗らかに笑う。
正直に言ってしまえば、勝てたのは奇跡のようなものだ。
それでもこの『N.I.A』の場で白草さんに勝つことが出来たというのは、鏡田さんの今後に取って非常に大きい。
このままであれば、彼女の立派なアイドルになるという夢も叶えることが出来るはずだ。
「……な、なぜ……なぜだああああああっ!」
そんな祝勝ムードに割り込むように入ってきたのは、白草四音だった。
「あ、ありえない……。このボクが、負ける……など……あ、があああああああああっ!」
今までにない程に取り乱している。
それほど、今回の敗北が響いたのか、あるいは……
「白草さんのパフォーマンスはすごかったです。正直私もなんで勝てたかか分からないぐらいでした」
あくまでアイドルらしく、返事をする。
……良かった。正直、ここで白草月花関係の事を掘り返すのではないかと、内心ひやひやしていたのだが、流石にそこまではしないらしい。
「無様だな、四音。実力勝負で完敗した上、敗北を受け入れる器量もない」
「……月花……姉様……? な、なぜここに!?」
そんな風に一安心していたのだが、何故か白草月花が現れた。
「『N.I.A』の開催中と聞き及び、戯れに足をむけてみたが、なかなか面白そうな奴がいるではないか」
彼女は今ニューヨークを拠点にしていたはずだが、どうしてここにいるのだろうか。
「面白そうな奴って?」
鏡田さんは尋ねる。
「私は、アイドルの潜在的な才能を見抜く力があってな――、これほどまで潜在能力を発揮させている器は初めてみた」
「えっと、褒めてくれてるの?」
「ああ、そうだとも。おそらくトップアイドルを目指しているのだろう?」
「ええまあ、アイドルなら全員目指す所ですからね」
潜在的な才能を見抜く力、正直眉唾物ではあるが、月花さんの雰囲気も相まってか、ただ嘘だと論じるのは難しい。
「――だからこそ残念でならない。お前の器がこれほどまで小さいことが」
「……何が言いたいんですか?」
さっきまで外面向けの鏡田京香を演じていた、鏡田さんの表情が厳しくなる。
「お前の器がもっと大きければ、十王星南や私に匹敵するアイドルになっただろうに、その程度の器ではどうしようもない」
「もしかして、私喧嘩売られてます? 別に買いますよ、私?」
「素直に称賛しているとも。その程度の器であろうと、器を全て埋めるのは並大抵のものではない。いや違うな、その程度の器であるからこそ、その器全てを埋めることは難しいといえる。だからこそ、私がお前を貶める理由なぞ存在しない」
口調からは全く理解出来ないが、話の内容から言えば月花さん流の褒め言葉ではあるらしい。
「ただ、そうだな。不快に思わせた詫びとして一つアドバイスをしよう、その男は辞めておけ」
彼女は突然こちらの方を指さして言う。
「なんでですか、あ、もしかして、私のプロデューサーを取るつもりですか? あげませんからね」
「いいや、そうじゃない。そんなものは私はいらん」
「なら、なんでです」
「担当のアイドルとして惹かれていないプロデューサーなど、いない方がましだというだけだ」
月花さんはそれが当然だと言うように言い切った。
「そんなわけない! あんたに何が分かるんだ!」
反射的に、食って掛かる鏡田さん。
――そんな鏡田さんの感情と反比例するように、自分の感情が冷めていくのを感じた。
「ほら、プロデューサーさんも何とか言ってくださいよ!」
こちらに鏡田さんは話を振ってくる。
「ええ、もちろん。自分は鏡田さんのファンですから」
「ほう、口だけであれば何とでも言える。それならば、こうしよう。お前が本当にこいつを惹かれているというのであれば、私は『FINAL』に出場しよう」
開いた口が塞がらないというのはこのことを言うのだろう。
既にトップアイドルと名高い彼女が『N.I.A』に出場するなんて、アマチュアの試合にプロが出てくるようなものだ。
そんなことをしようものなら、一方的な蹂躙劇になることは目に見えている。
「……あなたの名前は今回の『N.I.A』に登録されていないようですが」
「必要ない、私が出場するというのなら961プロはそのことを認めるだろう。あとは他の『FINAL』に出場するはずの連中を片っ端からつぶしでもすれば、出場権を得られるだろう」
『FINAL』に出場するアイドル、それはこの『N.I.A』に出場するアイドルの中でも上澄みであることを意味している。
それを片っ端から潰す、他のアイドルなら到底そんなことは出来ないだろう。ただ、月花さんは別だ。彼女なら実現させることも出来るだろう。
「……鏡田さんのファンであることと、あなたに勝てるかどうかと思っているかは別だと思いますが?」
「そうだな、だがファンであるというのなら見てみたくはないか? お前の推せるアイドルがトップアイドルと戦う姿を」
推しているアイドルとトップアイドルの直接対決、確かにファンであれば見てみたい光景の一つだろう。
「さて、答えを聞こうか。お前は、こいつと私が戦う『FINALE』を見たいか?」
月花さんの問いに答えを出すべく、頭を回す。
「大丈夫ですよ! プロデューサーさん、こんな奴私が今回みたいに勝っちゃうので! プロデューサーさんが信じてくれるなら、私は無敵なので!」
鏡田さんは、こちらを鼓舞するように言う。
「……見たくないです」
――『N.I.A』という舞台に月花さんを引きずり出したという話題性、月花さんに手も足も出ずに惨敗する姿を周囲に見せるマイナス。
この二つを天秤に掛けた時に後者の方が勝る。
それが自分の出した結論だった。
もしもわずかでも勝てる可能性があるとするなら、いや善戦する可能性がわずかでもあったのなら、鏡田さんが乗り気ということもあり、この提案に乗っていただろう。
ただ、現実はそれほど甘くない。
鏡田さんが、トップアイドルに善戦なんて出来るはずがないのだから。
「こうも、想定通り進むとはいささか興ざめだな」
月花さんと鏡田さんからの冷たい目線が痛い程刺さる。
だが、この選択は間違っていない。そう間違っていないはずなんだ。
「お前がどうするかは勝手だが、飼い主を変えるべきだな。それこそ極月学園に来るのでもいい、私は歓迎しよう。さて、そろそろこの愚妹を持って帰らないといけないのでな、私はここで失礼する」
そういって、月花さん白草さんを連れて外に出ていった。
『QUARTET』に合格できたという、あの高揚感を一掃してしまった。
鏡田さんと二人きり取り残されたこの部屋の中には、どれだけ探しても、もはや、夢も幻も、影さえとどめていないのであった。