鏡田京香の親愛度イベント   作:五月車

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親愛度 第17話 下

「監督、ちょっといいですか」

 

 舞台が終わりしばらくして、自分は監督に声を掛けた。

 目的は当然、さっきの舞台に対して、苦言を呈するためである。

 文句なしに良い舞台ではあったが、だからといって鏡田さんに煙管を吸う演技をさせたことを無かったことにできるわけじゃない。

 

「もちろん。ただ、ここじゃあちょっとあれだから、外いこっか?」

 

 劇場内で言い合いをするというのは、良くない。

 監督の案内に従いながら、劇場の裏口から外にでると、どうやら日常的に喫煙場として使われているようでスタンド式の灰皿が置かれていた。

 

「プロデューサーちゃんって、タバコ駄目なタイプ?」

 

 胸ポケットからタバコを取り出して、監督は言う。

 

「吸いはしませんが、気にはしません」

「そう、なら遠慮なく」

 

 そういって、煙草に火を点ける。

 

「いやー、本当最近困っちゃうんだよね、本当。どこも禁煙禁煙で、気安く吸うことができる場所なくてさ」

 

 煙草を吸いながら、監督は喫煙者の決まり文句を口にする。

 

「煙草も高くてさー、もう本当これだけで高額納税者よ。全く。プロデューサーちゃんも、タバコだけは絶対吸わない方がいいよ」

「肝に銘じておきます。そろそろ、本題に入っても良いですか?」

 

 監督には悪いが、あまり世間話をする気分でもないので、本題を促す。

 

「それで話ってのは?」

「舞台の始まりの演出の話です。煙管を吸うシーンはなかったと思いますが?」

 

 もしもこれが原作で冒頭のシーンで京子が喫煙をしているのであればまだ理解出来た。

 しかし原作には、彼女が煙管を吸っているようなシーンは存在していない。

 

 別に原作の改変が悪いと言いたいわけじゃない。実際、今回の舞台で怒りのまま京子が人形を壊してしまうシーンがあるが、あれは原作だとその日ではなく、次の日に壊している。最後のシーンだって原作であれば、ただ茫然と立ち尽くのみで京子の台詞はないが、それを追加している。

 それは舞台の演出として、その方が自然、あるいは面白くなるからと改変されたものである。それらに、文句は付けないし、自分も台本を確認して特に問題はないと判断した。

 

「まあ、そうだね。でも良い場面だったっしょ?」

「それは……そうですが……」

 

 良いシーンだった、そこは否定しない。

 もしも、鏡田さんが二十歳を過ぎていれば、あるいはアイドルを目指していなければ、ここまで反対はしていなかっただろう。

 

「俺はさ、冒頭の京子が本音で話しているようには思えないわけ」

「……はあ」

「十年前の事を夢のように思うだとか、門野の事を他人のように思える訳がねえのよ。実際、後半の語りの部分では、あの事件以来一夜として安らかに眠ったことはないって断言しているのにさ」

 

 いつもの軽薄そうな雰囲気をとは違い、何処か真剣に語る監督の音色に面を食らう。

 

「だから、あの冒頭は強がり、あるいは忘れるために努力していると思ってんだよ。だから、煙に巻かせた」

「それが煙管を吸わせた理由だと」

「うん、そうそう」

 

 そう言いながら、監督は吸っているタバコの灰を灰皿に落とす。

 

「理屈は理解出来ます、けど、未成年が喫煙するような描写を入れるのは」

「あー、それね。うん、その話をする前にちょっといい?」

「……何でしょう?」

 

 こうやって、念頭に置いてから話を変えるからには何かしら意図があるのだろう。

 まずは、相手側の主張を訊いておくべきだ。

 

「鏡田ちゃんさ、良い演技するようになったね、本当。ぶっちゃけ、今回の『人でなしの恋』は題材が題材だし、稽古のときは大丈夫かなって思ってたけど、最近急に良い感じになって驚いたよ」

「そうですね。確かに、今までよりも良い演技です」

「なにかプロデューサーちゃんからの助言でもした?」

「いえ、今回は特に」

 

 確かに、鏡田さんの芝居が見違えるようになったのは確かだ。

 ただ、その原因が分からない。

 

 芝居の良し悪し程度は感覚的に理解出来る物の、あくまで自分の専門はアイドルのプロデュースだ。

 どうやれば演技力が上がるのかというのは門外漢だ。

 

 それに……、アイドルとしての鏡田さんの今のコンディションは最悪と言っていい。

 レッスンは明らかに身が入っていないし、昔のパフォーマンスに逆戻りしているといっていい。

 だというのに、演技関係のことだけ、調子が上がるというのはどう考えてもあからさまに不自然だ。

 

 ……そのことを分かっていながらも、この不調の原因が十中八九自分のせいであるということが分かっている自分は踏み込むことが出来ずにいるのも又事実だった。

 

「まあ、そんなところだと思ったよ。ぶっちゃけ、今の君達だいぶギクシャクしてるし」

 

 ……見抜かれているよな。

 普段であれば稽古の前でも鏡田さんと会話するのが常だ、だというのに最近は稽古前に一切会話をしていない。

 今日の本番ですら何も話をせず、劇場に着くなり自分はすぐに観客席の方に向かった。

 何かあったと思われるのが普通だ。

 

「それならちょっとだけ真面目な話をしようか。一つ、気を付けた方がいいことがあるんだ」

 

 彼は吸っていたタバコを灰皿に押し付け、火を消した。

 

「気を付けた方がいいこと?」

「うん。ちょっとね。冒頭で煙管を吸ってたの、あれ鏡田ちゃんの提案だったんだよね」

「え?」

 

 その言葉に驚いた。

 鏡田さんが提案した?

 

 わざわざアイドルとしてのイメージを損なうようなことを、アイドルであることに拘っている彼女が取るだろうか?

 頭の中ではすぐに、ありえないという結論が出るが、だからといって監督が嘘を吐いているとは思わない。

 

「まあ何となくだけど、鏡田ちゃんにとって何が大事なのかってのは分かってるつもり」

「そうなんですか?」

「うん、まあね。ぶっちゃけ、プロデューサーちゃんには腕を疑われてるけど舞台監督よ? 流石に、変に演技していることぐらい分かるって。初めて会ったときはごめんね、アイドルなんかって言っちゃって」

「……気づいてたんですか?」

 

 二つの意味で、監督に尋ねる。

 

「まあね。言ってから失言だったなって気づいたけど、わざわざ発言を撤回するよりは馬鹿なふりしてた方が楽だから、そうしてたけど」

「ずるい大人ですね」

「そんなもんさ、大人なんてみんなずるいもんさ。本心なんて話すもんじゃないし、それで話が簡単になるならそうするってだけ。君もそうだろう?」

「それは……」

 

 次の句は続けられなかった。

 

 ずるいという自覚ぐらいはある。

 

 自分は一度も鏡田さんに、アイドルとして魅力を感じたことはない。

 もっと言えば、アイドルとしての才能が有ると思ったこともない。

 歌声は魅力的ではないし、ダンスは教材のようで機械的だ。顔だって悪くはないがアイドルという枠組みで考えるなら下から数えた方がいい。

 そしてなによりも目を引かない。

 演劇で見せる瞬きをすることすら許さないあの輝きはどこかに消え去り、寝室の常夜灯にすらかき消されてしまうような鈍い光、ステージ上にあるのはただそれだけで、何処にでもいる、普通の女の子がそこにはいた。

 

 そのうえで彼女が目指している、アイドル。

 それが一番星、あるいはトップアイドルを指していることを分かっていながら、そのことに気づかない振りをしながらただ言葉通りのアイドルにしようとしている。

 

 ただのアイドルとして飛べるよう、鏡田さんの為に蝋で羽を作ることはきっとできる。

 しかし、彼女にはトップアイドルになれるような才覚はない。

 きっと、そのまま自由に飛ばせていたら、彼女は無理に近づこうとして墜落するだろう。

 そうならないように彼女が陸地に着地するその日まで、自分が太陽を隠すよう上空を飛んでいくつもりだったのだから。

 

 これをずるいと言わずに、何というのだろうか。

 

「おっと、ちょっと意地の悪い言葉だったかな。俺には具体的に二人に何があったのかまでは分からないけど、何が問題なのかは大体分かる。そのうえで、言えることがあるとするなら、もう少しプロデューサーちゃんがどうしたいかを考えた方がいいと思うよ」

「自分がですか」

「そう、鏡田ちゃんがどうしたいのかは大体分かるけど、君はさっぱりだからね」

「……ありがとうございます」

 

 鏡田さんに対してどう接すればいいのか、その糸口のようなものが見えてきたような気がした。

 

「いやいや、これはお礼だよ。君達が居なければ、こんな劇場が注目を浴びることはなかっただろうからね。だから最低限のアドバイス」

 

 監督は軽薄そうな笑みを浮かべながら、二本目のタバコに火を点けた。

 

「でも、アドバイスはこれで終わり。なんせこっちとしてはアイドルの道に挫折して、鏡田ちゃんが舞台に専念してくれるようになったほうが都合がいいんだから」

「さっきまでのかっこいい感じが、台無しですけど?」

「はは、まあここは舞台の上でもなければ、自分は役者でもないからさ。変に格好つける意味はないってこった。覚えとくといいよ、結局等身大の方がいいって事も多いって」

 

 等身大か、鏡田さんの今のプロデュース方針からは全くの真逆だな。

 

「おっと、さっきアドバイス終わりって言ったのに、またアドバイスしちゃったよ。それじゃあこれは、お年玉ってことで」

「年末じゃありませんけど?」

「んー、それなら、お小遣いとか? まあ何でもいいんだけどさ」

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