「鏡田さん、ちょっといいですか」
「……なんですか、プロデューサーさん。大丈夫ですよ、『FINAL』ならちゃんとやりますから」
そういって、鏡田さんは力なく笑う。
いつもの鏡田京香ですらない。
「……すみません、鏡田さん。自分の考えが甘かったです」
「なんで、プロデューサーさんが謝るんですか。悪いのは全部あたしが才能がないからで、プロデューサーさんは何も悪くないですよ」
卑屈そうに、彼女は笑った。
駄目だ、こちらのいう事を聞こうともしてくれていない。
何個か、鏡田さんと話を進めるための方法は考えてきた。
だけど、そのどれも今の彼女には通用しそうない。
――それなら……。
「そうですね。あなたの言う通り鏡田京香にはアイドルとしての才能はありません」
「やっぱりそうですよね」
「はい、少なくとも自分はそう思っています。アイドルを辞めた方が幸せなのではないかと思ったことだってあります」
「……何がしたいんですか、プロデューサーさん。こうやって傷ついているアイドルに死体蹴りをするような言葉を言って満足ですか? そんなことをするぐらい、鬱憤が溜まってたならそもそもボクの事をスカウトなんてしないでよ! 期待を持たせるようなこと何てしないでくれたら、こんな気持ちになることもなかったのに! あの時そのまま放っておいてくれたらよかった!」
「いいえ、放っておけませんでした。もしもう一度、今記憶を持ってあの時間に戻ってきたとしてもあなたをスカウトするでしょう」
「どうして!」
「あなたを応援したいと心から思うから」
「……」
彼女は何も言わない。
「最初、あなたをスカウトしたのは同情からです」
初めて彼女を見た時、彼女は間違いなくレッスン室の亡霊だった。
あの時の鏡田さんは、アイドルという大きな夢に押しつぶされていた。
彼女の濁ったような目に張り付いたような笑顔、それに何かにとりつかれたようにレッスンしているところを見ればそのことはすぐに分かった。
鏡田さんにとって、鳴かず飛ばずだった二年間というのは、そう思わせるのに十分な期間だったのだろう。
ただ彼女は、その押しつぶされた体でも止まることが出来ずに、叶わない夢にしがみついていたことだろう。
これを亡霊と言わずにどう呼べばいいのだろうか?
そんな姿が見ていられなくて、自分は彼女をスカウトした。
流石に、馬鹿正直に理由を言うわけにもいかず、自分にも分からないとは言ったが、それが真相だ。
正直に言えば、まだこの時の自分は無責任だった。
プロデューサーとして、彼女をアイドルにするつもりはあった。彼女の夢を叶えるため、努力しようと思っていた。
彼女の為に出来ることは、やってやろうという気概はあった。
でも、それだけだった。
一年経てば彼女は卒業する、それで終わりにするつもりだった。
ただの同情だけで自分の人生を棒に振れるほど大人ではない、彼女に何かしら惹かれていたのなら話は別だっただろうけども。
「ですが、あなたの舞台を見て考えを変えました」
「『赤い部屋』ですか?」
「はい、あれを見ていた時の自分は間違いなく、あなたに熱中していた。あの時から、自分はあなたのファンなんです」
あの舞台は、レベルが違った。
何度も稽古も見て、台本も読み込んでいる自分ですら引き込んでしまう程の舞台。
鏡田さんから、目を背けることさえ出来なかった。
「あの時から自分は、あなたの力になりたいそう思ったんです」
鏡田さんが見せる物を一番近くで見たい。
そして叶うなら、鏡田さんの力になりたい。そう思ってしまったのだ。
「なら、プロデューサーはボクに、役者になって欲しいの?」
「いえ、そうではありません」
「……どうして、あなたが好きになったのは役者としての私。アイドルとしての私に興味はないんじゃあ」
「ええ、そうですね。アイドルとしてのあなたに魅力は感じませんでした、ですが役者になることをあなたは望まないんでしょう? それなら、自分はその方針に従うまでです」
アイドル、その言葉の語源は崇拝される人であり、ファンの語源は狂信者である。
それならば、どうして狂信者がその崇拝の相手の方針に異議を唱えられるというのだろうか。
「プロデューサーさんは、ボクにどうしろって言うのさ」
「……わかりません」
「は? なんなの、ここまで話といて、分からないって」
「自分も思っていたことを正直に話すしかないと思って、話し始めたもので。当初は鏡田さんがアイドルとして、自信を取り戻せるよう努力してたんですが、こうなってしまったので」
「……本当、呆れた。それならもう言いたい事いってるだけじゃん」
「それは……」
そう言われれば立つ瀬がない。
監督に言われた通り等身大でぶつかってみたつもりだったのだが、失敗だったらしい。
「……はあ、うん。それじゃあ、わかった。そっちがその気ならボクも今だけ、本心で話すから。けど、たった一回しか言わないから、ちゃんと聞いて」
「はい、もちろんです」
処刑台に立った、罪人のような気持ちで鏡田さんの言葉を待つ。
「プロデューサーが騙してたわけじゃないのは分かってる、言わなかったのだってボクを傷つけない為だって事も分かってる。こっちが勝手に信じて、勝手に裏切られた気持ちになってただけだっていうのも。むしろ同情だけでここまでやってくれたことで感謝するべきだってのも全部分かってる。それでもボクは傷ついたし、簡単には癒えない心の傷を負った」
……契約解除だろうか。
それぐらいのことはしたという自負がある。
なんせ担当アイドルにお前は才能がないと豪語したんだ、プロデューサー失格にもほどがある。
「だから、君には罰として、ボクがトップアイドルになるまで、プロデューサーをしてもらうから。以上、反論は認めないから、そのつもりで」
「……え?」
「だから、プロデューサーとして頑張ってもらうってことですよ。プロデューサーさん」
いつもの鏡田さんに様子が戻る。
「自分なんかで本当にいいんですか」
「なんかじゃなくて、プロデューサーさんが良いんですよ。もう、言わせないでください。それに、プロデューサーさんがいなくなったら他にプロデュースしてくれる人なんていないんですから」
「代役なら」
「もう、反論は認めないって言いましたよね。忘れちゃったんですか?」
こちらのいう事に被せるようにして、鏡田さんは言う。
「……分かりました、鏡田さんをトップアイドルにしてみせます」
「今度こそ、信頼してますからね、プロデューサーさん」
その言葉はとても重い。
ただ、今はその重さがちょうどよかった。