「ついに『FINALE』ですね」
どこか緊張した面持ちで、鏡田さんは言う。
「プロデューサーさん、本当にあの人が出てくるんですよね」
「ええ、間違いありません」
「うわー、本当に私白草月花とと戦うんだ。緊張するなー……」
そう、今回の『FINALE』には月花さんも出場する。
鏡田さんと和解した後、一度今の自分達の関係について考え直すきっかけをくれたことをお礼に言いに行った。
その後、『FINALE』に出場して欲しい旨を伝えるたのだが、
「今のあいつなら私に勝てるとでも?」
と訊かれたので、考える間もなく、当然だと答えると、楽しそうに高笑いを浮かべた後、『FINALE』の出場を快諾してくれたのだ。
鏡田さんがトップアイドルになるためには、月花さんとの直接対決は外すことは出来ない。
月花さんとの直接対決から逃げたという、過去はトップアイドル鏡田京香の経歴としては不要なものだから。こうして快諾してくれたのは、こちらからすれば幸運でしかない。
彼女が『FINAL』に出場するにあたって、何か必要な事があれば手伝うつもりではあったが、月花さんはこちらの手など借りないとばかりに、鏡田さん以外の出場選手を片っ端からつぶして、出場権を手に入れた。
その結果として、今回の『FINALE』で鏡田京香と白草月花の一騎打ちが実現したのだ。
「勝てると思いますか、プロデューサーさん」
「ええ、鏡田京香はトップアイドルになるアイドルですから。今の白草月花に負ける道理はありません」
「ありがとうございます、その言葉だけで私は頑張れます」
そういって、彼女は大きく息を吐いた。
「行ってきますね」
「鏡田さん!」
ステージへと向かおうとしていた、鏡田さんを呼び止める。
「楽しんできてください」
頑張れとは言わない。
ただ楽しんできて欲しい、それが今の自分の正直な感想だった。
「はい、鏡田京香! 最高に楽しんできます!」
そう言って、彼女はステージへと駆け出していった。
月花さんに対して、当然勝てると啖呵を切ったものの、正直な所勝率は一割あればいいだろう。
それほどまでに、月花さんと鏡田さんの実力差は離れている。
鏡田さんは、誰からも愛されるアイドルを演じることは出来ない。
もしもそんなものが演じることが出来るなら『N.I.A』でも簡単に勝つことが出来るだろうが、残念ながらそうはいかない。
何故なら、そもそも誰からも愛されるアイドルだなんて存在しないからだ。
トップアイドル、そう呼ばれるアイドルだってファンが存在していればアンチだっている。
つまり万人全てに愛されるアイドルというのは、ただ概念として存在しているものなのだ。
それを演じろというのは時間という概念を演じろだとか、宇宙を演じろみたいな無茶ぶりと殆ど同義だ。
だからこそ、彼女はできるだけ多くの人に愛される鏡田京香というアイドルを演じているわけだが、これが難しい。
アイドルというのは、基本的に自分の強みを前面に押し出し、その部分があっている人をアイドルとしていくものだ。
それは神秘性であったり、歌で相手の心を動かすものであったり、圧倒的なビジュアルであったり、愛嬌だったり、カッコよさと可愛い部分のギャップであったり、クールな外見と傑出したパフォーマンスであったりするわけなのだが……。
鏡田さんにはそれがない。
誰かの強みをそのまま真似をしようにも、それはその人物の劣化でしかなく、観客はそういったものを目ざとく見抜く。ただのコピーに熱中できるような人物は多くない。
その結果として、鏡田京香というアイドルの強みは、頑張り屋の良い子という当たり障りの無いものになってしまうわけだ。
その強みの枠組みの中で他のアイドルの良い部分を吸収して、よりよいパフォーマンスをするようにする。
それが鏡田さんのプロデュースプランだ。
このプロデュースプランの問題を二つあげるのであれば、まず一つめは頑張り屋の良い子を強みとするアイドルが抽象的であり、演じるのが難しいというところ。
そして二つ目は世界最高峰のこん棒を用意していた所で相手が拳銃を持っているのなら勝てないということだ。この二つ目が鏡田さんに、アイドルとしての才能がないと自分が評する理由だ。
ただ、そんな鏡田さんが今回、勝てる要素をただ一つだけあげるとするのであれば、この場が『N.I.A』ということだろう。
月花さんは他の参加者を、その圧倒的な実力で潰してきた。だからこそ、この一騎打ちが実現したわけである。
そのせいで、彼女の圧倒的な実力はここに来ている、会場の観客も知っている。そして、今まで起こしてきた圧勝も彼等は見てきたのだろう。
だからこそ、観客の中で一つの感情が産まれる。
この怪物に勝つヒーローの姿が見たいという感情だ。
彼女はこの大会において圧倒的な優勝候補で、その実力を遺憾なく発揮してきた。大方の連中は、月花さんの優勝を信じて疑わない。だからこそ、心のどこかで下剋上を夢見るのだ。ただの圧勝劇だけで終わるのならば、つまらないから。
どこかドラマチックな展開を人は望んでいるのである。
それがドラマであるのなら、鏡田京香の領分だ。
鏡田さんと言えど、抽象的なものは演じるのは難しい。
けれども、苦境に立たされながら、圧倒的なアイドルと戦い勝利するアイドルならば演じることが出来る。
演劇の上での、鏡田さんが恐ろしいのは誰よりも自分が良く知っている。
この場を、そういった演劇の舞台のワンシーンに変えてしまえれば、勝機はある。
これら全ての可能性を踏まえた上での勝率一割だ。
結局、プロデューサーという裏方である自分には、こうして本番が来てしまえば祈る事しかできやしない。
ただ、どうしてだろうか。これほどまで気が楽なのは。
今まで、オーディションの前はあれほど気が重かったというのに、何故だか晴れやかだ。
鏡田さんが羽を溶かされ落下するのなら一緒に、自分も落ちていく覚悟が出来ているからなのか。
いや、違う。覚悟があるのは本当だが、きっと気が楽なのはそれが原因じゃない。
鏡田さんが月花さんに勝つと確信しているからだ、相手が誰であろうと彼女が負けるはずがないと。